巴里祭 / 岡本かの子
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生活を離れて格安ホテルに暫らく自由を味ってみたり、エッフェル塔の影が屋根に落ちる静かなアパルトマンに、女中を一人使った手堅い世帯持ちの
一つなく暮れて行く空を刺していた黒い鉄骨のエッフェル塔は余りににべも無い。新吉はくるりと向き直って部屋の中を見た。
なければよくも見分けられぬが恐らくベッシェール夫人の屋根越しのエッフェル塔も装飾していることだろう。
――あいつが生きてたら、今時分エッフェル塔をピューリズムで改築するって騒いでいるだろう。」
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″\とした花を指さゝれた。音に聞くシャン・ゼリゼーの通りが余りに広漠として何処に風流街の趣きがあるのか歯痒
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――ボン、ソワール。」
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初めはラテン区が彼等の巣窟だったが、次にモンマルトルに移り、今ではモンパルナッスが中心地となっている。
に振り分ける余力はない。新吉はすっかり巴里の髄に食い入ってモンマルトルの遊民になった。次の年の巴里祭前にも彼が留学の目的にし
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巴里祭
彼等自らうら淋しく追放人といっている巴里幾年もの滞在外国人がある。初めはラテン区が彼等の巣窟だっ
に巴里を去るのも阿呆、六月三十日より後に巴里に居残るのも阿呆。」
――六月三十日より前に巴里を去るのも阿呆、六月三十日より後に巴里に居残るのも阿呆
実がある。此の後は季節が海岸の避暑地に移って巴里は殻になる。折角今年流行の夏帽子も冠ってその甲斐はない。
までは何かと言いながら年中行事の催物が続き、まだ巴里に実がある。此の後は季節が海岸の避暑地に移って巴里は殻
だが自分でそう呼ぶことすらもう月並の嫌味を感じるくらい巴里の水になずんでしまった。いわゆる「川向う」の流行の繁華区域は、
――今年はひとつ巴里祭を見る積りです。」
、夏に居残る巴里人の殆ど全部が街へ出て騒ぐ巴里祭の混雑のなかで見付けようとする、彼の夢のような覚束ない計画など
かに居ると噂に聞き、そのカテリイヌを、夏に居残る巴里人の殆ど全部が街へ出て騒ぐ巴里祭の混雑のなかで見付けようと
年前に恋したまゝで逢えなかったカテリイヌが此頃巴里の何処かに居ると噂に聞き、そのカテリイヌを、夏に居残る巴里人
も立止まって待っていた。新吉はさすが熱狂性の強い巴里人の祭だと感心したが、それと同時に自分もいつか誘い込ま
見物して歩いているうちに新吉にとっては最初の巴里祭が来てしまった。町は軒並に旗と紐と提灯で飾られ
巴里の髄に食い入ってモンマルトルの遊民になった。次の年の巴里祭前にも彼が留学の目的にして来た店頭装飾の研究に
職業とか勉強とかに振り分ける余力はない。新吉はすっかり巴里の髄に食い入ってモンマルトルの遊民になった。次の年の巴里祭前にも
、新吉は巴里を横からも縦からも噛みはじめた。巴里で若し本当に生活に身を入れ出したら、生活それだけで日々の人生
使った手堅い世帯持ちの真似をしてみたり、新吉は巴里を横からも縦からも噛みはじめた。巴里で若し本当に生活に身
足らずのうちに新吉はすっかり巴里に馴染んでしまった。巴里は遂に新吉に故郷東京を忘れさせ今日の追放人にするまで新吉を捉え
一年足らずのうちに新吉はすっかり巴里に馴染んでしまった。巴里は遂に新吉に故郷東京を忘れさせ今日の追放
七月一日の午後四時新吉は隣の巴里一流服装家ベッシェール夫人の小庭でお茶に招ばれていた。
――まったく七月に入って巴里にいると蒼空までが間が抜けたような気がしますね。」
彼女は漠然とした明るく寂しい巴里の空を一寸見上げて深い息をした。新吉は菓子フォークで頭を
そんな他所事ばかり言ってないでもう仰しゃいな。なぜ今年は巴里祭に残っているかって言うことを。あたしはどうもたゞの残り方
新吉は巴里の女に顎をつまゝれる事位いには慣れ切って居る。新吉
あたし嫌味なことを言いますよ。あんたまさかあたしの為めに巴里にお残りになるんじゃないでしょうね。」
