彼岸過迄 / 夏目漱石

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地名一覧

小石川

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て待っていると、「あなたの下宿は牛込ですか、小石川ですか」とまるで無関係の問を敬太郎はかけられた。

駿河台

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は場所も広さも恰好だろうという母の意見から、駿河台の本宅を売払ってここへ引移ったのである。もっともそれからだいぶ手を

その後に従がった。二人は淡路町まで来てそこから駿河台下へ抜ける細い横町を曲った。敬太郎も続いて曲ろうとすると、二人は

て連雀町の方へ抜けようが、あるいは門からすぐ小路伝いに駿河台下へ向おうが、どっちへ行こうと見逃す気遣はないと彼は心丈夫に洋杖

倫敦

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興奮の余り小説と事実の区別を忘れて、十九世紀の倫敦に実際こんな事があったんでしょうかと真面目な顔をして教師に質問

軽井沢

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余り海辺を好まない性質なので、一家のものは毎年軽井沢の別荘へ行くのを例にしていたのだが、その年は是非

大阪

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ごく少ないというところから思いついたのだそうだが、せっかく大阪から呼び寄せた職人と衝突したために成立しなかったと云って彼はいまだ

が来ての話に、叔父は四五日内に用事で大阪へ行くかも知れないそうだから、余り遅くなってはと思って、立つ

日曜じゃあるし御天気は好しするから、内幸町の叔父が大阪へ立つ前にちょっとあちらへ顔でも出せばいいのでございますけれども、

と思った。彼は須永へ行って彼の叔父がすでに大阪から帰ったかどうか尋ねて見ようかと考えたが、自動車事件の記憶が

の心を粗暴にして威張ります。僕は昨日京都から大阪へ来ました。今日朝日新聞にいる友達を尋ねたら、その友人が箕面という

万世橋

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、蛇の頭も鉄の輪の突がねもめちゃめちゃに、万世橋から御茶の水へ放り込んでやろうと決心した。

本郷

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ので、また万世橋の方へ歩いて行った。彼は本郷の下宿へ帰るまでこの葉巻を持たすつもりで、ゆっくりゆっくり足を運ばせながらなお

頭の曲った角を、右の腋の下に感じつつ急ぎ足に本郷の通まで来た。そこでいったん羽織の下から杖を出して蛇の首

を得ず車夫に梶棒を向け直させて、思いも寄らない本郷へ行けと命じた事を記憶していた。

あるように、けっして周章て探偵の結果を聞きたがらなかった。本郷では氷が張るかとか、三階では風が強く当るだろうとか

「本郷です」

松本は腑に落ちない顔をして敬太郎を見た。本郷に住んでいる彼が、なぜ江戸川の終点まで乗ったのか、その説明

淡路町

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壺入のビスケットを見棄ててその後に従がった。二人は淡路町まで来てそこから駿河台下へ抜ける細い横町を曲った。敬太郎も続いて曲ろう

宇治

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するに与かって効力のあったものは京都の空気だの宇治の水だのいろいろある中に、上方地方の人の使う言葉が、東京に

雷門

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大提灯と頼政の鵺を退治ている額だけ見てすぐ雷門を出た。敬太郎の考えではこれから浅草橋へ出る間には、一軒

諏訪

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。前へ行く須永は時々後を振り返って、穴八幡だの諏訪の森だのを千代子に教えた。車が暗いだらだら坂へ来た時、彼は

北海道

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島へ行って膃肭臍は打っていないようであるが、北海道のどこかで鮭を漁って儲けた事はたしかであるらしい。それから四国

今から十五六年前彼が技手に雇われて、北海道の内地を測量して歩いた時の話であった。固より人間のいない

明石

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次のは明石から来たもので、前に比べると多少複雑なだけに、市蔵の性格

鎌倉

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。そうかと思うとまた妹や娘に今日はこれから鎌倉へ伴れて行く、さあすぐ支度をしろって、まるで足元から鳥が立つように

