つづれ烏羽玉 / 林不忘
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やら文次には考えがまとまらない。夢? 京の夢大阪の夢というが、すりゃこれがお江戸の夢だろうか。
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の押すな押すなを右に左に人をよけて、雷門からそのまま並木の通りへ出た。
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とならんで、つくり桜花や風鈴、さっき出た花車はもう駒形あたりを押していよう。木履の音、物売りの声、たいした人出だ。
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雲州、江州、遠州、なんかという強い乾分がそろっている。本堂から方丈へ
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いるがあれこそ国難の兆であろう――流言蜚語、豆州神奈川あたりの人は江戸へ逃げ込むし、気の早い江戸の町人は在方を指して
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そこはこっちも八丁堀お箱持ちの端くれ、決してむだに歩いてはいない。こぼれがあったらいつ
あそこから八丁堀までかなりある。で、帰り着いたころは夜もすっかりふけ渡っていた。
と、死に花らしいというから、文次と安、息せき切って八丁堀へかけつけた。来てみるともう医者が来ていて、すぐに草を
、表を乱打している。あけると、身拵厳重に八丁堀の役人がものものしく押し込んで来た。
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近江国犬上郡彦根藩三十五万石の城主、幕府の大老として今や飛ぶ鳥を落とす
近江国犬上郡彦根藩三十五万石の城主、幕府の大老として今や飛ぶ鳥を落とす
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豪放磊落な三樹が、終天の恨みをこめ軍駕籠で箱根を越えるときに詠じたもの、当時勤王の志士たちは争ってこれを口ずさんで
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「瑞安寺では顔役で、両国のびっこ捨、日本橋の伊勢とならんで鼎の足と立てられているこのわしだが、姿見井戸へ行っ
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藩の志士が一団二団と分かれて江戸に潜入し、佐久間町の岡田屋、馬喰町井筒嘉七、さては吉原大門前の平松などに変名変装で泊まり込ん
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在方を指して、家財道具を載んだ荷車が毎日のように日光街道、甲州街道をごろごろ、ごろごろ、いやもう、早鐘一つで誰も彼も飛び出す気だ
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、江戸に男女二人づれの押し込みが横行して、昨夜は本郷、今夜は芝といったふうに、ほとんど毎晩八百八町を荒しまわったが、先夜
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「湯島の家で俺がから鎧櫃を受け取った女郎みてえなお侍さんがねじ込んで来
酔っていた。一高一低、調子の定まらぬ足を湯島のほうへ運んでいる。どうやら妻恋坂の饗庭の邸、あるいは影屋敷
百人近い人数になった。それが夜明けへかけて、湯島の姿見の井戸へおのおの入口で黒い袋をもらっては保護を求めるような顔
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「佐渡の土さ。落とすとちりんとなくやつだよ」
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高橋多一郎が、薩摩の高崎猪太郎の手紙を読み上げているのだ。
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眼を動かした。護摩堂から笠神明へかけて、二十軒建ちならぶ江戸名物お福の茶屋、葦簾掛けの一つに、うれし野と染め抜いた小旗が
江戸の東北、向島浅草から谷中根岸へかけて寺が多い。その上どころの湯灌
御本丸へ大砲をぶっ放すことの、いや、それより先に江戸に大戦がおっぱじまるのと、寄るとさわると物騒な噂ばかり。
の兆であろう――流言蜚語、豆州神奈川あたりの人は江戸へ逃げ込むし、気の早い江戸の町人は在方を指して、家財道具を載んだ
