江戸 神田

近い頃から綺麗に上がつて、よく洗ひ拔かれた江戸の甍の上に、丸々と昇つた名月の見事さといふものはありませ

たお天道樣が顏を出すと、グシヨ濡れの姿で江戸の町を――十九の娘が歩けやう筈もありません。

村でできる炭をさばく心算で店を開いたんです。江戸のことが分らなくて、お得意樣と話もできないからと、私のところ

「猪之松は江戸に愛想を盡かして、故郷の上州へ歸るさうぢやありませんか」

「それがいゝ。――山奧から江戸へ飛び出して、通や意氣の世界を泳がうとしたのが間違ひさ

が間違ひさ。あの男は根がいゝ人間なんだ。江戸を諦めて上州の山奧へ歸ると、天道樣ものんびり照らして下さるよ」

「それもよからうよ。江戸は人間が多過ぎるから、みんな氣が立つて、蟲持ちになるんだ」

油屋のお勢が殺されて口惜しいといふのかい。神田中のいゝ娘は一人殘らず親類筋のやうな氣でゐるんだらう