川崎 軽井沢 大阪 南禅寺 一乗寺 札幌 本所 宇治 曼殊院 北海道 新富座 大徳寺 江戸 阿弥陀三尊 京極 横浜 勢至菩薩 関西 吉兆 天龍寺 両国 後楽園 富山 京都 福岡 奈良 福島 深川 新宿 浅草 日比谷 銀座 市ヶ谷 虎ノ門 東京 日本橋 品川 高尾 隅田川

、マヨネーズノチューブダノト云ッタ類ヲ製造スル会社デアルト聞イテイル。工場ハ川崎辺ニアルガ、本社ハ日本橋ニアッテ、彼ハソコノ営業部ニ勤メテイル。近イウチニ部長ニナレルラシイガサラリーヤボーナスハ今

去年ノ夏軽井沢ヘ行ッテイタ留守ニ寝室ト浴室ト便所トヲ作リ直サセタコトガアッタ。イクラ忘レッポイト云

学校ガ休ミニナッタノデ、経助ハ辻堂ノ子供達ト一緒ニ近々軽井沢ニ行ク豫定。婆サント陸子ガ同行スル。アタシハ来月参リマス、経助

辻堂ノ陸子ト子供三人、女中ノオ節ノ七人ガ軽井沢ヘ出発スル。浄吉ハ二日ニ関西方面ヘ出カケ、六日ニ帰京

六日ニ帰京シテ七日ノ日曜カラ約十日間、コレモ軽井沢ニ行クト云ウ。ソウスルト颯子ノタメニイロ／＼ト好都合ナコトガ起リソウデアル。ソノ颯子ハト

ソノ颯子ハト云ウト、アタシハ来月ニナッテカラトキ／″＼二三日グライ軽井沢ヘ参リマス、佐々木サント静ガ東京ニオリマスコトハオリマスケレドモ、オ爺チャンヲオ一人オ残シ申シトクノハ

ニオリマスコトハオリマスケレドモ、オ爺チャンヲオ一人オ残シ申シトクノハ心配デゴザイマスシ、ソレニ軽井沢ハプールノ水ガツメタ過ギテ泳ゲナイカラ困リマスノ、トキ／″＼ナライヽケレド、ズーットイルノハ御免ダワ、

