伊豆 東郷神社 ロンドン 葉山 ローマ 父島 品川 渋谷 東京

一番尊敬しているのは、僕の使っている三十五の伊豆という下級職工ですよ。これを叱るのは、僕には一番辛いことです

よ。人格も立派です。そこへいくと、僕なんか、伊豆を呼び捨てに出来たもんじゃありませんがね。」

労働服の無口で堅固な伊豆に梶は礼をのべる気持になった。栖方は酒を注ぐ手伝いの知人

から、梶と栖方は、中庭の広い芝生へ降りて東郷神社と小額のある祠の前の芝生へ横になった。中庭から見た水交

「その武器を積んだ船が六ぱいあれば、ロンドンの敵前上陸が出来ますよ。アメリカなら、この月末にだって上陸は出来ます

」という幾何学的な無季の句をすぐ作った。そして葉山の山の斜面に鳥の迫っていった四月の嘱目だと説明した

いた。祖国ギリシャの敗戦のとき、シラクサの城壁に迫るローマの大艦隊を、錨で釣り上げ投げつける起重機や、敵船体を焼きつける鏡の発明に

栖方の発音では父島が千島と聞えるので、千島へどうしてと梶が訊ね返すと、チチジマと

て来たのですが、句会があるからと云って、品川で撒いちゃいました。」

よ。一緒にこれから行ってくれませんか。自動車を渋谷の駅に待たせてあるのです。」と、栖方は云った。

方と梶とは外へ出た。西日の射す退けどきの渋谷のプラットは、車内から流れ出る客と乗り込む客とで渦巻いていた。その

栖方が待たせてあると云った自動車は、渋谷の広場にはいなかった。そこで二人は都電で六本木まで行くことに

東京からの客は少量の酒でも廻りが早かった。額の染った高田

ない。その秋から激しくなった空襲の折も、梶は東京から一歩も出ず空を見ていたが、栖方の光線は

疎開先から東京へ戻って来て梶は急に病気になった。ときどき彼を見舞いに