黴 / 徳田秋声

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地名一覧

塩原

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その町は、日光へも近く、塩原へもわずか五時間たらずで行けるような場所であったが、町それ自身

日光山

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明らかになっていた。町の宿屋という宿屋は、日光山へ登る旅客がここを通らなくなってからは、大抵達磨宿のようなもの

神楽坂

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笹村の姿が、人足のようやく減って来た、縁日の神楽坂に見えたのは、大分たってからであった。O氏は去年迎えた

関東

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。汽車は次第に東京の近郊から離れて、広い退屈な関東の野を走った。笹村の頭には今まで渦のなかにいるように思え

八丁堀

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に耳を傾けた。女たちのなかには、京橋の八丁堀で産れて、長く東京で左褄をとっていたという一人もあった。

谷中

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翌朝谷中の俳友が訪ねて来た時、笹村は産婦の枕頭に坐っていた。

一度谷中の友人と、その時も花を引いていたのを機会として、

成田山

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た。寄附金の額を鏤りつけた石塔や札も、成田山らしく思えた。笹村は御護符や御札を欲にかかって買おうとするお

淡路町

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恢復期へ向いたころに、笹村が買物のついでに、淡路町の方で求めて来た下駄をおろして、急いで出て行った。

九州

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妻などを連れて船へ入り込んで来る男であった。九州の温泉宿ではまた無聊に苦しんだあげく、湯に浸りすぎて熱病を患っ

へ貽ってくれた大阪の嫂に土産にするつもりで、九州にいるその嫂の叔母から譲り受けて来て、そのまま鞄の底に潜めて

であったが、用事は笹村が家を持った当座、九州の旅先で懇意になった兄の親類筋に当る医学生が持って来て、

九州からの帰途、二度目に大阪を見舞った時には、二月も浸って

大徳寺

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時々大徳寺などに立て籠っていたことのあるT―が、ぶらりと京都に立って行っ

本郷

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、東京なれぬ細君には勝手が解らなかった。そこから本郷の大学へ通っていた良人とは、国で芸者をしているころから

細君の背に負われていた。その家はそこから本郷に出る間の、ある通りの裏であったが、笹村はそこへ三人

横浜

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「私横浜の叔母のところへ行けば、少しは相談に乗ってくれますよ。」お

駿河台

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の頭をいらいらさせた。体が悪いので、しばらく駿河台の方の下宿へ出ていたその女とは、年にも大変な懸隔

小石川

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も深々と碧み渡っていた。笹村はそうした小石川の奥の方を一わたり見て歩いたが、友人の家を出て、普通

見すぼらしい道具を引き纏めて小石川の方に見つけた、かなり手広な家へ引き移ったのは、それから間も

「小石川の家にいる時分、みんな焼いてしまいましたわ。」

牛込

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、M先生のある大きな仕事を引き受けることになってから、牛込の下宿へ独りで引き移った。その前には、家族と一緒に先生の行っ

が、先に半年ばかり縁づいていた家の親類のいる牛込のその界隈が、心遣いでもあった。

四畳半に閉じ籠っていたが、去年の夏いた牛込の宿よりは居心がよかった。

熊谷

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きめている労働者の姿なども、暮らしく見られた。熊谷在から嫁入って来たという、鬼のような顔をしたそこの内儀

湯島

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になった。お銀は用がすむと、晩方からおりおり湯島の親類の方へ遊びに行った。そして夜更けて帰ることもあった。

ことも、笹村の気にくわなかった。お銀は時々湯島の親類の家で、つい花を引きながら夜更しをすることがあった。

道頓堀

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笹村はもう道頓堀にも飽いていた。せせっこましい大阪の町も厭わしいようで、

では新調のインバネスなどを着込んで動きのとれないような道頓堀のあたりを、毎日一人で歩いた。そして芝居や寄席や飲食店のような人いきれ

大阪

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」笹村が湯に中って蒼い顔をして一トまず大阪の兄のところへ引き揚げて来たとき、留守の間に襟垢のこびりついた