七日。………浄吉昨夜関西ヨリ帰宅、今朝軽井沢ニ出カケル。………

十四日。浄吉一人、夜軽井沢ヨリ帰宅、明日ノ月曜ヨリ出社ノ由。

風雨強シ。ニモ拘ラズ、カネテノ豫定ノ通リ朝軽井沢ニ立ツ。颯子ト佐々木同伴スル。但シ佐々木ハ二等車デアル。佐々木

、彼女ハスッカリ予ニ愛想ヲ盡カシテイタ。婆サンヤ経助ト軽井沢ヘ立ツ時モ、ワザトコヽヘ寄ラナイデ上野駅デ落チ合ッタ。先日軽井沢デハ努

ツ時モ、ワザトコヽヘ寄ラナイデ上野駅デ落チ合ッタ。先日軽井沢デハ努メテ予ト顔ヲ合ワサナイヨウニシテイタ。ソレガ、婆サント連レ立ッテ這入ッテ

「コノ間、アタシ達ガ軽井沢カラ帰ッテ来タ明クル日ノ晩、先月ノ二十五日ノ晩ニ、後楽園

行カナイ。シカシ七月ハ下旬マデ学校ガアルシ、八月ニナレバ軽井沢ヘ追ッ拂ッテシマウ。問題ハ寧ロ春久デアル。

努力ニ免ジテ将来ノ大成ヲ祈ルノミデアル。同ジ大役デモ大阪ノモノデナク、江戸ノモノヲ選ンダ方ガヨカッタト思ウ。訥升ハ今日モ綺麗デアッタガ、揚巻

時代ノ予ノ同窓ニ山田湿ト云ウ法学士ガアッタ。大阪ノ市役所ニ勤メテ、疾ウニ故人ニナッタガ、コノ男ノ父ハ古イ弁護士カ

スルノダト云ッテ昨日カラ行ッテイルノデアル。テレビノ一行ハ京都ホテル、颯子ハ南禅寺ニ泊リ、二十日ノ水曜ニ帰ルト云ッテイル。五子トウマク行ク筈ガナイカラ

「南禅寺ヘハオ泊リニナラナイノ？」

キデ泊ッタリスルト手数ヲカケルコトニナルカラナ。ソレニ颯子モイルコトダシ、―――颯子ハ南禅寺ヘ泊ルノハ懲リ／＼ダカラ、ソレダケハ堪忍シテクレト云ッテルンダ」

、九時近ク食事ガ終ル。颯子一人五子達ヲ南禅寺ヘ送リ届ケテホテルヘ帰リ、予ト佐々木トハ夜ガ晩イカラト云ウノデ、吉兆

デ晝食ノ後、鹿ヶ谷ノ法然院カラ始メテ黒谷ノ真如堂、一乗寺ノ曼殊院辺ヲドライブスルコトニ決メル。夜ハ嵯峨ノ吉兆ニ颯子達ノ一行モ菊太郎

食事中ノ雑談ニ、浄吉ガ二三日中ニ札幌ヘ出張スルカモ知レナイト云ウ。滞在ハ一週間ノ豫定ダガ、来ルナラ一緒

割下水ニ数代前カラ住ンデイタガ、父ノ代ノ時本所カラ日本橋区横山町一丁目ニ移ッタ。ソレハ明治ノ何年頃デアッタカ幼少ノ時

ッテヤッタノデアル。予ハ五子ノタメニ自動車ヲ一日買イ切リニサセ、途中宇治ノ平等院ヲ見テ奈良ニ行キ、東大寺、新薬師寺、西ノ京ノ法華寺

後、鹿ヶ谷ノ法然院カラ始メテ黒谷ノ真如堂、一乗寺ノ曼殊院辺ヲドライブスルコトニ決メル。夜ハ嵯峨ノ吉兆ニ颯子達ノ一行モ菊太郎モ参加シテ

ト、曼殊院ノ階段ヲ下リナガラ五子ガ云ウ。

、来ルナラ一緒ニ来テモイヽト云ウ。颯子ハ考エテ、北海道ノ夏ヲ見タイト思ッテタンダケレド、今度ハ止メルワ、二十日ニ春久サンニ誘ワレテボクシングニ

庄宗十郎、多兵衛団之助等々デアル。昔先代鴈治郎ガ新富座デコレヲ出シタ時ノコトヲ思イ出ス。アノ時ノ孫右衛門ハコノ猿之助ノ父段四郎、

墓地捜シハソレデ中止シテ大徳寺カラ北野ヘ出、御室カラ釈迦堂前、天龍寺前ヲ経テ吉兆ニ到着、マダ

