浜名湖 飯豊山 伊良湖岬 弁天島 伊良湖村 小松原 志摩 大崎 東京

北から吹く風が冷たく湖上を亙つて来た。浜名湖の波は白く一様に頭を上げて海の方へ逆押しに押し寄せる。

せた。道が曲つて、ぱつと眼の前へ浜名湖の夜景色が浮び出た時は、何処か遠い国へでも連れて来られ

ゐる。湖を隔てゝ見る遠い山の影、猪苗代湖の飯豊山を思はせる。

人一人ゐない此絶端の砂浜を辿つて私達は伊良湖岬の鼻へさしかゝつた。この岬の端が海に沿つて廻つて行ける

新居への渡船を待つて弁天島の橋際に立つてゐた。ギイギイ艫の音を立てゝ一艘の小船が

。横浪が高く右の方から打かゝつて来る。弁天島は黒い松の林に覆はれて湖水と海との間に浮んでゐる。

赤羽根へ出て「裏浜」を廻り、伊良湖村まで行くには八九里あると宿の番頭が来て話した。「何なら

右へ折れて、狭い小径を歩いて行つた。今日は小松原といふ村に競馬があつて、馬頭観世音の縁日があるといふので、

も帰つて行く者が断え間なく続いてゐた。小松原からつゞいての村は高塚、その次ぎは伊古部、赤沢などいふ村々であつ

／＼艪の音がして白帆が一艘、湾内から志摩の国の方をさして出て行く、船中の者はおそらく二人を見付けて笑つ

光が空を滑つて湖上に落ち、村櫛、白州、大崎の鼻が低く黒く真向ふに見えてゐる。

宿屋はあるかね」と、傍に立つてゐた、東京生れのＳ君が不安さうに口を入れた。

「もとの村長様の家で、なんでも息子さんが東京へとか行つてゐるだ」

」と話した。そして、「またわしら処の子も東京で御厄介になる事も御座んすらい。何分よろしく御願ひします。