海洋の旅 / 永井荷風

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地名一覧

島原

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に送りたいと思ひ、ホテルの案内書をたよりにして島原の小浜と云ふ海岸に赴いたのである。こゝは人も知る通り、上海やマニラ

自分は其れ等の外客と小蒸汽に乗つて島原の入海を越え海岸の小さな木造りのホテルに宿を取つた。

自分は遠いこの島原の海のほとり、西洋人ばかりしか泊てゐない宿屋の一室に人知れず自殺

島原半島

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を越えて茂木の港に出で、入海を横切つて島原半島に遊んだ後、帰り道は同じく上海より帰航の便船をまつて、同じ海と

横浜

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昨日長崎から帰つた。八月の中旬横浜から上海行の汽船に乗つて、神戸門司を経て長崎に上陸し、

帰航の便船をまつて、同じ海と同じ港を過ぎて横浜に上陸したのである。二週日の間自分は海ばかりを見た

この慰安と寂寞を味はんが為めに、自分は目的なく横浜の埠頭を離れて海に漂つたのである。夏の大空に輝く強い日光

横浜を出て四日間の航海と、幾百里離れた長崎の風景とが、

汽船は海上四日の後横浜に着いた。

香港

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、広間の長椅子に凭れて其の辺に置いてある上海や香港やマニラあたりの英字新聞を物珍らしく拾ひ読みした後、早く寝てしまつ

船に乗つて元来た港へ帰つた。上海や香港から避暑に来てゐた英国人二三名も同じく船に乗つた。岸に

畿内

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名残りのみである。痛嘆すべきこの二つの歴史は、畿内の山河がいつも自分に向つて消極的教訓を語るに反して、長崎の風景に

富士山

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の内的生活に於て、現代日本人の心情は余りに、富士山の姿と天の橋立の趣きから遠ざかり過ぎてゐる事を自分は不思議に感ずるので

大徳寺

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向きの商店ばかり並んだ一条の町を過ぎ、丸山に接する大徳寺といふ高台の休茶屋から、暮れて行く港の景色を眺めてゐた時

マニラ

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感じさせるやうに響く。この云ひがたい遠国的の情調は、マニラから避暑に来る米国の軍人が騒いで遊ぶ丸山遊廓の絃歌の声、或はまた

赴いたのである。こゝは人も知る通り、上海やマニラや浦塩あたりから、日光箱根などへ行く事の出来ない種類の西洋人が、

長崎

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から上海行の汽船に乗つて、神戸門司を経て長崎に上陸し、更に山を越えて茂木の港に出で、入海を横