はもう道頓堀にも飽いていた。せせっこましい大阪の町も厭わしいようで、じきに帰り支度をしようとしたが、長く離れ

、笹村の心は、かつて漂浪生活を送ったことのある大阪の土地や、そこで久しぶりで逢える兄の方へ飛んでいて、それを

旅行中羽織など新調して、湯治場へ貽ってくれた大阪の嫂に土産にするつもりで、九州にいるその嫂の叔母から譲り受けて来

で近ごろ先方の写真だけ見たことのある女や、以前大阪で知っていた女などのことが、時々思い出されていたが、不意

干からびて、机の傍は相変らず淋しかった。笹村は大阪にぶらぶら遊んでいた一昨年の今ごろのことが時々思い出された。そこで

九州からの帰途、二度目に大阪を見舞った時には、二月も浸っていたそこのあくどい空気に堪え

もそのころ温泉場にいたある女から来た手紙や、大阪で少い時分の笹村が、淡いプラトニック・ラヴに陥ちていた女の手紙は

日比谷公園

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二人は日比谷公園などを、ぶらぶら歩いて、それからお銀の家の方へやって来

京都

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、何だか不安のようでもあった。帰路立ち寄った京都では、旧友がその愛した女と結婚して持った楽しげな家庭

ながら、言いかけたが、笹村の余裕のない心には、京都というものの匂いを嗅いでいる隙すらなかった。それで二人一緒に

などに立て籠っていたことのあるT―が、ぶらりと京都に立って行ってからは、深山と笹村との間の以前からのこだわり

笹村は友人思いの京都のT―から、自分ら二人のその後の動静を探るようにK―へ

下谷

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下谷の方から来ていた、よいよいの爺さんは、使い歩行をさせる

気がくさくさして来ると、お銀は下谷の親類の家へ遊びに行った。

久しくお銀母子が顔を見せなかったので、下谷の親類の婆さんがある日の晩方、不意に訪ねて来た。子供

たりした幾色かの着物の上に、お銀は下谷から借りて来た欽一の兵児帯なども取り揃えた。

熊本

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残っていた。その後久しくかけ離れていたが、ある夏熊本の高等中学から、郷里の高等中学へ戻って来たK―のでくでく

千葉

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院長はその日は、千葉の分院へ出張の日であった。

東京

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が気に入りそうなのを見立てて上げるよって……東京ものは蓮葉で世帯持ちが下手やと言うやないか。」笹村が湯