ジテ将来ノ大成ヲ祈ルノミデアル。同ジ大役デモ大阪ノモノデナク、江戸ノモノヲ選ンダ方ガヨカッタト思ウ。訥升ハ今日モ綺麗デアッタガ、揚巻ノ方ガヨカッタ

ハ遠イ昔ハ江州商人ノ出ラシイガ、四五代前カラ江戸ニ住ミ、予モ本所割下水ニ生レタノデ、生粋ノ江戸ッ子デアルニ違イナイ

坐像ノ拓本ガ示サレテイル。又ソノ外ニ蜻蛉石線彫阿弥陀三尊石佛ノ一ツトシテ勢至菩薩坐像ノ拓本ヲ載セテイル。「背の高い硬砂岩の

友達ニナッタ祇園ノ藝者ヲ二三人招キ、晝食ヲ共ニシテカラ京極ノＳ・Ｙ・京映ヘ行キ、夜ハキャバレヘ引ッ張ッテ行ッテ皆

血壓ガ上ル。ドッチガ原因デ、ドッチガ結果トモ云エナイ。横浜ヲ通過スルマデニ一回、熱海ヲ通過スルマデニ又一回便所ニ通ウ。席カラ便所ガ

いゐる」トアル。如来ノ坐像ハイズレモ男性的ニ結跏趺坐シテイルガ、コノ勢至菩薩ハ女性ラシク両膝ヲ揃エテ坐ッテイル。予ハ殊ニコノ菩薩像ニ惹キツケラレタ。…

覚マシタラシイ。ソファニ坐ッテガウンノ間カラ両方ノ膝頭ヲ現ワシテイル。勢至菩薩ノアノ姿ヲ思イ出ス。

「足リナイコトハナインダガ、コヽヘ来ルト関西ノモノガ恋シクナルンダ」

七日。………浄吉昨夜関西ヨリ帰宅、今朝軽井沢ニ出カケル。………

カラ北野ヘ出、御室カラ釈迦堂前、天龍寺前ヲ経テ吉兆ニ到着、マダ時刻ガ早過ギルノデ颯子達モ菊太郎モ来テイナイ。暫ク別室

ケテホテルヘ帰リ、予ト佐々木トハ夜ガ晩イカラト云ウノデ、吉兆ニ泊ル。

シハソレデ中止シテ大徳寺カラ北野ヘ出、御室カラ釈迦堂前、天龍寺前ヲ経テ吉兆ニ到着、マダ時刻ガ早過ギルノデ颯子達モ菊太郎モ来

ノ芝翫デアッタ。予ノ家ガ本所割下水ニアッタ時代デ、両国廣小路ノ、アレハ何ト云ッタッケナ、何トカ云ウ有名ナ絵草紙屋ノ店頭ニ助

長クイルノハ退屈ダナ。二十五日ニ実ハ颯子ト約束ガアルンダ。後楽園ジムニ全日本フライ級タイトルマッチガアルンダ」

オ蔭デ、今日ノ後楽園ノタイトルマッチハ諦メルコトニスル。尿道ノ故障ハ今朝ハ一応良クナッタノデ、行ッテ行カレナイコトハナイノダガ、

一杯デ止メヨウト思ウ。………颯子ハ早速今夜後楽園ジムヘ出カケル。

タ明クル日ノ晩、先月ノ二十五日ノ晩ニ、後楽園ジムニ東洋フェザー級タイトル・マッチガアッタデショウ？」

便利デアル。笙篳篥ノヨウナモノヲ鳴ラサレルノハ迷惑ダケレドモ、誰カ一人、富山清琴ノヨウナ人ニ「残月」ヲ弾イテ貰ウ。

ヲ運転シタガッタリ拳闘ヲ愛シタリスル一面、ガラニモナク生花ガ好キデ、京都ノ一草亭ノ娘婿ガ週ニ二回、イロ／＼珍シイ花ヲ持ッテ

「ソレハ分ッテマスケレド、京都ニナサルニシタッテ、来月ノ大文字マデニハ決メルッテオッシャッテタデショウ」

ノヨウナ日蓮上人ノ像ガ飾ッテアッテ、ソレヲ拝マセラレルカラダ。出来レバ京都ノ法然院カ真如堂アタリヘ埋メテ貰イタイ。

間モナク颯子ハ出カケテ行ッタ。夜ノ遅イ急行デ京都ヘ行キ、祇園会ヲ見物スルノダト云ウ。コノ暑イノニ御苦労ナコトダガ、春久

ニ貴船菊ガ琅※斎ノ籠ニ挿シテアル。今日ハ京都ノ花ノ先生ガ来タノデアロウ。ソシテ颯子ガコノ老人ノタメニ心ヅクシヲ示シタノデアロウカ。ソレトモコノ

