火の柱 / 木下尚江
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のぢやなくてよ――けれど私の楽は日曜に、青山の母の墓に参詣して、其れから永阪の教会へ行つて、母の
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神田美土代町なる青年会館の門前には、黒山の如き群集の喧々囂々たるを見る、
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一時だ」と阪井は時計を手にしながら「是れから淀橋まで歩るくのか」
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上野なる東照宮の境内を遠近話しながら歩を移す山木のお加女と梅子、
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只た一人の伯母がある、今でも訪ふ人なき秩父の山中に孤独で居る、世の中は不人情なものだと断念して何して
秩父の雪の山颪、身を切るばかりにして、戸々に燃ゆる夕食の火影の
「私に一人の伯母があるのです、世を厭うて秩父の山奥に孤独して居ります、今年既に七十を越して、尚ほ钁鑠と
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片膝起てつ「ぢや、梅子、私は明朝一番※車で九州まで行つて来るから――是れも皆な篠田の仕業だ、坑夫共を煽動
「閣下、実は旧冬から九州へ出掛けましたので――或は新聞上で御覧になりましたことかと
今回炭山の坑夫同盟でも明かでは御座りませぬか、九州の方へは菱川だとか何だとか云ふ二三人の書生を遣つ
花園を犯すことは出来ません、――此頃父が九州からの帰途で、伊藤侯と同車したとやらで、侯爵が媒酌人になら
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所では無いでせうか、是れは神の殿がエルサレムでも無く、羅馬でもなく、永阪でもなく青山でも、本郷でも
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で闇打を食はせる、憲兵が遣つて来るワ、高崎から鎮台が押し寄せるワ、到頭長左衛門様は鉄砲に当つて、彼したこと
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ことです、一言に尽したならば、兼吉の如きは新式江戸ツ子とでも言ひませうか」
、全で薬と御祈祷で育てられた躯だ――江戸の住居も最早お止めよ、江戸は塵と埃の中だと云ふぢや無いか
育てられた躯だ――江戸の住居も最早お止めよ、江戸は塵と埃の中だと云ふぢや無いか、其様中に居る人間に
「だから、江戸の様なせゝこましい所で、無駄な苦労せずに、早く先祖代々
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に彼奴、教会を放逐された後は、何でも駿河台のニコライなどへ出入するとか申すので、警視庁でも、露西亜の探偵
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都会の紅塵を離れ、隅田の青流に枕める橋場の里、数寄を凝らせる大洞利八が別荘の
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突然の新談緒に「藤野さんテ、彼の華厳滝でお死なすつた操さんですか」
です、藤野の生命は其時既に奪はれたのです、華厳滝へ投げたのは、空蝉の如き冷たき藤野の屍骸です、去れど姉さん、貴
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のぢやない、――兼てお前は別家させる横で、小石川の地所も公債の二万円と云ふものも、既にお前の名義に書き換へ
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から、何卒天晴な婿を取らせたいと思ふんで、松島は少こし年を取過ぎて且つは後妻と云ふのだから、梅には
「近来又た海軍の松島を捕獲したツてぢやないか」「花吉の凄腕真に驚くべしだ」「
―其れで一週間程で帰る積だから、其間に松島との縁談、能く考へて置いて呉れ、私は決してお前の利益にならぬ
薩州出身で未来の海軍大臣とまで望を属されて居る松島だから、梅子別段不足もあるまいぢや無いか――モー九時過ぎた、
大佐の目遣ひに気つきたる侯爵「や、松島、爰に居る山木は君の舅さうぢやナ、――先頃誰やらが来
、戦争の門出に祝言するなど云ふことあるぢやないか、松島も久しい鰥暮ぢや、可哀さうぢやに早くして遣れ――それに一体、
んぞ」と侯爵は得意満面に松島を見やりつ「然かし松島、才色兼備の花嫁を周旋する以上は、チト品行を慎まんぢや困まるぞ、此
ひながら、お前の御自慢の梅子さんも、到頭海軍の松島の所へ行くことになつたと言ひますからネ、私は断然之を打ち消し
「フム其りや始めて承はる」と、松島は満面軽蔑の気を溢らしつ「何時結婚なされた」
炎々たる情火に松島は、気狂ひ、心悶えて眼さへに眩くなれり、
「名誉ツ?」梅子は突つ立てるまゝ、松島を睨めり、「名誉とは何事です、誰の名誉に関はるのです、
「ハ、尤も松島の負傷に就ては、少こし事情もある様に御座りまするが――」
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今しも闇を衝いて轟々と還へり来れるは、新宿よりか両国よりか、一見空車かと思はるゝ中より、ヤガて降り来れる二個の黒影、合々
日露両国の間、風雲転た急を告ぐるに連れて、梅子の頭上には結婚の回答を促がすの
……彼の主戦論者の声言する所を聞くに日露両国の衝突は、自由と擅制との衝突にして、又た文明と野蛮との衝突……と云ふ
、露西亜の社会民主党へ贈りなさる文章に相違無い――両国の侵略主義者が嫉妬猜忌して兵火に訴へようとする場合に、我々同意者は相
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傾けて考一考すれば、アヽ我ながら忘れてけり、昨夜芝公園は山木紳商の奥室に於て、機敏豪放を以て其名を知られ
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瞑目せる梅子の心中には、今日しも上野公園にて、図らずも邂逅せる篠田の面影明々と見ゆるなり、再昨年の
