伸子 / 宮本百合子
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が待っていはしまいかという不安が募った。横浜に入港する二日前、伸子は入港時間を知らせかたがた、安否を問い合せる無線
来た待ち遠しさで、潰れそうに感じだした。彼が横浜に着くまでの毎日が、恐るべき無聊、期待のあまりの、精神的不活溌の
、カタタと揺れて、暖かい日光に燦いている、東京と横浜とのあいだをつなぐ雑然とした風景のあいだを疾駆する。
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「ありふれたところでは、箱根や伊豆だが」
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「でも、どうせ小石川についでがあって出ますのだそうですから……」
本郷台を、小石川の方へ下る坂の右側に、御下宿、と書いた中古の看板をかけ
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「ありふれたところでは、箱根や伊豆だが」
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動坂から赤坂まで、俥では長い道中だ。彼女は揺られて行くうちに昼間の疲労が
は二月まで暮したが、ある日、よろず案内で、赤坂の便利な位置に、やすくて手頃な貸家のあるのを見つけた。佃の
「また赤坂へ帰るとおそくなるだろうから――じゃあ少し銀座でも歩こうか」
十日ばかりKへ行って来ようかな。お前も、すぐ赤坂へ帰らなけりゃあなるまい」
伸子は、赤坂へ帰るのが、どうもいやであった。部屋部屋の様子や、その裡
佃の着く朝は病院へ行く日なので、伸子は赤坂に戻らないことにきめた。佃は、信州の方を廻って十時過
通いをしていたころ阪部が上京した。彼は赤坂の家の留守番から二人の消息をきき、動坂へ訪ねて来た。伸子
愉快にしゃべったり散歩したりした。伸子はその夜は赤坂へ戻った。
となった。――九月七日に、動坂から赤坂まで徒歩で帰った。途中、九段まで来て、来た方を顧みた
赤坂の家は、地震の時ところどころの壁が落ちた。そのまま月がかわった
あった。中旬になって、やっと軍艦で帰京した。赤坂へはそれから初めてであった。
伸子は万世橋まで素子と一緒の電車で行った。伸子は赤坂へ、素子は牛込に帰った。
「妙なことがあるよ――佃は赤坂にいないよ」
「私赤坂へ行かないから知らないわ」
「――とにかく佃は赤坂にいないよ」
「赤坂からお電話」
、そのまま起きた。一時間も経たないうち、また、赤坂から電話が来た。
赤坂へ行ったのは九時過であった。
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きまった。特に三月十九日、彼を載せた船がシアトルを出てから、伸子は圧搾されて来た待ち遠しさで、潰れそうに
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珠子は一週間ばかり前から、ボストンの許婚のところへ行っていたのであった。
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車内は、一時しんとした。やがてぽつぽつ話声が起った。関東に大震災があってから一ヵ月あまり経っていたが、東京人は、まだ
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「ああ、大阪はずいぶん暑かった。宿屋はよかったけれど」
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佃は、勤め先から、関西へ出張することになった。短い旅行のために入用なものが、ちっとも揃っ
食卓で、父と佃とはいろいろの関西の都会について話した。祖母は、息子や孫夫婦にかこまれて、
「――私関西――京都ぐらいまでしか知らないけれど、あの辺の景色よりこっちの方がよっぽど
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と一緒の電車で行った。伸子は赤坂へ、素子は牛込に帰った。
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伸子は何も知らず、その日、サンフランシスコに着いていた。
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ローレンス教授は、日光や鎌倉のこと、左甚五郎の眠猫が鳴くという云い伝えなどを思い出し、ローマの何
来たのであった。和一郎は九月一日に小田原から鎌倉へ行き、五日まで生死不明であった。中旬になって、やっと軍艦で帰京
あった。田舎へ立つ前、伸子の必要から、一緒に鎌倉へ行った。活動写真を見て置く要があった。それも素子がつき
に満ちた感情が伸子の胸にあった。彼女は先達鎌倉へ行ったとき、ホテルの傍の砂の小高いところに二人矢張りこのようにし
のはもう二年も昔のことであった。彼女は鎌倉に暫く家をもって暮したりまでしたが、結局、彼の涙や当座
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、左甚五郎の眠猫が鳴くという云い伝えなどを思い出し、ローマの何とか云う寺院では、壁画の天使がその教会の檀家で死ぬ人
