ゆく雲 / 樋口一葉
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馬車にゆられて、小佛の峠もほどなく越ゆれば、上野原、つる川、野田尻、犬目、鳥澤も過ぐれば猿はし近くに其の
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酒折の宮、山梨の岡、鹽山、裂石、さし手の名も都人の耳に聞きなれぬは
たる寫眞をさへ見るに物うく、これを妻に持ちて山梨の東郡に蟄伏する身かと思へば人のうらやむ造酒家の大身上は物
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我が養家は大藤村の中萩原とて、見わたす限りは天目山、大菩薩峠の山々峯々垣をつくりて、西南にそびゆる白妙の富士の嶺は、
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なきに、勝沼の町とても東京にての場末ぞかし、甲府は流石に大厦高樓、躑躅が崎の城跡など見る處のありとは言へ
の雪おろしは遠慮なく身をきる寒さ、魚といひては甲府まで五里の道を取りにやりて、やう/\※の刺身が口
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是れみな時のはづみぞかし、波こえよとて末の松山ちぎれるもなく、男傾城ならぬ身の空涙こぼして何に成るべきや、
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とは是非もなけれど、今歳この度みやこを離れて八王子に足をむける事これまでに覺えなき愁らさなり。
道よりもあれば新宿までは腕車がよしといふ、八王子までは汽車の中、をりればやがて馬車にゆられて、小佛の峠も
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鶴瀬、駒飼見るほどの里もなきに、勝沼の町とても東京にての場末ぞかし、甲府は流石に大厦高樓、躑躅が崎の城跡
御親類一同の御決義、私は初手から貴君樣を東京へお出し申すは氣に喰はぬほどにて、申しては失禮なれど
ぬしに返し長途の重荷を人にゆづりて、我れは此東京を十年も二十年も今すこしも離れがたき思ひ、そは何故と問ふ
やるまでもなく、どんなに家中が淋しく成りましよう、東京にお出あそばしてさへ、一ト月も下宿に出て入らつしやる
に聞て見給へ、それは隨分不便利にて不潔にて、東京より歸りたる夏分などは我まんのなりがたき事もあり、そんな處に我れ
、すて筆ながく引いて見ともなかりしか可笑し、桂次は東京に見てさへ醜るい方では無いに、大藤村の光る君歸郷と
の夜の夢のうき橋、と絶えする横ぐもの空に東京を思ひ立ちて、道よりもあれば新宿までは腕車がよしといふ、
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横ぐもの空に東京を思ひ立ちて、道よりもあれば新宿までは腕車がよしといふ、八王子までは汽車の中、をりれば