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なかった庸三は、しばらく思案した果てに、やや遅れて青山の師匠の家を訪れたが、庸三が予覚していたとおり、彼の

「番町の独逸人の屋敷へ行くというから、一緒に乗りつけてみると、ドアが

去年の冬時分、彼女は北山や瑠美子をつれて、時々番町にある清川の家を訪問していた。レコオドをかけたり、瑠美子を踊ら

「あの人も可哀そうよ。番町にいる時、私一度飛び出したことがあるの。先生の処へ行こうと思っ

家の雰囲気がふっと浮かんで来たりして、急いで番町へ引っ返したものなの。あの人はいなかったけれど、やがて帰って来て

しようと、そう言ってくれるのよ。その人、奥さんと鵠沼にいますけれど、ちょっといい暮しよ。奥さんも教養のある人よ。」

ある日鵠沼にいる例の黒須がひょっこり訪ねて来た。ちょうどその時葉子は籠から逃げ

登りきってから、左と右とへ二回まがった、富士見町のある賑やかな通りであったが、行きついて見ると、それは花屋で、

ある時庸三が庭へ降りて、そろそろ青みがかって来た叡山苔を殖やすために、シャベルをもって砂を配合した土に、それを

（例）一度小樽市へ

たが、彼女はその時妊娠八カ月だった。そして一度小樽市へ引き返して、身軽になってから出直して来るように言っていたが、

なころ、まだ手術を思い立たない前の彼女をつれて、箱根までドライブしたことがあった。夜も大分遅くなって、痔に悩んで

もようやくたけなわなころに、二人は紅葉を探りに二三日箱根へ旅してみたが、帰って来たころには、葉子の懐ろも

の日を浴びながら、二人は池の畔をまわって、東照宮の段々を上って行った。葉子は絶えず何か話していたが、

いなかったが、感じは悪くなかった。彼女の現在は神楽坂の女給であったが、その前にしばらく庸三の親友の郊外の家で、

ある時も、彼女はパリへ立つ友人を見送る子供と三四人の同窓と、外国航路の船を見いかた

誘われた時も弾まなかった。それもその前に、丸の内のあるビルディングの講堂で、高田夫妻の舞踊の公演のあった時も、帰る

ある日庸三が、鎌倉の友人を訪問して来ると、その留守に珍らしく葉子がやって来たこと

は、それから一日おいての午後のことであった。伊勢佐木町の手前でタキシイを乗り棄て、繁華な通りをぶらついたが、幾歳になって

の文科へ通っている、町の文学青年だったが、能登の産まれで、葉子とはすでに裏町の女王とナイトのような関係になって

あったが、その時台所へ出て拵えたものは、北海道料理の三平汁というのであった。葉子は庸三に訊きに来られると

それが北海道で破産したという松川であった。

潜めていた彼が、三人の子供と一緒に再び北海道へ帰って行ってから、もう二年近くになった。その間にいろいろの

「北海道時代に私が目をかけて使っていた女中なんですよ。その時分

「北海道でお乳を切ったんですのよ。また手術ですの、先生。」

「北海道では撞いたもんでしたけれど。あの時分は奥さん方のいろいろな社交もあっ

箪笥は今なお庸三の部屋にあった。というのも北海道の結婚生活時代に、前夫の松川と連帯になっている債務が、ここまで

を唆られた。惨めな礦夫の生活をかいたもの、北海道の終身刑囚の脱獄、金龍館で、一時あれほど盛っていた歌劇団の没落

湯河原ではＮ――旅館の月並みな部屋に落ち着いたが、かつて庸三が丘に

葉子は湯河原の帰りにも、汽車のクションで臥ていたくらいで、小田原でおりた

と三四人の同窓と、外国航路の船を見いかたがた横浜へ行こうとして、庸三の許しを乞うた。

いた。レストオランのマネイジャをしている主人が、時々横浜からやって来るということも、庸三は彼女から聴かされていた。いつ

て、小夜子と庸三父子と都合四人で半日遊ぶつもりで横浜へドライブしたのは、それから一日おいての午後のことであった。

