霧陰伊香保湯煙 / 三遊亭円朝

霧陰伊香保湯煙のword cloud

地名一覧

駿府

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奥方は会津に落ちて、会津から上方へ落ちて、只今駿府にお在でと聞きましたが、何う成行きましたか。此のお藤

赤城

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は益々烈しくドッ/\と吹降に降出して来る。赤城の方から雷鳴がゴロ/\雷光がピカ/\その降る中へ手拭でスットコ

桐生

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可愛い男に新田山通い小倉峠が淋しかろ」、これは新田山と桐生の間に小倉峠と云う処がございます。是は桐生の人に聞きまし

桐生の間に小倉峠と云う処がございます。是は桐生の人に聞きましたが、囃がございますが、少し字詰りに云わなけれ

ますが、少し字詰りに云わなければ云えません、「桐生で名高き入山書上の番頭さんの女房に成って見たいと丑の時

幸「へい栄町の変な処を這入って桐生の方へ参る道でございますよ」

出雲

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げす……、え、由兵衞申上げますが、これは出雲の神さまが御縁を八重に結んで、伊香保結び四万結びこま結びてえ事に

江戸

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渋川の達磨茶屋で、私ア江戸ッ子でござえます、江戸のお客を乗せれば此様な嬉しい事はありませんて……ね此の由

荒川

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彼の辺に住いを致して居ります。此の日向見川と荒川と云うのが二筋に別れて来ます。是は信州と越後との境から

横浜

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お瀧、己は東京へ金策に往って事に寄ると横浜へ廻って来る」

よ、併し只辛抱するったって親父が中々得心しまいから、横浜へ往って、少し商売の取引の事が有るから往く積りだ、これまで私

てくれた借金の極りも附けなければならないから、是非横浜へ往きたいのだが、何うも身装が悪いと衆人の用いが悪いから、

くの「はい、貴方が横浜から帰って来たらば、ちょっくら栄町の家を訪ねますから」

申上げます、足利の江川村で茂之助が女房に別れるとき、横浜へ行くからお父さんに内証で脇差を持って来てくれと頼みました。これ

、独身で鞄を提げて参り、暫く保養して、また横浜へ往き、儲かると伊香保へ参り、芸者も買い飽き二階に寝転んで頻りと

一番好いが、何んなら他県で堅い商人であって、横浜へ来て取引をするような田舎の商人の方が、田地なども持って

渋川

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。或日のこと、桑原治平と云う他所へ反物を卸す渋川の商人と、茂之助は差向いで一猪口飲りながら、

幇間半分で面白い人で、また一人は伴廻り、これは渋川の車夫で、車に乗って来た処が、正直で能く働き、気の

さんはポコ/\歩くかも知れねえ、此方は遅れて渋川まで私の車で往って、渋川で車を一挺雇って貴方が乗って

なれども、田舎の通り者、桑原治兵衞と云う渋川の糸商人でございますが、折々此の地へ参って遊んでばかり居ります。

がねえたって、挽けねえものア仕かたがねえ、今朝から渋川の達磨茶屋で疲れて寝て居たんだ、其処を帰って又来た

東京ばかりの車を挽くんじゃアねえ、此地え来て渋川で一円に一升の仲間入をして居る峯松だ、大概にしや

からズーッと出た奴は以前の車夫であります。これは渋川の杢八と云う奴で、元より峰松と馴合って居りますから脱したので

思って居たのよ、併し己も危え身の上だが、渋川へ来て車夫になって、東京の客を当込んで、車引の峯松と

供じゃア有りません、雇人でもないので、実は渋川の達磨茶屋で私共が昼食を致して居りますと、車夫が多勢来て

のは、伊香保の木暮八郎方でお聞きなすっても、渋川の達磨茶屋で聞きましても分りますが、私共へ縄を掛けて引く

さん、此処から使を遣って伊香保の木暮八郎の手代と渋川の達磨茶屋の主人を呼びましょう、幾ら金がかゝっても仕方がないから」

調べになりますと、全く車夫の峯松と杢八という渋川から従いて参った処の悪車夫二人にて人を殺し、鞄と荷物を引

、七年以前に此の伊香保へ湯治に来た時、渋川の達磨茶屋で、私ア江戸ッ子でござえます、江戸のお客を乗せれば

届けて申立てますと、警部公が一々お書取りに成り、渋川の警察署へ引かれましたが、桑原治平とお瀧との関係は相対密

栗橋

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、旭が昇って川に映り、よい景色でございます。栗橋から上州の川俣という処へ船が着きますと、かれこれ十時、宜い塩梅

