能因法師 / 岡本綺堂
地名一覧
地名をクリックすると地図が表示されます
伏柴の加賀
まゐります。おゝ、それ、それ、ひとりは歌自慢の加賀といふ生意氣な當世女、もう一人は花園の少將殿らしく見えます
加賀 山には紅葉、野には菊、きのふけふは秋の色もだん/\
加賀 何處かそこらで一休み致しませう。おゝ、あすこが宜しうございます。
加賀 御存じはございませんか。あれは能因法師の宿でございます。
(花園と加賀は庭に入る。)
。良因は内へ入りて、爐に枯枝を焚きつける。加賀は垣のそばに立ちて草花などをながめてゐる。蟲の聲きこゆ。
花園 それは一入風流なことぢや。どうぢや、加賀。嵯峨野の秋のゆふべを題にして、お得意の歌でもよまぬか
加賀 この頃は何だかうは/\してゐて、歌を詠まう
加賀 まあ、お待ち下さいまし。あなたは親切過ぎるくらゐに優しくして下さるんです
加賀 無理は初めから承知の上でございますよ。(たち上る。)
加賀 では、譯を申したら承知してくださいますね。
加賀 兎も角もではいけません。屹と承知すると仰しやつて下さい。よう
加賀 (再び腰をおろす。)その譯といふのは先づ斯うでございます。
加賀 かねてより思ひしことよ伏柴の、樵るばかりなる嘆きせんとは。
加賀 それですから色々考へたのでございます。(起つてあるく。)折角これ
良因 では、伏柴の加賀とでも申しませうかな。
加賀 さう、さう、伏柴の加賀……。屹とみんなが然う云ひませう。(縁に腰をかける。)さう
陸奧から筑紫の果までも傳はつて、伏柴の加賀といへば日本に隱れのない才女、あつぱれの歌よみだと皆んなが
加賀 あなたに捨てられなければ、いつまで經つてもこの歌を世に出す
加賀 それですから、こゝらであなたに捨てられると、萬事が都合よく參り
花園 しかし物は相談ぢやが……。(加賀の手を取つて糸瓜の棚の下に來る。)先づ一旦おまへの望み
加賀 (花園の手をふり拂つて縁の方へ來る。)それも惡くは
、かんがへて御覽なさいまし。あたくしが伏柴の加賀と名を知られるやうになれば、世間の若い人たちが屹と打つちやつ
加賀 (又笑ふ。)あなたは泣きながら感心していらつしやるの。
(加賀は行きかゝるを、花園は駈寄つて袂を捉る。)
加賀 それは丁度都合が好いこと。それぢやあ二三枚書かしてくださいな。
筆、墨、硯、色紙、短册などを持ち來る。加賀は縁に腰をかける。)
加賀 もういつの間にか日が暮れて、手下が薄暗くなつて來ました
(花園は墨を磨る。加賀は筆を執つて色紙に歌をかく。良因も首を出して見て
加賀 先づこれで二枚書けましたわ。(云ひつゝ不圖能因の顏を
加賀 ですから、わたくしは早く歸らうと思つたのに、あなたが無理にお
加賀 それがようございます。早くこゝへ呼びませうよ。
加賀 あの奧の間に怪しいものが棲んでゐて、時々に眞黒な顏
坐し、うや/\しく御幣をさゝげて祈る。花園と加賀は一心に打守りゐる。家のうしろを囘りて來りし心にて、下
加賀 なんにも居りませんか。
加賀 それはもう判つてゐますよ。
加賀 でも、現在奧にゐる者の正體が判らないぢやありませんか
加賀 なんにもない筈はありませんよ。
加賀 誰だつて氣味が惡うございますわ。たしかに變なものがゐるに
加賀 わたしを狐だとでも思つてゐるんですか。もう堪忍ができませ
(加賀は正親の御幣を奪ひ取りて、あべこべに打つ。正親の烏帽子落ちる。正親怒つ
(一方の正親は加賀をおさへ付けてほつと一息つく。)
(加賀を突き放して、上の襖をがらりと明くれば、内から能因は再び眞黒
つと出す。出逢ひがしらに正親はあつとおどろいて飛び退く。加賀は顏を掩うてうつ伏す。花園も園生もきやつと云つて逃げ退く。園生
加賀 (泣聲。)それ、御覽なさいな。出て來たぢやありませ
(二人は腹をかゝへて笑ふ。加賀は怖々ながら透してみる。)
加賀 では、あなたも自分の歌に勿體を付けるために、奧州へ旅行
加賀 ほんたうに然うですわ。
加賀 あ、また誰か來たか。
節信 (急ぎ入る。)能……。(云ひかけて加賀を見返り、あわてゝ口をつぐむ。)
(能因は紙づつみを披く。加賀も良因ものぞいて見る。包の中よりは干した蛙が一匹出る
地名をクリックすると地図が表示されます
肝膽を碎いた揚句が、今度の旅で……。みちのくへ歌枕見にまゐると世間へは立派に披露して、實はこの春から
地名をクリックすると地図が表示されます
。)さうしてそれが都は勿論、遠い陸奧から筑紫の果までも傳はつて、伏柴の加賀といへば日本に隱れのない
地名をクリックすると地図が表示されます
ござつた。奧州名物の信夫もぢ摺、野田の玉川、あさかの沼、鹽釜櫻御覽じたかなどと云ふ。こつちは得