行ケソウナ気ガシテ来タ。コノ春以来気ニナッテイタノダガ、イッソコノ際京都行キヲ決行シヨウカト思ウ。………

ダヨ、十一月モ今日デ十日ダ、グズ／＼シテルト京都ノ冬ハ早イカラネ」

「ホカノコトヽ違ウカラネ、ソンナ悠長ナコトヲ云ッチャイラレナイヨ、今度行ッタラコレガ京都ノ見納メニナルカモ知レン」

予ノ京都行キノ主タル目的ハ実ハコヽニアル。墓地捜シハ寧ロ口実デアル。

コンナコトヲ繰リ返シツヽ午後八時三十分京都着。五子、菊太郎、京二郎、ホームニ出迎エテイル。

イ／＼先祖ハイズレ京都アタリカラ出タモノト思ウ。兎ニ角京都ニ埋メテ貰エバ東京ノ人モ始終遊ビニ来ル。「ア、コヽニアノ

先ノコトハ分リハシナイ。予ノ家モ遠イ／＼先祖ハイズレ京都アタリカラ出タモノト思ウ。兎ニ角京都ニ埋メテ貰エバ東京ノ人モ

アッチコッチヘ逃ゲ回ラナケレバナラナイ。ソウ云ウ点デハ何ト云ッテモ京都ガ一番安全デアル。先祖代々江戸ッ子ダト云ッテモ、五六代先ノコトハ分リハシナイ

、ガ、ニモ拘ワラズ予ハ近頃ノ東京ガ面白クナイ。京都ノ方ガ昔ノ東京ヲ思イ出サセル趣ガアッテ却テナツカシイ。今ノ東京

「歩イテナンテ飛ンデモナイ、京都ノ夜ハ冷エルカラクレ／″＼モ気ヲ付ケルヨウニッテ、御隠居様ニサン／

「ナアニ、チットモ元気ナコトナンカナイヨ、今度ハ京都ヘ自分ノ墓地ヲ捜シニ来マシタ、イツ死ンデモイヽヨウニネ」

ヘハ一度モ旅行シタコトガナイ。ソレデ今度ノ京都行ヲカネテカラ楽シミニシテイタガ、京都滞在中ニ一日オ暇ヲ戴イテ奈良見物ヲサセテクレト云ッテイタノデアル。予ハ思

埼玉県ノ生レデ関西方面ヘハ一度モ旅行シタコトガナイ。ソレデ今度ノ京都行ヲカネテカラ楽シミニシテイタガ、京都滞在中ニ一日オ暇ヲ戴イテ奈良見物ヲサセテクレト

昨日午後三時二分京都発第二こだまニ乗ル。予ト佐々木トハ一等、五子ハ二等

………十七日の夜帰京した患者は、京都での連日の疲労が一度に発したのであろう、十八十九の

私は京都の家にいても近頃はこれと云う用事もないので、一カ月

或る日、私が京都に帰っていた時、突然父から電話がかゝった。何用かと

日デアルガ何事モナイ。浄吉今日ヨリ五日間ノ豫定デ福岡ニ飛ブ。

颯子ハ自慢スル。反対ニ母ノ足ハ幅廣デアル。奈良ノ三月堂ノ不空羂索観世音菩薩ノ足ヲ見ルト、予ハイツモ母ノ

彫リ手ニ知ラセズニ彫ラセルコトガ出来ル。予ハ先ズ奈良アタリノ絵心ノアル佛工ニ命ジテ、今宮神社ノ四面佛ニ倣ッテ線彫

ヲ見テ廻ル。日ガ短イカラ暗クナラナイウチニ見テシマッテ、奈良ホテルデ夜ノ食事ヲシタヽメテ帰ッテ来ル。夜オソクテモ今日中ニ帰ッテ来レバイヽ

ヲ一日買イ切リニサセ、途中宇治ノ平等院ヲ見テ奈良ニ行キ、東大寺、新薬師寺、西ノ京ノ法華寺、薬師寺グライハ見落サナイヨウニセヨ

出タガラナイ。故桑造在世中モ夫婦デ旅行シタコトナドハメッタニナイ。セメテ奈良ノ寺々グライハ見テ置イタ方ガイヽシ、殊ニ今度ハ予ノ菩提所ヲ定