と、母が下から上って来て、閑になったら鎌倉へちょっと行って来たらどうだと云った。鎌倉にはその一週間ほど前

なったら鎌倉へちょっと行って来たらどうだと云った。鎌倉にはその一週間ほど前から田口のものが避暑に行っていた。元来

鎌倉へ行こうと思い立った日、僕は彼女のために一個の鞄を携えて

にした。困らない家庭なのだろうから、その人が鎌倉へ遊びに来ているぐらいは怪しむに足らなかった。よしここに別荘を持っ

漠たる感じが胸に射したばかりであった。それが鎌倉で暮らした二日の間に、紛れもないある形を取って発展した

誰か送って行くという条件の下に、なお二三日鎌倉に留まる事を肯んじた。僕はなぜ母が彼らの勧めるままに、人

と云うと、僕に始からある目論見があって、わざわざ鎌倉へ出かけたとも取れるが、嫉妬心だけあって競争心を有たない僕にも

ない顔になってしまうのが常であった。僕が鎌倉で暮した二日の間に、こういう潮の満干はすでに二三度あった

閃を物凄く感じた。そうして強い決心と共にすぐ鎌倉を去った。

気分を想像して、あるいは刺戟を眼の前に控えた鎌倉にいるよりもかえって焦躁つきはしまいかと心配した。そうして相手

ので、すべての世話は作という小間使がした。鎌倉から帰って、始めてわが家の膳に向った時、給仕のために黒い丸盆

た作の姿を見た僕は今更のように彼女と鎌倉にいる姉妹との相違を感じた。作は固より好い器量の女でも何

よりほかに利いた事がなかったのである。僕は鎌倉から新らしい記憶を持って帰った反動として、その時始めて、自分の

の頭を静めてくれたのだろうと思う。白状すれば鎌倉の景色は折々眼に浮かんだ。その景色のうちには無論人間が活動し

茶を注がして飲みかけた時、僕はまた突然作に、鎌倉などへ行って混雑するより宅にいる方が静で好いねと云った。

その夕暮に思いがけない母が出し抜けに鎌倉から帰って来た。僕はその時日の限りかけた二階の縁に籐椅子

事はできなかったのである。そうして二人は当分鎌倉の舞台を動き得ないものと信じていたのである。僕は日に

ありがとう」と僕は答えた。僕の千代子に対する感情は鎌倉へ行く前と、行ってからとでだいぶ違っていた。行ってからと

礼の言葉と聞こえた。僕は千代子に今日これからまた鎌倉へ帰るのかと尋ねた。

ない月が高く上った。柱に凭れていた母が鎌倉を思い出すと云った。電車の音のする所で月を看るのは何だ

きっと振り返って、千代子の後姿を見た。僕は自分が鎌倉で高木を傍に見て暮した二日間を思い出して、材料がないから何

一言それにつけ加えておきたい。僕から云わせると、すでに鎌倉を去った後なお高木に対しての嫉妬心がこう燃えるなら、それは僕の

も考えていない証拠だとしか取れなかった。彼女は鎌倉へ行ってから水泳を自習し始めて、今では背の立たない所まで

点の暗い印気が落ちたような気がした。鎌倉へ行くまで千代子を天下の女性のうちで、最も純粋な一人と信じてい

うちで、最も純粋な一人と信じていた僕は、鎌倉で暮したわずか二日の間に、始めて彼女の技巧を疑い出したの

わざとそれだけを遠慮したのである。こう解釈すると鎌倉にいた時の僕は、あれほど単純な彼女をして、僕の前

頭を見せに上って来たばかりでなく、今日これから鎌倉へ帰るので、そのさようならを云いにちょっと顔を出したのだと云う事

「まだみんな鎌倉にいるのかい」と僕が聞いた。

です、徳義的に卑怯です。あたしが叔母さんとあなたを鎌倉へ招待した料簡さえあなたはすでに疑っていらっしゃる。それがすでに卑怯です。が

間接にさえほとんどその噂を耳にしなかった。ただ前の年鎌倉の避暑地とかで市蔵が会って、気を悪くしたという高木だけ

江戸

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須永の母にこう云い出されたが最後、江戸慣れない敬太郎はどうそれを断って外へ出ていいか、いまだにその心得

青山

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て、二三台の電車を待ち合わせた。すると最初には青山というのが来た。次には九段新宿というのが来た。

