獄中記 / 大杉栄
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「そうだ、お前は大阪にいたことがあるな。」
それから、これは本年の夏、一週間ばかり大阪の米一揆を見物して帰って来ると、
しかしそれも、何も僕が大阪で悪いことをしたという訳でもなく、また東京へ帰って何か
もそうと信じ切っている。当時の新聞に、僕が大阪で路傍演説をしたとか拘束されたとか、ちょいちょい書いてあった
て四人の幼年校落武者が落ち合った。そしてそこへまた大阪や東京の落武者が寄り集まって、八、九人の仲間ができた。みんなは
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で死刑の宣告を受けて、終身懲役に減刑されて北海道へやられている間に逃亡して、また強盗殺人で捕まって再び死刑の
強盗殺人君はよく北海道から逃亡した時の話をした。一カ月ばかり山奥にかくれて、手当り
のだろうと思うが、その後また死一等を減ぜられて北海道へやられたそうだ。
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を見る。堺もよくその夢を見たそうだが、堺のはいつも山海の珍味といったような御馳走が現れて、いざ箸をとろう
すると何かの故障で食えなくなるのだそうだ。堺はひどくそれを残念がっていた。しかるに僕のは、しるこ屋の前
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られた仲間だった。彼は仙台の幼年校、僕は名古屋の幼年校ではあったが、もう半年ばかりで卒業という時になって
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「そうだ、たしかに大阪だ、それから甲府にも一度はいったことがあるな。」
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「千葉でございます。」
千葉の巻
模範監獄の称のある、日本では唯一の独房制度の千葉監獄に移されることになった。
いうほどの、そして夏もそれに相応して冷しい、千葉北方郊外の高燥な好位置に建てられていた。
冬は温度が五度高いというのに、監獄はその千葉の町よりももう五度高いというほどの、そして夏もそれに相応
千葉は東京に較べて冬は温度が五度高いというのに、監獄は
汽車が千葉近くなった時、輸送指揮官の看守長が、ちょうど甥どもを初めて自分のうち
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四十幾つかの上方者らしい優男で、これは紙幣偽造で京都から控訴か上告かして来ているのだった。そして最後のもう一人
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に出て来て偶然出遇った。彼にはなお一緒に仙台を逐い出された二人の仲間があった。その一人は小学校以来の僕
の幼年学校を退学させられた仲間だった。彼は仙台の幼年校、僕は名古屋の幼年校ではあったが、もう半年ばかり
いう恐ろしい罪名が負わせられたのだそうだ。そしてかつて仙台陸軍地方幼年学校の一秀才であった彼は、今は巣鴨監獄で、
二審でまた無罪になり、さらに検事の上告で大審院から仙台控訴院に再審を命ぜられ、そこで初めて有罪になったのをこんどは
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市ヶ谷の巻
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東京監獄の未決監に「前科割り」というあだ名の老看守がいる。
本年の三月に僕がちょっと東京監獄へはいった時にも、やはりこの老看守は、その十二年前の
もっとも、その後一度ふとしたことからちょっと東京監獄へ行ったことがある。しかしそれは決して血気の逸りでもまた若気
た。この和田も久板も今は初陣の新聞紙法違犯で東京監獄にはいっているが、本年の二科会に出た林倭衛の「
の下に、警察に二晩、警視庁に一晩、東京監獄に五晩、とんだ木賃宿のお客となって、
大阪で悪いことをしたという訳でもなく、また東京へ帰って何かやるだろうという疑いからでもなく、ただ昔が昔
初め東京監獄からここに移されて、冷たい暗い一室の中にほうり込まれた時に
人の幼年校落武者が落ち合った。そしてそこへまた大阪や東京の落武者が寄り集まって、八、九人の仲間ができた。みんなは退校
て、ほとんど同時に退校を命ぜられた。そして二人ともすぐ東京に出て来て偶然出遇った。彼にはなお一緒に仙台を逐い出さ
「きのう東京監獄から帰って来た。まず監房にはいって机の前に坐る。本当
「裁判が済めばまず東京監獄へ送られる。門をはいるや否や、いつも僕は南京虫のことを
「ただ東京監獄で面白かったのは鳩だ。ちょうど飯頃になると、窓のそと
た。既決になると、その他三人というのが東京監獄に残されて、堺と山川と僕とが巣鴨へ送られた。
治安警察法違犯という念入りの罪名で、その事件の現場から東京監獄へ送られた。同勢十二名、内女四名、堺、山川、
であったのだが、急に保釈を取消されてやはり東京監獄に入監された。この連中が西川、山口などの七、八
。しかし、やがて女を除くみんなが有罪にきまった時、東京監獄ではこれだけの人数を一人一人独房に置くだけの余裕も設備もなかっ
東京監獄は仲間で大にぎやかになった。しかし、やがて女を除くみんなが有罪
千葉は東京に較べて冬は温度が五度高いというのに、監獄はその千葉
小綺麗な室だ。何よりもまず窓が低くて大きい。東京のちょっとした病院の室よりもよほど気持がいい。
だから、一定の仕事を課せられる。しかもその仕事が、東京監獄ではごく楽で綺麗な経木あみであったのが、南京麻の
最初の東京監獄の時は弁当の差入れがあるのだから別としても、その
はどうかと言うに、これまたすこぶる妙だ。先きの東京監獄や巣鴨監獄では時々妙な気も起きたが、ここへ来て
数日経って、不意に、恐ろしく厳重な警戒の下に東京監獄へ送られた。そして検事局へ呼び出されて、こんどは本式に、いわゆる
来た。意外なのを喜ぶ看守等に送られて、東京監獄の門を出た。そとでは六、七人の仲間が待って
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、白っぱくれても駄目だ。それからその間に一度巣鴨にいたことがあるな。」
て二、三度しばらくここに滞在し、その他にも巣鴨の既決監から余罪で幾度か裁判所へ引き出されるたびに一晩は必ずここ
巣鴨の巻
巣鴨行きと言えば、世間では、電車は別として多少気の触れ
この巣鴨へは都合三度行った。と言っても実は二度で、最初
陸軍地方幼年学校の一秀才であった彼は、今は巣鴨監獄で、他の囚人に食事を運んだり仕事の材料を運んだりする雑役
寸時も眠れるものじゃない。僕が二、三日して巣鴨に帰ると、獄友諸君からしきりに痩せた痩せたというお見舞いを受ける
「巣鴨に帰る。大変早かったね、裁判はどうだった。などと看守君は
が東京監獄に残されて、堺と山川と僕とが巣鴨へ送られた。
た。次の巣鴨ではイタリア語をやった。二度目の巣鴨ではドイツ語をちっと噛った。こんども未決の時からドイツ語の続きを
。最初の未決監の時にはエスペラントをやった。次の巣鴨ではイタリア語をやった。二度目の巣鴨ではドイツ語をちっと噛った
ても、その次の巣鴨の時にも、二度目の巣鴨の時にも、刑期の短かかったせいかそれほどでもなかったが、
差入れがあるのだから別としても、その次の巣鴨の時にも、二度目の巣鴨の時にも、刑期の短かかったせい
と言うに、これまたすこぶる妙だ。先きの東京監獄や巣鴨監獄では時々妙な気も起きたが、ここへ来てからまるでそんな
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小集りがあった。その帰りに、もう遅くなってとても亀戸までの電車はなし、和田の古巣の涙橋の木賃宿にでも泊って
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三月一日の晩、上野のある仲間の家で同志の小集りがあった。その帰りに、もう