大阪の憂鬱 / 織田作之助
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大阪の五つの代表的な闇市場――梅田、天六、鶴橋、難波、上六、の闇市場を歩いている人人の口から洩れる言葉は、異口同音
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大阪の憂鬱
またしても大阪の話である。が、大阪の話は書きにくい。大阪の最近のことで
またしても大阪の話である。が、大阪の話は書きにくい。大阪の最近のことで書きたいような愉快な話は
大阪の話である。が、大阪の話は書きにくい。大阪の最近のことで書きたいような愉快な話は殆んどない。よしんばあっても
「音に聴く大阪の闇市風景」などという注文に応じてはみたものの、いそいそと筆
。読者も憂鬱だろうが、私も憂鬱である。書かれる大阪も憂鬱であろう。
それと同じでんで、大阪を書くということは、例えば永井荷風や久保田万太郎が東京を愛して東京を
久保田万太郎が東京を愛して東京を書いているように、大阪の情緒を香りの高い珈琲を味うごとく味いながら、ありし日の青春を刺戟
三十代の半ばにも達していないが、それでも大阪を書くということには私なりの青春の回顧があった。しかし、私
。私の書かねばならぬのは、香りの失せた大阪だ。いや、味えない大阪だ。催眠剤に使用される珈琲は結局実用的
のは、香りの失せた大阪だ。いや、味えない大阪だ。催眠剤に使用される珈琲は結局実用的珈琲だが、今日の大阪も
眠剤に使用される珈琲は結局実用的珈琲だが、今日の大阪もついに実用的大阪になり下ってしまったのだろうか。
しかし大阪はもともと実用的だったとひとは言うだろう。違う。大阪以外の土地が非実用的
しかし大阪はもともと実用的だったとひとは言うだろう。違う。大阪以外の土地が非実用的すぎただけで、大阪には味も香もあった
。違う。大阪以外の土地が非実用的すぎただけで、大阪には味も香もあったのだ。しかも、それはほかの土地よりも
に身びいきになりすぎるかも知れないが、すくなくとも私は大阪は香りの高い、じっくりと味うべき珈琲だった筈だと、信じている。
もっとも、珈琲といえば、今日の大阪の盛り場(というのは、既にして闇市場のことだが)には、
といって、いたずらに驚いておれば、もはや今日の大阪の闇市場を語る資格がない。
一個百二十円の栗饅頭を売っている大阪の闇市場だ。十二円にしてはやすすぎると思って、買おうとしたら
くらいのことに驚いて胆をつぶすような神経では、大阪の闇市場に一歩はいればエトランジェである。一樽一万円の酒樽も売っ
大阪の五つの代表的な闇市場――梅田、天六、鶴橋、難波、上六、
から、かえすがえすも紋切型を避けたいとは思う。しかし、大阪の闇市場のことを書くとすれば、やはり猫の如く、杓子の如く、いや
なぜなら、大阪の闇市場の特色はこの一語に尽きるからである。
六月十九日の大阪のある新聞に次のような記事が出ていた。
だろうが、しかし私は驚かない。私ばかりではない。大阪の人はだれも驚かないだろう。
最近大阪の闇市場では「警戒警報」「空襲警報」という言葉が囁かれている
まるで新聞を買うように簡単に人人が買って行くのが大阪なのだ。
京都にいて、この原稿を書いているが、焼けた大阪にくらべて、焼けなかった京都の美しさは悲しいばかりに眩しいような気が
都会だと思えば、ことにみじめに焼けてしまった灰色の大阪から来た眼には、今日の京都はますます美しく、まるで嘘のようであり
、今日の京都はますます美しく、まるで嘘のようであり、大阪の薄汚なさが一層想われるのである。
月並みなことを月並みにいえば、たしかに大阪の町は汚ない。ことに闇市場の汚なさといっては、お話になら
くらい汚ない。わずかに、中之島界隈や御堂筋にありし日の大阪をしのぶ美しさが残っているだけで、あとはどこもかしこも古雑巾の
しかし敢て説明するならば、すくなくとも私にとって最近の大阪が「ややこしい」のは例えば梅田の闇市場を歩いていても、どこをどう
かつて私は大阪のすくなくとも盛り場界隈だけは、どこの路地を抜ければ何屋があり、何屋
何屋があるということを、隅隅まで知っていた。大阪の町を歩いて道に迷うようなことはなかった。ところが、梅田あたり
いわば、勝手の違う感じだ。何か大阪に見はなされた感じなのだ。追ん出てしまった古女房が鉱山
たとえば、この間、大阪も到頭こんな姿になり果てたのかと、いやらしい想いをしながら、夜の
忘れられたような美しさだと思い、ありし日の大阪の夏の夜の盛り場の片隅や、夜店のはずれを想い出して、古女房に
それが京都の美しさだ。大阪の妾だった京都は、罹災してみすぼらしく、薄汚なくなった旦那の大阪と
た京都は、罹災してみすぼらしく、薄汚なくなった旦那の大阪と別れてしまうと、かえってますます美しく、はなやかになり、おまけに生き生きと若返った
、新しく障子紙を貼り替えたのだ。かつての旦那だった大阪は、京都ではただで飛んでいる蛍をつかまえて、二匹五円で
ところが、さすがに大阪だ。京都で一番賑かな四条通、河原町通の商店の資本は、敗戦後
、四条河原町附近の土地を、五百万円の新円で買い取った大阪の商人がいるという。
焼けても、さすがに大阪だったのだ。――という眼でみれば、大阪の盛り場、闇市場を
大阪だったのだ。――という眼でみれば、大阪の盛り場、闇市場を歩いている時と、京都のそれを歩いている時と
との感じの違いが、改めて判るのである。京都から大阪へ行く。闇市場を歩く。何か圧倒的に迫って来る逞しい迫力が感じられるの
幸福な京都にはない感じだ。既にして京都は再び大阪の妾になってしまったのかも知れない。
は商人の掛声だけは威勢はいいが、点点とした大阪の闇市場のような迫力はない。
「大阪ですか。千日前も心斎橋も、道頓堀も、新世界も、あ、それから、法善寺
法善寺横丁も、鴈治郎横丁も、みんな復興しましたよ。大阪は逞しいもんですよ」
「まるで大阪みたいな奴だ」
