水と砂 / 神西清
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ののち、真弓の健康が恢復するとともに、彼女は牛込の家に移つたのであつた。
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「此辺は実にいい所ですね。鎌倉にしては珍らしい。」
「さうですわね。鎌倉にいらつしやるのなら幾ら遅くなつてもいいけれど、逗子ではね。
二人は黙つたまま、ゆるゆると扇ヶ谷の坂道を鎌倉の町へと下りて行つた。
彼女は堪らなかつた。彼女は、其の男の影が鎌倉から消えてしまつて呉れればいい、と願つた。……
ことになつてしまつた。といふのは、真弓が鎌倉に帰つて来た日から数へて丁度十日目にあたる九月の朔日
――みぢめに破壊された家を棄てて、鎌倉のうちではまづ影響の少なかつた扇ヶ谷の知人の家に身を寄せて
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「江戸のかたきを長崎ね。」
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。その坂を登りつめれば、彼等が訪れようとしてゐる扇ヶ谷の川瀬の家はすぐである。川瀬禎子は光代や真弓にとつては叔母
横須賀の鎮守府に勤めてめつたに帰つて来ないため、扇ヶ谷のかなり広い家はふだんは叔母とそれからその娘、つまり光代たちには従姉妹
してゐるから、夕御飯でもおすみになつたら涼みがてら扇ヶ谷までお出掛けになつては、それから帰りは遅くなつたら兄がお送りしますから
を棄てて、鎌倉のうちではまづ影響の少なかつた扇ヶ谷の知人の家に身を寄せてゐた。彼等の起居のために離
眼に見えて良好な経過を示すのであつた。その扇ヶ谷の家は、年若い海軍士官の夫婦の棲居であつた。それに彼等
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頼みかたとに依つて、仮令雨がひどくても気もちよく横浜まで(その時分まだ長谷の通には不二家の支店はなかつた。)行つて
つて今朝八時の汽車で立ちなすつたよ。姉さんは横浜に洋服地を買ひに行くつて言つて、同んなじ汽車で出掛けて行つた
「今朝横浜へ行つてしまつてよ。若しかすると東京へ廻るかも知れないわ
であつた。パアカア夫人の訃報もその一つだつた。横浜のセミナリイの恩師の悲壮な献身的な最后もその一つだつた。そのほか
后もその一つだつた。そのほか、此町やあるいは横浜の友人たちのうへに起つてまだ彼女に知られない、色々の不幸も数
。また、薄暮の馬車道の四辻に佇んで、古めいた横浜の風俗画を懐しみ、N――屋の年老いた女主人の物語を空想の俘
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時をつぶしてゐた。夏休になると長男の五郎が京都から帰つて来るので、川瀬の家も兎に角にぎやかになるのであつた
の「相談」の相手におとなしくなつて呉れた。五郎は京都の大学にもう五年はゐる。それが彼のあまりよくない身持の結果
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「江戸のかたきを長崎ね。」
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である英子との二人ずまゐである。尤も英子が東京のF女学校の寄宿にはいつてゐた頃は叔母ひとりであつた
「このかた、宏さん。あの、東京の……」
宏は禎子の人の好い笑顔には東京で二度ばかり接したことがあつた。
が融けてはしまはなかつたの。……五郎さんは東京に用があるつて今朝八時の汽車で立ちなすつたよ。姉さんは
に身をくねらせ乍ら過してしまつた。それは、東京の五郎に手紙を書いてみようといふ決心がやつとついた時まで。
「ご一緒に東京につれて行つて頂かうと思つてをりましたのに、黙つて
「今朝横浜へ行つてしまつてよ。若しかすると東京へ廻るかも知れないわ。」
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それから帰りに銀座を歩きませうね。ほら、覚えていらつしやる。資生堂のアイスクリイム。
。それも面白いにちがひないと思はれた。さういへば銀座もしばらく歩いて見ない。……そして彼女の眼の前を色々