青山 江戸 百人町 富山 秋田 新宿 目黒 神田 目黒川

兵衞に往來で逢つて、立話をして居ると、青山も江戸の内だ、大層變つた話があるんだが、ちよいと覗いて

も貰つて居る武家ぢや無いが、新宿の内藤家、青山の村越家などといふと、東照宮樣御入國前からの家柄で、大公儀

やしませんよ。――兎も角、一と月ほど前から青山のあたりへ來て、ブラブラして居た相ですが、二度ほど村越の

「診ましたよ。でも青山一番の幇間醫者で、診立てよりは、仲人の方が上手だ相で」

「青山長者丸の万兩分限、村越峰右衞門樣。江戸生え拔きの豪士で、大地主で、山の手切つての物持で、若い時

に往來で逢つて、立話をして居ると、青山も江戸の内だ、大層變つた話があるんだが、ちよいと覗いて見ない

家柄で、大公儀からも格別の御會釋があり、江戸も下町などでは、思ひも寄らないほど威張つたものです」

下町つ子の八五郎に取つては、まだ江戸の山の手に殘る豪族の、一種の潜勢力が不思議でたまらなかつたのです。

「時分時で財布は御存じの通り北山でせう、江戸名題の豪族のお菜はどんなものかと――修業のために」

「あの娘もさう言ひましたよ、せめて口説は江戸言葉にして下さい――とね」

よく無い男ですが、腕の方はまことに確かで、江戸の山の手の道場荒しで、一時は相當の惡名も馳せた男です。

（九時）そこ／＼、櫻は漸く滿開で、江戸の春はまことに快適そのものでした。便所の格子窓からその花を眺め

「百人町まで用事があつて出かけると、土地の顏の古い手先で百兵衞に逢ひ

さんは腕はなまくらでも見識の高い武家だつたぜ。百人町の古着屋へ行つて、見切物なんかを買ふものか」

「だいち、おいらはまだ十三さ。百人町の古着屋なんかには用事が無いよ」

て御用繁多なので、八五郎に旨を含めて、百人町の百兵衞と力を協せ、他所乍ら長者丸の一角を睨ませて

が、可愛らしい娘でさア。その小女が膽をつぶして、百人町の百兵衞のところへ飛んで來て教へてくれたんです。丁度百

眼見ただけで全く手に了へず、續いて百人町の百兵衞が、丁度昨日の騷ぎから泊つて居る、八五郎と

「もう一度、他のお醫者に診せて下さい。百人町には、石順先生といふ、外科の名醫が居る筈だ」

「その代り、百人町の百兵衞のところに泊つて居るよ、安心するが宜い」

と訊き度いことがある、一緒につれて行つて、百人町で一杯呑むことにするが、構はねえだらうな」

家に喰ひついて居る、三十男の喜八郎を誘つて、百人町に引揚げて行つてしまひました。

「喜八郎と入れ換つたのだよ、喜八郎は百人町の百兵衞のところに泊つて、俺は此處へ戻つて來たまで

「ところが肝腎の喜八郎は、百人町の百兵衞のところに泊つて何んにも知らずに居る、―

朝になつて、土地の役人や、百人町百兵衞に始末を頼み、平次と八五郎は、鬱陶しい心持で神田へ引揚げ

彌十と言つて三十四歳槍の名人だ。もう一人は富山七之助と言つて二十七歳、これは劍術の方が得手で、他に昔

峰右衞門の用心棒、槍の秋山彌十と、劍の富山七之助は次第に兩雄並び立たざる心持に押上げられて行くのでした。

劍術の富山七之助は、グツと若くて二十七歳、これは骨張つた青白い顏と、ギラギラ

ところで、劍の富山七之助には、自慢の名刀が一口あつたのです。それは來國俊と

富山七之助は、それを手入れするのが何よりの樂しみで、暇さへあれ

された花の美しさは、さすがに、氣の荒い富山七之助をうつとりさせます。

の一刀を其儘、小刀だけを持つて立去つた富山七之助は、小半刻ほど經つと、元の座に還りました。

富山七之助は次に、三斛の冷水をブツ掛けられたやうな心持でした

富山七之助は、一刀を鷲掴みに突つ立ち上つて居りました。其邊

が、幸ひ其處には、誰も人影は無く、富山七之助の激怒を爆發させる相手も無かつたのです。

チヨロチヨロと通りかゝつた小娘のお春は富山七之助に呼留められて、うつかり立ち止りました。其處を通つて、縁側

お春は縁側に立ち縮みました。富山七之助の顏色や態度から、容易ならぬものを見て取つたので

に、何彼と餘計な策動をする秋山彌十が、富山七之助に對する反感が募つて、見切札の惡戯をしないとは言ひ

富山七之助は唸りました。日頃仲のよく無い秋山彌十、自分の腕の

にならうとする、香はしい柔かい線の美しさも、富山七之助の眼に入る筈もありません。命から二番目の一刀――

劍の富山七之助は、廊下の突き當りを右に曲つて、いつもの用便所

