銭形平次捕物控 040 兵庫の眼玉 / 野村胡堂

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本所

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「向島の土手ぢや醫者がありません。本所へ行かなきア」

「本所へ行く位なら、向う岸へ引返した方が宜からう。少しでも御屋敷

兵庫

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兵庫の眼玉

兵庫は顏を擧げて苦笑ひしましたが、左の眼の痛みに引釣つ

平次は口を容れようとしましたが、兵庫はそれに構はず續けます。

齒を喰ひしばる女の苦悶の姿は、どうかしたら、兵庫には快よいものに映るのかもわかりません。たつた一つの眼が

兵庫は續け樣に弓の折を振り冠るのでした。

平次はさう言ひ乍ら、激情に驅られるやうに、兵庫と女の間に割つて入りました。

兵庫は又お町の頭の上へ弓の折を振り上げました。

お町の言ふのは本當でせうが、兵庫は、

婦人で、取立てゝ言ふ程の特色はありません。夫兵庫の放埒を止める力もなく、蔭では泣いて居ると言つた型の、

、若年寄の御邸へでも驅け込んでやりますよ。兵庫の野郎に腹を切らせて、あの邸にペンペン草を生やさなきア、胸が

大村兵庫決して馬鹿ではありません。

少し御世辭になりましたが、兵庫も惡い心持はしなかつた樣子です。

兵庫の一つの眼はギラリと光ります。

が、兵庫はこれで堪能し、狷之介はすつかり油を絞られた形です。

重ねて問ふ兵庫には答へず、平次は庭の方へ向直りました。

と兵庫、縁側から庭へ、足袋跣足で飛降ります。

村川菊内外一同、寄つてたかつて兵庫を座敷へ押上げて了ひました。

江戸

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同時に、それだけの腕を持つた人は、廣い江戸にも幾人もありません。

「この十年の間、江戸で高名な楊弓の名人を書き上げて貰つて、その道の者に一人々々身元

樣に怨を酬いる折を狙つたので御座います。江戸の楊弓番附をどんなに調べても、殿樣に怨を持つ者のなかつ

駒形

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駒形の大村邸に行つた平次とガラツ八は、大變な情景を見せられて

「あの狷之介の野郎に捉まつて、駒形の大村屋敷に引立てられ、危なく笠の臺が飛ぶところでしたよ」

金龍山

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「斯う、金龍山の鐘が陰に籠つてボーンと鳴ると、五臟六腑へ沁み渡ります

下谷

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。兩親には過分のお手當を下すつた筈だ。下谷で安樂に暮して居るよ」

向島

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八、花は散り際つて言ふが、人出の少くなつた向島を、花吹雪を浴びて歩くのも惡くねえな」

の平次と子分の八五郎は、こんな無駄を言ひ乍ら、向島の土手を歩いて居りました。

「へエ、巾着切ぢやありませんかえ。花時の向島土手で、不意に後ろから突當るのは、巾着切と決つたやう

「向島の土手ぢや醫者がありません。本所へ行かなきア」

兼ねて、平次の後ろから袖を引いて居ります。昨夜向島の堤でガラツ八に突當つたのは、そのお町と言ふ女で

「その淺五郎が、昨日向島の土手の上をウロウロして居るのを見た者があるのだ」

楊弓の技に優れた人だつたら、向島の土手の上から、船の中の人の目を射るのは、左

八は驚いて平次の袖を引きました。あの晩、向島の堤で、船の騷ぎを覗いて居た人間に紛れもなかつた

共謀だらう、――淺五郎が船を追つかけて、向島の堤を往つたり來たりして居たのを、この私が確かに

神田

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翌日用人の村川菊内、神田の平次を訪ねました。

町の折檻だ――處でそのお町と云ふ女中が神田の錢形平次親分を呼んで下さい。あの方は何も彼も御存じだ

「神田の平次を召連れて參りました」

町さんを貰つて來たんだ。なア、淺五郎が神田の家で待つて居るぜ」

隅田川

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う。紫檀の繼弓を捨てる位なら、自分の身體を隅田川へ捨て兼ねないよ。――俺はさう氣が付いたから、村川