案内役ニ附ケテ行カセルコトニシテイタ。ト云ウノハ、五子モ暫ク奈良ヘ行ッタコトガナイノデ、コノ機会ニ行ッタラドウカト予ガ勧メタノデアル。五子ハ兎角引

ヲカネテカラ楽シミニシテイタガ、京都滞在中ニ一日オ暇ヲ戴イテ奈良見物ヲサセテクレト云ッテイタノデアル。予ハ思ウトコロガアッテ、ソノ日ヲ特ニ今日ニ選ンダ

「外ニ何カ、奈良デオ買物ハアリマセンカ、蕨餅ハイカヾ？」

形ヲ石ニ刻ンダモノガ支那ニモ朝鮮ニモ保存サレテイルガ、日本ニハ奈良ノ薬師寺ニアル。ソレヲ必ズ拝ンデ来ナサイ」

ノタメ品川マデ参リマシタラ、ソノ歯科医院デ偶然ＰＱ病院時代ノ福島博士ト云ウ整形外科ノ先生ニ出会ッタ。ソシテ二十分バカリ待タサレテイル間ニ

「ソノ福島博士ト云ウ人ハ信用ノ置ケル人カネ」

先生ヲオ訪ネシテ先生ガ何ト仰ッシャルカ伺ッテ見マショウカ、福島博士ノ仰ッシャッタコトヲ私カラ詳細ニ申シ上ゲテ、先生ガ何ト仰ッシャルカ

報告ニ曰ク、プロフェッサー梶浦ノ仰ッシャルニハ、私ハＰＱ病院ノ福島ナル人ヲ知ラナイ、且私ハ専門外デアルカラソノ可否ニツイテ立チ入ッタ意見

タワル。レントゲン写真ノ現像ガ濡レタフィルムノマヽ直グ持ッテ来ラレル。福島博士ガソレヲ仔細ニ観察シタ上デ、

常識ニナッテイル。用心探イ医師ハ必ズソレダケノ注意ヲ怠ラナイ。福島博士モ殊ニ重大ナ場合デアルカラ当然ソレダケノ手順ヲ蹈ンダ訳デアル。ト、

最初ニ埋メラレタ場所ニ埋メラレテイル訳デハナイ。祖父母ノ墓ハ深川ノ小名木川近クノ或ル法華寺ニアッタノダガ、ソノ後間モナクアノ辺一帯ガ工場地帯

十六日。………夜新宿ノ第一劇場夜ノ部ヲ見ニ行ク。出シ物ハ「恩讐

拘ラズ、ブルブル震エナガラ水入リヲシタ。カンペラ門兵衛ハ特ニ浅草ノ宮戸座カラ中村勘五郎ガ買ワレテ来テ演ジタガ、コレガ妙ニ印象ニ

子ダト云ッテタケレド、日劇ニイタノハホンノ半年グライデ、ソノ後何ヲシテイタノカ、浅草辺ニイタコトモアルラシイシ、ドコカノナイトクラブニモイタラシイ。

寺ニアッタノダガ、ソノ後間モナクアノ辺一帯ガ工場地帯ニナッタヽメニ寺ハ浅草ノ龍泉寺町ニ移リ、ソコモ大地震デ焼カレタノデ、今デハ多磨墓地ニ移

ニ依ルト、今日ハ全学連ノ反主流派ノデモダソウデ、二時カラ日比谷ニ集リ、主トシテ国会警視庁辺ヲ襲ウラシイノデ、ソレニ打ツカラナイヨウニスレバイヽト云ウ

「モウ五時ダネ、オ婆チャン、コレカラ銀座ヘ出テ晩飯ヲ喰ッテ帰ロウジャナイカ」

「銀座ノドコヘ」

云ワセル。野村曰ク、デモハ夜遅クマデ続キ、霞ヶ関カラ銀座ヘ出テ十時ニ解散スル、今カラ浜作ヘイラッシャレバ、八時迄ニハ帰

者ノ風呂場ト別々ニナッテヽ、トテモキタナインデ這入ル気ニナラナイ、仕方ガナイカラ銀座ヘ出カケテ東京温泉ニ這入ルンダケド、コヽデ入レテ貰エタラ局カラノ距離モ近

時迄ニハ帰レマスカラ大丈夫デス、但シ少シ遠廻リシテ市ヶ谷見附カラ九段ヲ経、八重洲口ヘ出テ行ケバ、デモニ打ツカル恐

、整形外科ノ方ヘ行ッテ見テ貰ッタラト云ウノデ、先日虎ノ門病院デレントゲンヲ撮ッタノデアルガ、頸椎ノ辺ニ曇リガアルシ、手ノ痛ミガソンナニ激シイノナラ、

