虞美人草 / 夏目漱石
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顔で行くものは幸である。人の海の湧き返る薄黒い倫敦で、朝な夕なに回り合わんと心掛ける甲斐もなく、眼を皿に、足を
二ヵ月後甲野さんはこの一節を抄録して倫敦の宗近君に送った。宗近君の返事にはこうあった。――
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て丹波へ抜ける。二人は丹波行の切符を買って、亀岡に降りた。保津川の急湍はこの駅より下る掟である。下るべき水
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、三条では橋に降り、祇園では桜に降り、金閣寺では松に降る。宿の二階では甲野さんと宗近君に降って
「そうだ。あれは電車の名所古蹟だね。電車の金閣寺だ。元来十年一日のごとしと云うのは賞める時の言葉なんだが
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「やはり延暦寺の区域だね。広い山の中に、あすこに一と塊まり、ここに一と塊まり
からね。あれは始めは一乗止観院と云って、延暦寺となったのはだいぶ後の事だ。その時分から妙な行があって、
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岡は夜を掠めて本郷から起る。高き台を朧に浮かして幅十町を東へなだれる下り口は、
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「君、そうこうしているうちに加茂の水嵩が増して来たぜ。いやあ大変だ。橋が落ちそうだ。おい
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が盛だよ。荒川から萱野へ行って桜草を取って王子へ廻って汽車で帰ってくる」
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流す波を描いて、真白な桜を気ままに散らした、薩摩の急須の中には、緑りを細く綯り込んだ宇治の葉が、
に筆を運らしがたき心地がする。宇治の茶と、薩摩の急須と、佐倉の切り炭を描くは瞬時の閑を偸んで、一弾指頭
「さっき万両と植え替えた。それは薩摩の鉢で古いものだ」
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の急須の中には、緑りを細く綯り込んだ宇治の葉が、午の湯に腐やけたまま、ひたひたに重なり合うて冷えている
泥を含んで双手に筆を運らしがたき心地がする。宇治の茶と、薩摩の急須と、佐倉の切り炭を描くは瞬時の閑を偸ん
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「そうですか、アハハハハ。荒川には緋桜と云うのがあるが、浅葱桜は珍らしい」
「いえ、上野や向島は駄目だが荒川は今が盛だよ。荒川から萱野へ行って桜草を取って王子へ廻っ
上野や向島は駄目だが荒川は今が盛だよ。荒川から萱野へ行って桜草を取って王子へ廻って汽車で帰ってくる」
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「それからね。――小米桜の後ろは建仁寺の垣根で、垣根の向うで琴の音がするんです」
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に屹然として、どうする気かと云わぬばかりに叡山が聳えている。
「あんなに見えるんだから、訳はない」と今度は叡山を軽蔑したような事を云う。
は今朝宿を立つ時から見えている。京都へ来て叡山が見えなくなっちゃ大変だ」
を起した。また歩行かねばならぬ。見たくもない叡山を見て、いらざる豆の数々に、役にも立たぬ登山の痕迹を
飽き足らぬ。琵琶の銘ある鏡の明かなるを忌んで、叡山の天狗共が、宵に偸んだ神酒の酔に乗じて、曇れる気息を
を添えて、三坪に足らぬ小庭には、一面に叡山苔を這わしている。琴の音はこの庭から出る。
「君見たように叡山へ登るのに、若狭まで突き貫ける男は白雨の酔っ払だよ」
を截って乾坤に鳴る。――これだから宗近君は叡山に登りながら何にも知らぬ。
ただ老人だけは太平である。天下の興廃は叡山一刹の指揮によって、夜来、日来に面目を新たにするものじゃと
にするものじゃと思い籠めたように、※々として叡山を説く。説くは固より青年に対する親切から出る。ただ青年は少々迷惑である
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「ええ。大悲閣の温泉などは立派に普請が出来て……」
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昔しながらの春雨が降る。寺町では寺に降り、三条では橋に降り、祇園では桜に降り、金閣寺では松に降る
