地上 地に潜むもの / 島田清次郎
地名一覧
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「あの近い方は医王山でございましょう」
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お幸がふだんの意気な単衣に博多の下帯をしめて、楊枝を使いながら出て来た。怜悧な彼女のよく
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が大川村の浜辺で俊太郎に会ってから(俊太郎は山陰の米子港まで行くはずだった)二日経ったある朝のことであった。お光
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ね。逃げたかったら逃げてみるさね。万が一、北海道か満洲かでうまく君達二人の新しい生活がはじめられればそんないいことはないだろうし、
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父は今年の夏死んでしまったと言った。家は能登の輪島の昔からの塗師であるのだが、父の死後一人の兄が
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の大きい商人の一人息子である大河俊太郎が、新造の和船を北海道の方から廻航して来る道すがら、大川村の浜へ寄るはずになってい
ないかね。逃げたかったら逃げてみるさね。万が一、北海道か満洲かでうまく君達二人の新しい生活がはじめられればそんないいことはないだろう
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たでしょう。あの御大葬の儀式をわたし日比谷公園の前――宮城の間近なんですのよ――に旦那様の会社の持地がありますの
はならないのでしょう。夜も更けて、もう御霊柩が宮城を出なさろうという時分、ふと傍を見ますとフロックコートを着た会社の方
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がおかくれになったでしょう。あの御大葬の儀式をわたし日比谷公園の前――宮城の間近なんですのよ――に旦那様の会社
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は彼にも自分の家というものがあった。この金沢の市街を貫き流れるS河の川べりに、塀をめぐらした庭園の広い二階
だといわれた自分の芸道(踊り)で生活しようと金沢の街へ来たのだった。その時お幸は十五の娘だった
東京の大した実業家だそうだから、めったな事があっちゃ金沢の市街の体面にもかかわるっていうんだから」
市長は次のようなことを語った。商工業の振わない金沢の市街で唯一の大工業である陶器会社に二、三年来種々の
御不便かと、存じまして、――冬子という、金沢では、二人といない、勝れた、女子ですが――」
お光は金沢の市街から五里ばかり隔った平野の果ての、大川村という海近い村
、三年前から兄の容一郎が英語を勉強するために金沢の市街へ往復するようになってから親しくなったその市街の大きい商人の
その頃金沢の市街に「自由社」という学術上の青年の結社があった。
「今から金沢へ行って来る。自由社の講演会が今日になったのだ!」
「今から金沢へ行くのですって」お光は兄が黙っているので言った。
なかった。容一郎がじり/\に燃えて来る野の道を金沢の方へ出て行くのを綾子とお光は見送ったのである。
晩く、兄の容一郎が勝利を得た将軍のように金沢から帰って来た。彼は実にその時の講師の一人である青年
でいた。「平一郎、冬子さんがこの月末に久しぶりで金沢へ帰って来るそうですよ」
外に道のない自分達である。彼はこのとき、金沢を去るときの母の「秘密の戒め」を想い起こした。
の北野家であることを明かしてはならない。母は金沢の生まれであると信じさせなくてはいけない。また父は山国の人間
母は言った。「お前の先祖は金沢の街を離れた大川村の北野家という豪農であったのだ。それ
、かの天野栄介は伸びやかに身を横たえていた。かつて金沢の古龍亭で受けた豪勢な威圧的な力は感じられなかったが、
三の背の高い男が来た。彼は平一郎と同じ金沢の生まれであった。冬子は彼に「どうぞよろしく」と会釈した。
お光が金沢にひとり四十年の「埋れたる過去」を潜ませて淋しく居残っているその
の訓戒が閃いた。一大事であった。「母は金沢の生まれでございます。父は小さい時に死に別れたので何一つ記憶
呼び」だと言った。天野はこの邸でも、かつて金沢の古龍亭であったように下松町の別邸においてあったように
彼が金沢の中学でどうしても行く気になれなかったのは、自身に湧い
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彼はこの土地の生まれであった。青年時代を彼は京都の同志社ですごした。彼の若い望みは一廉の小説家になりたかった。
本当のことを言えるかも知れません」と言った。京都の同志社を出たばかりの青年だったのだ。みな教師と言う気は
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そこへ山崎と瀬村がやって来た。山崎は熊本の男で二十七の一昨年帝大の理科を出た秀才だったが、嫌
では学校の幹事の田中氏が聖書を、漢文をもと熊本の士族で同じく幹事であるK氏、自分一人で基督教主義の小学校を経営