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今しも一輌の馬車は、揚々として霞門より日比谷公園へぞ入り来る、ドツかと反り返へりたる車上の主公は、年歯疾く
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「ツイ失念致し居りまして御座りまするが、京都育児慈善会から貴方へ厚く御礼申上げ呉れる様にと精々申して参りました
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―ぢやない其の卑劣を痛罵したくなるンだ、特に近来仙台阪の中腹に三菱の奴が、婿の松方何とか云ふ奴の為
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社会の不具者です、渡辺の老女さんは、旦那様が鹿児島の戦争で討死をなされた後は、賃機織つて一人の御子息
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剛一は千葉地方へ遠足に赴きて二三日、顔を見せざるなり、雨蕭々とし
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も検事の起訴する所となり、同じき三十日を以て東京地方裁判所に公判開廷せらるべきの通知到来するや、廿八日の夜、
離れず着いてやがつて、お前さん苦労でも、どうぞ東京で車を挽いててお呉れ、其れ程人夫になりたくば、私を
を見込んでの悪策だ、――歳暮ではあり、東京の用事も手を抜く訳にならぬけれど、今日も長文の電報で、
は額を撫でつ「探知致しましたる所では、近々東京に労働者等の大会を開いて、何か穏かならぬ運動を企てまする様子
をする、其ればかりでは駄目ぢやと申すので、近々東京に全国労働者の大会を開く計画する、何れも其の張本は彼の篠田で
せて、無智蒙昧な坑夫等を煽動させ、自分は東京に居て総ての作戦計画をして居るので御座りまする、皆な篠田
要求日に益々激烈を加へ、四月三日を以て東京市に第一回労働者大会議を開くべきこととはなりぬ、
大に煽動せにやならないのだ、然るに自分は東京に寝て居て、少しばかり新聞でお茶を濁してるんぢや無いか
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其の九日の夜、平民社演説会を神田の錦輝舘に開けり、出演せるもの社内よりは幸徳、堺、
「ハ、神田の青年館と申すで、非戦論の演説会を」
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四月の廿一日堺兄は幼児を病妻に托して巣鴨の獄に赴けり、而して余は自ら「火の柱」の印刷校正に
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「剛情な男だナ、ソレ、此の春上野の慈善音楽会でピアノを弾いた佳人が有つたらう、左様サ、質素な風
姉さん、今春でしたがネ、僕は学校の運動場で、上野の森を見下しながら、藤野と話したことがありますよ」
労働者の大会準備の為めに、今宵しも上野鶯渓なる鍛工組合事務所の楼上に組合員臨時会開かれんとするなり、
「いゝえ、お嬢様、上野浅草へ行しやるのを、心配とも何とも思ひは致しません
私初めてお見受け申すので御座いますよ、是れはお嬢様、上野浅草は託で、大洞様の御別荘が目的に相違御座いません、今夜
上野なる東照宮の境内を遠近話しながら歩を移す山木のお加女と梅子、
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歳、旦那様に三ツ上の婆アで御座います、決して新橋あたりへ行らつしやるなと嫉妬などは焼きませんから」
何程の苦労だつたとも知れたもんぢやない、チヨツ、新橋の花吉が一人で出来たとでも思ふのか、オイ花吉、此の生命
半夜のお月様をして面を掩はしめたり、新橋両畔の美形雲の如き間に立ちて、独り嬌名を専らにせる新春野
居るが、別嬪の方はツイ此頃だ、何でも新橋あたりの芸妓あがりだツてことだ」
よ、何処の流行かと思へば、貴嬢、皆な新橋辺のぢやありませんか――婦人は矢張り日本風の温柔いのが
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―二重外套と吾妻コウト――は石像の如くして銀座の方へ、立ち去れり、チヨツと舌打ちつゝ元の車台へ腰を下ろしたる
銀座街頭の大時計、眠む気に響く、
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今しも闇を衝いて轟々と還へり来れるは、新宿よりか両国よりか、一見空車かと思はるゝ中より、ヤガて降り来れる
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さウ/\、クリスマスとか云ふのが済んだなら、大久保の慈愛館とやらへ行くやうにと、今朝もお話下ださい
「なあに、老女さん、花さんは夜が明けると大久保の慈愛館へお行でになるんだから、明日から、僕が又
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「品川々々」と呼ぶ駅夫の声と共に※車は停りぬ、
「オヽ、もう品川ぢや、浜子」と侯爵は少女の手を採りて急がしつ「今夜は杉田
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麹町は三番丁なる清風女学校には、今日しも新年親睦会、
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「いゝえ、お嬢様、上野浅草へ行しやるのを、心配とも何とも思ひは致しませんが
初めてお見受け申すので御座いますよ、是れはお嬢様、上野浅草は託で、大洞様の御別荘が目的に相違御座いません、今夜の
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たる馬丁の濁声、闇の裡より響く「吉田行も、大宮行も、今ま直と出ますよ」
するつてツたつてナ」と前車の御者は喚きつゝ、大宮行の馬車は国神宿に停車せり、
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ツてんで、近所合壁へ立派に依頼状を遺して、神田川で土左衛門よ」