両国

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この日彼らは両国から汽車に乗って鴻の台の下まで行って降りた。それから美くしい広い河に

日比谷公園

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でいたのである。けれども田口の門を出て日比谷公園の傍に立った彼の頭には、そんな余裕はさらになかった。後姿

芝公園

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あいにくどこという当もなかった。白山の裏とか、芝公園の中とか、銀座何丁目とか今までに名前を聞いたのは二三

秋田

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に落ちついて来た。彼はシキとかいう白い絹へ秋田蕗を一面に大きく摺った襖の模様だの、唐桑らしくてらてらした

下谷

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彼は久しぶりに下谷の車坂へ出て、あれから東へ真直に、寺の門だの、

広島

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は京都附近から須磨明石を経て、ことに因ると、広島辺まで行きたいという希望を述べた。僕はその旅行の比較的大袈裟な

京都

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の心理状態を疑ってまた多少の不安を感じた。彼は京都附近から須磨明石を経て、ことに因ると、広島辺まで行きたいと

彼の気分を変化するに与かって効力のあったものは京都の空気だの宇治の水だのいろいろある中に、上方地方の人の

て聴手の心を粗暴にして威張ります。僕は昨日京都から大阪へ来ました。今日朝日新聞にいる友達を尋ねたら、その友人が

神戸

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十分前から急におとなしくなりました。下女に聞いたらもう神戸へ帰ったのだそうです。夜もだいぶ更けましたから、僕も休み

ます。賞めて下さい。月の差す二階の客は、神戸から遊びに来たとかで、僕の厭な東京語ばかり使って、

松山

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ごとく簇って淡路島の前を通ります。反対の側の松山の上に人丸の社があるそうです。人丸という人はよく知りませ

深川

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したかった。月に一遍ずつ蠣殼町の水天宮様と深川の不動様へ御参りをして、護摩でも上げたかった。(現に須永

東京

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東京大阪を通じて計算すると、吾朝日新聞の購読者は実に何十万という