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。お幸は東京の生まれであった。彼女の母は東京柳橋でも名妓といわれた女だったが三十を越してから運が
な皮膚とをお幸はもっていた。お幸は東京の生まれであった。彼女の母は東京柳橋でも名妓といわれた
来てくれないかっていうんだよ。何んでも東京の大した実業家だそうだから、めったな事があっちゃ金沢の市街の体面
もうお前は芸妓ではない。己が自由にしてやる。東京へ一緒に来る気があるか」
「小母さん、わたし、お別れして東京へ行かなくてはならないことになりましたの」
「東京の方ですの。わたしあの方にお世話になることになりましたの。
次の日の午後、冬子は天野に伴われて東京へ去った。冬子はお光の内生活に起きた深い大きな動乱や、
「東京の有様は随分盛大でしょうね」と和歌子が尋ねるように言った。
来た。「……僕の知っている人がこの間東京へ行ったから、きっと今日は柩も見ているに違いないや」
、二の青年の頃、はじめて名をなした時分に、東京である文学者の会合がありました。その折Mという人が口を
である。お光、深井、行方の知れぬ和歌子、遠く東京に去った冬子。
しなくてはならない境遇に投げ出されてみるとそのまま東京にいることの出来ない意気地なしの己だったのさ。己は逃げ帰って
しまったのだ! 己はもっと東京にいたかった。東京にいればやりたいことも多かった。しかし、自活しなくてはならない
朝鮮へ逃げて行ってしまったのだ! 己はもっと東京にいたかった。東京にいればやりたいことも多かった。しかし、自活
光栄とするようになってしまっていた。二十歳の夏東京へ逃げて出て申し訳のように私立の学校に籍を置いて、くだら
もっている懐かしい年上の女人のように思われる静子は、東京の基督教の女学校の専修科を出て、この市街の大きな銀行の事務員を
去年の秋の手紙のこと以来母の強い叱責を受け、東京へ送られてしまったのです。あなたにお手紙を差しあげなかったのは
「和歌子さんは東京へ嫁に行ったのだ」こう言ったとき平一郎はさすがに寂しい取り返しの
。その間冬子の消息は時折ないではなかったが、東京日本橋の繁華な街の裏通りに、土蔵付きの小さな別宅を貰って、そこ
(和歌子が東京へ嫁入った、そして今、冬子がやってくる。)平一郎は訳もなく
たこと、でも「小母さん」に会えて嬉しいこと、東京の生活も決して楽ではなく、始終気苦労が絶えないこと、などをこま
「小母さん、平一郎さんを東京へお出しになったらいかがでして? ――え、そうなさいましな
が意味する独り子の未来を洞察した。(決して平一郎を東京へはやれない!)
――そのうちに半年も一年も経てば小母さんも東京へ出ていらっしゃるようになるとようござんすわ」
わたしが考えても悪いことですわ。ね、平一郎さんを東京の中学へ入れなさった方がようござんしょう。――そのうちに半年も一
なりそうに思われない。東京へ出して、大きな邸から東京の自由な学校へ通わしたならあるいは平一郎の心の傷も癒えるかも知れ
がこのまま過ぎて元通りになりそうに思われない。東京へ出して、大きな邸から東京の自由な学校へ通わしたならあるいは平一郎の
、お前、もし世話してくれる人があったなら一人で東京へ行って勉強する気がありますかい」とたずねた。
「冬子さんがね、お前が東京へ行って勉強する気があるなら天野という方に頼んでみるがどう
「貧乏でも済ってみせるか。あはははは、――東京へ来て勉強してみる気はないのかい。大河君」
かけます! ああ、ほんとに御機嫌よう)――平一郎は東京へ去ったのである。
が少しも落ちて感じられないのを誇らしく思った。(東京へ来たって冬子はやはり美しく――自分だって、たかが…東
夜空は穏かに澄んでいた。その空の下に、東京。華やかな灯と暗との交錯を走る電車の中で、平一郎は今
いた。平一郎は、天野の来ない夜、はじめて見た東京の市街の話や、故郷の話、お光のことを語りながら、懐かし
に、品川の海が黒藍色に輝いて映る。そこは東京もかなり中心を遠ざかった端っぱであった。欲求が広大な私有地と
書きはじめた。(ああ和歌子へ知らしたい。彼女はとにかくこの東京にいるのだろうに!)
硯やペンを取り出した。そして、母と深井と尾沢へ東京へ来てはじめての簡単な通信を書きはじめた。(ああ和歌子へ知らしたい
あった。教師の多くは大学を卒業したばかりの、東京に踏み止まってもっと勉強しようとしている青年が多かった。数学の教師の
その日、第五時間目は体操の時間であった。東京の七月の暑い真紅な太陽と燃える大空と万物が生気に喘ぐ異常な
た。星が輝いて見えた。夜風が冷やかだった。東京の市街が一切の人間の悲しみと苦しみと歓びとを深い夜に包んだ
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その間冬子の消息は時折ないではなかったが、東京日本橋の繁華な街の裏通りに、土蔵付きの小さな別宅を貰って、そこに
「わたしがはじめて今いる日本橋の家へ落着いてから間もなく天子様がおかくれになったでしょう。
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が「天野のために」生活しているのである。蔵前のがら/\戸をあけて冬子が衣類を手に捧げて出て来
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ならないとは辛いことだ。)涙のにじむ瞳に、品川の海が黒藍色に輝いて映る。そこは東京もかなり中心を遠ざかった
た高輪の一台が見渡され、人家の彼方に浅黄色の品川の海が湛えられている。そして黄金色の春の光が靄を破って