両国の秋 / 岡本綺堂
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※銚子出るときゃ涙で出たが……
※今じゃ銚子の風もいや……
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出てゆく元気もなかった。そのうちに主人の使いで牛込まで行かなければならないことになったので、彼はとうとう両国橋を渡る
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実家をとうとう勘当されてしまった。低い家柄に生まれた江戸の侍としては、林之助はちっとも木綿摺れのしないおとなしやかな男であっ
不意の出来事が人を驚かしたのは、文化三年の江戸の秋ももう一日でちょうど最中の月を観ようという八月十四日の昼
暗い心持ちが含まれて、前景気がいつも引き立たなかった。江戸名物の一つに数えられる大川筋の賑わいも、ことしはこれが終りかと思う
は荒筵を一面に敷きつめて、近在の秋のすがたを江戸のまん中にひろげていた。
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入相の鐘が秋の雲に高くひびいて、紫という筑波山の姿も、暮れかかった川上の遠い空に、薄黒く沈んでみえた。堤下の田圃
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か握らせて、向島あたりへ姐さんをおびき出して、ちょうど浅草寺の入相がぼうん、向う河岸で紙砧の音、裏田圃で秋の蛙、
誘い出して向島へ駕籠で行った。豊吉のいった通り、浅草寺の入相の鐘が秋の雲に高くひびいて、紫という筑波山の姿も
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「ええ、外神田で……」
向柳原へ帰る男と外神田へ帰る女とは、途中まで肩をならべて歩いた。お絹から思いも
ずに、林之助と一緒に向柳原へまわって、それから外神田へ出ようというのであった。ふたりはまた一緒にあるき出した。
いたが、しまいには男の言うことをきいて、外神田の家まで送って貰うことになった。月はいよいよ冴え渡って、人通りの
に当るので、おととしの夏場から手伝いに頼まれて、外神田の自宅から毎晩かよっているが、内気の彼女は余りそんな稼業を好まない。
外神田まで送り付けて、路の角で別れるときにお里は繰り返して礼をいった
ようにびしょびしょと降っていた。彼は傘をかたむけて外神田まで濡れて行った。
の金が欲しかった。無理な工面をしても直ぐに外神田へ飛んで行って、泣き腫らしているお里の眼の前へ、その金を
ないと思った。軍鶏屋を出ると、彼の足は外神田へむかった。
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お絹は自分を本所の家へ再び引き戻そうと念じている。冗談ではあろうが、屋敷をしくじるよう
ていると、初めてお絹と馴染んだ時のことや、本所の家に一緒に暮らしていた時のことや、自分がここへ来て
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二挺の駕籠が木母寺の近所におろされたときには、料理茶屋の軒行燈に新しい灯のかげ
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両国の秋
に振り切って出て行った。杉浦の屋敷は向柳原で、この両国と余り遠くもなかった。それはお絹が可愛がっている三匹の青い蛇がだんだ
、林之助は用の間をみてお絹にたびたび逢いに来た。東両国の観世物小屋の楽屋へも時どき遊びに来た。それが今年の川開き頃からしだ
向う両国の観世物小屋でこんな不意の出来事が人を驚かしたのは、文化三年の江戸の
うたがいの相手はやはりこの両国の列び茶屋のお里という娘で、その店へときどきに林之助が入り込んでいる
とがある。自分が丁度その姿で男を追い掛けてゆくと、両国の川が日高川になって、自分が蛇になって泳いでゆく。そんな姿がまぼろし
「だけど、お前さん。歴々のお旗本の御用人さまが両国の橋向うの蛇つかいを御新造にする。そんなことが出来ると思っているの」
た。「お前さんが不二屋のお里とトチ狂っていることは両国でみんな知っているんだよ。さあ、これからあたしと一緒に不二屋へ行って
らない暮らしむきの都合もあるので、仕方がなしに娘を両国へ通わせている。七年前に死んだ惣領の息子が今まで達者でいたらとは、母
両国の秋――お絹はその秋の哀れを最も悲しく感じている一人であった。十四日
か見いだそうとあさっている彼の眼に、ふと映ったのは両国のお絹であった。彼は自分の物好きに自分で興味をもって、この美しい蛇つ
武家奉公の林之助が両国の蛇つかいに馴染みがあるなどということは、もちろん秘密にしなければな
つ(午後二時)少し前に屋敷を出て、冷たい雨のなかを両国へ急いだ。
打ちどめの花火を雨に流された両国の界隈は、みじめなほどに寂れていて、列び茶屋も大抵は床几を積みあげて
っても居ないことを知っているので、林之助はお絹を東両国の小屋にたずねると、お絹もお君も見えなかった。お絹はきのうの朝から気
「両国の方へ寄ったの。お花に逢って……」
お君が羊羹を切って菓子皿に盛って来た。それはけさ両国の小屋主から見舞いによこしたのだと言った。羊羹をつまみながら林之助は
彼は両国の軍鶏屋で一人さびしく飲んでいた。しだいに酔いがまわって来るに連れて
まった。今夜の発句の話なども出た。弥太郎はこれから両国へ遊びに行こうと言った。ゆくさきは列び茶屋に決まっているので、林之助