「三条ですか。三条の蔦屋と。そうですね、有ったようにも覚えてい
「三条ですか。三条の蔦屋と。そうですね、有ったようにも覚えていますが……
いいわ――廻り椽で、加茂川がすこし見えて――三条から加茂川が見えても好いんでしょう」
だろうと思う。泊らんでも済むだろうにと思う。わざわざ三条へ梶棒を卸して、わざわざ蔦屋へ泊るのはいらざる事だと思う。酔興
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を経れば日を重ねて隔りの関が出来る。この頃は江戸の敵に長崎で巡り逢ったような心持がする。学問は立身出世の道具である
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。嵯峨の春を傾けて、京の人は繽紛絡繹と嵐山に行く。「あれだ」と甲野さんが云う。二人はまた色の世界に
は出来ない。この間も一が京都から帰って来て嵐山へ行ったと云うから、どんな花だと聞いて見たら、ただ一重だ
は不思議な事があるもんだね。兄さんと甲野さんと嵐山へ御花見に行ったら、その女に逢ったのさ。逢ったばかりならいい
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尽くる、遥か向うには、白銀の一筋に眼を射る高野川を閃めかして、左右は燃え崩るるまでに濃く咲いた菜の花をべっとりと擦り着け
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の節、父はこの一面を携えて、遥かなる海を横浜の埠頭に上った。それより以後は、欽吾が仰ぐたびに壁間に懸って
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傘を力に、岨路を登り詰めると、急に折れた胸突坂が、下から来る人を天に誘う風情で帽に逼って立っている。
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円の月謝も出して貰った。書物も時々教わった。祇園の桜をぐるぐる周る事を知った。知恩院の勅額を見上げて高いものだ
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を朧に浮かして幅十町を東へなだれる下り口は、根津に、弥生に、切り通しに、驚ろかんとするものを枡で料って下谷へ
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小気味よく開け放ちたる障子の外には、二尺の松が信楽の鉢に、蟠まる根を盛りあげて、くの字の影を椽に伏せる。
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って、見えるのは今朝宿を立つ時から見えている。京都へ来て叡山が見えなくなっちゃ大変だ」
「どこからか分るものか、たかの知れた京都の山だ」
「何でも向う側だ。京都を瞰下したんだから。こっちじゃない。あいつも馬鹿だなあ」
「時候が好いから京都は面白いでしょう」
「京都には長い事、いらしったんじゃありませんか」
「京都という所は、いやに寒い所だな」と宗近君は貸浴衣の
「寝てばかりいるね。まるで君は京都へ寝に来たようなものだ」
「京都はああ云う人間が住むに好い所だ」
な。毎日鱧ばかり食って腹の中が小骨だらけだ。京都と云う所は実に愚な所だ。もういい加減に帰ろうじゃないか」
京都では孤堂先生の世話になった。先生から絣の着物をこしらえて
弱い議論と弱い柔術は似たものである。小野さんは京都以来の友人がちょっと遊びに来てくれればいいと思った。
そこへ浅井君が這入ってくる。浅井君は京都以来の旧友である。茶の帽子のいささか崩れかかったのを、右の
「京都のものは朝夕都踊りをしている。気楽なものだ」
「それじゃ、兄やこちらの欽吾さんといっしょに京都へ遊びにいらっしゃらないはずね。――兄なんぞはそりゃ呑気よ。少し寝
「まだ京都から御音信はないですか」と今度は小野さんが聞き出した。
があるでしょう。京都の方を一さんに御世話なさいよ。京都には美人が多いそうじゃありませんか」
「京都にはだいぶ御知合があるでしょう。京都の方を一さんに御世話なさいよ。京都には美人が多いそうじゃあり
「京都にはだいぶ御知合があるでしょう。京都の方を一さんに御世話なさいよ
「宗近君は前にも京都へいらしった事があるんですか」
「なに端書よ。都踊の端書をよこして、そのはじに京都の女はみんな奇麗だと書いてあるのよ」
はどうして調停したら好かろうかと考えた。話が京都を離れれば自分には好都合だが、むやみに縁のない離し方をする
て出る。場内は生きた黒い影で埋まってしまう。残る京都は定めて静かだろうと思われる。
「うん、京都の人間はこの汽車でみんな博覧会見物に行くんだろう。よっぽど乗ったね」
「京都は淋しいだろう。今頃は」
「京都の電車とは大違だろう」