青山

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下婢「極く野暮な処でございますよ、青山で」

治「へえー東京の青山と申すと四谷の方でございますか」

榛名山

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彼処が御別荘になりましたが、以前には伊香保から榛名山へ参詣いたしまするに、二ツ嶽へ出ます新道が開けません時でございます

湯河原

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、近年は流行いたして、また塩原の温泉が出来、或は湯河原でございますの、又は上州に名高い草津の温泉などがございます。先達て私

草津

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が出来、或は湯河原でございますの、又は上州に名高い草津の温泉などがございます。先達て私は或るお方のお供をいたして、堀越

は或るお方のお供をいたして、堀越團十郎と二人で草津へ参って、彼の温泉に居りましたが、彼処は山へ登るので

方は五段田の山続き、左は吾妻山、向うは草津から四万の筆山、中を流るゝ山田川の水勢は急でございまして、皀莢瀑

何んでも手前が上州路に居ると聞いたから、草津か、沢渡か、伊香保にでも居るかと思って居たのよ、併し

堀越

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由「えゝ堀越は別でございます」

伊豆

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由「へえ、どうもあるねえ、一度ね、私は伊豆の網代へ行ったことがある、其処に売られて来た芸妓は、矢張

四谷

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治「へえー東京の青山と申すと四谷の方でございますか」

下婢「四谷とも違いますが、信濃殿町と申しまするので奥さまは未だお若うござい

高崎

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もまた一役で、悉皆出来た処で此品を持ち、高崎や前橋の六斎市の立ちまする処へ往って売るのでございますが、

の中直に僕は此者を一旦連れ帰って、前橋から高崎まで下って、それから実家へ帰る積りだ、離縁のうえ籍を送ったら、

ても何処に居ては事面倒だから、至急前橋か高崎まで下るが、貴公此の女を見捨てずに生涯女房にして遣んなさい……

修善寺

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是から流行って来ようと云う端緒でございました。熱海、修善寺、箱根などは古い温泉場でございますが、近年は流行いたして、また塩原の

行道山

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に妙な唄で。偖、足利の町から三十一町、行道山の方へ参ります道に江川村と云う所が有ります。此処に奧木佐

駿河台

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やま「はい此方さまは駿河台のソレ胸突坂に入らっしゃった殿様のお二方目のお嬢さまでございます」

佐賀町

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いやさ千円取ったって僕が取切る訳じゃアない、一旦佐賀町の岩延方へ渡し、此者がまた貴公の処へ嫁す時に、

小石川

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はお尋ね申すことも出来ませんで……左様で、小石川へ入らしったと承わりました……お岩様誠に貴方いつもお変りもなく

あって、申すにも申されぬことがございまして、小石川へお引込になって、何も彼も御存じでありましょうが、此の節の

吾妻山

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幽かに右の方は五段田の山続き、左は吾妻山、向うは草津から四万の筆山、中を流るゝ山田川の水勢は急でございまして

筑波

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から立つ事が出来ません、其の中に彼の辺は筑波は近し、赤城山へも左のみ遠くありませんから、ガラ/\/\と

伊香保神社

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が、其の頃はそう云う処はありませんから、まず伊香保神社へ行くより外に道はございません。石坂を上って行くと二軒茶屋

箱根

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流行って来ようと云う端緒でございました。熱海、修善寺、箱根などは古い温泉場でございますが、近年は流行いたして、また塩原の温泉が

