真珠夫人 / 菊池寛
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帯たまゝ澱んでゐた。先刻まで、見えてゐた天城山も、何時の間にか、灰色に塗り隠されて了つてゐた。相模灘を
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つてゐた。汽車の進むに従つて、隠見する相模灘はすゝけた銀の如く、底光を帯たまゝ澱んでゐた。先刻まで、見えて
間にか、灰色に塗り隠されて了つてゐた。相模灘を圧してゐる水平線の腰の辺りには、雨をでも含んでゐさうな、
雲とも付かず空とも付かず、光つてゐる相模灘が見えた。
た。其処は可なり広い庭園で、昼ならば、遥に相模灘を見渡す美しい眺望を持つてゐた。
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『さうだ! 勝彦を遠ざけよう。葉山の別荘へでも追ひやらう。何とか賺して、東京を遠ざけよう。』
「葉山へ!」と云つたまゝ、遉に彼女は二の句を云ひ淀んだ。
勝平のよからぬ意志を、明かに読み取ることが出来た。葉山で二人丈になる。それが何う云ふ結果になるかは瑠璃子には可なりハツキリ
、理不尽な振舞に出ることは出来なかつたが、葉山では事情が違つてゐた。今迄は敵と戦ふのに、地の
彼女を護つてゐる勝彦と云ふ番兵もあつた。が、葉山には、何もなかつた。彼女は赤手にして、敵と渡り合はね
葉山へ移つてから、二三日の間は、麗かな秋日和が続いた。東京で
十月も終に近い葉山の町は、洗はれたやうに静かだつた。どの別荘も、どの
勝平は、葉山からも毎日のやうに、東京へ通つてゐた。夫の留守の間
葉山へ移つてから、三四日の間、勝平は瑠璃子を安全地帯に移し得たこと
葉山へ移つてから、丁度五日目の夕方だつた。其日は、午過ぎから
云はれたけれどもね。やつぱり此方が心配でね。是非葉山へ行くと云つたら、冷かされたよ。美しい若い細君を貰ふと、それだ
瑠璃子を慕ふの余り、監禁を破つて、東京から葉山まで、風雨を衝いて、やつて来たのに違ひなかつた。
に対する暴行の結果として、警察の注意のため、葉山の別荘の一室に閉ぢ込められた為に、彼女の親しい肉親の人々を
を考へた。兄は、白痴の身を、監禁同様に葉山の別荘に閉ぢ込められてゐる。が、他の世間の人々に対しては
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静子を伴つて帰京した翌日に、青木家の葬儀は青山の斎場で、執り行はれることになつてゐた。
が、空にも地にも溢れてゐた。たゞ、青山の葬場に集まつた人丈は、活々とした周囲の中に、しめ
今点火したばかりの、眩しいやうな頭光を輝かしながら、青山の葬場で一度見たことのある青色大型の自動車は、軽い爆音を立てながら
彼女はもつと有意義に過すこともあつた。それは、青山に在る父と母とのお墓にお参りすることであつた。
た日曜の午後などを、わざと自動車などに乗らないで、青山に父母の墓を訪ねた。
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「それぢや、院線で御帰りなさいませ。万世橋でお乗りになるのでせう。妾の自動車で万世橋までお送りいたします
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、いらいらしくなつて来る心を、ぢつと抑へ付けて、湯河原の湯宿に、自分を待つてゐる若き愛妻の面影を、空に描いて見
た。彼は止むなく先週の日曜日に妻と女中とを、湯河原へ伴ふと、直ぐその日に東京へ帰つて来たのである。
電車に乗らうとした足を、思はず踏み止めた。湯河原まで、何うしても三時間かゝる。湯河原で降りてから、あの田舎道をガタ
ず踏み止めた。湯河原まで、何うしても三時間かゝる。湯河原で降りてから、あの田舎道をガタ馬車で三十分、どうしても十時
「湯河原まで。」
「湯河原までぢや、十五円で参りませう。本当なれば、もう少し頂くので厶
近い収入を持つてゐる。が十五円と云ふ金額を、湯河原へ行く時間を、わづか二三時間縮める為に払ふことは余りに贅沢過ぎた