「京都の電車か? あいつは降参だ。全然第十義以下だ。あれで運転
「ハハハハ京都には調和している」
「御前が京都へ来たのは幾歳の時だったかな」
「そうさ。京都へ来てから大変丈夫になった。来たては随分蒼い顔をして
「叡山? 何だ叡山なんか、たかが京都の山だ」
関の山か。保津川でも君より上等だ。君なんぞは京都の電車ぐらいなところだ」
「京都の電車はあれでも動くからいい」
「いよいよ東京へ行くと見える。昨夕京都の停車場では逢わなかったようだね」
「京都の花はどうです。もう遅いでしょう」
小野さんは急に話を京都へ移した。病人を慰めるには病気の話をする。好かぬ昔に
で――どうも東京と云う所は厭な所だ。京都の方がよっぽどいいね」
分らないよ。琴を聴くと京都の事を思い出すね。京都は静でいい。阿父のような時代後れの人間は東京のような烈しい
て見ろ。ハハハハ阿父には分らないよ。琴を聴くと京都の事を思い出すね。京都は静でいい。阿父のような時代後れの
「じゃ京都へ帰りましょうか」と心細い顔に笑を浮べて見せる。老人は世に
明日くるそうだ。――もう少し慣れると、東京だって京都だって同じ事だ」
アハハハ桜でも馬鹿には出来ない。この間も一が京都から帰って来て嵐山へ行ったと云うから、どんな花だと聞いて
「どうです、京都から帰ってから少しは好いようじゃありませんか」
「大丈夫だ。京都でも甲野に話して置いた」
「京都の宿屋の隣に琴を引く別嬪がいてね」
「だって京都の人がそうむやみに東京へくる訳がないじゃありませんか」
、どうだい。あぶない、もう少しで紛れるところだった。京都じゃこんな事はないね」
「先生にはやはり京都の方が好くはないですか」と女の躊躇った気色をどう解釈し
「実は一週間前に京都から故の先生が出て来たものですから……」
「京都におった時、大変世話になったものですから……」
「まだ御這入にならないなら、今度是非その京都の先生を御案内なさい。私もまた一さんに連れて行って貰うつもり
「まだ有る。京都から東京までいっしょに来た」
高いね。――少しばかりの恩給でやって行くには京都の方が遥かに好いようだ」
「なに小夜さえなければ、京都にいても差し支ないんだが、若い娘を持つとなかなか心配な
東京は物価が高いと云いながら、東京と京都の区別を知らない。鳴海絞の兵児帯を締めて芋粥に寒さを凌い
「京都はなお穏だよ」
「でも京都へ行ってから、少しは好いようだね」
「だから話せ。京都からの知己じゃ。何でもしてやるぞ」
「この間京都へ行ったそうじゃな。もう帰ったか。ちと麦の香でも嗅い
て出た。座敷には浅井君が先生を相手に、京都以来の旧歓を暖めている。時は朝である。日影はじりじりと
「御叔母さん京都の話でも、しましょうかね」
しまったのでしょう。そう云う策略がいけないです。私を京都へ遊びにやるんでも私の病気を癒すためにやったんだと
んでしょう。私が不承知を云うだろうと思って、私を京都へ遊びにやって、その留守中に小野と藤尾の関係を一日一日
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。廻るごとに新たなる山は当面に躍り出す。石山、松山、雑木山と数うる遑を行客に許さざる疾き流れは、船を駆っ
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アハハハハ。――どうです粗菓だが一つ御撮みなさい。岐阜の柿羊羹」
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に、切り通しに、驚ろかんとするものを枡で料って下谷へ通す。踏み合う黒い影はことごとく池の端にあつまる。――文明の人ほど驚ろき
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を重ねて隔りの関が出来る。この頃は江戸の敵に長崎で巡り逢ったような心持がする。学問は立身出世の道具である。親の
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に行く。気の早いものは飛んで来る。小野さんは東京できりきりと回った。
も短命である。余所では人が蹠であるいている。東京では爪先であるく。逆立をする。横に行く。気の早いものは
東京は目の眩む所である。元禄の昔に百年の寿を保った
ただその途中に一点の紅がほのかに揺いている。東京へ来たてにはこの紅が恋しくて、寒い記憶を繰り返すのも厭わず
乍憚御休神可被下候。さて旧臘中一寸申上候東京表へ転住の義、其後色々の事情にて捗どりかね候所、
候。唯小夜所持の琴一面は本人の希望により、東京迄持ち運び候事に相成候。故きを棄てがたき婦女の心情御憐察
「御承知の通小夜は五年前当地に呼び寄せ候迄、東京にて学校教育を受け候事とて切に転住の速かなる事を希望致し居候。同人
「なぜって、井上の御嬢さんは東京へ来るんだろう」
「あれは京人形じゃない。東京のものだ」
二千の世界を、十把一束に夜明までに、あかるい東京へ推し出そうために、汽車はしきりに煙を吐きつつある。黒い影は