、豆州神奈川あたりの人は江戸へ逃げ込むし、気の早い江戸の町人は在方を指して、家財道具を載んだ荷車が毎日のように日光街道、
江戸へ出て数年、陋巷にうずもれているあいだに、少壮の剣客篁守人も
その手前、こうつくづくと観じまするところ、御前、この者は江戸広しといえども、まず比類なき美人にござりましょうな」
そうだ、ここはきっと江戸ではないのだ。鎧櫃の中で自分が気を失っているあいだに、
三十余人とともに京師から護送されて、正月九日江戸着、目下は松山藩松平隠岐守の屋敷に預けられて評定所の糺問を受け
弱気になってちっと草鞋をはきてえと思うが、さて、江戸を離れるのは業腹だ。そこで当分この井戸のたまりで暮らすつもりだが、
水戸藩の志士が一団二団と分かれて江戸に潜入し、佐久間町の岡田屋、馬喰町井筒嘉七、さては吉原大門前の平松
。わりに気軽にことばが出て、すぐにこのころの江戸の民状へ話題が向いた。
先般来、江戸に男女二人づれの押し込みが横行して、昨夜は本郷、今夜は芝といっ
だから江戸へ持ち帰ったのちも、危険だというのでそこらへ試植することをせ
最期を遂げ、その子の守人が父の仇敵をねらって江戸へ出て来たときから、玄鶯院はわが子のように守人の世話
ころ、師範代をつとめていたのが遊佐銀二郎、それから江戸の両国で銀二郎は人魚の女のお蔦と同棲していたが、そこで
たのだ。あそこに倒れておるのがその仇敵だ。江戸の町人は侠気に富むと聞く。な、討たせてくれ。公儀へは追っ
いうまでもない。江戸中の大悪党の寄合い所といって、手枕舎里好がお蔦を連れ込んだ
「今江戸に出没して、幕吏を始め、町方の者を悩ましている烏羽玉組の根拠
たくもねえが、その風態では、いくら夜中でも、江戸の町あ歩けねえから、いいか、ここを出たら庭で三人いっしょに
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水戸藩の志士が一団二団と分かれて江戸に潜入し、佐久間町の岡田屋、馬喰町
組の跳躍、さては今いってきた大老様に対する水戸藩一派の策動などでいっぱいだった。考えれば考えるほど、このごろは人間がめだって
に終わって、邦之助はその十五、六人集まっていた水戸藩の人々を一人も発見することができなかった。
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妻恋坂影屋敷の鎧櫃の底で拾った小判を、神田の昌平橋ですり取られたいろは
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いよいよもってお江戸を離れている。本所の割り下水と今の自分とのあいだには、何十里、何百里の山河
「これから本所へ行きたいんですけれど――」
ああ、そうだ。確か名を篁守人――本所の玄鶯院宅方来居へ乗り込んだとき、玄関に寝ていたあの若い
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駒留橋から両国。
「瑞安寺では顔役で、両国のびっこ捨、日本橋の伊勢とならんで鼎の足と立てられているこのわしだが
「なあ安」文次は眠そうな声、「つい先ごろまで両国に人魚の見世物が出ていたなあ」
いいたくもなろうじゃねえか――それによ、お蔦がまだ両国で人魚に化けて小屋へ出ていたころから、てめえいやに熱心に通ったじゃあ
「お蔦が両国に出ていたころ、男があったといったっけなあ」
師範代をつとめていたのが遊佐銀二郎、それから江戸の両国で銀二郎は人魚の女のお蔦と同棲していたが、そこで守人はお蔦を見て、二
われてお蔦、暗黒を透かして見ると、守人を恋する前、両国に世帯をもって、子までなしたことのある水戸浪人の遊佐銀二郎!
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水戸の浪士篁守人である。
が彦根殿の首をほしがっておるそうじゃが、貴殿水戸ではあるまいな」
「水戸が彦根殿の首をほしがっておるそうじゃが、貴殿水戸ではある
水戸藩の志士が一団二団と分かれて江戸に潜入し、佐久間町の岡田屋
組の跳躍、さては今いってきた大老様に対する水戸藩一派の策動などでいっぱいだった。考えれば考えるほど、このごろは人間が
「へえ。何とかいう水戸っぽで」
「水戸っぽ?」
に終わって、邦之助はその十五、六人集まっていた水戸藩の人々を一人も発見することができなかった。
守人の父水戸の篁大学とは同学のあいだだったので、大学が何者かの
守人がまだ故郷の水戸で里見無念斎の道場に通っていたころ、師範代をつとめていた
づくのを待っていろいろきいてみたが、数寄屋橋詰めで水戸の篁守人にあってすれ違ったからおおかたそのときに附けられたのだろうと
、両国に世帯をもって、子までなしたことのある水戸浪人の遊佐銀二郎!
