みちの記 / 森鴎外
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断えたり。小舟にてわたる。豊野より汽車に乗りて、軽井沢にゆく。途次線路の壊れたるところ多し、又仮に繕いたるのみなれば、
破りたるところ少からず。されど稲は皆恙なし。夜軽井沢の油屋にやどる。
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旅費を求めてここを去りぬ。後に聞けば六郎が熊谷に来しは、任所へゆきし一瀬が跡追いてゆかんに、旅費なければ
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に抵り、ここにて乗りかえて新町につき、人力車を雇いて本庄にゆけば、上野までの汽車みち、阻礙なしといえり。汽車は日に
乗りしとき、車丁の荷物を持ちはこびたると、松井田より本庄まで汽車のかよわぬ軌道を、洋服きたる人の妻子婢妾にとおらせ、猶飽きたら
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山を踰え渓を渡りなどす。松井田より汽車に乗りて高崎に抵り、ここにて乗りかえて新町につき、人力車を雇いて本庄にゆけば、
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よしとするものなるに、わが買いもてかえりしは、草津のいわなの大なるなれば、味定めて悪からんという。嘗みるに果して
然り。ここより薬師堂の方を、六里ばかり越ゆけば草津に至るべし、是れ間道なり。今年の初、欧洲人雪を侵して越えし
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人はいずくに来ても英吉利人なりと打笑いぬ。長野にて車を下り、人力車雇いて須坂に来ぬ。この間に信濃川にかけ
に鳳山亭と※したる四阿屋の簷傾きたるあり、長野辺まで望見るべし。遠山の頂には雪を戴きたるもあり。この
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て、勤王党と称し、久留米などの応援を頼みて、福岡より洋式の隊来るを、境にて拒み、遂に入れざりしほどの勢なり
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の人の癖なるべし。おなじ宿に木村篤迚、今新潟始審裁判所の判事勤むる人あり。臼井六郎が事を詳に知れり
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、頭やや軽き心地す。次の汽車に乗ればさきに上野よりの車にて室を同うせし人々もここに乗りたり。中に
明治二十三年八月十七日、上野より一番汽車に乗りていず。途にて一たび車を換うることあり
乗りかえて新町につき、人力車を雇いて本庄にゆけば、上野までの汽車みち、阻礙なしといえり。汽車は日に晒したるに人
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かいにて、公道を距ること遠ければ、人げすくなく、東京の客などは絶て見えず、僅に越後などより来りて浴する病人あるのみ
おのれは高田より北、吹上より南を知らずという。東京の客のここへ来ることは、年に一たびあらんなどいえど、
二十一日、あるじ来て物語す。父は東京にいでしことあれど、おのれは高田より北、吹上より南を知らず
の新聞やあると求むるに、二日前の朝野新聞と東京公論とありき。ここにも小説は家ごとに読めり。借りてみる
白雲につつまれたり。炉に居寄りてふみ読みなどす。東京の新聞やあると求むるに、二日前の朝野新聞と東京公論とあり
。任所にては一瀬を打つべき隙なかりしかば、随いて東京に出で、さて望を遂げぬ。その折の事は世のよく知る
のちなみありとて、共に旅立つこととなりぬ。六郎は東京にて山岡鉄舟の塾に入りて、撃剣を学び、木村氏は熊谷の裁判所
し一人なりしが、刃にちぬるに至らず、六郎が東京に出でて勤学せんといいしときも、親類のちなみありとて、共