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風呂場に佃を案内して伸子が戻ると、多計代は、客間の入口に立って、
皆が笑いながら見るので、つや子は、ますます極りわるく、佃の方に行こうとはせず、
「佃は佃で結構よ――人間の値うちなんて――そんなことで左右されないものよ
ある日、佃から動坂にいる伸子へ電話がかかって来た。
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「お前、茶壺しらねえか? 島根にいた頃、出入りの大工で茶人がいて、これへ茶入れとくと湿けること
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扉をあけて現れたのは、高崎であった。
高崎は、研究が家政学であったし、ある亜米利加人の家庭に暮していたり
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て来なければならないことになりましたから、一人で明治神宮へでも行ってくれませんか」
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の情熱は佃一人に費い切れなかった。彼女の生命は北海道の牛の乳で養われた細胞と同じように豊富で、旺盛で、貪慾
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大丸へ曲る林の横に出た。伸子は、佃の腕を引いて立ち止った
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、また煙草畑。勾配が急になるにつれ、左右に青木ヶ原の爽快な地平線の眺めが、数十里の彼方まで拡がった。伸子らの自動車
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が出て、呉服屋の幟がはためいていた。伸子は万世橋まで素子と一緒の電車で行った。伸子は赤坂へ、素子は牛込に帰っ
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のあるK新聞によってから、帝国ホテルの横を通って日比谷公園に入った。
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「さっさと巴里へ行っとくれ」
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「そこいらに、長崎のカステラがあったようだが……よかったらお上り」
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たハガキが、そばに散っていた。今朝のは、奈良からであった。眼ばかり大きい大きい鹿と、鳥居が描いてあった。
「昨日寸暇を利用して、奈良を俥で一巡しました。春日神社の森の中は、別天地のよう
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「――私関西――京都ぐらいまでしか知らないけれど、あの辺の景色よりこっちの方がよっぽど好きよ
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はタタ、カタタと揺れて、暖かい日光に燦いている、東京と横浜とのあいだをつなぐ雑然とした風景のあいだを疾駆する。
彼女達が帰った時、東京ではもう桜も木蓮も散り、楓が若葉を拡げはじめていた。
「――東京へいらしちまえばいいわ、何も世話なんかなさらないですむから……いい
伸子はその時、東京から送ってよこした新聞を皆に読んで聞かせていた。外は
飛田は三保という名で、東京の会社員と結婚しているこの村の人であった。伸子と親しい間柄
燦き出すのを、広い耕地越しに縁側に立って眺める。東京の街々を包んでいるだろう雑沓、押し合い、けたたましく交通機関が右往左往する光景を想う
弟妹が東京にいなければよい、さもなければ自分達が東京にいたくないと思った。
滅入ったものになるだろう。伸子は、いっそ親や弟妹が東京にいなければよい、さもなければ自分達が東京にいたくないと思っ
……私があっちを立つ宵は吹雪じゃったに――東京は、はやすっかり春じゃ」
畳へ行って見た。老父と夫との間に、東京地図が拡がっていた。頭をさしよせて何処か郊外の部分を説明し
は、大勢の家族のうちにはいり、違った周囲で、東京にいると同じ生活の反復にすぎなかった。
て、彼らは謂わば喧嘩別れのように、佃は東京へ、伸子はKへと、別々に立った。
十月になって、伸子は東京へ帰った。一月半ばかり前、佃と那須へ行くに同じ線を
たのが、そもそも間違いであった。彼は、伸子が東京からどこへか行ったり帰ったりする時、決してステイションまででも、来た
わね……阪部さんかと思ったんだけれど……東京に来ていらっしゃるんでしょう、あの方、今――どっか――大学正門
「東京では珍しいものです、毬藻」
に大震災があってから一ヵ月あまり経っていたが、東京人は、まだ当時の亢奮からすっかり回復していなかった。人は、