昨日長崎から帰つた。八月の中旬横浜から上海行の汽船に乗つて、

夏の旅行の目的地を、殊更暑いと云はれた南方の長崎に択んだのか自分ながらも少しくその解釈に苦しむのである。自分は

朝に、自分は絵のやうに美しく細長い入江の奥なる長崎に着いたのである。

の軍人が騒いで遊ぶ丸山遊廓の絃歌の声、或はまた長崎の街々の端れにある古寺の鐘の音によつて、一層深く味ひ

女の呼声が湿気のない晴れ渡つた炎天の下に、長崎は日本からも遠く、支那からも遠く、切支丹の本国からも遠い/\

長崎は京都と同じやうに、極めて綺麗な、物静かな都であつた。石道

繁華を夢に見つゝ心地よく衰頽の平和に眠つて行く此の長崎に来い………と諭してくれるやうにも思はれた。

確かに二三箇所から一度に撞出される梵鐘の響は、長崎の町と入海とを丁度円形劇場のやうに円く囲む美しい丘陵に遮られ

たことは無い。上陸した最初の日の夕方、乃ち長崎の夕凪とか称へて、烈しい炎暑の一日の後、入日と共に

自分は未だ嘗て長崎に於けるが如く、軟かな美しい鐘の音を聞いたことは無い。

山河がいつも自分に向つて消極的教訓を語るに反して、長崎の風景に対して一種名状しがたき憤恨と神秘の色調を帯びさせてゐる

ぞと囁くやうに思はれた。幾ヶ所とも知れぬ長崎の古い寺々は蔦まつはる其の土塀と磨減つた石段と傾いた楼門の

でもなく日本でもなく西洋でもない、此特別の長崎ばかりだぞと囁くやうに思はれた。幾ヶ所とも知れぬ長崎の

横浜を出て四日間の航海と、幾百里離れた長崎の風景とが、東京を忌む自分の心にいかなる慰安を与へたかは

にビイルを傾けた後、ホテルの車を雇つて、長崎へ帰るべき峠を越して行くと、またしても同じ道を行く米国人

長崎の或ホテルへ着いてからも、或は又其の翌日横浜行の汽船に乗

ほどに唯々美しいと感じ得るのであつた。島嶼の多い長崎港外の海湾、湖水の様な瀬戸内海から荒涼たる紀州半島、凹凸の甚しい伊豆

神戸

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八月の中旬横浜から上海行の汽船に乗つて、神戸門司を経て長崎に上陸し、更に山を越えて茂木の港に出

京都

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長崎は京都と同じやうに、極めて綺麗な、物静かな都であつた。石道と土塀

とによつて外国の空気が通つてゐるが為めか京都ほど暗くはない。狭くはない。支那風に彩色した軽舟は真青な

色調を帯びさせてゐるやうに思はれる。今では同じく京都のやうに悲しく廃れ果てゝはゐるものゝ、猶絶えず海と船と

の形とに云ひ知れぬ懐しさを示すばかりで、奈良京都の寺院の如くに過去の権威の圧迫を感じさせない。曲学阿世の学者

奈良

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楼門の形とに云ひ知れぬ懐しさを示すばかりで、奈良京都の寺院の如くに過去の権威の圧迫を感じさせない。曲学阿世の

東京

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如くはない。海は実に大きく自由である。自分は東京の市内に於ても、隅田川の渡船に乗つてさへ、岸を離れ

色は東京などよりも一層鮮かに濃いやうに見えた。東京の蝉とは全く違つた鳴声の蝉が、夕立の降つてくるやうに

。花の多い街であつた。樹木の葉の色は東京などよりも一層鮮かに濃いやうに見えた。東京の蝉とは全く違

お前は何故もつと早く此処へ来なかつたのだ。東京はもうお前の住むべき処ではない。早く俗縁を断つて、過去の

出来る。車夫や物売りの相貌も非常に柔和であつて、東京中を横行する彼の恐しい工夫や職工や土方のやうなものは至つて

而も小綺麗である。道路は極めて狭いけれども、吾々が住む東京の山の手のやうに軍人の馬と荷車の馬とが荒れ廻つてゐ

な生涯を送つたかを思ひ返す。それは丁度今日の東京に住んでゐると同じやうな心持であつた。限りなく騰貴する物価は住民

の航海と、幾百里離れた長崎の風景とが、東京を忌む自分の心にいかなる慰安を与へたかはこゝに繰返して云ふ必要

どれほどこの無装飾の淋しい室を喜んだか知れない。東京の帝国ホテルの食堂を飾つてゐるやうなサムライ商会式の西洋趣味に驚かさ

から帰つて来て、乃ち日本の風景の懐中から去つて東京の市街を歩んで見よ。新しい日本人が経営する新しい都会の生活には

近頃東京朝日新聞の文芸欄に掲げられた「新日本風景論」の中にも論じられ

自分は海岸通りのホテルに茶菓を味つた後、汽車で東京に帰つた。人家の屋根の上には梅毒の広告が突立つてゐる大きな

隅田川

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自由である。自分は東京の市内に於ても、隅田川の渡船に乗つてさへ、岸を離れて水上に泛べば身体の動揺と