伊賀、伊勢路 / 近松秋江
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ひつゝ、有名な地藏尊は歸途に殘して、まづ筆捨山に向ふ。時雨れて濟むほどの雨ならば、行々かの恐ろしきローマンスの傳
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伊賀、伊勢路
(例)伊賀の
ぐる頃無事に名古屋に着く。私は昨夕東京を立つとき伊賀の上野までの乘車券を買つてゐたので、そこで關西線の
たる靈山寺山、長野峠の錦繍を遙に送迎しつゝ、やがて伊賀の國境に入れば、春ならば黄白の菜の花薫る上野の盆地遠く展けて、收
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する間に翌朝の午前六時を少し過ぐる頃無事に名古屋に着く。私は昨夕東京を立つとき伊賀の上野までの乘車券を買つ
に輕い朝食を取つたり、電車を利用してちよつと名古屋の街の一角を窺いて見るであらう。實は多年の宿望なる、関ヶ原、
か、それは其時の心の赴くままになし、再び名古屋、湊町の線路にたよりて左方の車窓に崢※たる靈山寺山、長野峠の錦繍
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もいはれしとほり、かねて假りの住居の望みなる吉野も程遠からねばそれより大和街道を志て名張に向ふ。ところどころは俥を
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桑名、四日市は昨夕の殘睡のうちにいつしか通りすごして、車道は漸う/\四
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も遺傳されてゐると思はれて石炭の煙突煙る九州の地は私にはあまりに遠國すぎる。私の最も愛好する地勢と風土は
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間をわけ登るに、冬近き空の氣色定めなく、鈴鹿は雲に隱れて嘘のやうな時雨がはら/\と窓を打つてき
鈴鹿峠を越えて、江州に入り、「阪は照る/\鈴鹿は曇る。あひの土山雨が降る。」てふ郷曲の風情を一人
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、須磨、明石さへ遠隔の地のやうに思つた昔の京都の殿上人の抱いてゐたやうな感情は私にも遺傳されて
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また旅を空想し、室内旅行をする季節となつた。東京の秋景色は荒寥としてゐて眼に纏りがない。さればとて帝劇
情趣が湧かない。私の魂魄は今、晩秋初冬の夜々東京の棲家をさまよひ出でて、遠く雲井の空をさして飛んでゐる
て、心はいつも皮相ばかりを撫でてゐるやうである。東京にゐると、文筆のわざさへひたすら枯淡なる事務のやうになつて、旅
感興を味はふほど私にとつての慰藉はない。東京は、私には、あまりに刺戟が強く、あまりに賑かすぎて、心
でそのつもりで旅支度をとゝのへ些の未練もない東京の空には暫時の訣別を心の中に告げつゝ夜九時の急行
時を少し過ぐる頃無事に名古屋に着く。私は昨夕東京を立つとき伊賀の上野までの乘車券を買つてゐたので、
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無事に名古屋に着く。私は昨夕東京を立つとき伊賀の上野までの乘車券を買つてゐたので、そこで關西線の湊町
かに立つを見る。佐奈具の一驛をへてやがて上野に着く。此地は芭蕉翁故郷塚、伊賀越の敵討で名の高い
伊賀の國境に入れば、春ならば黄白の菜の花薫る上野の盆地遠く展けて、收穫濟みたる野の果て、落葉しぐれる山の際
貴生川を經て汽車を利して柘植に※り、そのまゝ上野に出るか、或は土山より昨日の道をまた關に戻るか、それは