雪の日 / 永井荷風
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その月から下座をやめて高座へ出るやうになつて、小石川の席へは来なくなつた。帰りの夜道をつれ立つて歩くやうな機会は
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その後三四年にしてわたくしは牛込の家を売り、そこ此処と市中の借家に移り住んだ後、麻布に来
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女の声がしたので、その方を見ると、長命寺の門前にある掛茶屋のおかみさんが軒下の床几に置いた煙草盆などを片づけて
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、わたくしはそれから一人とぼ/\柳原から神田を通り過ぎて番町の親の家へ、音のしないやうに裏門から忍び込むのであつた。
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固有のものがあつた。されば言ふまでもなく、巴里や倫敦の町に降る雪とは全くちがつた趣があつた。巴里の町に
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たばかり。正月は一年中で日の最も短い寒の中の事で、両国から船に乗り新大橋で上り、六間堀の横町へ来かゝる頃には、立迷ふ夕靄に
忘れもしない、その夜の大雪は、既にその日の夕方、両国の桟橋で一銭蒸汽を待つてゐた時、ぷいと横面を吹く川風に、灰のやうな細
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町に降る雪とは全くちがつた趣があつた。巴里の町にふる雪はプツチニイがボヱームの曲を思出させる。哥沢節に誰
られぬ固有のものがあつた。されば言ふまでもなく、巴里や倫敦の町に降る雪とは全くちがつた趣があつた。巴里
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毎日午後に、下谷御徒町にゐた師匠むらくの家に行き、何やかやと、その家
下谷から深川までの間に、その頃乗るものと云ひては、柳原を通ふ
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」に、丹次郎が久しく別れてゐた其情婦仇吉を深川のかくれ家にたづね、旧歓をかたり合ふ中、日はくれて雪が
正月の下半月、師匠の取席になつたのは、深川高橋の近くにあつた、常磐町の常磐亭であつた。
下谷から深川までの間に、その頃乗るものと云ひては、柳原を通ふ赤馬車
ぐる/\ぐる/\廻つてゐて、本所だか、深川だか、処は更に分らぬが、わたくしは兎角する中、何かに
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もなかつた頃の東京の町を思起すのである。東京の町に降る雪には、日本の中でも他処に見られぬ
と、今だに明治時代、電車も自動車もなかつた頃の東京の町を思起すのである。東京の町に降る雪には、日本
しも、旧米沢町の河岸まで通じてゐた時分である。東京名物の一銭蒸汽の桟橋につらなつて、浦安通ひの大きな外輪の
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友と二人、梅にはまだすこし早いが、と言ひながら向島を歩み、百花園に一休みした後、言問まで戻つて来ると、川づら
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雪もよひの寒い日になると、今でも大久保の家の庭に、一羽黒い山鳩の来た日を思出すのである
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毎日午後に、下谷御徒町にゐた師匠むらくの家に行き、何やかやと、その家の
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和泉橋際で別れ、わたくしはそれから一人とぼ/\柳原から神田を通り過ぎて番町の親の家へ、音のしないやうに裏門から忍び込む
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がまだ其のまゝ昔の江戸絵図にかいてあるやうに、両国橋の川しも、旧米沢町の河岸まで通じてゐた時分である。東京名物
と連立つて安宅蔵の通を一ツ目に出て、両国橋をわたり、和泉橋際で別れ、わたくしはそれから一人とぼ/\柳原から神田
饂飩に空腹をいやし、大福餅や焼芋に懐手をあたゝめながら、両国橋をわたるのは殆毎夜のことであつた。然しわたくし達二人、二十
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の最も短い寒の中の事で、両国から船に乗り新大橋で上り、六間堀の横町へ来かゝる頃には、立迷ふ夕靄