彼女はもう生きている人ではなかった。それからすぐに両国へ使いをやって、お里はころげるように駈けて帰ったが、とても間に合う筈
このあいだ両国の楽屋で蛇責めに逢ったことを、お此は身ぶるいしながら話した。
九月八日の午前に、林之助はちょっとの隙きを見て両国へ行った。あしたは重陽の節句で主人も登城しなければならない。その前日
。夜明けから午までは青物市がここに開かれるので、西両国には荒筵を一面に敷きつめて、近在の秋のすがたを江戸のまん中にひろげて
両国の秋はいよいよ深くなって、路傍には栗を焼く匂いが香ばしく流れていた。
。江戸じゅうの混雑を一つに集めたかと思われるような両国にも、暮れゆく秋の色と匂いとが漲っているように見えるのが、このごろの
頸へ蛇をまき付けて、子供が野良犬をひきまわすように両国じゅうを引き摺って歩いてやりたいと思っていた。しかしそれももう出来な
きょうは風のぐあいか、東両国の観世物小屋の囃子の音が手に取るように聞えた。お絹はさっきから自分で
それと同じ日に、両国の秋の水にお君の小さい死骸が浮きあがった。彼女もふところに一匹の青い
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はお絹に挨拶して別れた。お花は帰りに深川のお若の家へ寄って、病気の様子をみて来ると言った
質屋の忰で、千次郎という道楽者であった。吉原や深川の酒の味ももう嘗め飽きて、この頃は新しい歓楽の世界をどこに
あるので、まずお絹の病気を見舞って、それから深川へまわろうと、彼は午さがりに屋敷をぬけ出した。
月にはいって晴れた空がつづいた。きょうは夕方から深川に発句の運座があるので、まずお絹の病気を見舞って、それ
寺は深川で、見送りの人たちも四つ(十時)前にはみな帰って
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足ちかく見物にくる若旦那ふうの男があって、それは浅草の質屋の息子だとお花が話したことも思い出された。その男
「当ててみようか。浅草の五二屋さん。どうだい、お手の筋だろう」
か握らせて、向島あたりへ姐さんをおびき出して、ちょうど浅草寺の入相がぼうん、向う河岸で紙砧の音、裏田圃で秋の
「浅草の大将、だんだんに欺を出して来るね。又公が今来てお前
誘い出して向島へ駕籠で行った。豊吉のいった通り、浅草寺の入相の鐘が秋の雲に高くひびいて、紫という筑波山の
男は浅草の和泉屋という質屋の忰で、千次郎という道楽者であった。吉原や
に白状しますよ。そのお客というのは何日も来る浅草の質屋の息子で、あたしもちっとは面白いかと思って行ってみると
柳橋の袂で林之助は友達に逢った。彼はやはり浅草の或る旗本屋敷の中小姓を勤めている男で、これも今夜の発句
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見いだすことが出来ないのだと思うと、彼の足は神田の方へむかってますます急がれた。
十三夜も過ぎた。十五日は神田祭りで賑わった。
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屋の株を持っている婆さんはもう隠居して、日本橋の或る女が揚げ銭で店を借りている。お里はその女の
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指してみようか。お花さんにまず幾らか握らせて、向島あたりへ姐さんをおびき出して、ちょうど浅草寺の入相がぼうん、向う河岸で
ってから、お花はどう説き付けたかお絹を誘い出して向島へ駕籠で行った。豊吉のいった通り、浅草寺の入相の鐘が
向島を出たお絹の駕籠は四つ(午後十時)頃に、向
でもおとといの晩、姐さんはお花に誘い出されて向島のある料理茶屋へ行った。そこで無暗に飲んで来たらしいと言っ
の話の様子では、お花の取持ちで或る客と向島へ行ったらしい。しかもそれが普通の客ではないらしく思われてなら
。実はおとといの晩、お花にうっかり誘い出されて、向島の料理茶屋へ行ったと思ってください。石を抱くまでもない、あたし
林之助はこう言うよりほかはなかった。彼はこの上に向島の一件を詮議するわけにもいかなかった。お絹もきょうはお
口では何とも思っていないと言うものの、向島の一件はまだ自分の胸の奥にわだかまっている。お絹もお
それにつけても、向島の一件を林之助が案外手軽く聞き流しているのが不安であった。お
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機会がなかった。あくる日もまた忙がしかった。彼は白金や渋谷の果てまで使いにやられた。この頃は意地の悪いように屋敷の用
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と自分とが日傘をさして、のどかな春の日の両国橋を睦まじそうに手をひかれて渡ってゆく……。
て明るい広小路の方を頤で指し示した。そうして、両国橋の方へ引っ返すと、お君も素直に黙って付いて行った。外
行かなければならないことになったので、彼はとうとう両国橋を渡る機会を失ってしまった。
してあとさきを見まわした。彼の足は行くともなしに両国橋を渡りかけていた。橋番の小屋で放し鰻を買って、大川へ
なかった。彼はお絹の怨みを恐れながらも、とうとう両国橋を渡る機会がなかった。あくる日もまた忙がしかった。彼は白金や渋谷の
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柳原へ帰る彼は、堤の中途から横に切れて、神田川を渡らなければならなかった。