「それで貴君様の方を、湯河原のお宿までお送りして、それから引き返して熱海へ行くことに、此方の
「湯河原までは、四十分、熱海までは、五十分で参りますから。」と、
「いや、若し遅くなれば、僕も湯河原で一泊しようと思ひます。熱海へ行かなければならぬと云ふ訳もない
「それぢや、是非湯河原へお泊りなさい。折角お知己になつたのですから、ゆつくりお話したいと思ひ
命拾ひをしたと云つてもいゝでせう。湯河原へ行らつしやるさうですね。それぢや小使に御案内させますから真鶴
真鶴から湯河原迄の軽便の汽車の中でも、駅から湯の宿までの、田舎馬車の中で
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「あのう。番町の二八九一番!」
「番町の二八九一番!」
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真鶴から湯河原迄の軽便の汽車の中でも、駅から湯の宿までの、
のポケットに入れてゐるのに、気が付いた。先刻真鶴まで歩いたとき、引き裂いて捨てよう/\と思ひながら、小使の手前、何うし
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あの悪魔のために汚されないやうに努力する積です。北海道の牧場では、よく牡牛と羆とが格闘するさうです。妾と荘田と
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かかつてゐた。その拳銃は、今年の夏、彼が日本アルプスの乗鞍ヶ岳から薬師ヶ岳へ縦走したときに、護身用として
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さう。付き合つて下さいますの。それぢや、直ぐ、丸の内へ。」
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「軽井沢は去年行つたし、妾今年は箱根へ行かうかしらと思つてゐるの、
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られてゐて、今しがた帝劇の嘉久子と浪子とが、二人道成寺を踊り始めたところだつた。
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、みんなビク/\してゐる時だからね。いや、鎌倉まで一緒に乗り合はして来た友人にね、此の暴風雨ぢや道が大変
た友人にね、此の暴風雨ぢや道が大変だから、鎌倉で宿まつて行かないかと、云はれたけれどもね。やつぱり此方が心配
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兄が、その以前父に隠れて通つたことのある、小石川の洋画研究所も尋ねて見た。兄が、予てから私淑してゐる二科
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。彼は、心の中で、金で購つた新橋や赤坂の、名高い美妓の面影と比較して見た。何と云ふ格段な相違が
、購ふことが出来るだらうか。いかにも、新橋や赤坂には、彼に対して、千の媚を呈し、万の微笑を贈る女
さうコソ/\とはいたしませんよ。まさか、貴君が赤坂の誰かを湯治に連れていらつしやるのとは違つてゐます
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常ならば、箱根から伊豆半島の温泉へ、志ざす人々で、一杯になつてゐる筈の二等
てもよかつたのだ。青年は死場所を求めて、箱根から豆相の間を逍遥つてゐたのだつた。彼の奇禍は
ほんたうに長い間お見えになりませんでしたのね。箱根へお出でになつたつて、新聞に出てゐましたが、行らつし
「軽井沢は去年行つたし、妾今年は箱根へ行かうかしらと思つてゐるの、今年は電車が強羅まで開通したさう
「妾箱根へはまだ行つたことがありませんの。」
「それだと尚いゝわ。妾温泉では箱根が一番いゝと思ふの。東京には近いし景色はいゝし。ぢややつぱり箱根
思ふの。東京には近いし景色はいゝし。ぢややつぱり箱根にしませうね。明日でも、富士屋ホテルへ電話をかけて部屋の