呑口会社の計画で、これは酒樽の呑口を作る職人が東京にごく少ないというところから思いついたのだそうだが、せっかく大阪から呼び寄せ

遺伝的に平凡を忌む浪漫趣味の青年であった。かつて東京の朝日新聞に児玉音松とかいう人の冒険談が連載された時、

てなるほどと悟った。それから以後は、この平凡極まる東京のどこにでもごろごろして、最も平凡を極めている辻待の人力車

職業にありついた祝いの言葉をちょっと入れて、その後へだんだん東京も寒くなる時節柄、満洲の霜や風はさぞ凌ぎ悪いだろう。ことにあなた

、小供の時から常に陽炎っていたのである。東京へ来てから、この怪しい夢は固より手痛く打ち崩されてしまったが、それ

を出た。そうして二人共汽車を利用してすぐ東京へ帰ろうという気を起した。停車場へ来ると、間怠るこい田舎汽車

着た男のいるのを見て、多分叔父が昨日あたり東京から来て泊ってるのだろうと思った。ところが奥にいるものがことごとく

日前ちょっといらしったけど、一昨日また用が出来たって東京へ御帰りになったぎりよ」

その理由として、少し宅に用があって、今夜東京へ帰えらなければならないからという説明を加えた。しかし腹の中で

夕方になって、僕は姉妹と共に東京から来るはずの叔父を停車場に迎えるべく母に命ぜられて家を出た

「わたしもいつか大磯で誂えてわざわざ東京まで持って帰った事があるが、よっぽど気をつけないと途中でね

「市さんどうだい、暑いじゃないか。これじゃ東京の方がよっぽど楽だね」

僕も僕の隣にいる吾一も東京の方が楽だと云った。それでは何を苦しんでわざわざ鎌倉下り

僕はその晩一人東京へ帰った。母はみんなに引きとめられて、帰るときには吾一か誰

は自分の気分が小説になりかけた刹那に驚ろいて、東京へ引き返したのである。だから汽車の中の僕は、半分は優

僕は東京へ帰ってからの気分を想像して、あるいは刺戟を眼の前に控え

の方が御涼しゅうございましょうと云った。僕はいやかえって東京より暑いくらいだ、あんな所にいると気ばかりいらいらしていけないと説明

のいろいろある中に、上方地方の人の使う言葉が、東京に育った彼に取っては最も興味の多い刺戟になったらしい。何

た心持がしました。僕はこういう心持を御土産に東京へ持って帰りたいと思います」

と云いますが、僕はまるで反対です。厭なのは東京の言葉です。むやみに角度の多い金米糖のような調子を得意になって

、神戸から遊びに来たとかで、僕の厭な東京語ばかり使って、折々詩吟などをやります。その中に艶めかしい女の声

新橋

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敬太郎はこの瘠せながら大した病気にも罹らないで、毎日新橋の停車場へ行く男について、平生から一種の好奇心を有っていた

、彼のおった時分と何の変りもなかったが、新橋の答はまた案外であった。出張したとばかり思っていた森本

それで一方に本人の室を調べると共に、一方に新橋へ行って出張先を聞き合せた。ところが室の方は荷物もそのままで

たような心持だったのである。で、明る日は新橋へ見送りにも行かなかった。

内幸町

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或る晩もその用で内幸町まで行って留守を食ったのでやむを得ずまた電車で引き返すと、

大事だからね」と云って、兼て須永から聞いている内幸町の叔父さんという人に、一応そういう方の用向で会っておき

今日内幸町から従妹が来ての話に、叔父は四五日内に用事で大阪へ

覚えずはっと思うところが出て来た。須永は「今日内幸町からイトコが来て」とたしかに云ったが、そのイトコが彼の叔父

へ乗るまではただ一直線にすたすた歩いた。考も一直線に内幸町の方を向いていたが、電車が明神下へ出る時分、何気なく今しがた

の叔父という人の方へ移って行った。これは内幸町と違って、この御母さんの実の弟に当る男だそうで、一種

。今日なども日曜じゃあるし御天気は好しするから、内幸町の叔父が大阪へ立つ前にちょっとあちらへ顔でも出せばいいので

入れておく必要があるだろう。それには話の中に内幸町へ行くとか行かないとかが問題になっている今が一番よかろう。

須永に紹介を頼んだ事や、須永がそれを引き受けて内幸町の叔父に会えるように周旋した事は、須永の傍にいる母と

「実はその内幸町の方へ今日私も出たんですが」と云い出すと、自分の

も会わん方で、これは仕方がございませんが、内幸町のはいないでも都合さえつけば馳けて帰って来て会うと

書生の口を通して来たので、彼は猶予なく内幸町へ出かけた。

の所へ来て打ち明けなかったのだと詰問した。内幸町の叔父が人を担ぐくらいの事は、母から聞いて知っているはず

で二人に当っているのが少し苦しくなった。この次内幸町へ行く時は、きっと持って行って見せるという約束をしてようやく千代子

「まだ内幸町からも神田からも誰も来ないのね」

がみんなして宵子の経帷子を縫った。百代子が新たに内幸町から来たのと、ほかに懇意の家の細君が二人ほど見えたの

には単に母の喜こぶ顔を見るだけの目的をもって内幸町まで電車を利用した覚さえあったのである。そういうある日の

家へ近寄らなかった。母さえ心配しなければ、それぎり内幸町へは足を向けずにすましたかも知れなかった。たとい母が心配

「そうね。内幸町へ行っても好いけど、あんまり広過ぎて淋しいから。――久しぶりにここ

神田

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また須永の宅へ行きたくなって、表へ出ると直神田行の電車に乗った。

「せんだっての晩神田の洋食店で私はあなたに御目にかかったと思うんですが」

同じ松本について見ても、この間の晩神田の洋食屋で、田口の娘を相手にして珊瑚樹の珠がどうした

「まだ内幸町からも神田からも誰も来ないのね」

日本橋

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まず須永の五六軒先には日本橋辺の金物屋の隠居の妾がいる。その妾が宮戸座とかへ

に昵懇も趣味も有ち得ない男であった。時たま日本橋の裏通りなどを通って、身を横にしなければ潜れない格子戸だの

小川町

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彼は小川町まで来た時、ちょっと電車を下りても須永の門口まで行って、友