ニ疲レタ、トデモ云ウノダロウカ、イツ死ンデモイヽ気ガシテイル。先日虎ノ門病院デ断層写真ヲ撮ラレタ時、癌カモ知レナイト云ワレテ附添ノ婆

違ウノデ左手ノ痛ミノ原因ガソコニアルコトニ確信ハ持テナイガ、恐ラク虎ノ門病院ノ整形科ノ所見ガ正シイノダト思ウ、ツイテハ一応コノ写真ヲ大学ヘ

博士ヨリ杉田氏ニ電話アリ、大学ノ整形科ノ所見モ虎ノ門病院ト全ク同一ナル由ヲ知ラセテ来ル。

、疾ウカラ死ノ覚悟ガ出来テイタ筈デハナカッタノカ、現ニコノ夏虎ノ門病院デ頸椎ノ癌カモ知レナイト云ワレタ時、附添イノ婆サンヤ佐々木ハ

刹那ノ一瞬間ハ呼吸ヲ止メテ下サイト云ワレル。大体虎ノ門病院ノ時ト同ジデアッタ。

家族は老夫人のみ病室にいる。酸素吸入の必要を感じ虎ノ門病院に連絡、病状報告の上配慮を依頼する。

愛情ガ冷メタノカ知ラン。何シロ出張旅行ガ多イシ、東京ニイテモ宴会ガ多クテ夜ガオソイ。外ニ誰カ出来タノカモ知レナイガ、ソノ点

ガ週ニ二回、イロ／＼珍シイ花ヲ持ッテ東京ヘ出テ来テ教エルノデ、ソノ人ニ就イテ去風流ヲ習ッテイル。

ドンナ時ニドンナ都合デドンナ所ヘ移転サセラレルカ分ッタモンジャナイ。多磨墓地ナンテ東京ノ感ジガシナイ。アンナ所ニ埋メラレタクナインダ」

ダ。己ハ江戸ッ子ダガ、近頃ノ東京ハ好キジャナインダ。東京ニ墓ナンカ作ッタラ、ドンナ時ニドンナ都合デドンナ所ヘ移転サセラレルカ分ッタモンジャナイ。多磨

東京ノ墓地デハ嫌ダ。己ハ江戸ッ子ダガ、近頃ノ東京ハ好キジャナインダ。東京ニ墓ナンカ作ッタラ、ドンナ時ニドンナ都合デドンナ所ヘ移転

グコトハナイサ。己ハコノ間モ云ッタ通リ、自分ノ墓ハ東京ノ墓地デハ嫌ダ。己ハ江戸ッ子ダガ、近頃ノ東京ハ好キジャナインダ。

別々ニナッテヽ、トテモキタナインデ這入ル気ニナラナイ、仕方ガナイカラ銀座ヘ出カケテ東京温泉ニ這入ルンダケド、コヽデ入レテ貰エタラ局カラノ距離モ近イシ、大変助

／″＼二三日グライ軽井沢ヘ参リマス、佐々木サント静ガ東京ニオリマスコトハオリマスケレドモ、オ爺チャンヲオ一人オ残シ申シトクノハ心配デゴザイマスシ、ソレニ軽井沢ハプールノ水ガツメタ

「ナゼサ、一緒ニ寝テクレタッテイヽジャナイカ、東京デモ時々ソウシテクレテルジャナイカ」

アタリカラ出タモノト思ウ。兎ニ角京都ニ埋メテ貰エバ東京ノ人モ始終遊ビニ来ル。「ア、コヽニアノ爺サンノ墓ガアッタッケナ」ト

カレタノデ、今デハ多磨墓地ニ移ッテイル。ダカラ佛様達ハ東京ニ置イトカレルト、骨ニナッテカラモ始終アッチコッチヘ逃ゲ回ラナケレバナラナイ。ソウ云ウ点デハ何

出来レバ父ヤ母ヤ祖父ヤ祖母タチノ墓モ、何処カ東京デナイ所ヘ持ッテ来チマイタイクライダ。祖父母ヤ父母ニシタトコロデ、昔最初ニ埋メラレタ場所

ノ仕種デハナイカ。死ンデシマエバ何処ニ埋メラレタッテ構ワナイヨウナモノダケレドモ、今ノ東京ノヨウナ不愉快ナ、自分ニ何ノ因縁モナクナッテシマッタ土地ニ埋メラレルノハイヤダ。出来レバ父ヤ