目の前に現われた。メイ・ハルミの手を経て横浜から買った、ヤンキイ好みの紺に淡めな荒い縞のある例の外套に包まっ

ひつじ屋で、花模様のジョウゼットを買ってから、四谷に洋装学校をもっているあるマダムの邸宅を訪問した。庸三はこのマダム

翌朝庸三は持越しの衝動的な気持で、駿河台の旅館街を彷徨していた。

金で、京都で新派の俳優と遊んでいるところを、四条の橋で店の番頭に見つかって、旦那をしくじった若い芸者の話、公園

「姐さんですか。それが先生あの有名な竹村先生と軽井沢で心中した芝野さんの旦那を燕にしているんですよ。」

「ハルミさん一昨年の夏とかに、避暑かたがた軽井沢へ美容院の出張店を出していたのよ。そこへおばさんおばさんと

葉子はすでに良人や子供と別れ田端の家を引き払って、牛込で素人家の二階に間借りすることになっていた。美容術を教わり

あの人こんなこと言うのよ。世間の噂も煩いし、牛込の家を売るたって、今すぐというわけにもいかないから、人目にふれ

「湯島の宿にいるのよ。すぐ立つんだから、ちょっとでいいから逢ってくれ

葉子は湯島に宿を取っている松川を見ると、いきなり飛びついて来る彼に唇を出し

。北山さえ少し遠いのを我慢すれば、彼の父は神奈川にある店の近くにアトリエを建ててくれるはずだったが、彼女は物堅い旧家

度行くうちに、何か疎ましい感じだった逗子の町や葉山の海岸にも、いつとはなし淡い懐かしみも出来て、この一と夏を

三菱の理事とか、古河銅山の古参とか、または大阪の大きな工場主とか。彼女が暗い道を辿って来たのは、父

の後ろ姿にも、争えない寂しさがあった。庸三は大阪で初めて見た花々しい彼の三十代以来の舞台姿を、長いあいだ見て来

ストの一人と、川風に吹かれながらバルコニイへ出て、両国から清洲橋あたりの夜景を眺めていたが、にわかに廊下へ呼びこまれた。

話された。美貌で才気もある葉子が、どうして小樽くんだりまで行って、そんな家庭に納まらなければならなかったか。もちろん彼女が

「私たちを送って来た従兄は、一週間も小樽に遊んでいましたの。自棄になって毎日芸者を呼んで酒浸しに

幼い妹と弟とは、継母とその子供と一緒に、小樽の家を畳んで、葉子の町からはちょっと距離のある、継母の実家

従兄とのかつての恋愛模様と、新夫婦を母とともども小樽まで送って行った時の、三人の三角なりな気持の絡み合いは、

気を配って、庸三を居馴染ませようとした。例の小樽以来の乾児格の女流画家や瑠美子もいた。

た寝床へ潜りこんだが、間もなく葉子附きの、同じ秋田生まれの少女が御免なさいと言って襖を開けた。庸三は少しうとうとしかけ

秋田育ちの葉子は食べ物拵えにも相当趣味をもっている方であったが

――六年間肺病と闘っていた父の生涯、初めて秋田の女学校へ入るために、町から乗って行った古風な馬車の喇叭

「福島の方から、ちょっとそんな通信が入ったものですから。」

をトランクに詰めて、上野を立った。実はどこか福島あたりの温泉まで葉子が出て来て、そこで庸三と落ち合う約束をし

病気だと言って、旦那を瞞して取った金で、京都で新派の俳優と遊んでいるところを、四条の橋で店の番頭に

に輝く目に何か不安定な感じを与えもして、奈良で産まれたせいでもあるか、のんびりした面差しであった。美貌の

そこは町の人の春秋のピクニックにふさわしい、静かで明るい松山であった。暑さを遮ぎる大きな松の樹が疎らに聳え立っていた

が休みになると彼は毎年行くことにしている、長崎のお寺で一夏を過ごすのも長年の習慣であった。彼は庸三

と思っているの。あの人は職業上の関係で、下谷のある芸者を知っていたの。私と同じ痔の療治で入院し

静岡で大きな茶の問屋をしている小夜子の姉の家と親しいおけいさんの

「ああ、先生ですか。マダムは昨夜静岡へ立ちましたの。」