小川町の角で、斜に須永の家へ曲る横町を見た時、彼は

てやろうと考えた。それでまた電車に乗って一直線に小川町まで引返して来た。時計を見ると、二時にはまだ二十分ほど

と五時の間に、三田方面から電車に乗って、小川町の停留所で下りる四十恰好の男がある。それは黒の中折に霜降の

でも大したものである。それにほかと違って停留所が小川町だから、年の暮に間もない左右の見世先に、幕だの楽隊だ

坐っていた。けれどもただ眼の前に、美土代町と小川町が、丁字になって交叉している三つ角の雑沓が入り乱れて映るだけで

来た時、彼はとりあえず青年会館の手前から引き返して、小川町の通へ出たが、四時にはまだ十五分ほど間があるの

赤い郵便函から五六間東へ下ると、白いペンキで小川町停留所と書いた鉄の柱がすぐ彼の眼に入った。ここにさえ

の前で降りられるのである。そうして両方とも同じ小川町停留所と白いペンキで書いてある以上は、自分がこれから後を跟けようと

の不注意に気がついた。三田方面から丸の内を抜けて小川町で降りるには、神田橋の大通りを真直に突き当って、左へ曲っても

一本の鉄の柱に、先刻のと同じような、小川町停留所という文字が白く書いてあった。彼は念のためこの角に

なかった。彼の依頼されたのは中折の男が小川町で降りてから二時間内の行動に限られているのだから、もう

大抵間違はないでしょう。四時と五時の間に小川町で降りたんですね」

するので、敬太郎は田口の速達便を受取って、すぐ小川町の停留所へ見張に出た冒険の第一節目から始めて、電車が

。耳から知識なり感情なりを伝えられなかった場合は、小川町の停留所で洋杖を大事そうに突いて、電車から下りる霜降の外套を着

銀座

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た。白山の裏とか、芝公園の中とか、銀座何丁目とか今までに名前を聞いたのは二三軒あるが、むやみに

蔵前

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しまいになるのかも知れないと思って少し失望しながら蔵前まで来た。するとやっとの事で尋ねる商売の家が一軒あった

浅草橋

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見てすぐ雷門を出た。敬太郎の考えではこれから浅草橋へ出る間には、一軒や二軒の易者はあるだろう。もし在っ

浅草

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いるだろうぐらいの考にふらふらとなる事がある。今日も浅草へ行ったらどうかなるだろうという料簡が暗に働らいて、足が

、大抵の不思議なものはみんな絵本から抜け出して、想像の浅草に並んでいた。こういう訳で敬太郎の頭に映る観音の境内に

彼は小供の時分よく江戸時代の浅草を知っている彼の祖父さんから、しばしば観音様の繁華を耳にし

縁に掛けて、勢よく立ち上がろうとする途端に、この間浅草で占ないの婆さんから聞いた、「近い内に何か事がある

水道橋

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を連絡する電車にばかり乗っていたため、巣鴨方面から水道橋を通って同じく三田に続く線路の存在に、今が今まで気がつかず

巣鴨

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本郷三田間を連絡する電車にばかり乗っていたため、巣鴨方面から水道橋を通って同じく三田に続く線路の存在に、今が今まで気

彼はその電車の運転手の頭の上に黒く掲げられた巣鴨の二字を読んだ時、始めて自分の不注意に気がついた。

新宿

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には青山というのが来た。次には九段新宿というのが来た。が、いずれも万世橋の方から真直に進んで

御茶の水

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の頭も鉄の輪の突がねもめちゃめちゃに、万世橋から御茶の水へ放り込んでやろうと決心した。

九段下

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に何か考え込んでいると云う風であった。ところが九段下へかかった頃から、長い首を時々伸ばして、ある物を確かめたいよう

上野

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の窓を潔ぎよく明け放した彼は、東向に直立して、上野の森の上から高く射す太陽の光を全身に浴びながら、十遍ばかり

綾瀬川

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は母から二三度聞かされた事があります。屋根船を綾瀬川まで漕ぎ上せて、静かな月と静かな波の映り合う真中に立って