やがて外へ出て來た富山七之助、小刀を腰に差して、心靜かに手を洗ひ了ると

「富山さん、取つてあげませうか」

「其處ですよ、富山さん」

富山七之助は膽をつぶしました。鞘の中程に、ベツトリ附いて居るのは

「富山氏、いや、飛んだ災難であつたな、ハツ、ハツ、ハツ、ハツ

置いた來國俊の拔刀、そのまゝ引つ掴んで立上つた富山七之助、物も言はさず、障子から顏を出して笑つて居る秋山彌

用心棒二人、秋山彌十と富山七之助の爭ひは、短かい時間で片付きましたが、その代り恐ろしく深刻を極め

「見らるゝ通りだ。秋山彌十を討ち果した富山七之助、逃げも隱れもせぬが、此處に踏留つては、御主人

やら手廻りのものを一と纒め、四方を睥睨し乍ら、富山七之助は出て行くのです。

方から眼を光らせて居りますが、殺氣立つた富山七之助の袂を控へて文句をつける氣力もなく、見す／＼、

富山七之助は、凱旋將軍のやうに、傲然として引揚げるのです。

「ちよいと待つて下さいな、富山さん」

に顏を出して、長い顎をしやくり加減に、富山七之助を呼び留めて居るではありませんか。身體が引締まつて

「富山さんの刀を、投り出したのが、秋山さんで無かつたら何う

富山七之助は二三歩立ち戻つて、思はず刀に反りを打たせます。

「富山さん、刀は、縁側から行かなくたつて、庭へ投り出せるぜ」

富山七之助は顏色を變へました。枝折戸のところまで戻つて、小僧宗之助の

富山七之助は、ズカズカと庭に戻ると、植込の陰まで行きました。

富山七之助は四方を見廻すのです。

飛付かうとする富山七之助は、少年の宗之助に留められました。

「富山さん、あわてちやいけない。自分の釣竿で、そんな命がけの惡戯をする

ませんでした。この少年の逞ましい智惠が、苦もなく富山七之助を壓倒して行くのです。

富山七之助の苦澁さはありませんでした。この少年の逞ましい智惠が、

富山七之助は、疑惑と昏迷に、しどろもどろです。

「知つてるけれど言へないよ。富山さんは面喰つてるから、二人目を殺し兼ねないぜ」

です。五六歩のところに、煮えこぼれさうになつてゐた富山七之助が、飛付いて小僧の襟髮をギユツと。

憤怒と焦躁に、煙の立つやうになつて居る富山七之助の顏を眺め乍ら、面白さうに庭石の上で足踏してゐるうち

富山七之助は、小僧を膝の下に敷いて、力一杯絞めつけました

「痛いツ、勘辨してくんなよ。富山さん」

「それによ、富山さんだつて、罪の無い者を殺して濟むめえ――化けて出るぜ

富山は負け惜みの肩を聳やかしますが、見まいとしても縁側を染めた

十と富山七之助が、いきなり切り合ひを始めて、若い富山七之助の方が、中年者の秋山彌十を斬り殺してしまつたんです。

家で飼つて居る二人の浪人者、秋山彌十と富山七之助が、いきなり切り合ひを始めて、若い富山七之助の方が、中年

―刀の惡戯は殺された秋山の仕業ぢやない、富山七之助がそれを斬つたのは、全くの思ひ違ひだと、子供らしく

杯にして喰ひさうな事を言つたガラクタ用心棒の富山七之助が、臆病な狐のやうに、尻尾を卷いて逃出すとは、

「あつしも最初は、逃げ出した用心棒の富山七之助が、忍び込んで、釣竿の持主の、勇太郎を殺したのかと思ひ

「あわてるな、八。富山七之助も浪人だが武家には違ひあるまい。泥棒のやうに忍び込んで下男

當りません。秋田彌十が生きてゐるとか、富山七之助が仕返しに來たのなら知らず、今の村越家には、そんな

殺したので、其場を去らせず、宗之助は、富山七之助のやり過ぎに喰つてかゝつたのだらう、女の子にしては恐ろしい

共退散させる積りだつたらう、少し藥がきゝ過ぎて、富山七之助が秋山彌十を殺したので、其場を去らせず、宗之助

八五郎にも、それは思ひ當りません。秋田彌十が生きてゐるとか、富山七之助が仕返しに來たのなら知ら

からも扶持も祿も貰つて居る武家ぢや無いが、新宿の内藤家、青山の村越家などといふと、東照宮樣御入國前から

相で、無類の忠義者と言はれた下男の勇太郎、目黒の在に生れて、草角力の關取だつたといふ、此上もなく強健

死骸は、檢視が濟むのを待ち兼ねて、明るいうちに目黒から驅けつけた、親兄弟が引取つて歸り、此處にはもう

衞に始末を頼み、平次と八五郎は、鬱陶しい心持で神田へ引揚げて居りました。

考へ乍ら、お濠端の春の景色を眺めるともなく、神田明神下へ引揚げるのです。

持つて居るのは此家に一人しかゐないぜ――目黒川へ行つて泥鮒を釣るのが好きでね」