――マダム。僕はね。料理にしますとあまりに巴里の特別料理を食べ過ぎました。それでね。普通の定食料理が恋しくなっ
巴里に馴染むにつけて新吉は故国の妻の平凡なおさな顔が物足らなく
特色に貪慾な巴里。彼女は朝から晩まで血眼になって、特性! 特性! と
いた。だがやがて新吉は一たまりもなく甲を脱がして巴里女に有頂天にならした出来事があった。新吉は建築学校教授の娘の
に招いたのである。こんな古風な家が今でも巴里に残っているかと思えるようなラテン街の教授の家へ新吉は土産物
の中からサンミッシェル街の灯影を思い泛べて、秋の深まり行く巴里の巷を幸福と懊悩に乱れ乍らさまよい歩いた。斯うしてカテリイヌと二
まゝでちらほら白髪が額にほつれて来た。此の報告が巴里の生活で情感を磨き減らして無感覚のまゝ冴え返っている新吉の心に可なり
彼女は巴里へ来たての外国人の男たちを何人となく巴里に馴染むまでに仕立て上げる。男達はそれまで彼女の厄介になると彼女から
の性格には一番相応しい職業だといっている。彼女は巴里へ来たての外国人の男たちを何人となく巴里に馴染むまでに仕立て上げる。
。というわけでね。さっきから言ったようにね。巴里祭にはあたしが見つけてあげたその娘をぜひ一緒に連れてお歩
にすることをお勧めするわ。何事も女で育って行く巴里では、たとえ女に中毒したものも、それを癒すにはやっぱり女
の酒場で踊り狂ったのは新吉の逢った二回目の巴里祭の夜であった。彼女は其の後だん/\奇嬌な態度を
ね。きっと結果がいゝから。そしたらあたしその娘を巴里祭の日に、まったく自然のようにあなたに遇わせてあげますから。
――結構。結構。巴里祭万歳。」
――いよ/\明日巴里祭だというので、いやにはしゃいでいらっしゃるね。さぞお楽しみでしょうね
――あしたは世間並の青年になって手当り次第巴里中を踊り抜くつもりですよ。」
いつか自分を順致して奴隷のようにして仕舞った巴里に対する憎みを語りたい。自分を今のようなニヒリストにしたのは
と罵ったが今の自分としてはどうしても巴里祭の人込みの中で、ひょっとしたら十何年目のカテリイヌ――恐らく
とか噂だけで、行方が判らなくなったり、近頃やっと巴里にまたいるらしいという噂を突きとめたそれ以上のことが判らないのが
な気がする。そしたら此の得体の解らぬ自分の巴里滞在期を清算して白髪のほつれが額にかゝる日本の妻のもとへ
ならないわ。それで明日はあたしあなたと一緒について巴里祭に行くつもりよ。お婆さんと一緒じゃお気の毒だけれど。然しこう
のでしょう。喰いとめなけりゃ気が済まないわ。とても、明日の巴里祭をあなたに面白くして奥さんの所へなんか帰さない工夫をしなけれ
へ帰る前に最後の巴里祭を見て行き度いために巴里に今年は残ったのでしょう。喰いとめなけりゃ気が済まないわ。とても、明日
なの。つまりあなたは奥さんの所へ帰る前に最後の巴里祭を見て行き度いために巴里に今年は残ったのでしょう。喰いとめなけりゃ
形で人を愛して居ずにいられないこの種の巴里女をしみ/″\と感じられるのだった。
婆さんだな」と云った。だが新吉は美貌な巴里女共通の幽かな寂びと品格とが今更夫人に見出され、そして新吉は
はありませんよ。あれと暮して居ると、本当に巴里と暮しているようですよ。六日間も自転車競争場の桟敷で、さばけ
いうこともあったので、ゆうべ新吉は折角の自分の巴里祭を夫人に乱されることを恐れて、どうして夫人を出し抜いたもの
――あたしね。九つの歳の巴里祭に母に連れられてルュ・ラ・ボエシイを通るとね。ベレを
からバスチイユなんて、まるで反対の方角よ。――あんた、いつ巴里へ出て来なさった。」
――ははあ、おまえさん巴里祭を見物しなさるのね。此所からバスチイユなんて、まるで反対の方角よ
巴里祭といえば誰に何を言おうが勝手な日なのだ、そうする
夫人に初対面のように語る。名をジャネットと言って巴里の近郊に沢山ある白粉工場で働いて居るはなし。国元はロアールの流れの
それにしても上流中流の人達が留守にした巴里の混雑のなかに、優雅な夫人と、鄙びて居ても何処か上品
に無関心で居られる――娘といい、夫人といい、巴里の女の表裏、真偽を今更のように新吉は不思議がった。遊戯の
行人に鼻を突き合せるほど道路にせり出して、之れが花の巴里の賑いかと気を奪われたような、むずかしい顔をして眺めて
ます。」と書いた喰べ物屋のびら。筋向いのフォードの巴里支店では新型十万台廉売の広告をしている。