身体、まだ年が三十七と云うので盛んでございまする。箱根へ湯治に行ったが面白くない、今度は伊香保へ行って見よう、一人では

ていらっしゃいますが、今度は伊香保へ来たいと仰しゃって、箱根へ往らしったり何かなさいますけれども、箱根のお湯は遊山には宜しゅう

仰しゃって、箱根へ往らしったり何かなさいますけれども、箱根のお湯は遊山には宜しゅうございますが、お血の道には当地の方が

古河

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幸「手塚屋は古河の在手塚村の者が出て売始め、今では上等の菓子屋に成っ

塩原

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は古い温泉場でございますが、近年は流行いたして、また塩原の温泉が出来、或は湯河原でございますの、又は上州に名高い草津の温泉

栄町

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くの「おや、おいでなさいまし……お父さま、栄町の三八さまがおいでなさいましたよ」

と善い人だけに逆せ上り、ずぶ濡れたるまゝ栄町の宅へ帰り、何うやら斯うやら身体を洗い、着物を着替えたが、袂

中親父を頼みます、宜いかえ、私は是から一旦栄町へ帰って直に立つ積りだ」

くの「はい、貴方が横浜から帰って来たらば、ちょっくら栄町の家を訪ねますから」

の茂之助もまア御縁があって、あんたを前橋から呼ばって栄町に世帯を持たせて置いた事は聞いて居ましたけれども、男の

て軽躁な事がありはすめえかと心配して、栄町へ参りましたら栄町の世帯は仕舞って、太田の方へ行ったてえから、

ありはすめえかと心配して、栄町へ参りましたら栄町の世帯は仕舞って、太田の方へ行ったてえから、気になってなん

内儀さんも在って、手前は家に置かれないからと栄町へ裏店同様な所へ世帯を持たして、何だか雇い婆とも妾とも

幸「へい栄町の変な処を這入って桐生の方へ参る道でございますよ」

赤城山

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出来ません、其の中に彼の辺は筑波は近し、赤城山へも左のみ遠くありませんから、ガラ/\/\と雷が烈しく鳴って

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関宿へ着きますと荷物が這入るので余程手間がかゝり、堺へ参りますと此処にて乗替え、栗橋へ参り、旭が昇って川に映り、

両国

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とチョコ/\と来た者は妙な男で、もと東京の向両国の軍※屋の重吉と云う、体躯の小さい人でございます。身の丈は二尺五寸し

前橋

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のあるもので、情夫ゆえに借金が出来て、仕方なしに前橋へ住替えて来ましたが、当人は何時までも田舎に居るのは厭

