香奠 / 豊島与志雄
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届きますと、自分から下宿を探しに出歩きました。そして小石川の戸崎町に一軒見付けました。他に二三人下宿人はいるが、主人夫婦
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所で平田伍三郎は、九州から東京まで汽車に乗り続けて、朝の八時半頃東京駅へつき、それから
、特別の縁故でもあれば兎に角、彼と私とは九州の田舎の隣村に生れ合したというだけで、全くの他人じゃありません
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学校にはいるのか、下宿はどうするのか、いつ東京へ着くのか、何もかもさっぱり見当がつかないで、私はただ
ものですから、全く意外な気がしたのです。一体東京へ出て来て、何を勉強するのか、どの学校にはいるの
し、平田の伯父の手紙には、伍三郎が近いうち東京へ勉強に出るから、隣村のよしみで万事御指導をお願いしたい、
、あなたのお手紙には、隣村の平田という人が東京へ行くとかいうので、その伯父さんが来てよろしく頼むという話
たですが、途中の道が分らんで困りました。東京の町はひどう入り込んどりますね。」
「先生、私は歩むのは平気です。東京の道は分り悪いから、電車やら俥やらに乗るより、歩んでゆくが
どうも常識に合わないやり方なんです。と云って、東京の者は少しも歩くことがないというのではありません。用
のも、別に不思議なことではありませんが、東京の市内では、重い荷物を持って電車にも俥にも乗らず
所で平田伍三郎は、九州から東京まで汽車に乗り続けて、朝の八時半頃東京駅へつき、それから重い
彼は、中学校の成績は余りよくなかったけれど、思い切って東京に出て勉強することになった。毎月五十円ずつ送って貰うことに
れたのでは、実際やりきれないんです。だから東京には上等から下等まで、到る所に宿屋が多いんです。
日々の仕事もあるし、同郷同村の誼くらいで――東京人の心には殆んど響かないそんな誼くらいで、小豆一升の土産で
日泊り込もうと、却って賑かだくらいに思われるのですが、東京になりますと、広い邸宅を構えたよほど裕福な家でない限りは、
いう言葉があります。これは、近隣に対する感情が、東京と田舎とは全く違ってることを示すものです。田舎では、家敷も
また淋しくもあります。そして、地方から出て来て長年東京に住んでる者は、そういう対人関係にいつしか染んでしまって、
達までが、互に親しい結合をつくっています。けれど東京では、住居の移転が激しかったり、生活が種々雑多であったりするため
東京では近隣に対する感情が、田舎とは全く違います。田舎の村で
ありという言葉は、新らしい別な意味で、地方出の東京人の胸にぴたりときます。
とは云いましても、地方出の東京人は故郷に対する愛着を失ってるわけではありません。近隣関係の
て来た時私は、前申したような地方出の東京人の一人だったのです。その上私は大変貧乏でした。月々の
なりません。あんなに不親切であんなに繁昌するのはやっぱり東京ですね。」
「東京の学校は不親切ですね。」と彼は云いました。「鐘が鳴る
そして頑固に徒歩主義を続けているうちに、東京の雨や雪は横から降るということを彼は発見しました。
東京は一体に風の多い処です。殊に一月の末頃からは猛烈な北風
なっていて、その上に竈を据えて薪を焚く東京の台所に、感心したりなんかしていたそうですが、そのうちに
「東京の暮しはままごとのようですね。」
。そしてそれに応じて一度の煮物も多量です。所が東京では、毎日各種の商人が用を聞きに来まして、その日の
してきました。笑いごとではありませんでした。東京育ちの妻へいろいろ話してきかせますと、妻も淋しい眼付で考え込みまし
聞いて、私の頭には、田舎の豊富な生活と東京の貧しい生活とが、はっきり映ってきました。そして私は、急に
一人でにこにこしています。そして、孟宗竹の鉢植なんか東京には滅多にないとか、あの筍が今にずんずん伸びるだろうとか、
な廊下を一廻りしてくるのです。或る外国人が、東京の町はヨーロッパの都会に比べるとまるで大きな村落だと云いましたが、
廊下の一部分ですし、公園は庭の一部分です。だから東京の者は始終散歩に出ます。一日家の中で暮してる者は
は――家敷と云えるかどうか分りませんが――東京の町全体なんです。街路は寝室と食堂とに引続いてる廊下の一部分
一歩踏み出すと、全く他人の領分になるわけです。所が東京では、家敷という観念が殆んどありません。広い邸宅を構えてる上流
東京と田舎とでは、家敷ということに対する感じが、非常に違います
或る一つの家に住むというのではなくて、東京という家敷に住むのです。
と私は答えました。「みててごらん、今に東京が好きでたまらなくなるから。」
とは全く様子が変っていて、態度から言葉付まで東京の学生らしくなりすましています。
。……東京の学生は愉快ですね。……私は東京の街路を飛び廻ってやるつもりです。……だけど、変ですね…
私はそれを友人に云いふらして歩いたんです。……東京の学生は愉快ですね。……私は東京の街路を飛び廻ってやるつもり
ことは、すぐに皆の人に知れてしまいますが、東京ではそうはゆきません。余り沢山人間がいて、そして互に見
ますが、よそに下宿してる男を監督することなんか、東京ではとても出来るものではありません。第一その男がどんなことをし
気持で生きてゆきたい気がしています。国許から東京へ出てくる青年があったら、どしどし云って寄来して下さい。世話は
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別に悲観した風もなく、四五日後には、神田の正則英語学校の受験科にはいって、英語の勉強を初めました。
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だけなんです。店がひけて彼女が帰る時に、銀座通りなんかを少し歩くだけなんです。物を食べにはいることなんか滅多に