静岡には小夜子の種違いの、多額納税者の姉が、とかく病気がちに暮らして

隣家の灯影が差していたこと、行くとすぐ、そっくり東京のデパアトで誂えた支度が、葉子も納得のうえで質屋へ搬ばれて

退き加減の、震災の痛手に悩んでいた復興途上の東京ではあったが、まだそのころはそんなに不安の空気が漂っては

半年の余も閉じ籠もっていた海岸の家を出て、東京へ出て来たのは、加世子の葬式がすんで間もないほどの

海のほとりにある葉子の故郷の家を訪れてから、東京の郊外にある草葉の新らしい住宅で、たちまち結婚生活に入ったのだった

と、子供の分だけを適度に残して、そっくりそれを東京へ持って来て、郊外に土地を買い、農園の経営を仕事とする

なかった。多分一色を訪ねたか、秋本がその時まだ東京にいたものとすると、彼の旅宿へ立ち寄ったものだと思われ

いるのだったが、昔から、その作品を読んだり、東京でも、一度逢ったことのある青年が一人いたので、庸三は

士の邸宅などへも案内された。歯科医の兄は東京にも三台とはない器械を備えつけて、町の受けはよかった。

気軽さで往ったり来たりするのであった。この前東京へ帰ろうとする時彼女はいざ切符売場へ差しかかると、少しこじれ気味になっ

もないことであった。彼女は十六時間もかかる古里と東京を、銀座へ出るのと異らぬ気軽さで往ったり来たりするので

―市行きを待って、葉子も朗らかに乗りこんだ。そして東京行きの夜行を待つあいだ、タキシイでざっと町を見てまわった。風貌

た。金を葉子に贈るために、四月に松川が東京に立ち寄った時、葉子は初めて瑠美子だけでも還してくれるように哀願し

晩、庸三が煩く虫の集まって来る電燈の下で、東京の新聞に送る短かいものを書いていると、その時から葉子は発熱し

「あの人時々東京へ来るのよ。」

「東京というところは、居つけてみればみるほど広いのね。もしも先生が

昼過ぎ、婦人雑誌社を訪問する用事があって、一人で東京へ行った。庸三もそう続けてそこにいたわけでもなかった。

東京へ帰ると、彼はまた大川端の家へ行って、風呂に入ったり食事

北山という北海道時代から葉子の原稿の手助けをしたり、東京ではまた踊りの師匠の内弟子である瑠美子の様子を、時々見に行っ

の家と親しいおけいさんの実家との関係から、二人は東京でも互いに親しくしているのであった。

ようでしたが、お金は欲しいらしいんです。明日あたりちょっと東京へ出る用事もあるから、その時先生にもお逢いしたいというん

葉子は言っていたが、東京では若い人たちに騒がれていた、いつも葉子に忠実であった

ある時東京会館の二階で、上方風のすき焼を食べたが、庸三の子供三

その秋破産した良人や子供たちとともに上京して、田端に世帯をもつことになった葉子の話で、だんだん明瞭になったわけ

であったが、そのころ葉子はすでに良人や子供と別れ田端の家を引き払って、牛込で素人家の二階に間借りすることになっ

「そうですとも。松川と田端に世帯をもっている時分は、それはひどい困り方だったのよ、

いろいろの変化が葉子の身のうえにあった。葉子が田端の家ですっかり行き窮ってしまった結婚生活を清算して子供にも別れ

が重苦しくなって来た。どうにもならなくなって、田端へ来て身を潜めていた彼が、三人の子供と一緒に

言い宥めるくらいの寛容と愛情に事かかない彼だったが、田端時代になって愛の破局が本当にやって来た。それは、葉子

を出した。松川は洋服も脱がずにいたが、田端で別れたころから見ると、身綺麗にしていた。彼は今

借家ですから、何かにつけ窮屈なんでしょうか、今度田端の方へ家を見つけて、そこへ引き移るそうですから、金がいるん

それからまた少し経ってから、ちょうど田端へ引っ越したところを、史朗はわざわざ見に行って来た。そこは木造

悩んで遠い処へ引っ越すことに葉子の主張が通って、田端へ移ったからには、新生活もどんなにか幸福であろう。相手が相手

