生きている腸 / 海野十三
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ついて電話をかけようと思っている先の人物――つまり熊本博士ぐらいのものであった。
「ああ、○○刑務病院かね。――ふん、熊本博士をよんでくれたまえ。僕か、僕は猪俣とでもいって
「ああ熊本君か。僕は――いわんでも分っているだろう。今日は大丈夫
熊本博士といえば、世間からその美しい人格をたたえられている○○刑務病院
てしまう悪い習慣があった。もっとも彼にいわせると、熊本博士なんか風上におけないインチキ人物であって、天に代って大いにいじめて
利用し、すくなからぬその恩恵に浴しているくせに、熊本博士をつねに奴隷のごとく使役した。
一方、医学生吹矢は、学歴においては数十歩先輩の熊本博士を百パーセントに利用し、すくなからぬその恩恵に浴しているくせに
電話をかけていたが、これで見ると彼は、熊本博士に対しまた威嚇手段を弄しているものらしい。しかし「腸を用意」
いるくらいの医学生であるから、風采はむくつけであるが熊本博士の旧藩主の血なんか引いているのであろうと善意に解し、したがっ
お辞儀をした。どういうわけかしらんが、この病院の大権威熊本先生を呼び捨てにしているくらいの医学生であるから、風采はむくつけで
そこには蜜柑函らしいものが転がっていた。これも熊本博士のサーヴィスであろう――とおもって、それを踏み台に使ってやった
は、するすると上にあがった。うべなるかな、熊本博士は、窓を支える滑車のシャフトにも油をさしておいたから、
、この生きている腸の願いだけは、なかなかききいれなかった熊本博士だった。
医学生吹矢が、もう一年この方、熊本博士に対し熱心にねだっていたのは、実にこの生きている腸
なやつはおそらく天下にどこにもなかろう。まったくもってわが熊本博士はえらいところがあると、彼はガラス管にむかって恭々しく敬礼を
思ったか、足を○○刑務病院にむけた。そして熊本博士を訪問したのであった。
「あはっ、いずれ発表する、だがね熊本君。腸というやつは感情をあらわすんだね。なにかこう、俺
「それからね、熊本君。ホルモンに関する文献をまとめて、俺にくれんか。――ホルモン
と、吹矢は変にいやらしい笑みをうかべて熊本博士の顔をのぞきこんだ。
ただ一人、熊本博士は吹矢に融通した「生ける腸」のことをときおり思いだした。
彼女は盲腸炎で亡くなったが、そのとき執刀したのは熊本博士であったといえば、あとは説明しないでもいいだろう。
を殺したことは、彼の死をひそかに喜んでいる熊本博士もしらない。