江戸 湯島 両国 仙台 下谷 東京 新宿 日本橋

だ。ああ、こうなると、いっそ大川へ浴衣がけで飛び込んだ江戸の昔が懐しいや。いや、ことによるとあのときが俺の生涯でいちばん

それから十分ばかりのち、圓朝を乗せた人力車は、暗い湯島の切通しから、本郷三丁目を壱岐殿坂へと、鉄輪の音響を立てながら走って

「なにしろお前、五、六日、そうだ両国の川開き前後からだ、花火が見てえ見てえって、子どものように駄々をこね

「ああありがてえ。両国だ。川開きだ」

ぎなかった。ああ、圓朝にしてみれば、四十年前のあの両国の夜の自分の姿が、いままたまざまざと眼前に浮かんできたのだ。誰に気兼

「それもいいや。それもいいが、あげくに芝居の仙台様が、お脳気を患いやあしめえし、紫の鉢巻をだらりと

流れていた。明治もはや十五年の九月の上席。下谷池之端の吹貫亭の高座に「累ヶ淵」の宗悦殺しを話し出している

下谷広徳寺近くの圓朝の家では、よく繁った樫の葉蔭にみんみん蝉が

「もう私は、東京の寄席へはいっさい出ないから」

と、当時、新宿北町に結んだ草庵円通堂に閉じこもり、禅三昧に俗塵を避けた。

明治三十二年月十月、ついに日本橋の大ろじで「牡丹燈籠」を長演したのが最後の高座と