「判つてゐますとも。箱根でせう。而も、お泊りになる宿屋まで、ちやんと判つてゐるのです
青木君の問題は、別として、僕も、近々箱根へ行かうと思つてゐるのですが、彼方でお訪ねしても、介意
お見えになつたら、その償として、皆さんを箱根へ御招待しますわ。御覧なさい、もう切符を切りかけたのに、青木
青木さんが一緒だつたら、その償ひとして皆さんを箱根へ御招待しますつて。それでも皆善人ばかりなのよ、おしまひに
にも堪らないやうに思はれ出した。さうだ! 箱根へ着いて二三日したら、何か口実を見付けて自分丈け帰つて来よう。
からまだ一月も経つてゐないのです。殊に、今度箱根へ行くと云ふと、父と母とが可なり止めるのです。で、やつと
、善良な純な彼の心に、自動車に対する、殊に箱根の――唱歌にもある嶮しい山や、壑の間を縫ふ自動車に対する
底倉に夏三月』それは昔の人々の、夏の箱根に対する憧憬であつた。関所は廃れ、街道には草蒸し、交通の要衝
廃れ、街道には草蒸し、交通の要衝としての箱根には、昔の面影はなかつたけれども、温泉は滾々として湧いて
箱根へ来てから、五日ばかり経つたある日の夕方だつた。美奈子達が
相模灘を、渡つて来た月の光が今丁度箱根の山々を、照し初めようとしてゐる所だつた。
の眸を追うて、大空を見た。夏の宵の箱根の空は、磨いたやうに澄み切つてゐた。
濡してゐた。二人は、夏の夜の清浄な箱根に酔ひながら、可なり長い間橋の欄干に寄り添ひながら、佇んでゐ
が、ある晩、それは丁度箱根へ来てから、半月も経つた頃だが、美奈子の心は、何時に
もう十時に近かつた。やゝ欠けた月が、箱根の山々に、青白い夢のやうな光を落してゐた。
それだと、妾も一緒に行くかも知れないわ。箱根も妾何だか飽き/\して来たから。」
夜の箱根の緑の暗を、明るい頭光を照しながら、電車は静かな山腹の空気
、山の傾斜に作られた洋風の庭園であつた。箱根の山の大自然の中に、茲ばかり一寸人間が細工をしたと云つ
何の興味も持つてゐなかつたのです。青木さんを箱根へ連れて来たのなども、妾のホンの意地からなのです。ある
ものですから、妾はつい反抗的に、意地であの方を箱根へ連れて来たくなつたのです。外ながら、そのおせつかいな人に思ひ知らせ
、却つて触りたくなるやうな心持で、青木さんを、わざと箱根へ連れて来たのです。あの人に何の興味があつたと云ふ訳
よ。でも、もう少し考へさせて下さいよ。貴君、箱根へ一緒に行つて下さらない。妾、此の夏は、箱根で暮さうと思つ
箱根へ一緒に行つて下さらない。妾、此の夏は、箱根で暮さうと思つてゐますのよ。箱根へ行つてから、ゆつくり考へて
夏は、箱根で暮さうと思つてゐますのよ。箱根へ行つてから、ゆつくり考へてお答へしますわ。」
箱根へ同行を誘つて呉れる! それは、もう九分までの承諾であると
箱根に於ける避暑生活は、彼に取つて地上の極楽である筈であつ
ながら、まだ二月と経たない今、この俺を! 箱根まで誘ひ出して、謂はれのない恥辱を与へる!」
夜は明け放れた。今日も真夏の、明るい太陽が、箱根の山々を輝々として、照し初めた。が、人事不省の裡に眠つ
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「お取込みの中を、大変恐れ入りますが、今箱根町から電話がかゝつてゐるのです。実は蘆の湖で今夕水死人
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最後に、三台の自動車は、瞬く裡に、日比谷から三宅坂へ、三宅坂から五番町へと殆ど三分もかゝらなかつた。
台の自動車は、瞬く裡に、日比谷から三宅坂へ、三宅坂から五番町へと殆ど三分もかゝらなかつた。
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なつた。其処へ、彼のさうした決心を促すやうに、九段両国行きの電車が、軋つて来た。此電車に乗れば、麹町五番町迄は、一回の乗換
が、美奈子の乗つた九段両国行の電車が、三宅坂に止まつたとき、運転手台の方から、乗つて来る人を見
青年と向ひ合つて坐りながら、もつともつと九段までも両国までも、いな/\もつと遥かに遥かに遠い処まで、一緒に乗つて行きたいや