、ミンナ田舎者ノ、ポット出ノ、百姓上リノ、昔ノ東京ノ好サヲ知ラナイ政治家ト称スル人間共ノシタコトデハナイカ。日本橋ヤ、鎧橋ヤ

昔ノ東京ヲ思イ出サセル趣ガアッテ却テナツカシイ。今ノ東京ヲコンナ浅マシイ乱脈ナ都会ニシタノハ誰ノ所業ダ、ミンナ田舎者ノ、ポット出ノ

予ハ近頃ノ東京ガ面白クナイ。京都ノ方ガ昔ノ東京ヲ思イ出サセル趣ガアッテ却テナツカシイ。今ノ東京ヲコンナ浅マシイ乱脈ナ都会

江戸ッ子デアルニ違イナイ、ガ、ニモ拘ワラズ予ハ近頃ノ東京ガ面白クナイ。京都ノ方ガ昔ノ東京ヲ思イ出サセル趣ガアッテ却

「ソレハヨカッタワネ、ジャ、イツ東京ヘオ帰リニナル？」

「何シロ早ク決メテ貰ッテ早ク東京ヘ帰リタイワ」

クバカリ。コノ景観ニ接シタヾケデモ、五味溜メヲ引ックリ返シタヨウナ東京トハ比較ニナラナイ。コヽニ決メテヨカッタト思ウ。帰途五子同伴たんくまノカウンターニ腰掛ケテ食事

十七日ノ朝、颯子ガ何ノ断リモナシニ勝手ニ東京ヘ立ッタコトヲ知ッタノハ、午前十一時頃デアッタ。朝食ノ時ニ食堂ニ見

ダケレドモ、颯チャンガ立ッテ行ッタノハ外ニ何カ、早ク東京ニ帰リタイ理由ガアッタノデハナカロウカ。ソノ理由ハアタシニハヨク分ラナイガ、オ爺チャンコソ何カシラ感ヅイテイラッシャルノデハナイデショウカト

聴キ入レナカッタ。五子ガ詫ビヲ入レニ来テ、デハ東京マデアタシモオ供サセテ戴キマスト云ウ。貴様ノ顔ハ見ルノモ癪ダカラ、附イテ

予ト佐々木トハ一等、五子ハ二等デアル。九時東京着。婆サン、陸子、浄吉、颯子、四人ガホームニ迎イニ出テイル

後、又父から電話があって、それなら拓本全部を東京へ送ってくれと云う。私は云われる通りにした。

製造スル会社デアルト聞イテイル。工場ハ川崎辺ニアルガ、本社ハ日本橋ニアッテ、彼ハソコノ営業部ニ勤メテイル。近イウチニ部長ニナレルラシイガサラリーヤボーナスハ今ドノクライ貰ッテイルノカ、予

ニ数代前カラ住ンデイタガ、父ノ代ノ時本所カラ日本橋区横山町一丁目ニ移ッタ。ソレハ明治ノ何年頃デアッタカ幼少ノ時デ

ノ東京ノ好サヲ知ラナイ政治家ト称スル人間共ノシタコトデハナイカ。日本橋ヤ、鎧橋ヤ、築地橋ヤ、柳橋ノ、アノ綺麗ダッタ河ヲ、オ

シテイタコトガアッタガ、昨日午後一時間ノオ暇ヲ戴イテ歯ノ治療ノタメ品川マデ参リマシタラ、ソノ歯科医院デ偶然ＰＱ病院時代ノ福島博士ト云ウ整形外科

「永観堂ハマダ早イヨ、高尾ヤ槙ノ尾ガチョウド見頃ダガ、己モコノ脚ジャ行ケソウモナイ」

、アノ綺麗ダッタ河ヲ、オ歯黒溝ノヨウニシチマッタノハミンナ奴等デハナイカ。隅田川ニ白魚ガ泳イデタ時代ノアルコトヲ知ラナイ奴等ノ仕種デハナイカ。死ンデシマエバ何処ニ