市の立ちまする処へ往って売るのでございますが、前橋は県庁がたちまして、大分繁昌でございまして、只今は猶盛んで

一役で、悉皆出来た処で此品を持ち、高崎や前橋の六斎市の立ちまする処へ往って売るのでございますが、前橋

をでれすけ呼わりをしてえやアがる、罰当り奴、前橋の藤本で手を合せて、私を請出して素人にしておくんなさる

、此様な田舎へ出稼するような身になって、前橋に居た時にもお前さんに逢いたいばかりで、厭だけれども茂之助

たき「大丈夫だよ、お前が前橋へ来た時には私は貧乏して居たが、縁と云うもの

何うも実に不実な女だぜ、己に済むけえ、前橋に居た時に何卒して東京へ帰りたい、何時までも此処に芸者

私は素よりお前さんに惚れて来たんじゃア無いよ、前橋のような知りもしない処へ芸者に往って、逢う人も/\

、私が良人の茂之助もまア御縁があって、あんたを前橋から呼ばって栄町に世帯を持たせて置いた事は聞いて居ました

をしたてえ訳じゃアありませんが、今の松さんが前橋へ来なすったが、私も東京に居た時分からねえ馴染のお方

貴方には初めてお目にかゝりましたが、茂之助さんは前橋の六斎の市のたんびにお出でなすったが、お前さんという立派

かゝしたな、足利ばかりの耻ッかきじゃアねえぞ前橋の友達までに耻をかいて居るぞ、畜生め、此の位の事は

だよ……芝居と云えば何じゃアないか、前橋へ東京の芝居が来て居るって」

重「亭主は前橋へ往って居りませんから私が代りに出たので」

重「前橋へ往って居ないと申しますのに」

岡山「前橋へ往った……帰るまで待とう」

まして、中乗りが三人ぐらい居まして、忽ちに前橋まで此の筏が下りて参りますが、中々容易なものでは有りませ

、水中へ陥るような事が毎度ありますが、山田川から前橋まで漕出す賃金は稍く金二円五十銭ぐらいのもので、長い楫

此家の三階の角座敷に来て居りますのは前橋の商人で、桑原治平と云う男で、年齢四十五に相成り、早く女房

治「銀行、ヘエー前橋にも支店が有りまして御懇意の方もありますが、ヘエー左様で

ますと、貴方のお身の上を承わりまするのに、彼は前橋の斯う云う身の上のお方だと承知致しまして、彼のお方なれ

治「オヤお構いなすってはいけません、私はヘヽ前橋の田舎者でございますから、東京のお菓子は大層結構で」

女「貴方は何でございますか、前橋の何と云う処で」

治「へえ/\手前は前橋竪町の商人桑原治平と申します」

治平殿貴方も心得てなすったので有ろうが、君も前橋では立派な商人じゃと云う事だが、実に此の上ない不品行な

今霄の中直に僕は此者を一旦連れ帰って、前橋から高崎まで下って、それから実家へ帰る積りだ、離縁のうえ籍を

にしても何処に居ては事面倒だから、至急前橋か高崎まで下るが、貴公此の女を見捨てずに生涯女房にして遣ん

な人は慥か旧猿若町の芸者で小瀧と云って、中頃前橋の藤本へ来て、芸者に出て居た小瀧さんだアね」

共によく見ろ、此のお子が七歳の時汝が前橋の藤本に抱えられて小瀧と云ってる時分、茂之助さんが大金を出して

で、小峯を桑原治平方へ世話をする事に決し、前橋竪町へ母お山もろともに縁付きました。此方は予て約束もありますから

福井

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、今零落れて此地へ来て居ると云うので、福井町に居ると云って時々遊びに来るから僕も酒を飲合って居る

瀧「まア私の一了簡にも往きませんから、福井町の店受の処へ往って松さんが遊んで居ますから、私

岡山

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連の客、一人は土岐様の藩中でございまして岡山五長太と云う士族さん、酒の上の悪い人、此の人は三十

岡山「誰も来ねえのか、これ/\」

岡山「なんだ化物か、アヽ何んだ」

岡山「何んだ、エ何んだ」

岡山「お手が鳴ったって、何んだ、ウン……亭主は居らんか

岡山「それで一つ眼なら全で化物だ、こんな山の中で猟人が

岡山「じゃア家内が居るだろう、家内を呼べ……これ先刻小峯に口をかけ

岡山「なに馴染だと、これ僕等は馴染でないから大病であるか、

岡山「挨拶だけという事があるか……」

岡山「愚弄いたすな、来なければ来んで宜い、此の方の酒食いたした代価

岡山「困るたって、何故べん/\と待たした、来るか/\と思って

岡山「それは出たから些とは食う、食ったけれども代は払わぬ

岡山「前橋へ往った……帰るまで待とう」

岡山「帰るまで泊って居る」

岡山「打ったがどうした、大きな頭を敲き込んで遣ろうと思って打っ

岡山「何がどうした、コレなんだ、化物見たいなものを遣

岡山「手前何んだ」

岡山「手前仲へ這入るなら僕らの顔を立てるのが仲裁の当前だ」

岡山「そんな不具者の顔を立てんでも宜い、拙者どもは芸妓小峯を

岡山「コレ甚だ失敬な事申すな」

と市四郎の胸倉を捉った岡山の手を握ると市四郎は大力でありますから。

と逆に取って岡山の胸をポーンと突くとコロ/\/\/\ッと彼のどうも

岡山五長太と桑原治平の二人がゴロ/\落る騒ぎに、一人奥に

宇都宮

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ますから、そんなら田舎の奉公をしようと申しまして、宇都宮へ参りますと、私は兄に欺されまして置去になりました