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九月二十九日の夕であつた。日比谷公園の樹の間に、薄紫のアーク燈が、ほのめき始めた頃から幾台
自動車が、日比谷公園の傍のお濠端を走つてゐる時だつた。美奈子は、やつと
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晴れた日曜の午後の青山墓地は、其処の墓石の辺にも、彼処の生籬の裡にも、お
た。新しく兄を失つた青木と云ふ青年が、彼女が青山墓地で見たその人であることに、もう何の疑も残つてゐ
「貴女! 青木さんと、青山墓地で、会つたことがあるでせう!」
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た結婚式のことを考へても、上京の途すがら奈良や京都に足を止めた蜜月旅行らしい幾日かの事を考へても、彼
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で挙げた結婚式のことを考へても、上京の途すがら奈良や京都に足を止めた蜜月旅行らしい幾日かの事を考へても
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戦争が始まる前は、神戸の微々たる貿易商であつたのが、偶々持つてゐた一隻の汽船
、お願ひがあるの。あの、電報を打つときに、神戸へも打つていたゞきたいの!」
「神戸! 神戸つて、何方にです?」
「神戸! 神戸つて、何方にです?」
新聞で見たのです。月初に、ボルネオから帰つて、神戸の南洋貿易会社にゐる筈です。死ぬ前に一度逢へればと思ふの
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のです。奥さんなんか、このまゝ直ぐ外交官夫人として、巴里辺の社交界へ送り出しても、立派なものだと思ひます。」
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マザ/\と残つてゐた。それは、東京の深川本所に大海嘯を起して、多くの人命を奪つたばかりでなく、湘南
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妻と女中とを、湯河原へ伴ふと、直ぐその日に東京へ帰つて来たのである。
「ぢや、東京からいらつしたんぢやないんですか。」
「東京です。」青年は振り向きもしないで答へた。
「五月の十日に、東京を出て、もう一月ばかり、当もなく宿り歩いてゐるのですが
。僕の考へでは、何かを紛らすには、東京生活の混乱と騒擾とが、何よりの薬ではないかと思ふの
「一層のこと、東京へお帰りになつたら何うでせう。僕なども精神上の動揺のため
。東京にゐることが何うにも堪らないのです。当分東京へ帰る勇気は、トテもありません。」
「が、僕の場合は少し違ふのです。東京にゐることが何うにも堪らないのです。当分東京へ帰る勇気は、
、日に幾回となく往返してゐるらしい運転手は、東京の大路を走るよりも、邪魔物のないのを、結句気楽さうに、奔放
青年の横死は、東京の各新聞に依つて、可なり精しく伝へられた。青年が、信一郎の想像
へ放り出してやりたいとさへ思つた。彼は若い時、東京に出たときに労働をやつた時の名残りに、残つてゐる二の腕
かも知れない。大正六年の九月の末に、東京大阪の各新聞紙が筆を揃へて報道した唐沢男爵の愛嬢瑠璃子の結婚
の別荘へでも追ひやらう。何とか賺して、東京を遠ざけよう。』勝平はわが子に対して、さうした隠謀をさへ考へ
で来ようかと思ふのだ。尤も、彼処からぢや、毎日東京に通つても訳はないからね。それに就いては、是非貴女に
は、彼女に取つては死地に入ることであつた。東京の邸では、人目が多い丈に、勝平も一旦与へた約束の手前
場合は、さうではなかつた。勝平と二人限で、東京を離れることは、彼女に取つては死地に入ることであつた。東京
瑠璃子が暫らく東京を離れると云ふことが分ると、一番に驚いたのは勝彦だつ