に帰り支度をしようとしたが、長く離れていた東京の土を久しぶりで踏むのが楽しいようでもあり、何だか不安の

東京で家を持つまで、笹村は三、四年住み古した旧の下宿にい

たK―が、国から少し纏まった金を取り寄せて、東京で永遠の計を立てるつもりで建てた貸家の一つであった。切り拓い

武骨らしいその婆さんは、あまり東京慣れた風もなかったが、すぐに荒れていた台所へ出て、

「叔父さんが丈夫で東京にいるとよかったんですがね。小説なんか好きでよく読んでました

「東京で多少成功すると、誰でもきっと踏み込む径路さ。」

東京でもいろいろのことをやって味噌をつけて行った父親は、製糸事業

もしばらくのまにめっきり弱ってしまいましたよ。前に東京にいたころはあんなじゃなかったんですがね。」と、お銀

思索や創作に耽られるような住居を求めに、急いで東京へ帰った。

来るまで、早稲田の方で下宿屋をやっていたが、東京なれぬ細君には勝手が解らなかった。そこから本郷の大学へ通って

「でも皆ないい人たちですね。東京に親戚がないから、人なつかしげで……。」

舌に昵んで来るころには、笹村の心にはまた東京のことが想い出されていた。そして久しぶりで逢うわが子の傍へ寄っ

東京へつくと、すぐに、こんな手紙を受け取った笹村の目には、今日

を勧めてみたが、母親の気は進まなかった。東京へ来て、知らない嫁に気を兼ねるのも厭だったし、孫娘

この慈母の手を離れて、初めて東京へ出た当時のことなどを笹村は思い出していた。そのころは笹村

国境を離れるころには、自分の捲き込まれている複雑な東京生活が、もう頭に潮のように差しかけていた。妻や子

田舎へ帰った。そしてそこで今日まで暮して来た。東京で薬剤師になろうとしていたこの弟は、そんなことを嫌って、

は、国へ立つ前から笹村も承知していた。東京で育ったこの弟は、お銀が笹村のところへ来てから間も

「弟も東京で早くこんな店でも出すようにならなけア……。」と、外

そうに蓋を開けて見ていた。その梅干には東京やお銀の田舎では、味わうことのできぬ特殊の味わいがあった

女たちのなかには、京橋の八丁堀で産れて、長く東京で左褄をとっていたという一人もあった。

東京へ帰って来てからの笹村は、しばらく懶け癖がぬけなかった。昼

多少の金を懐にして田舎から出て来て、東京でまた妻子を一つに集めて暮そうとしている父親や弟がい

界隈に幅を利かしているというそこの年老った主、東京に芸者をしていたことがあるとか言ったその後添いの婆さん

、想像していたほど綺麗な家ではなかった。東京に若い妾などを囲って、界隈に幅を利かしているというそこの

そんな通りから離れると、さらに東京の場末にあるような、かなり小綺麗な通りが、どこまでも続いてい

その白けたような街道では、東京ものらしいインバネスの男や、淡色のコートを着た白足袋の女などに時々

もかなりな参詣人を呼んでいるそこの寺は、ちょうど東京の下町から老人や女の散歩がてら出かけて行くのに適当したような

前に入った家よりかいくらか居心がよかった。東京風の女中の様子も、そんなにぞべぞべしてはいなかった。

離散したころから預けられていた親類の家から、東京へ遊学させられることになっていた。

。笹村は何かなし家と人から逃れて、そんなに東京からの旅客に慣らされていないような土地へ落ち着いて、静かに何

のない笹村の目に、すがすがしく映った。汽車は次第に東京の近郊から離れて、広い退屈な関東の野を走った。笹村の頭

駒込

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、この家を周旋した笹村の友達のT氏も、駒込の方の下宿から荷物を持ち込んで、共同生活をすることになった。

品川

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なんです。阿母さんというのが、継母で、もと品川に芸者をしていたとか言うんですがね、栄というその

日本橋

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て来たのはそのころであった。そして泊りつけの日本橋の宿屋の代りに、ここの二階にいることになってから、笹村

浅草

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甥はますます悪い方へ傾いていた。夜おそく浅草の方から車夫を引っ張って帰ったり、多勢の仲間をつれ込んで来て

たり、大分足のしっかりして来た子供を連れ出して、浅草へ出かけなどした。

し、坊やの好きな西洋料理も食べられるし、衆で浅草へでもどこへでも行きましょうね。」

「あの人の家は、浅草の区役所の裏の方だそうですよ、退院したら、きっと遊びに来

麹町

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になっていた。そしてその原稿を抱いて、朝夙く麹町の方にいるある仲介者の家を訪ねたのは、町にすっかり春の

神田

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お銀の遠縁にあたるという若い画家が一人神田の方にいた。山内というその男と笹村も一、二度どこ

新橋

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翌朝新橋へ着いた時分は、町はまだ静かであった。地面には夜露の

を思い出さずにはいられなかった。夫婦はその日、新橋まで人を見送った。そして帰りに橋袂で、お銀の好きな天麩羅を

渋谷

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家を畳んで、そのころ渋谷の方のある華族の邸に住み込んでいた父親が、時々羽織袴の

銀座

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二人は腹ごなしに銀座通りを、ぶらぶら歩いた。

京橋

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お銀は京橋にいるその人のことを、いろいろ話して聞かした。叔父が盛んに切っ

暮に産をする間の隠れ場所を取り決めに、京橋の知合いの方へ出かけて行ったお銀は、年が変ってもやはり

て話してみましたらばね。」と、お銀は京橋から帰って来た時、待ちかねていた笹村に話しだした。

「私京橋へ行こうか行くまいか、どうしようかしら。」

なければならぬ場合がたびたびあった。そのころお銀は京橋の家へ行くことをすっかり思い止まっていた。二階は危いというの

の話に耳を傾けた。女たちのなかには、京橋の八丁堀で産れて、長く東京で左褄をとっていたという一人も