、来た方を顧みた時、荒涼とした焼跡の東京が面をあげて伸子に迫った。その感動を、彼女は忘れることが
去年の九月、祖母は東京で、目のあたり血をわけた娘や弟の死を経験したのだ。
た。古田の隠居が、こりゃいい茶壺だと云ったら、東京さ持って行くわけにも行くめからって、譲ってやんなすった。―
して互に別の生活に入りたいためであること、東京にいてそれを実行することも、彼に云うこともできなかった弱
忙しい時ではないかと、日を繰って見た。東京へ行くとしても、彼女は人の出入の多い、いつ佃の来る
ないのを考えて堪えた。今、とにかく一段落ついた。東京へ二三日行っても一ヵ月の忍耐が無駄になることはあるまい。
た。東京へ行きたい……。彼女は歩き出した。東京へ行きたい……。行きたい。行きたい。テムポが次第に速くなり、
とを一緒にだきしめ共によろこんで欲しいように感じた。東京へ行きたい……。彼女は歩き出した。東京へ行きたい……。
持って来ていないことに思い当った。袷で六月東京は歩けない。妙案が浮んだ。彼女はいそいで家へ戻り、箪笥から
の近所の自働電話で、伸子は母を呼び出した。昨夕東京に帰ったことを告げると、
動坂の家へ知らせない積りが、東京へ来る汽車中、思いがけない人に会ったため変更した。素子の家
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縁側つづきだが離れのような工合になっていた。蔵前の広縁と二階の裏階子とで、他の部屋部屋から遮断され
。ことりともしない。伸子は足を拭いてから、蔵前へ来て声をかけた。
、部屋にその心持のままいるのも切ないし、彼女は蔵前の廊下へ出て、腕組みをし、体を左右にゆすりながら、そこを
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に、つい何心なく、どこからですって訊いたのさ。浅草の親戚です、というのだろう? ちっともそんな親戚のことなんか聞かなかった
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間の狭い路地の奥にあった。両親の家まで、吉祥寺をぬけると十五分ばかりで行けた。
彼らは引越した。家は、吉祥寺前の医者の煉瓦塀と、葉茶屋の羽目との間の狭い路地の奥
電車がやかましい軋りを立てて、埃の中を走った。吉祥寺山門前のいしだたみのところでは、三人の少女が唄に合せて
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上野には博覧会が開催され、英国皇儲が来遊されるという、ことの
「今日は一つ上野へ出かけましょうか」
保が上野行に乗るのを見送ってから、伸子はライオンの前から電車に乗った
きめた。佃は、信州の方を廻って十時過上野に着く予定なのであった。
上野の構内に列車が入ると、赤帽を呼ぶために、伸子は早くから窓
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夫と一緒に、大抵毎日、どこか見物に出歩いた。泉岳寺へも行った。博物館のように大きな硝子張りの棚があって、古び
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、兄である横田をつれて来て、紹介した。駒込に暮していた時分のことであったが、それから、ごくたまに、
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「また赤坂へ帰るとおそくなるだろうから――じゃあ少し銀座でも歩こうか」
のテーブルや、鏡をはめこんだ柱が、俄に夜の銀座らしく輝き出した。
であった。二人は昼飯前であったので、初め銀座に行った。軽い食事をすませ、素子が用事のあるK新聞によって
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口笛で吹き出した。晴れた十月の午後の日光が、神田の平らな焼跡一帯を照していた。
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伸子は楢崎の書斎でしゃべっていた。書斎の窓から田端の高台が見晴された。数日来風が強く、やっとその日和い
人は、昔風な植木屋などの未だ残っている夕暮の田端の通りを、茶料理までぶらぶら歩いた。途中、ある寺を通り抜けた。
また田端の通りを、今度は停留場の方まで四人一列になって歩いた。
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「日比谷は珍しいわ。何年来ないかしら……」
坂まで歩いた。柳の下を歩いていた間、日比谷の方から追抜く電車は一台も来なかった。
桜田門で電車を待ったが、なかなか来ない。間もなく日比谷の交叉点に故障があることがわかった。西日が、からりと打ち開いた
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内幸町から入る門の附近には、まだバラックが大通りの樹蔭に軒を並べて
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桜田門の方へ抜ける道を歩きながら、素子がそう云った。そんな好みのはっきり
桜田門で電車を待ったが、なかなか来ない。間もなく日比谷の交叉点に