を群集の人影の明滅の間からぼんやり眺めて、流石に巴里の中心地もどことなくアメリカ人の好みに佞ってアメリカ化されているけはい
さがそうさせるのか新吉の不均衡な感情は無暗に巴里の軽薄を憎み度くなってじれ/\して来た。その時ジャネット
消えて、世にもみず/\しい匂いの籠った巴里が眼の前に再び展開しかけるのであった。新吉はその場に
どの女だったか、彼の両肩に柔い手を置き、巴里祭のはなしをして呉れた感触を思い出した。
若いものに取っては出合いがしらの巴里ですの。恋の巴里ですの。」
―ほんとにその日は若いものに取っては出合いがしらの巴里ですの。恋の巴里ですの。」
ぼっとなって夢の中を歩いているようで、広い巴里のなかの何処に居るとも知れぬカテリイヌの面影が却って現実のように
。また心の一方ではあまり空漠とした欲望を広い巴里に持ちあぐむ自分にあきれ返って、やけに酒でも飲みに連れの二人を
この二人の女に別れて、カテリイヌを探す為めに今日の巴里祭の雑沓の中を駆け廻りたいような衝動にかり立てられた。また心の
て居る今日の祭の馬鹿騒ぎの中にベッシェール夫人は本当の巴里其のものゝ優雅さで新吉について歩いて居るのだ。新吉は夫人
自分の前に現れたのに眼を見張った。平常の巴里の優雅さを埋めかくして居る今日の祭の馬鹿騒ぎの中にベッシェール夫人
踊り無料」と斜に走り書きがしてあった。之れは巴里祭の期間中これ等の踊り場がする、お得意様への奉仕であった。
な様子は燕の巣へ人間を入れたようだった。巴里慣れた新吉にも斯ういうところは始めてだった。
とうとう今日の祭にカテリイヌにも逢わせては呉れなかった巴里だ。――新吉は恨みがましく眼を閉じて、ともすれば自分を引き入れよう
という事実だけだった。俺をニヒリストにした怪物の巴里奴が、此のニヒリストの蒼白い、ふわ/\とした最後の希望なんか、
新吉が巴里に対して抱いて居た唯一のうい/\しい追憶であるカテリイヌも、
国へ帰って、偶然あの娘の世話人に頼まれて、巴里へ連れて来たのよ。いつもあなたからカテリイヌのことを聞かされてた
――兎も角、おれが巴里で始めて出会った初恋娘のカテリイヌの本当の事情は大分おれの想像と
ない。中味は生の儘だね。まだ……だから巴里の砥石にかけるんだ。生い/\しい上品な娘に充分なりそうだ
――田舎擦れてゝも巴里擦れていない。中味は生の儘だね。まだ……だから巴里
を追っ払ったあとから本然の姿を現わして優雅に返った巴里の空のところどころに白雲が浮いて居る。新吉の竿の先にもおもちゃ
――あなたも渋くなったわね。すっかり巴里を卒業したのよ。」
を噛み当て初めたのね。死んだフェルナンドは其の事を巴里の山河性と言ってましたよ。」
其の先にあるのよ。噛んでも噛み切れないという根強い巴里よ。あなたはそれを噛み当て初めたのね。死んだフェルナンドは其の事
永く居る外国人が、感化される巴里よ。でも本当の巴里は其の先にあるのよ。噛んでも噛み切れないという根強い巴里よ。
巴里ね。誰でもすこし永く居る外国人が、感化される巴里よ。でも本当の巴里は其の先にあるのよ。噛んでも噛み切れ
いままでのあなたの経験しなさったのはやっぱり追放人の巴里ね。誰でもすこし永く居る外国人が、感化される巴里よ。でも
話なんかしなかったのさ。あの婆さん、あの娘が巴里祭の時あんたと一緒に遊んだのは、たゞ其の場だけの事だ
な、俺もどうやら人生の本当の味を、これから巴里に落ち付いて、味って行けるようになるらしいぞ――。」
、または真味な生活境ではなかろうか。フェルナンドが「巴里の山河性」と言ったのは其処なんだな、俺もどうやら
せる。極端なニヒリストにもする。しかし其の過程の後に巴里が人々を導く処は、人生の底の底まで徹底した現実世界、また
。新吉はおもむろに内心で考え始めたのであった――巴里はあらゆる刺戟を用いて一旦人の心を現実世界から遊離させる。極端な
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一人は遊び女のリサであった。それからまだその頃は東京に残して来た若い妻も新吉のこゝろに残像をはっきりさせてい
はすっかり巴里に馴染んでしまった。巴里は遂に新吉に故郷東京を忘れさせ今日の追放人にするまで新吉を捉えた。家庭旅宿の留学
着物を取寄させてしじゅう着させたものだった。東京の下町の稲荷祭にあやめ団子を黒塗の盆に盛って運ぶ彼女の姿
の左右を過ぎて行った。新吉は子供の時分奮い立った東京の祭のことを思い出した。店のあきないを仕舞って緋の毛氈を敷き詰め