或る女 2(後編) / 有島武郎
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そこには葉山で木部孤※と同棲していた時に使った調度が今だに古びを
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葉子の胸をどきんとさせるほど高く、すぐ最寄りにある増上寺の除夜の鐘が鳴り出した。遠くからどこの寺のともしれない鐘の
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苔香園の表門を抜けて、紅葉館前のだらだら坂を東照宮のほうまで散歩するような事もあった。冬の夕方の事とて人通りは
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さを感じました。ハミルトン氏の用というのは来年セントルイスに開催される大規模な博覧会の協議のため急にそこに赴くようになった
きのうセントルイスから帰って来たら、手紙がかなり多数届いていました。郵便局の前を
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でここまで来ても何一つ不自由を感じません。鎌倉あたりまで行くのにも膝かけから旅カバンまで用意しなければならないのですから
、ところどころの別荘の建て物のほかには見渡すかぎり古く寂びれた鎌倉の谷々にまであふれていた。重い砂土の白ばんだ道の上には
か定子の事を胸が痛むほどきびしくおもい出してしまった。鎌倉に行った時以来、自分のふところからもぎ放してしまって、金輪際忘れてしまおうと
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雨が襟脚に落ちたので初めて寒いと思った。関東に時々襲って来る時ならぬ冷え日でその日もあったらしい。葉子は
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何かのように見えるでしょう空に浮いて……大島って伊豆の先の離れ島です、あれがわたしの釣りをする所から正面に見えるんです
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しかし小石川に住んでいる内田はなかなかやって来る様子も見せなかった。
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た。葉子は葉子で「浜」という言葉などから、横浜という土地を形にして見るような気持ちがした。
せていってやると、けさ来たのとは違う、横浜生まれらしい、悪ずれのした中年の女中は、始めて縁側から立ち上がって小めんどう
横浜にも増して見るものにつけて連想の群がり起こる光景、それから来る強い刺激…
出た。倉地は昨夜の夜ふかしにも係わらずその朝早く横浜のほうに出かけたあとだった。きょうも空は菊日和とでもいう美しい晴れ
が十六畳に床を敷いて寝てだいぶたってから、横浜から帰って来た倉地が廊下を隔てた隣の部屋に行くのを聞き知ると
くれと返事をさせた。古藤に会うには倉地が横浜に行ったあとがいいと思ったからだ。
で、何もかも打ち捨てていましたから、このあいだ横浜からあなたの電話を受けるまでは、あなたの帰って来られたのを知らない
そういってまだ言葉を切らないうちに、もうとうに横浜に行ったと思われていた倉地が、和服のままで突然六畳の
「もう八時。……お起きにならないと横浜のほうがおそくなるわ」
「横浜?……横浜にはもう用はないわい。いつ首になるか知れない
「横浜?……横浜にはもう用はないわい。いつ首になるか知れないおれがこの上
には女はお前一人よりないんだからな。離縁状は横浜の土を踏むと一緒に嬶に向けてぶっ飛ばしてあるんだ」
けれども、どういうものかそれがはばかられてできなかった。横浜の支店長の永井とか、この田島とか、葉子には自分ながらわけのわから
みると、ふと岡の事などを思い出す事があった。横浜を立つ時に葉子にかじり付いて離れなかった青年を思い出す事などもあった。
「それは洋行する前、いつぞや横浜に一緒に行っていただいた時くわしくお話ししたじゃありませんか。それは
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氏の所から至急に来いという電話がかかりました。シカゴの冬は予期以上に寒いのです。仙台どころの比ではありません。
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種類の人間のように思わないではいられなかった。仙台で、新聞社の社長と親佐と葉子との間に起こった事として
かかりました。シカゴの冬は予期以上に寒いのです。仙台どころの比ではありません。雪は少しもないけれども、イリー湖
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をしていた人のようではありません。もっとも水戸の士族のお娘御で出るが早いか倉地さんの所にいらっしゃるようになっ
「水戸とかでお座敷に出ていた人だそうですが、倉地さんに落籍さ
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の長さが葉子にはひどく気になり出した。明後日東京に帰るまでの間に、買い物でも見て歩きたいのだけれども、
事だった。そう葉子は思った。そして女中を呼んで東京に電話をつなぐように頼んだ。
葉子はこれはいい思案だと思った。東京のほうで親類たちがどんな心持ちで自分を迎えようとしているか、古藤
「なんです?」と聞き返して来た。葉子にはすぐ東京の様子を飲み込んだように思った。
かわいそうでしたの。義一さん……聞こえますか。明後日私東京に帰りますわ。もう叔母の所には行けませんからね、あすこに
はこの電話一つのために妙にこじれてしまった。東京に帰れば今度こそはなかなか容易ならざる反抗が待ちうけているとは十二分に
口をきくよりも、古藤と話しさえすればその口裏から東京の人たちの心持ちも大体はわかる。積極的な自分の態度はその上で
東京に帰ってから叔母と五十川女史の所へは帰った事だけを知らせ
むちうつ笞となった。しかも倉地の妻と子とはこの東京にちゃんと住んでいる。倉地は毎日のようにその人たちにあっている
葉子が東京に着いてから一週間目に、宿の女将の周旋で、芝の紅葉
きのうまでいた双鶴館の周囲とは全く違った、同じ東京の内とは思われないような静かな鄙びた自然の姿が葉子の
てかわいた紙にぶつかった。それは埃立った、寒い東京の街路を思わせた。けれども部屋の中は暖かだった。葉子は
て、赤子でも寝かしつけるようにした。戸外ではまた東京の初冬に特有な風が吹き出たらしく、杉森がごうごうと鳴りを立てて
巻紙の上にとめどなく落ちて字をにじました。東京に帰ったらためて置いた預金の全部を引き出してそれを為替にして
材料が、煉瓦や石や、ところどころに積み上げてあった。東京の中央にこんな所があるかと思われるほど物さびしく静かで、街灯の
長く天気が続いて、そのあとに激しい南風が吹いて、東京の市街はほこりまぶれになって、空も、家屋も、樹木も、
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帰って来るのばかりがいらいらするほど待ちに待たれた。品川台場沖あたりで打ち出す祝砲がかすかに腹にこたえるように響いて、子供ら
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列車が新橋に着くと葉子はしとやかに車を出たが、ちょうどそこに、唐桟に
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強い刺激……葉子は宿から回された人力車の上から銀座通りの夜のありさまを見やりながら、危うく幾度も泣き出そうとした。定子
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た昇汞水、腐敗した牛乳、剃刀、鋏、夜ふけなどに上野のほうから聞こえて来る汽車の音、病室からながめられる生理学教室の三階
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過去なのだろうか。木部との恋に酔いふけって、国分寺の櫟の林の中で、その胸に自分の頭を託して、木部
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乗っていた。須田町に出た時、愛子の車は日本橋の通りをまっすぐに一足先に病院に行かして、葉子は外濠に沿うた
梶棒を向け換えられて、また雨の中を小さく揺れながら日本橋のほうに走り出した。葉子は不思議にそこに一緒に住んでいた
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にいってやると、つやはあれから看護婦を志願して京橋のほうのある病院にいるという事が知れたので、やむを得
はふとつやの事を思い出した。つやは看護婦になって京橋あたりの病院にいると双鶴館からいって来たのを思い出した。愛子