葉子も頷いたが、田端へ引っ越したのも、まだ本当に切れていない雪枝から、完全に清川

おりて葉子を誘い出すのも彼であった。葉子が、田端の家を出た以上、愛人と別れたことが一応真実のように思わ

丁目のアパアトメントの四階に移って来た。せっかく営んだ田端の愛の巣にもすでに破綻が来て、それ以来彼女は寛永寺橋

ことを、何かのおりに感づいて、背広を着て銀座の喫茶店へなぞも入るらしい子供がいつの間にか父に叛逆的な

「銀座の曽根といって、素晴らしい芸術的な写真撮るところよ。すぐ帰って来るわ

だということは、もとより知る由もなかった。庸三は銀座の到る処に和髪とも洋髪ともつかない葉子独特の髪で、紺

の上を、彼女が軽い塗下駄の足を運んでいる銀座の街を目に浮かべている間に、彼女の※ったタキシイがどこ

であった。彼女は十六時間もかかる古里と東京を、銀座へ出るのと異らぬ気軽さで往ったり来たりするのであった。

の雑音が地獄の底から来るように慵く聞こえ、たまたま銀座などへ出てみても目がくらくらするくらいであったが、葉子と

「お神さん御飯食べに銀座へ行っていますけれど、じき帰って来ますわ。まあどうぞ。」

言っちゃ何ですけれど、厭味な男よ。それあ多勢の銀座マンのなかでも、あのくらいいい男はちょっと見あたらないかも知れません

をして歩く彼女を、膝のうえに載せて、よく銀座や神田あたりへ出たのも、そのころであった。柱時計を買うと

葉子は時間を見計らって、家を出て行った。そして銀座で水菓子の籠を誂えると、上野駅まで自動車を飛ばした。しかもその時は

ために、庸三の膝のうえに痛い体を載せて、銀座まで自動車を駆りなどした。彼女の頸にした白狐の毛皮の毛

の婦人雑誌の編輯室をも訪れた。若い記者たちと銀座でお茶を呑んで来ることもあれば、晩飯の御馳走になることも

断髪のマダムのやっているバアなどもあった。そこは銀座裏の小ぢんまりした店で、間接に来る照明が淡蒼い光を漂わし、

へタキシイを飛ばすこともまれではなかった。庸三は時々銀座界隈で、いくらか知っている顔も見えるような家へ彼女をつれて

もない座敷だと、少しサアビスをしてから、息ぬきに銀座辺へタキシイを飛ばすこともまれではなかった。庸三は時々銀座界隈で

そのころ銀座では、あまり趣味のよくない大規模のカフエが熾んに進出しはじめて、

その後葉子は、銀座の曾根のスタジオへ撮影に行った帰りに、飾り窓の前に立っている

いろいろな独逸人を知っているものとみえ、いつかも銀座を歩いていると、尾張町の角のところで、五十年輩の、あまり上品

の噂話が交されていたが、するうち三人で銀座へ出ることになった。

を少しも無駄にしないというふうであった。長く銀座をぶらつくということもなく、主人の帰る時刻になると、じきに電車

銀座でお玉さんは、行きつけの化粧品屋へ入って、ルウジュやクリイムなんかを取り出さ

得ないで、彼は何かのきっかけから、人目の少ない銀座のモナミの食堂で、葉子と晩飯を食ったり、新らしく出来あがった武蔵野映画館へ

の空隙を感じないわけには行かなかった。小夜子同伴で銀座へ出たり、足休みにバアやカフエへ入ったりして、動けば動く

なりながら、しばらく遊んでから、夕方になって三人で銀座へ出てみたが、生活内容を探り合うこともできないほど、何か

やがて葉子がやって来たが、園田を銀座のモナミかどこかで待たせてあるというふうであった。ここは

にそっと呟いた。庸三は、これもずっと後に葉子が銀座の酒場へ現われたとき、この男も定連の一人で、何か葉子の

憶い出すまいとしていた。友人と一緒に捏ねかえす人込みの銀座へ出て、風月で飯を食ったことや、元日に歌舞伎で「関

と羽子をついていた。大きい子供たちの中には、銀座へ出て行ったものもあった。庸三は仕事をもってホテルヘ出て

