幻化 / 梅崎春生
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「鹿児島一円を廻ったら、熊本に行く。阿蘇に登るつもりです」
「阿蘇にも映画館があるのかい?」
「阿蘇にはありませんよ。山だから」
〈そうだ。丹尾も阿蘇に登ると言っていたな〉
、金が送られて来るまでに、時間がかかるだろう。阿蘇に登ってもいいな、と五郎は考えた。彼は学生時代、二度阿蘇
いいな、と五郎は考えた。彼は学生時代、二度阿蘇に登ったことがある。しかし二度とも、眺望には失敗した。一度
ましたですたい。いや、水じゃなか。泥ですたい。阿蘇ん方で大雨が降って、よなを溶かして流れち来たんですたいなあ
「阿蘇ん大雨で流されち来た流木が、子飼橋の橋脚にせき止められち、
た時、左手の方遠くに、赤い火が見えた。阿蘇が爆発していることを、彼は新聞で知っていた。彼は立ちどまる
「今日、子飼橋から、阿蘇が見えたよ」
「明日、阿蘇に登ってみようかな」
「ちゅうばってん、阿蘇は頂上まで、バスが行くとですよ」
迎えに来るっとでしょう。まっすぐ帰った方がよかね。阿蘇にゃ登らんで」
食べながら、女中に弁当を二人分つくることを命じた。阿蘇に登るのももの憂い。計画を中止して、ここでじっと待とうか。そうし
〈なぜおれは阿蘇に登るのか?〉
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「水前寺の先、健軍ちいうところですたい」
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薩摩の言葉は判りにくい。早口でしゃべられると、全然判らない。外国の言葉を
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五郎がいた素人下宿は、一番奥で、その先は白川の河原になっていた。河原の水たまりから蚊がたくさん発生して、学生
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ないのか。それで東京を出て、数百里もある薩摩半島につっ走り、今ひっそりかんと五右衛門風呂に沈んでいる。
年前の記憶にある。これは壺漬けと言うのだ。薩摩半島でつくられ、軍艦や潜水艦に搭載して、赤道を越えても腐らないの
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だ。流木の彼方の足跡は、もう定かではない。武蔵野の逃水のようにちらちらと、水がただよい動いているようだ。一帯を
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「あそこはもともとお寺だったのよ。一乗寺と言ってね。明治の初めに廃寺になったの。その後に石造の仁王
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羽田を発つ時には、四十人近く乗っていた。高松で半分ぐらいが降り、すこし乗って来た。大分でごそりと降り、五
。空港の滑走路がぐんぐん迫って来る。着地のショックが、高松や大分のとくらべて、かなり強く体に来た。しばらく滑走して、
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「着陸する時があぶないんだね。で、あんたはなぜ鹿児島に行くんです?」
「鹿児島一円を廻ったら、熊本に行く。阿蘇に登るつもりです」
を降りた。五郎は空腹を感じた。機上食と、鹿児島でうどんを少量。口にしたのはそれだけで、車で長いこと
発生した台風が、枕崎や佐多岬に上陸して荒れ狂い、鹿児島から北上する。そんな時に吹上浜の浪は砂丘まで襲いかかり、砂をごっそり持っ
五郎は聞いた。微妙な匂いと味を持つタクアンで、鹿児島の基地にいる時は、三度三度の食事にこれが出た。
「鹿児島の湯之浦温泉のあんまさんからだ。このあんまさんは、爺さんだったよ
五郎は上衣を引寄せ、紙幣とともに、鹿児島で買った時間表を取出した。
、丹尾がそんなことを言っていた。すると丹尾は鹿児島での商取引は済ませたのか。五郎はじっと丹尾の様子を眺めて
彼はいぶかった。しばらくして思い出した。鹿児島から枕崎へのハイヤーの中で、丹尾がそんなことを言っていた。
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「鹿児島一円を廻ったら、熊本に行く。阿蘇に登るつもりです」
「熊本まで行って、三田村に電報を打って、送金してもらうか」
ことがある。三田村はその時からの友人であった。熊本から電報を打つという思いつきは、そこから出た。三田村ならためらわず送金
のことだ。今は画廊を経営している。五郎は熊本で学生生活を四年送ったことがある。三田村はその時からの友人
熊本の宿で、五郎は女指圧師に揉まれていた。指圧師は
朝早く伊作を発ったので、昼前に熊本に着いた。駅は人の動きや汽笛やスピーカーで騒々しい。駅の構内
どうか、落第した。中傷の手紙が行き、西東は熊本に戻らず、私学に入る予定で、東京に赴いた。女将は下宿を
「あのおかげで西東は、熊本に戻れず、結局戦死してしまったのよ」
「熊本は初めて?」
「熊本」
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浸蝕したのである。今眺める海は静かだが、石垣島あたりで発生した台風が、枕崎や佐多岬に上陸して荒れ狂い、鹿児島から
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「君は東京から飛行機に乗ったのかね?」
来た。日はまだ高い。緯度の関係で、日没は東京より一時間ほど遅いのだ。しかし空腹はそのためだけでない。病院の
「あんたはなぜ東京から、枕崎くんだりまでやって来たんです」
「あたしも行ったわ。学校を卒業して、すぐ東京へ」
て、それがこわかったのではないのか。それで東京を出て、数百里もある薩摩半島につっ走り、今ひっそりかんと五右衛門風呂に
その分をポケットに入れた。残りの金では、とても東京まで戻れない。しばらく掌に乗せたまま、考えていた。
所に寄り、旅館の名を確める。次いで郵便局に寄り、東京の三田村に電報を打った。
『東京に戻るから旅費を送って呉れ』
、旅館の町番地を書き、そこの気付にした。東京に戻る気持は、昨日からきざしていた。この電報を打てば、決定
「東京屋にやって呉れ」
「この旅館気付に、東京からわたしに金が送って来る」
めずらしくかき氷屋があった。東京ならもう店仕舞をしている筈だが、ここは南国なので商売が
行き、西東は熊本に戻らず、私学に入る予定で、東京に赴いた。女将は下宿をたたんで、西東を追っかける。私学に入る前
電文の意味を考えていた。二万円あれば、もちろん東京に戻れる。それなのに何故三田村は、ここに来ようとするのか。
「そうは行かないんだ。あいつはすぐおれを、東京に持って行く」
「散髪しましたね。しかしあんたはなぜ東京から、枕崎くんだりまでやって来たんです」