蠅男 / 海野十三
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「うむ、アルプスの小屋に住んでいる貧乏サンタクロス爺さんの一家は機嫌がいいかしら」
のであった。いつまでも見ていると、本当にアルプスへ登って、この小屋の中を覗きこんでいるような気がしてきて
を離して周囲を見廻す。すると一瞬間のうちに、アルプスを離れて、身はわが日本の宝塚新温泉のなかにいることを発見する
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ここは大阪の南部、住吉区の帝塚山とよばれる一区画の朝だった。
目ざめた。彼は或る重大事件の調査のため、はるばるこの大阪へ来ていたのだった。そして昨夜から、このマスヤ旅館に宿泊して
や。旅行の前日の手紙で、二、三日うちに大阪へ来いといって置いて、その翌日に旅行に出るちゅうのは、怪っ
、手紙を呉れるようになり、そしてこんどはいよいよ会いたいから大阪へ来るようにと申してまいりました。父はどうしたのでしょう。あたくし
です。まだ一ぱい軸木がつまっていました。夜には大阪着ですから、ここへ二人が現われた時間が十時頃で、燕号で
に泥にまみれていました。ご承知のように、わが大阪は上天気です。しからば、あの靴の泥は東京で附着したのに
。手配の電話が懸って来たのは、帆村が大阪への電話を申込んだその後からだった。手配の紙片が、それでも誰
男の正体はいよいよ明らかになるであろう。帆村探偵は大阪へ帰って、検事たちから聞くことができるであろうドクトルの告白に、非常な
して頤紐をかけた大勢の警官隊でもって、大阪きっての歓楽の巷である新世界と大阪一の天王寺公園とを冬の陣
場所は、大阪の丸の内街と称せられる堂島に、最近建てられた六階建のビルディングで、
には、先客が三人も待っていた。それは大阪へ来たついでに楽しい近県旅行をしていたドクトルの一人娘カオルと情人上原
「まあ近いうち、お二人揃って大阪へ里帰りするのでっせ」
「よく見てくれ、これは君たちの好きな大阪名物の岩おこしで組みたててあるんだが、一かけずつ製造所がちがってい
ているのだ。これを二人で仲よく食べながら、たまにゃ大阪のことも思いだしてくれたまえ」
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「主治医や云うてます。なんでも宝塚に医院を開いとる新療法の医者やいうことだす。さっき邸を出てゆっ
宝塚の一銭活動写真
日のちのことだった。帆村荘六はただひとりで、宝塚の新温泉附近を歩いていた。
しかし彼の住居は、この土地宝塚であるということだったから、今この新温泉に居たとて別に不思議
した頭脳を休めるために無理に余裕をこしらえて、この宝塚へ遊びにきていたのだった。そして折角楽しんでいたところへ、
その怪しき女と池谷とが、宝塚の温泉のなかから一銭活動の「人造犬」というフィルムを買って持ちだし
あの子の匂いを嗅ぎたいばっかりにフルーツポンチ一杯で利太郎から宝塚まわりを譲ってもらうんやなかった。天王寺の占師が、お前は近いうち女の子
村が疲れ切った身体を自ら鼓舞して、再び車で宝塚へ引返そうと決心したのも、直接の動機はこの可憐なる糸子の安危を
暗い山路を縫って、約一時間のちに自動車は宝塚に帰ってきた。
あった。もし蠅男があの場合、大胆にもすぐに宝塚へ引きかえしたとしたら、午後三時半にはゆっくりこのホテルに入れる筈である
「いえーな。ちょっと宝塚の新温泉へ行ってくるいうて出やはりました」
と、蠅男は三輪車を奪ってから、大胆にもこの宝塚にひきかえしたのだった。そして彼は多分池谷別邸のなかに幽閉されて
もいいわ。けさからあたしたちをつけたりしてさ。早く宝塚から……」
(けさから、宝塚であたしたちをつけて……)
といったが、今朝から宝塚でつけた女といえば、あの池谷医師の連れの女の外ないので
警戒線にひっかかった。彼は後事を大川主任に頼み、宝塚のホテルから自動車をとばして住吉署に向う途中だったのだ。住吉署に
彼は交番へ入った。そして電話で、宝塚のホテルに詰めている大川司法主任をよんでもらうように頼んだ。
もっと睡っていたかも知れない。彼は慌てて、宝塚の終点に下りて、電柱の側らで犬のような背伸びをした。
だ。その棒は彼が拾ってもっていた。あの宝塚の雑木林の中で拾った先端にギザギザのついたあの棒である。あのギザギザ
を見た人間は、そう沢山いないのです。僕は宝塚で二度も見かけて、よく知っています。正にお竜にちがいありませ
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で利太郎から宝塚まわりを譲ってもらうんやなかった。天王寺の占師が、お前は近いうち女の子で失敗するというとったがこら正しくほんま
「天王寺の新世界のわきだす」
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「大阪府の警察で間に合わないようなら兵庫県の警察に頼んでみたらどうや、などと
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歩いていった。これが兇悪「蠅男」の跳梁する大阪市と程遠からぬ地続きなのであろうかと、分りきったことがたいへん不思議に
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へんもんやさかい、こっちへ来たついでやいうて、いま九州の方かどっかへ旅行に出とるのんや。帰りにきっと本署へ寄ると
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「この道なら、有馬へ出ますわ。お店と反対の方角やがナ」
。――蠅男ラシキ人物ガ三五六六五号ノ自動車デ宝塚ヨリ有馬方面へ逃ゲル。警察手配タノム、午後二時探偵帆村」