忘れなかった。ある時彼は葉子について、そのころ銀座にあったメイ・ハルミヘ行ったが、ちょうどその階下が理髪屋であった

小夜子と庸太郎と三人で、ある夜銀座を散歩していた時、支那服の師匠に逢ったのは、つい

て、庸三は師匠の家を出たのだったが、銀座で食料品の店頭に、ふと支那服の彼女を見つけた時には、少女

「どう、これから銀座へ出て、耳飾りでも買って贈ったら。」

、ちょうどその日は雨あがりだったので、高下駄を穿いて浅草へ行く時、電車通りまでの間を、背の高い彼女と並んで歩く

来ていた。庸三の末の娘をつれて二人で浅草へ天勝の魔術を見せに行った帰りに、上野で食事をしてから

、離散した歌劇団の歌手たちに絡んだ、頽廃的な浅草の雰囲気を濃い絵具で塗り立てた作品の、呼吸の荒々しさと脈搏の強

日葉子と子供たちを連れ出して、青葉の影の深くなった上野を散歩して、動物園を見せた時であった。そのころ父親の恋愛

晩で通りの夜店を見に行ったり、時とすると上野辺まで散歩したり――しかしこの生活がいつまで続くかという不安も

その翌日の晩、いくらかの土産をトランクに詰めて、上野を立った。実はどこか福島あたりの温泉まで葉子が出て来て

「いいのよ、どうせ明日上野まで送るから。」

は小さい娘の咲子や瑠美子をつれて、葉子と一緒に上野辺を散歩している時に、ふとしばらくぶりで彼に出会ったので

新しい旧い趣味のひところの衝突も、もうなくなっていた。上野の音楽学校で演奏された、ベエトヴェンの第九シムフォニイを聴きに行った

二人で浅草へ天勝の魔術を見せに行った帰りに、上野で食事をしてからちょっと立ち寄ったのだったが、庸三は一般ジャアナリストの

なって、庸三は少しばかり金を用意して、行きつけの上野の鳥料理へ行ってみた。そこには広い宴会席が二階に

て、今一度葉子に会う機会を作りはしたが、上野の鳥料理で金を渡して別れてしまってからは、急に遠い人

取ったが、後の気持に何か滓が残った。上野で袂を別った時の彼の態度も気にかかった。庸三は一応

たことがあったが、帰りに誘われて、古くから上野辺に住んでいた小村には親の代から馴染の深い、広小路の

「ふむ――じゃ神田だ。しかし神田も広いから。」

「ふむ――じゃ神田だ。しかし神田も広いから。」

「もしそれでも知れなかったら、私、神田の警察に懇意な男がいますから、調べてもらえばきっと知れますが

翌日の午後、庸三は神田の方へ出向いて行った。何ということなし子供も一緒だった。

「先生、今日お閑でしたら、神田まで附き合ってくれません？　私あすこで占てもらいたいことがあり

て歩く彼女を、膝のうえに載せて、よく銀座や神田あたりへ出たのも、そのころであった。柱時計を買うとか、

中から懇意になった若い医員の二三の人たちと、神田まで食事をしに行って、やがてその連中と別れてから、シネマ・パレス

その時分になると、葉子も神田の下宿へ荷物と子供を持ちこんでいた。毎朝毎夜、クリームを塗ったり

後に左翼代議士の暗殺された神田の下宿は、葉子にも庸三にも不思議な因縁があった。という

ある日庸三は、ふと神田の下宿を訪ねてみた。横封に入れた金を、師匠に托し

あるはずもないので、古本屋をそっちこっち覗いてから、神保町の盛り場へ出てお茶を呑んで帰って来た。まだそのころは

か小川町の広い電車通りへ出て来て、そこから神保町の方嚮へと歩くのだったが、その辺は不断通っていると

神保町の賑やかな通りで、ふとある大きな書店の裏通りへ入ってみると、その

を食べたり、昔し錦町に下宿していた時分、神保町にいた画家で俳人である峰岸と一緒に、よく行ったことのある

あった。そして当てなしにぶらついているうちに、いつか小川町の広い電車通りへ出て来て、そこから神保町の方嚮へと歩く

「新橋にいたことはないんか。」

何だか見たような気がするんだ。いつか新橋から汽車に乗った時ね、クションに坐りこんで、しきりに刺繍をやって