由「どうしてお妹御を宇都宮へ置去に、何ですか宿屋かえ」

た処が、此家の關善さんが日光からお帰りに宇都宮へお泊りで、段々様子をお聞きなすって、気の毒な事と御親切

女「段々聞きますと宇都宮で娼妓をするだけの証文を貼って、アノお前も得心の上で証文

りゅう「私も宇都宮で少し失策を組んだから此方へ来たんだがね、此の鈴木屋

千葉

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が分りません。此の後明治十一年七月十日、千葉県下下総国野田宿なる太田屋という宿屋へ泊り合せて、図らずも橋本

佐賀

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公然離縁をするンじゃに依って、此者が実兄深川佐賀町の岩延という者の処へ、千円の持参金に箪笥長持衣類

いやさ千円取ったって僕が取切る訳じゃアない、一旦佐賀町の岩延方へ渡し、此者がまた貴公の処へ嫁す時

高「あの、深川佐賀町二十二番地で岩延傳衞と申します」

深川

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の方もありますが、ヘエー左様でございますか、成程深川でいらっしゃいますかお実家は」

日々に疎しとやらで、漸々忘れてしまいましたが、深川の方に少々身寄が有りますので」

女「はい子供はございません、親類が深川に居りまして、これが銀行へ出ますので、私は其の方へ引取ら

なく公然離縁をするンじゃに依って、此者が実兄深川佐賀町の岩延という者の処へ、千円の持参金に箪笥長持

見捨てられても治平さんの処は出ません、私は深川の宅へ帰れば、直に貴方の方へ手紙を出しますから、きっと

治「深川の何う云うお宅か、ちょっとお書付を願いたいもので」

高「あの、深川佐賀町二十二番地で岩延傳衞と申します」

東京

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、当人は何時までも田舎に居るのは厭で、早く東京へ帰りたいと思うとお金が欲しくなって来ます。すると、誰で

