半七捕物帳 14 山祝いの夜 / 岡本綺堂
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「その頃の箱根はまるで違いますよ」
むかしと今とはすっかり変ったもんですよ。その頃は箱根へ湯治に行くなんていうのは一生に一度ぐらいの仕事で、そりゃあ大変でした
連れだと小田原まで三日がかり。それから小田原を発って箱根へのぼるというのですから、湯治もどうして楽じゃありませんでした
して楽じゃありませんでした。わたくしが二度目に箱根へ行ったのは文久二年の五月で、多吉という若い子分を一人
(同心)の御新造が産後ぶらぶらしていて、先月から箱根の湯本に行っているので、どうしても一度は見舞に行かなけりゃあ
わけにもゆかない。酔って騒ぐわけにもゆかない。箱根を越せばもう江戸だと思うにつけても、窮屈な本陣の古ぼけた屋敷
旅人が無事に箱根を越せば、その夜の宿で山祝いをするのが当時の習いである
の方はまずそれで済んで、わたくしは多吉をつれて箱根へ行くと、となりの温泉宿にとまっている奴がどうもおかしいと多吉が
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た。多吉の話によると、裏二階に泊った駿府(静岡)の商人の二人づれが何者にか殺されて、胴巻の金を
かれは御用の道中で、先月のはじめに江戸をたって駿府へ行った。その帰りに、ゆうべは三島の本陣へ泊ると、道楽者の七
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て、お節句の菖蒲を軒から引いた翌くる日に江戸をたって、その晩は式の通りに戸塚に泊って、次の日の夕方に
であった。かれは御用の道中で、先月のはじめに江戸をたって駿府へ行った。その帰りに、ゆうべは三島の本陣へ泊ると
。酔って騒ぐわけにもゆかない。箱根を越せばもう江戸だと思うにつけても、窮屈な本陣の古ぼけた屋敷に押し込まれるよりも
かけねえようにしてやる。まだ判らねえか。おれは江戸の御用聞きで、今夜丁度ここへ泊りあわせたんだ。決して悪いようにし
の手柄でもなんでもない、不意の拾い物でした。江戸へ帰ってから、小森市之助という侍はわたくしのところへ礼ながら尋ねてくれ
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は湯治の何のというわけじゃないので、実は八丁堀の旦那(同心)の御新造が産後ぶらぶらしていて、先月から箱根の湯本
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でもその市之助という人は、御維新のときに、奥州の白河あたりで討死にをしたとかいうことですが、小田原の宿屋で冷たい
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の朝に品川をたって、その晩は程ヶ谷か戸塚にとまって、次の日が小田原泊りというのですが、女や年寄りの足弱連れ
くる日に江戸をたって、その晩は式の通りに戸塚に泊って、次の日の夕方に小田原の駅へはいりました。日の長い時分
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多吉の話によると、裏二階に泊った駿府(静岡)の商人の二人づれが何者にか殺されて、胴巻の金を盗ま
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名乗られて、多吉もようよう思い出した。かれは下谷の小森という与力の屋敷の中間で、ふだんから余り身状のよくない、
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がなかなか億劫ですからね。まあ、普通は初めの朝に品川をたって、その晩は程ヶ谷か戸塚にとまって、次の日が小田原
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大哥はわたし達になんの用があるんです。わたしは神田の半七という者です」