有馬では、警察からまだ何の手配も出ていなかった。手配の電話が
ば、彼が蠅男に三輪車を奪われてのちトボトボと有馬の町の駐在所へ転げこんだその時刻なのであった。もし蠅男があの
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「それに儂は塩田と約束して、これから堂島の法曹クラブに訪ねてゆくことになっとる。心配な奴は、儂につい
場所は、大阪の丸の内街と称せられる堂島に、最近建てられた六階建のビルディングで、名づけて法曹クラブ・ビルと
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その夜、道頓堀をブラついていた人があったら、その人は必ず、今どき珍らしい背広姿
道頓堀に真黒な臍ができた。その臍は、すこしずつジリジリと右へ動き、
のも彼の計略、それから帆村がウイスキーに酔払って道頓堀で乱暴を働き豚箱に打込まれたのもその計略だった。そこで帆村
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「あの、板橋区の長崎町も、随分開けましたネ」
土地には無いというのは、ちと特殊すぎますな。長崎町にあったら、その隣り町にもありまっしゃろ。そもそも地質ちゅうもんは――
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の標本をたんねんに見てきたそうである。宿は下谷区初音町の知人の家に泊っていたという。
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「あの、板橋区の長崎町も、随分開けましたネ」
やろとか、燕で来たやろ、娘はんの家は板橋区の何処やろとかナ。二人とも、顔が青なってしもうて、えろう
なんだ。それはええとして、最後に、家が板橋区のどこやらとズバリと云うてだしたのは、これはまたどういう訳だん
です。あのような青いインキで染めたような泥は、板橋区の長崎町の外にないんです。もっと愕かすつもりなら、通った通りの丁目
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東京のビジネス・センター有楽町に事務所をもつ有名な青年探偵の帆村荘六も、この騒ぎのなかに
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東京のビジネス・センター有楽町に事務所をもつ有名な青年探偵の帆村荘六も、この騒ぎ
と、東京弁で彼女は応えた。
痛そうに帆村は唸りながら、東京の事務所宛に、簡単な電報を発するよう頼んだ。
東京からの客
貂の毛皮のコートを着ていた。すこぶる歯切れのいい東京弁だった。
「父はあたくしの幼いときに、東京へ預けたのです。はじめは音信も不通でしたが、この二、三
「――東京は、わりあいに暖いようですね」
、さっきの二人に帆村はんが云やはりましたやろ、東京は暖いとか、雨が降っていたやろとか、燕で来た
だっか」と警官は大真面目に感心して、「すると東京が暖いとか、雨が降っていたというのは――」
に附着しませんよ。今年は十一月からずっと寒い。東京は何度も雪が降った。それだのに昨日は雨が降ったと
わが大阪は上天気です。しからば、あの靴の泥は東京で附着したのに違いないでしょう。それも雨です。もし雪だったら
「いや信じられますよ。あなたはきょう東京から来た東京タイムスの朝刊をお読みになりましたか。読まない、そうでしょう。新聞
「いや信じられますよ。あなたはきょう東京から来た東京タイムスの朝刊をお読みになりましたか。読まない、
と東京弁のその警官が応えた。
蠅男の正体をどうしても突き止めねば、再び東京へかえらないと心に誓った青年探偵帆村荘六は、身はいま歓
娘を東京から呼んでおきながら約束を破ってドクトルが旅行に出たのは何故だろう
すなわちドクトルは、急に思いたって東京に行っていたのだそうである。そして十二月一日から五日まで
を、何の意味でか裏返しに着て、しきりと疳高い東京弁で訳もわからないことを呶鳴りちらしていた筈である。
「な、なんやと。お前、東京者やな。おれに何を呉れるちゅうのや」
大阪駅頭に珍しく多数の警察官を交えた見送りをうけつつ、東京行の超特急列車「かもめ」号の二等室で出発しようとする一組
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村松氏に案内されていったとき、知合いになった住吉署の大川巡査部長であった。帆村は邪魔にならぬように
「いま住吉警察署からお電話でございます」
中でも、責任のある住吉警察署の正木署長は佩剣を握る手もガタガタと慄え、まるで熱病患者のよう
これまで順調にいった出世を躓かせることになるし、住吉警察署はなにをしとるのやと非難されるだろう辛さが、もう目に
をかけられたのを見ると、それはかねて見覚えのある住吉署の大男、大川巡査部長と、外一名であった。帆村
から自動車をとばして住吉署に向う途中だったのだ。住吉署に行ってから、先刻の彼が一役買った蠅男捕物の話も
後事を大川主任に頼み、宝塚のホテルから自動車をとばして住吉署に向う途中だったのだ。住吉署に行ってから、先刻の彼
探偵は車を下りて、頤紐をかけた警官に、住吉署の正木署長が来ていないかと尋ねた。
ドクトルは住吉署長の名をしきりと呼んだ。
、何の手懸りも発見されなかったのであった。住吉署の捜索本部には、連日の活動に協力した人々が集ってい
「さあ皆さん。住吉署に電話をかけて下さい。署長さんに、帆村がここで蠅男
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のだそうである。そして十二月一日から五日まで、上野の科学博物館へ日参して博物の標本をたんねんに見てきたそうで