。随分ひっそり暮してるぜ。かたりともしない。あれで東京へ行くと云うから不思議だ」
。今年の秋は久し振で、亡き母の精霊を、東京の苧殻で迎える事と、長袖の右左に開くなかから、白い手を尋常
「いよいよ東京へ行くと見える。昨夕京都の停車場では逢わなかったようだね」
風はないが、地面が乾いてるんで――どうも東京と云う所は厭な所だ。京都の方がよっぽどいいね」
「だって早く東京へ引き越す、引き越すって、毎日のように云っていらしったじゃありませんか
じゃないよ。まあ試しに外へ出て御覧。どうも東京の埃には大抵のものは驚ろくよ。御前がいた時分もこうかい」
後れの人間は東京のような烈しい所には向かない。東京はまあ小野だの、御前だののような若い人が住まう所だ
京都は静でいい。阿父のような時代後れの人間は東京のような烈しい所には向かない。東京はまあ小野だの、御前
後れの阿父は小野さんと自分のためにわざわざ埃だらけの東京へ引き越したようなものである。
婆さんは明日くるそうだ。――もう少し慣れると、東京だって京都だって同じ事だ」
「ハハハハとうとう東京までいっしょに来た」
「だって京都の人がそうむやみに東京へくる訳がないじゃありませんか」
「さすが東京だね。まさか、こんなじゃ無かろうと思っていた。怖しい所だ」
所は怖しい。いわんや高等なる文明の御玉杓子を苦もなくひり出す東京が怖しいのは無論の事である。小野さんはまたにやにやと笑った。
「東京へ来る前は、しきりに早く移りたいように云ってたんですけれども
小夜子はまた口籠る。東京が好いか悪いかは、目の前に、西洋の臭のする煙草を
「まだ有る。京都から東京までいっしょに来た」
「あの人は東京ものだそうだね」
「東京は変ったね」と先生が云う。
「四円。なるほど東京は物が高いね。――少しばかりの恩給でやって行くには京都
小夜がたった一人で可哀想だからこの年になって、わざわざ東京まで出掛けて来たのさ。――いかな故郷でももう出てから二十
東京は物価が高いと云いながら、東京と京都の区別を知らない。鳴海絞の兵児帯を締めて芋粥に寒さ
東京は物価が高いと云いながら、東京と京都の区別を知らない。鳴海絞
「なに別段用じゃない。――こうして東京へ出掛けて来たのは、小夜の事を早く片づけてしまいたいからだ
「御嬢さんは、東京を御存じでしたな」と問いかけた。
「これは東京で育ったのだよ」と先生が足らぬところを補ってくれる。
などもいつ何時御世話にならんとも限らん。しかし久しぶりで東京へ御移ではさぞ御不自由で御困りだろう」
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「向島は」
「いえ、上野や向島は駄目だが荒川は今が盛だよ。荒川から萱野へ行って桜草
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に飛び離れた。上野は浅草へ行く路である。同時に日本橋へ行く路である。藤尾は相手を墓の向側へ連れて行こうとし
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死と云う字を貫いて、左右に飛び離れた。上野は浅草へ行く路である。同時に日本橋へ行く路である。藤尾は相手を
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に、死と云う字を貫いて、左右に飛び離れた。上野は浅草へ行く路である。同時に日本橋へ行く路である。藤尾は
「いえ、上野や向島は駄目だが荒川は今が盛だよ。荒川から萱野へ行っ
の冠かも知れない」と甲野さんの視線は谷中から上野の森へかけて大いなる圜を画いた。
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「小野は新橋まで迎にくるだろうね」
また怪しまざるがごとく、測るべからざる明日の世界を擁して新橋の停車場に着く。
多くの小説はこの矛盾を得意に描く。小夜子の世界は新橋の停車場へぶつかった時、劈痕が入った。あとは割れるばかりである。
の幽霊もこれならばと度胸を据えかける途端に小夜子は新橋に着いた。小野さんの世界にも劈痕が入る。作者は小夜子を気の毒
た過去を逆に捩じ伏せて、目醒しき現在を、相手が新橋へ着く前の晩に、性急に拵らえ上げたような変りかたである。
新橋へは迎に来てくれた。車を傭って宿へ案内してくれ
「変った?――ああ大変立派になったね。新橋で逢った時はまるで見違えるようだった。まあ御互に結構な事だ
時一輛の車はクレオパトラの怒を乗せて韋駄天のごとく新橋から馳けて来る。
「藤尾さん。小野さんは新橋へ行かなかったよ」
ます。真面目な人間になります。どうか許して下さい。新橋へ行けばあなたのためにも、私のためにも悪いです。だから
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「これ? これは伊勢崎でしょう」