から、二三日の間は、麗かな秋日和が続いた。東京では、とても見られないやうな薄緑の朗かな空が、山と海
勝平は、葉山からも毎日のやうに、東京へ通つてゐた。夫の留守の間、瑠璃子は何人にも煩
たのであらう。人のよい好々爺になり切つて、夕方東京から帰つて来る時には、瑠璃子の心を欣すやうな品物や、
記憶がマザ/\と残つてゐた。それは、東京の深川本所に大海嘯を起して、多くの人命を奪つたばかりでなく
は、瑠璃子を慕ふの余り、監禁を破つて、東京から葉山まで、風雨を衝いて、やつて来たのに違ひなかつた
が出なかつた。が、凡ては明かだつた。東京の家に監禁せられてゐた彼は、瑠璃子を慕ふの余り、
「東京から、一人で来たのですか。」
「仕様のない若旦那だ。こんな晩に東京から、飛び出して来て、旦那をとつちめるなんて、理窟のねえ事
夫人達の主催にかゝる、その日の演奏会の純益は、東京にゐる亡命の露人達の窮状を救ふために、投ぜられる筈だつた
に出た露西亜の音楽家達が、幾人も幾人も東京の楽壇を賑はした。其中には、ピヤノやセロやヴァイオリンの
いゝわ。妾温泉では箱根が一番いゝと思ふの。東京には近いし景色はいゝし。ぢややつぱり箱根にしませうね。明日
知り初めた処女の苦しみと悩みとを運びながら、グン/\東京を離れて行つた。
設備の整つたホテル生活に、女中達が不用なため、東京へ帰してからは、美奈子達三人の生活は、もつと密接になつ
でせう。空が、あんなによく晴れてゐます。東京の、濁つたやうな空と比べると何うです。これが本当に緑玉と
「やつぱり空気がいゝのですね。東京の空と違つて、塵埃や煤煙がないのですね。」
それでも、温和しい彼女は、東京へ一人で帰るとは云はなかつた。自分ばかり、何の理由も示さ
「重傷です。私は応急の手当をしますから、直ぐ東京から、専門の方をお呼び下さい。今のところ生命には、別条ない
なる光一にも、電報を打つたけれども、恐らく彼は東京を離れてゐたのだらう、夜になつても姿を見せなかつ
東京から急を聴いて馳け付けた女中や、執事などで、瑠璃子の床
いや、お駭かせしてすみません、たゞ青木さんの東京のお処だけが承りたかつたのです。」
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一人だけ、友達と別れて、電車の線路に沿うて、青山一丁目の方へ歩き出した。信一郎は、その男の後を追つた。相手
て、何か説明しようとした。が、もう二人は青山一丁目の、停留場に来てゐた。学生は、今発車しようとしてゐる
「霞町から乗つて、青山一丁目で乗換へすることにいたしませうか。」
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れても、屹度逢つて呉れるでせう。御宅は、麹町の五番町です。」
電車が、軋つて来た。此電車に乗れば、麹町五番町迄は、一回の乗換さへなかつた。
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電車が、赤坂見附から三宅坂通り、五番町に近づくに従つて、信一郎の眼には、
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だつた。彼は、心の中で、金で購つた新橋や赤坂の、名高い美妓の面影と比較して見た。何と云ふ格段
でさへ、購ふことが出来るだらうか。いかにも、新橋や赤坂には、彼に対して、千の媚を呈し、万の微笑
「間に合ふかも知れない。確か二時に新橋を立つ筈だから。」
妻の静子の面影が、チラツと頭を掠め去つた。新橋へ、人を見送りに行つたと云ふ以上、二時間もすれば帰つて
から、妾が云はないことぢやないでせう。品川か新橋か孰らかでお乗りなさいと。妾、貴君が妾の云ふことを
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お互に個性を認め合ひ、尊敬し合つた。上野の音楽会の帰途に、ガスの光が、ほのじろく湿んでゐる公園の木下
信一郎が、その日の会場たる上野の精養軒の階上の大広間の入口に立つた時、会場はザツと一杯だつ
自動車は、公園の蒼い樹下闇を、後に残して、上野山下に拡がる初夏の夜、さうだ、豊に輝ける夏の夜の描ける
