銭形平次捕物控 175 子守唄 / 野村胡堂

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地名一覧

川越

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は奇天齋一座の娘輕業師だ。奇天齋は川越へ行つて居るが――おかげで庵平太郎を殺したのは奇天齋で

本所

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「それが大變なんで。目黒から本所へ越して、潮來へ流れて行つたのを、漸く搜し當てた

石見銀山

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なくその苦悶に變つた顏や、皮膚の樣子などから『石見銀山の鼠捕り』と言はれた砒石劑を呑まされたものに違ひありません。

「吐いたものを見まして、石見銀山の鼠捕りの中毒だらうと申します」

手廻りの荷物を調べたんだ。すると使ひ殘りの石見銀山を隱してゐた者があつたとしたらどんなものだらう」

、主人が風呂へ入つて居る隙に、寢酒の徳利に石見銀山の鼠取りを入れるのは何んでもないことだ、――庭に足跡の

調布

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はなかつたのです。それに十兩の金をつけて調布の百姓に『一生音信不通』の約束でくれてやつたのは、今から

娶合せ、庄司家の跡取を定めて安心しようと思ひ立ち、調布へ人をやつて尋ねさせると、肝腎の娘を預けた仁兵衞といふ

「調布の仁兵衞といふ百姓――これは三つになるお孃さんを、

居るお銀さんといふ娘が、十二三年前に調布から惡者にさらはれて來た人だと聽いて、漸く尋ね當て

「調布に居た頃のことを知つてゐるだらうな」

たら、あの男がどれほど出鱈目な人間かわかるだらう。調布の仁兵衞が行方不明になつたことも、お藤といふ娘が十二三

が説明した以上のことは何んにも言はず、調布の仁兵衞のところで育つた頃のこともお銀と大同小異です。

たところでは、お銀は小田原在の百姓の娘で調布の仁兵衞の養ひ娘ではない。笹龍膽の銀簪は金五郎の

舟を貰つたのは十五年も前だ。お藤が調布の仁兵衞の手を離れたのは十三年前だ」

お糸の耳に『調布の仁兵衞』といふ名さへ早く聽かせる者があれば、こんな手數は

濟んだことでせう。お糸は六つになるまで調布で育つたのですから、噂を聞けば、早くも自分の身の上に氣が

江戸

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それから、四五日經ちました。江戸の街々がすつかり夏姿になつて、苗賣りの聲が薫風に送られて

てゐた下女で、まだ精々十七か八でせう、江戸の水で洗ひ上げられた娘達のやうに、垢拔けのした美し

見せたよ――奇天齋は何處に居るかつて? 江戸へ入つたといふ話もあるが、そいつは判らないよ。噂に聽けば

、青錆まで浮いた眞鍮の迷子札で、小判形に『江戸麻布六本木庄司伊左衞門娘お藤、壬寅三月十七日生』と四行に彫つた

。手一杯に人を出してやつたから、奇天齋が江戸に居さへすれば、明日と言はず、今日の暮れまでには埒があく

「奇天齋は江戸に居ないだらうよ」

「江戸に居なきや、何處に居るんだ」

を搖りながら、ツイホロホロと歌ひ出しました。それは江戸の街では聞くことの出來ないやうな、古風な、そして鄙びた子守唄で

疊の上の泥は細工過ぎたよ。奇天齋が江戸にゐないとわかれば、下手人は間違ひもなくあの女だ」

八王子

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一人は掛り人の若い浪人者、庵平太郎といふ人が八王子まで搜しに行つて見付けて來たお舟といふ娘ですがね。これ

身許をもつとよく調べるために、今日は朝早く小田原と八王子へ人をやることになつて居りました。さわぎが始まつて、そのまゝ

「お舟は庵さんが八王子から搜し出して來ましたので、其方へは番頭の金五郎

「それから、八王子と小田原へ行く手代へ下つ引を一人づつ付けてやるやうに、お前

その足取りを突き止めるのに三月もかゝつたが、漸く八王子に小屋掛けしてゐるのを見付けて、あのお舟といふ看板娘をつれて

日經ちました。小田原へ行つた手代の千助も、八王子へ行つた番頭の金五郎も歸つて來ず、庄司の家は手不足で轉

神田

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「錢形の親分、飛んだ御苦勞だつたね。神田からわざ/\來て貰つたがそれにも及ばなかつたよ。宜い鹽梅

目黒へ行つた八五郎が、神田の平次のところへ歸つて來たのは四日目の晝過ぎでした

目黒

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んので、よくは存じませんが、何んでも目黒あたりの百姓家から、乳の澤山ある女を雇つて居たといふ話

目黒へ行つた八五郎が、神田の平次のところへ歸つて來たのは

「それが大變なんで。目黒から本所へ越して、潮來へ流れて行つたのを、漸く搜し

大久保

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私は小田原まで延しました。が、小田原と申しても大久保樣の御城下で、思つたよりは廣うございます。家主や町役人を