すると此の藤本の抱えで、小瀧と云う芸者は、もと東京浅草猿若町に居りまして、大層お客を取りました芸者で、まだ年は

私の身の上も何うか成るだろうと云うと、此方は素より東京の芸妓と云うのを当込んで掛りましたのだから、ついした

駿河台あたりの士族で、まだ若え男だが、お瀧が東京の猿若町で芸者を為て居た時分に贔屓に成った人で、今

茂「なに彼は東京の駿河台あたりの士族で、まだ若え男だが、お瀧が東京の猿若町

ますから、誰か解るものを頼んで、体能く彼を東京へ帰すとか、又は他へ縁付けるとかして、話合いで別れなえ

は淋しくって夫婦差向いで酒を飲んでも面白くないが、東京の人の云う事は面白いから松さんを呼んで来なと云って、

茂「お瀧、己は東京へ金策に往って事に寄ると横浜へ廻って来る」

松「宜い塩梅に僕の手に這入ったが、家主ア東京へ往ったじゃアねえか」

能く来たね、何ね少しお金の出来る事が有って東京へ往ったんだが、一体才覚の無い人だから出来る気遣は無いよ

東京でも他県でも色恋の道では随分自分の身を果します、間男

、己に済むけえ、前橋に居た時に何卒して東京へ帰りたい、何時までも此処に芸者をして居ても堅くして

松さんに逢ったんだが、彼の人は私が東京に居た時分からの馴染だが、お金が無くって気儘に成れないから

、今の松さんが前橋へ来なすったが、私も東京に居た時分からねえ馴染のお方で、恩になった事もあり

…お懐しい東京の方を見ると、思い出して、東京のようすも大層違ったろうと思いますが、浅草の観音様は相変らず

が漸く此の頃は馴れて参りました……お懐しい東京の方を見ると、思い出して、東京のようすも大層違ったろうと思います

なぞの世話をする人が在って、其の人に道具を東京で買ってもらい、此処へ茶見世を出して居りますのも、大家さん

女「有難うございます、どんなに悦ぶか知れません、東京の知った方がお出でになると帰りたいと涙ぐんで話すので、

て居ますぜ、初め私が話をして、彼れは東京の方だが、お家は川口町てえんで」

……芝居と云えば何じゃアないか、前橋へ東京の芝居が来て居るって」

もんではありません……へえー藤村ので、東京から来るお菓子で、へえ」

とチョコ/\と来た者は妙な男で、もと東京の向両国の軍※屋の重吉と云う、体躯の小さい人でございます

前に付きまして、其の他葡萄酒の壜が這入り、又東京から持って参った風月堂の菓子なども這入り、すっぱり支度をして四万

参りますので、四万の方へ行くと銭もかゝって東京のお客様がえらいというので、大概山口へ来て這入る、此処が廿

、斯ういう処に燻らして置くからいけねえが、これが東京の水で洗って垢が抜けた時分に、南部の藍万の袷を

どうだとかいう話ばかりして居るので面白いわけで東京の人は居ないから話はない、隅の方へ往って湯のはね

て這入るのです、心配なし、気が詰らず、残らず東京の人なし、皆田舎の人ばかりで髷があります、男ばかり、女

、何だろうか、薄く切ったものが並んであるが、東京の者と見て気取りやがったんだ、何だかこれを一つ食っ

由「皿に切ってありますが、これは東京で云えば鯛の浜焼が付くとか何とか云うので、何も

此処は大層香の物を貴むてえから、奈良漬を出すのは東京の者へ対しての天狗なんだよ」

売っても詰らねえから……申し旦那、これを買って東京へ土産に持って帰って、是は四万の名物首痛枕とか何

由「えゝ旦那唯今見た女は何うしても東京の言葉で、女は滅法好くって、旅出稼と云って湯治をしながら

由「有りません、東京を立って伊香保へ来て、伊香保から此方へ来るまでにありません、

と云うのでね、旦那が大変心配ですが、貴方は東京ですね」

女「はい東京でございます」

幸「姉さん東京は何処、私共も東京で」

幸「姉さん東京は何処、私共も東京で」

にお懐かしくって、つい何うもお座敷へ参りましても、東京のお方だと、種々御様子を承わりとうございますから、遂々長く居り

女「はい、東京のお方と見ますと誠にお懐かしくって、つい何うもお座敷へ参り

ます、湯治場は一体親類殖しの処で、貴方は東京は何方で、何か訳があるのでしょう、えゝ秘したっていけません、

由「こりゃアそうでげしょう、伊香保でも、東京は違いはしませんか、観音様は矢張彼処にありますかッて聞い

豪農や豪商があるのだからと申しまして、私も東京に居りまして知る人に顔を見られるも、恥かしゅう存じますから、そん

幸「それはどうも、で其の東京にお兄いさんが逃げてしまっても、お母様がお在なさるか、お母様

は申しませんから、どうか内聞になすって下さいまし、東京のお方で御親切に仰しゃって下さいまして、お懐かしいから迂濶り申し

が關善へ話をして五十円の金を出したら、東京へ連れて帰ってお母様に会わせる事も出来ましょう」

身の上だけはお母様にお逢わせ申しますが、お母様は矢張東京にお在でございますか」

じゃアねえか、からかっちゃアいけねえぜ、東京者だって東京ばかりの車を挽くんじゃアねえ、此地え来て渋川で一円に

の車を頼もうじゃアねえか、からかっちゃアいけねえぜ、東京者だって東京ばかりの車を挽くんじゃアねえ、此地え来て渋川

ませんか、あなた五十両で彼の女を身請して東京へ連れて往けば、お母さんが嘸お悦びなさいましょう、さっそく貴方の御新造に