私は簡単にすかされてしまったが、大阪の逞しい復興の力と見えたのも、実はこの青年の飢餓恐怖症と似
横丁が復興しても、いや、復興すればするほど、大阪のあわれな痩せ方が目立って仕様がないのである。
も、いや売らねばならぬというのも、思えば大阪の逞しさというより、むしろ、大阪のあわれな悪あがきではなかろうか。
のも、思えば大阪の逞しさというより、むしろ、大阪のあわれな悪あがきではなかろうか。
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大阪の五つの代表的な闇市場――梅田、天六、鶴橋、難波、上六、の闇市場を歩いている人人の口から
一斉に行われ、翌日もまたくりかえされたのだが、梅田でもやはり「警報」が出た。しかし、さすがに逃げおくれた連中がい
とも私にとって最近の大阪が「ややこしい」のは例えば梅田の闇市場を歩いていても、どこをどう通ればどこへ抜けられるのか
歩いて道に迷うようなことはなかった。ところが、梅田あたりの闇市場では既にして私は田舎者に過ぎない。旅馴れぬ旅行者の
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この力が千日前を、心斎橋を、道頓堀を、新世界を復興させたのだ。――と
「大阪ですか。千日前も心斎橋も、道頓堀も、新世界も、あ、それから、法善寺横丁も、鴈治郎
千日前や心斎橋や道頓堀や新世界や法善寺横丁や鴈治郎横丁が復興しても、いや、
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大の男が書くのである。いっそ蛍を飛ばすなら、祇園、先斗町の帰り、木屋町を流れる高瀬川の上を飛ぶ蛍火や、高台寺の
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みても仕様がないくらい汚ない。わずかに、中之島界隈や御堂筋にありし日の大阪をしのぶ美しさが残っているだけで、あとはどこ
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五つの代表的な闇市場――梅田、天六、鶴橋、難波、上六、の闇市場を歩いている人人の口から洩れる言葉は、異口同音にこの
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これだけ建てたと思えるくらい、穴地を埋めてしまった。法善寺――食傷横丁といわれていた法善寺横丁の焼跡にも、二鶴や
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この力が千日前を、心斎橋を、道頓堀を、新世界を復興させたのだ。――と、しかし私はあわてて
「大阪ですか。千日前も心斎橋も、道頓堀も、新世界も、あ、それから、法善寺横丁も、鴈治郎横丁も、みんな復興
千日前や心斎橋や道頓堀や新世界や法善寺横丁や鴈治郎横丁が復興しても、いや、復興すればする
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の帰り、木屋町を流れる高瀬川の上を飛ぶ蛍火や、高台寺の樹の間を縫うて、流れ星のように、いや人魂のようにふっと
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書いているが、焼けた大阪にくらべて、焼けなかった京都の美しさは悲しいばかりに眩しいような気がしてならない。
私は目下京都にいて、この原稿を書いているが、焼けた大阪にくらべて、
てしまった灰色の大阪から来た眼には、今日の京都はますます美しく、まるで嘘のようであり、大阪の薄汚なさが一層想わ
京都はただでさえ美しい都であった。が、焼けなかった唯一の都会だ
紙を貼り替えたのだ。かつての旦那だった大阪は、京都ではただで飛んでいる蛍をつかまえて、二匹五円で売って
生き生きと若返った。古障子の破れ穴のように無気力だった京都は、新しく障子紙を貼り替えたのだ。かつての旦那だった大阪は、
それが京都の美しさだ。大阪の妾だった京都は、罹災してみすぼらしく、薄汚なくなった旦那の大阪と別れてしまうと
それが京都の美しさだ。大阪の妾だった京都は、罹災してみすぼらしく、薄
ところが、さすがに大阪だ。京都で一番賑かな四条通、河原町通の商店の資本は、敗戦後たいてい大阪
焼けなかった幸福な京都にはない感じだ。既にして京都は再び大阪の妾になってしまったのかも知れない。
襲われているといった感じだ。焼けなかった幸福な京都にはない感じだ。既にして京都は再び大阪の妾になってしまっ
いる時との感じの違いが、改めて判るのである。京都から大阪へ行く。闇市場を歩く。何か圧倒的に迫って来る逞しい迫力が
みれば、大阪の盛り場、闇市場を歩いている時と、京都のそれを歩いている時との感じの違いが、改めて判るのである
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乱闘が行はれ重軽傷者数名を出した。負傷者は直ちに北区大同病院にかつぎ込み加療中。
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いうことは、例えば永井荷風や久保田万太郎が東京を愛して東京を書いているように、大阪の情緒を香りの高い珈琲を味うごとく味い
大阪を書くということは、例えば永井荷風や久保田万太郎が東京を愛して東京を書いているように、大阪の情緒を香りの高い珈琲
食べられるし、煙草が買えるのである。といえば、東京の人人は呆れるだろうか、眉をひそめるだろうか、羨ましがるだろうか。
東京の人人はこの記事を読んで驚くだろうが、しかし私は驚かない。私
東京の闇市場は商人の掛声だけは威勢はいいが、点点とした大阪の
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のは、既にして闇市場のことだが)には、銀座と同じように、昔の香とすこしも変らぬモカやブラジルの珈琲を