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日比谷大神宮の神前でも、彼は瑠璃子の顔を、仰ぎ見ることさへなし得なかつ
自動車を最後に、三台の自動車は、瞬く裡に、日比谷から三宅坂へ、三宅坂から五番町へと殆ど三分もかゝらなかつた
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「信濃町です。」
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車が、小川町の角を、急に曲つたとき、夫人は思ひ出したやうに、とぼけた
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、其夜、半蔵門迄、夫人と同乗して、其処で新宿行の電車に乗るべく、彼女と別れたとき、自動車の窓から、夜目
と、午後から郊外へ行く約束をしたのでね。新宿で待ち合はして、多摩川へ行く筈なのだよ。」
新宿行の電車に乗つてからも、信一郎の心は憤怒や憎悪の烈しい渦巻
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彼女は、やつと妹を思ひ出した。お茶の水で確か三年か二年か下の級にゐた人だ。さうさう
思ひ出せなかつた。家へ帰つてからも、美奈子は、お茶の水にゐた頃の校友会雑誌の『校報』などを拡げて、それ
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彼女は、女中をそれとなく先へ降して、神田辺に買物があると云つて、此のまゝずつと乗り続けてゐようかと
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。だから、妾が云はないことぢやないでせう。品川か新橋か孰らかでお乗りなさいと。妾、貴君が妾の云ふ
掻き乱すのであつた。殊に青年が人目を忍ぶやうに、品川からたゞ一人、コツソリと乗つたことが、美奈子の心を、可なり傷けた
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海嘯を起して、多くの人命を奪つたばかりでなく、湘南各地の別荘にも、可なりヒドイ惨害を蒙らせたのであつた。
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彼は、其夜、半蔵門迄、夫人と同乗して、其処で新宿行の電車に乗るべく、
電車は、直ぐ半蔵門で止つた。もう、自分の家までは二分か三分かの間である。
その内に、電車はもう半蔵門の停留場を離れてゐた。英国大使館の前の桜青葉の間を、
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キラ/\と夏の風が光る英国大使館の前を過ぎ、青草が美しく茂つたお濠の堤どてに沿うて
我輩一昨日は、英国大使館の園遊会ガードンパーティに行きましたがね。
が、自動車が英国大使館前の桜並樹の樹下闇を縫うてゐる時だつた。
英国大使館の前の桜青葉の間を、勢よく走つてゐた。
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軽快な車台で夕暮の空気を切りながら、山下門の帝国ホテルを目指して集まつて来た。
式が、無事に終つて、大神宮から帝国ホテルまでの目と鼻の距離を、初めて自動車に同乗したときに
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帝劇で見た芝居の噂話をでもしてゐるやうに夫人の態度は平静だつた。
今しがた帝劇の嘉久子と浪子とが、二人道成寺を踊り始めたところだつた。
その夜も、勝平は若い妻を、帝劇に伴つた。彼はボックスの中に瑠璃子と並んで、
あの兄妹の露西亜ロシア人を、晩餐旁かた/″\帝劇へ案内してやらうと思つてゐましたの。
帝劇の南側の車寄の階段を、夫人と一緒に上るとき、信一郎の心は、
帝劇のボックスに、夫人と肩を並べて、過した数時間は、信一郎に取つては
夫人から、帝劇のボックスで聴いた「こんなに打ち解けた話をするのは、貴君あなたが初めて