も危え身の上だが、渋川へ来て車夫になって、東京の客を当込んで、車引の峯松と是まで化けて居るのも、

幸「あゝ案外つまらん目に遭った、併し東京に帰るに付いて他に土産もないから」

へ立たせてしまい、自分はずう/\しくも請出され、東京へ来て橋本幸三郎の妾となって橋場に囲われて居りました。

実に見る事は出来ませんよ、灯台下暗しで、東京の近処で彼様な変ったお祭の有る事を是まで些とも知らず

一晩船の中では何うで寝られませんな、東京からスイと来て上州の川俣村まで往くにゃア随分退屈は退屈でげす

さん其の包みを脊負っておいでよ…貴方方は東京でいらっしゃいますか」

由「えゝ東京で」

女「東京のお方と聞くとお懐かしゅうございますこと」

由「貴方も東京でございますか」

に成って居りまして、時々博覧会や何か有りますと東京へ参りますが、上野はまた別でございますね」

女「是までの東京の玉屋鍵屋などで拵える仕掛とは違いまして、ポッポと赤い火や青い

女「貴方も東京のお方で」

はお慈悲深いもんだから五十円で身の代をくぎって、東京へ連れて来て権妻になすって、目を掛けておやんなすったが

幸「私が東京へ連れて来ると芝居を観るのも厭だ、物見遊山は嫌いだ、

瀧という女を正直者だと思召して、田舎から東京へ連れて来て、少しばかり雇人のようにしてお使いなすって居ら

まして、多分の金子を出して彼の身請を致し、東京へ連帰って私の妾にして、橋場の別荘へ置きました処

「いえ是は旦那さま、橋本さんの男の好いのは東京中の評判で大変なもんでげす、昨晩の段鼻の女などは此の

が、これも奇縁でございまして、改めて久留島修理殿が東京へ出て参り、橋本幸三郎の母に会って右の縁談を申入れると、

女からお礼が参りました。葡萄酒の瓶を三本に東京から来た菓子折を持って、

品は誠に詰らんものでございますが、此のお菓子は東京から参りましたから何卒召上って」

治「へえー東京の青山と申すと四谷の方でございますか」

いけません、私はヘヽ前橋の田舎者でございますから、東京のお菓子は大層結構で」

治「へえーなアる程……実は東京も盛んな処でげすが、また手堅い処へ参っては田舎の方が

、呆れて仕舞うたなア……僕が僅かに十日許り東京に参って居た留守の間に、隠し男を引入れるとは実に怪しから

貴公は何れの者か姓名をお聞き申したい、僕は東京青山信濃殿町三十六番地谷澤成瀬と申すものじゃが、貴公の姓名をお聞き

成「コレ高、己が五日か十日の間東京へ往ってる間に斯う云う密夫を引入れて、此の為体は何う云うもの

処で今此処に僕は千円の持合せがないし、東京へ帰っても至急才覚も出来んのじゃ、就ては貴公誠に迷惑じゃろう

か何だか知らねえが生かして、洋服などを着て東京近い此の伊香保へ来て居るとは、本当に呆れちまったな」

、御維新己来汝の行方ばかり捜して居たが、東京には居らんから、大方函館へでも行ったろうと他人さまが仰しゃった

に、お墓参りでも為た事があるかと、偶に東京へ出てお寺へ往って、これ/\のもので年頃はこれ/

浅草

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と此の藤本の抱えで、小瀧と云う芸者は、もと東京浅草猿若町に居りまして、大層お客を取りました芸者で、まだ年は二十一

思い出して、東京のようすも大層違ったろうと思いますが、浅草の観音様は相変らず彼処にありましょうねえ」

明治八年九月四日午前一時頃我等別荘浅草区橋場町一丁目十三番地留守居の者共夫々取締致し打伏し居り候処

品川

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先達ては伊香保でと云うので、麻布の人が品川、品川の人が根岸へ来て段々縁が繋がり、お前さんの処へ娘を

見ると先達ては伊香保でと云うので、麻布の人が品川、品川の人が根岸へ来て段々縁が繋がり、お前さんの処へ

上野

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是から楊枝を遣い始めようとすると、ゴーンと云うのが上野の午刻だから今の十二時で何う云う訳か楊枝が四本あります

、時々博覧会や何か有りますと東京へ参りますが、上野はまた別でございますね」

致しますので、それから何でございますね、弁天から上野の辺が誠に綺麗に成りましたこと、それに松源鳥八十などと

と、私が元三の倉に居た時分、御領主小栗上野さまのお妾腹のお嬢さまと分ったので、私も旧弊なア人間だ

新富町

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女「貴方は新富町へいらっしゃいましたか」

館林

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ねえって貴方の事ばかり云ってますぜ……どうせ館林へ出て足利まで往くのなら、瑞穂野へは通り道で遠くもねえから

京橋

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京橋霊岸島川口町四十八番地