菜穂子 / 堀辰雄

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地名一覧

丸の内

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九月初めの或日、圭介は丸の内の勤め先に商談のために長与と云う遠縁にあたる者の訪問を受けた。

浅間山

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に暮らしたかったのだ。私はその時ふとお父様がよく浅間山の麓のOという村のことをお褒めになっていたことを憶い出した。

たのは随分昔のことらしく、それでお父様はよく同じ浅間山の麓にある外人の宣教師たちが部落しているK村にお出かけになってい

ながら、私たちはとうとう村はずれの岐れ道まで来た。北よりには浅間山がまだ一面に雨雲をかぶりながら、その赤らんだ肌をところどころ覗かせていた。

目を見合わせたりした。とうとう去年の村はずれまで来た。浅間山は私たちのすぐ目の前に、気味悪いくらい大きい感じで、松林の上にくっきり

はその夕方近く、雪解けあとの異様な赭肌をした浅間山を近か近かと背にした、或小さな谷間の停車場に下りた。

灰色に曇った空のなかに象嵌したような雪の浅間山が見えて来た。少しずつ噴き出している煙は風のためにちぎれちぎれになって

八ヶ岳

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その医者も勧めるし、当人も希望するので、信州の八ヶ岳の麓にある或高原療養所が選ばれた。

一人一人見たそうだった。彼等は数時間の後には八ヶ岳の南麓を通過し、彼の妻のいる療養所の赤い屋根を車窓から見ようと

八ヶ岳にはもう雪が見られるようになった。それでも菜穂子は、晴れた

東京

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それから数日後、東京から電報が来て、征雄が腸カタルを起して寝こんでいるから、誰か

なった私と入れちがいにお前が前もって何も知らせずに東京へ帰って来てしまったことを知ったときは、流石の私もすこし

のように散歩をして帰って来てみると、いつ東京から来たのか、お前がいつも私の腰かけることにしている椅子に

た。ところがお前が八月になって私と入れ代りに東京へ帰ったのを知ると、すぐお前のところに直接その縁談を勧めに

母の危篤の知らせに驚いて東京から駈けつけた私は、母の死後、爺やから渡された手帳が母

呉れた。もう七十を過ぎた老母、足の悪い主人、東京から嫁いだその若い細君、それから出戻りの主人の姉のおよう、―

から数日後、急に菜穂子が誰にも知らさずに東京へ引き上げて行ってしまった。その翌日、明はこの木の下で三村

置いて夏になると各地へ輸送していたが、東京の方に大きな製氷会社が出来るようになると次第に誰も手を出す

おようがO村から娘の初枝の病気を東京の医者に治療して貰うために上京して来ている。――そんな

整った、気性のきびしい女に見えるおようも、こう云う東京では、病院から一歩も出ないでいてさえ、何か周囲の

圭介は余っ程母に云って菜穂子を東京へ連れ戻そうかと何遍決心しかけたか分からなかった。が、菜穂子が

、もう足掛け八年にもなりますんでね。此の前東京へ連れて参りましたときなんぞでも、本当にこんな身体でよくこれまで

「東京の方もひどい降りだってな。」誰かがそんな事を云ってい

菜穂子にはそれだけがはっきりと聞えた。彼女は東京もこんな雪なのだろうかと思いながら、駅の外で雪に埋って

いた。「療養所ではいま頃どんなに騒いでいるだろう。東京でも、どんなにみんなが驚くだろう。そうして私はどうされるかしら

雪は東京にも烈しく降っていた。

銀座

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から真直に荻窪の下宿へ帰らずに、何時間もこう云う銀座の人込みの中で何と云う事もなしに過していたのが、

事務所に勤め出していた。彼は毎日荻窪の下宿から銀座の或ビルディングの五階にあるその建築事務所へ通って来ては、几帳面

残された。そしてそれがもう其処を離れなかった。あの銀座の雑沓、夕方のにおい、一しょにいた夫らしい男、まだそれらの

三月の或暮方、菜穂子は用事のため夫と一しょに銀座に出たとき、ふと雑沓の中で、幼馴染の都築明らしい、何か

の同じような店で茶をゆっくり喫み、それからこんどは銀座へ出て、いつまでも夜の人込みの中をぶらついていた。そんな

菜穂子は、銀座の裏のジャアマン・ベエカリの一隅で、もう一時間ばかり圭介の来るのを

荻窪

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だった。毎晩、彼の勤めている建築事務所から真直に荻窪の下宿へ帰らずに、何時間もこう云う銀座の人込みの中で何と

から、或建築事務所に勤め出していた。彼は毎日荻窪の下宿から銀座の或ビルディングの五階にあるその建築事務所へ通って来

達を見舞って来たりするので、こんなにあかるいうちに荻窪の駅に下りたのは珍らしい事だった。電車から下りて、茜色を

があるようなので、事務所を早目に切り上げ、真直に荻窪に帰って来た。大抵事務所の帰りの早い時にはおよう達を

或野分立った日、圭介は荻窪の知人の葬式に出向いた帰り途、駅で電車を待ちながら、夕日のあたっ

からは屡々会社の帰りの早いときなどには東京駅からわざわざ荻窪の駅まで省線電車で行き、信州に向う夕方の列車の通過するまでじっと

明はそのとき不意といつか荻窪の駅で彼女の夫らしい姿を見かけた事を思い出し、それを菜穂子に

新宿

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大森の家へ帰って行く気がしなかった。彼は新宿の或店で一人で食事をし、それから外の同じような店で

「新宿。……」菜穂子はせき込むように答えた。

小諸

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になった。村には医者がいなかったので、小諸の町からでも招ぼうかと云うのを固辞して、明はただ自分