てみると、とっくに切れてしまったはずのクルベーが、新橋の一芸者を手懐けたとか、遊んでいるとかいうようにも聞こえ

地方の高等学校へ行くことになってから、そこを出て新橋で芸者になったこと、青年がやっとのこと捜しあてて来て、さらに新らしい

を割ったようにさっぱりした気性も呑みこめて来た。新橋にいたころの同じ家の抱えだということ、ある有名な経済学の

「先生、私よ。今新橋にいるんですけれど、これからモナミへいらっしゃれない！」

師匠も小夜子も、時代は違っても、昔しは同じ新橋に左褄を取っていたこともあるので、話のピントが合い、

さっそく電話で打合せをして、師匠の雪枝と新橋で落ち合って、小夜子と庸三父子と都合四人で半日遊ぶつもりで横浜へ

新橋へ着いてから、古くから知っている同郷の老婆のやっている家が

「ある人がね、私は麹町の屋敷を出たばかりで、方針もまだ決まらない時分なの。すると

いた。彼は今少し何とか景気を盛りかえすまで、麹町の屋敷に止まっているように、くどく彼女に勧説したのであっ

「私麹町の屋敷にいる時分、病気で一月の余もあすこにいたことが

紹介されたけれど、この人は三田の経済部出で麹町辺に家をもっているらしいの。一度遊びに来いとか言ってい

そう言って小夜子は永田町へと運転士に命じた。

じきに永田町の静かな町へ来た。小夜子は蔦の絡まった長い塀のはずれで

に制帽を冠った七八つの彼を引っ張って、到頭千住まで歩かせてしまった結果、子供はその晩から九度もの熱を

はまだ見せるのに早い歌舞伎劇をも見せた。ある年向島に水の出た時、貧民たちの窮状と、救護の現場を見せるつもり

か可笑しみがあって、ダンスも巧かった。庸三は小夜子と人形町のホオルを見学に入ったとき、いかにも教習所仕立らしい真面目なステップを踏ん

いたという彼女の親類の一人であった。葉子が人形町あたりの勝手をよく知っていて、わざわざ伊達巻など買いに来たのも

震災後の市の復興にみんな立ちあがっていた。金座通りや浜町公園もすでに形が整っていたし、思い切り大規模の清洲橋も完成し

「先生これから日本橋のＩ探偵社に行ってみません？」

前から見ていた。十二三年も前に、日本橋倶楽部で初めてその人を見た時は、彼女も若かったが、踊りも

「私何だか五反田の××閣あたりのような気がしますね。」

話しているうちに五反田へ着いた。そして長々と生垣を結い繞らした、木立の陰のふかい××

方へと通りすぎた。そのうちに空車が一台やっと駒込の方からやって来たので、急いでそれに乗った。

きりだった。スピイドをかけた自動車が、流星のように駒込の方へと通りすぎた。そのうちに空車が一台やっと駒込の方

いいえ、あすこは最近引き払いましたのよ。それで今は渋谷に一軒手頃な家をかりていますの。どうせ手狭なものですけれど

とにかく渋谷の家へ、彼は誘われた。通りを少し離れて樹立の深い高み

、市外のそうした家の一つにいた。渋谷からそう遠くもなかったし、二三回来たこともあって、葉子を

あるときも、体の縮まるような渋谷の葉子の家を脱れて、市外のそうした家の一つに

「どこだっていいじゃないか。君は渋谷へ帰りたまえ。僕は一人で帰る。」

大分たってから、渋谷に書店を開き、その奥を若い人たちのサロンにして、どうに

げて行く軽い埃も目につくほどだった。旅館は新宿のカフエ街の垠れの細かい小路にあったが、いつか一度泊まった

新宿の旅館から荷物を持ちこんで来た葉子は、その当時壁紙など自分で張りかえ

最近移ったばかりの信濃町の雪枝の家の少し手前で、タキシイを乗り棄て、白いレイスの衿飾りのある

が、外へ出てみた時には、荷車はすでに水道橋から一つ橋へ通う大道路を突っ切っていた。

に乗ったら、あの人も追い駈けて来たので、水道橋で降りててくてく真砂町の方へ歩いて行ったの。そうするとあの人