ああ此奴です! 此奴だ! 此奴だ! 此奴が水戸の篁守人、顔にも覚えがあるし、肩をしらべれば、傷の
とわかると、それは国表の水戸で、守人の父篁大学を斬った守人にとっては親の仇だ
近く、三月三日を期して、水戸の志士が桜田門外の井伊大老を要撃することは、文次にはわかって
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京師から護送されて、正月九日江戸着、目下は松山藩松平隠岐守の屋敷に預けられて評定所の糺問を受けているのだっ
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大関をはじめ神田お玉が池千葉周作先生の門弟が多いから、いずれも北辰一刀流の使い手がそろっている。
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ここは下谷、三味線堀。
へ届けられたんだが、そこから逃げて、今あ下谷の三味線堀の里好てえ野郎の家に隠れているんだ。あの女の
わけで、それから文次は、すぐに御免安兵衛を連れて下谷三味線堀のめっかち長屋、手枕舎里好の家へ出かけて行った。
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を辞してから、蘭医玄鶯院はしばらく曽遊の地長崎に再び自適の日を送ったことがある。そのとき、ある和蘭船の
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(例)浅草三社権現
、忘れたようにからりとあがった今日の十八日は、浅草三社権現のお祭、明日が蓑市、水茶屋の書き入れどきである。
今も昔もかわらないのが浅草のにぎわいだ。軒堤燈がすうっとならんで、つくり桜花や風鈴、さっき
江戸の東北、向島浅草から谷中根岸へかけて寺が多い。その上どころの湯灌場買いを一手
隔たった連雀町の通りに立って見送っていたのは、浅草からつけて来た仲間奴だが、車の上の鎧櫃にめざす女が
それにしても、浅草から駕籠を追っかけて来たあの仲間、ほんとにしつこいったらありゃあしない。だ
「はあ。浅草のお福の茶屋、うれし野のおきんと申す者でございます」
里好は用事でも思いだしたように立ち上がって、「これから浅草へ帰る気かね。わしゃもう米櫃がからだから一まわりして友だちをいたぶっ
井戸のたまりで暮らすつもりだが、あんたはここに残ろうと浅草へ帰ろうと、つれないようだが自儘にしてもらおうじゃないか」
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広小路を田原町へ出て蛇骨長屋。
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湯灌場買いを一手に引き受けて、ほっくりもうけているのが神田連雀町のお古屋津賀閑山。由緒ある者の果てであろうことは、
を残して逃げ出した。しかも女だてらに辻駕籠を飛ばして、神田連雀町の横丁で小器用に抜けやがった。
確かにあれは風呂のもどりのようだった。それに、神田で駕籠屋に聞いたところでは、神楽坂お箪笥町の南蔵院前まで
右へ向かって神田。
「私は、神田の津賀閑山の店から参りましたが、毎度お引き立てをこうむりまして
「ほい、まだ話さなかったか、きのうの暮れ方、神田連雀町の津賀閑山の下男久七てえのが――」
あれは神田連雀町津賀閑山の古道具店だったかしら?
「は」他の一人が答えている。「ただいま神田の津賀閑山より届けて参りました品、具足でもはいっていると
大関をはじめ神田お玉が池千葉周作先生の門弟が多いから、いずれも北辰一刀流の使い手がそろって
神田の親類に用たしに行った帰り、途に迷って悪者に襲われている
妻恋坂影屋敷の鎧櫃の底で拾った小判を、神田の昌平橋ですり取られたいろは屋文次、掏摸を追って三味線堀までくると
これは確かに自分の小判。もっともあの神田の津賀閑山の店で鎧櫃へひそんでから、まだ一度も財布をあらため
そろっているが、毎夜本堂に故買の市が立って、神田の閑山なんかが出張って来てうるさくて寝泊まりはできぬ」
「神田の閑山というのは、あの津賀――」
神田連雀町の裏、湯灌場買い津賀閑山の古道具店へ、一人の侍
「さようなこと聞く耳持たぬ。神田の閑山として多少は人に知られた貴様と暖簾のためを
。「お前がお蔦を見かけて、あとをつけて、神田の連雀町でまかれたってこたあ俺にあちゃんとわかってる。安、なぜいま
「なあに、そいつあ掏摸よ。おれあゆうべ神田の津賀閑山の店へ寄ってな、ちょうど脅迫に来ていた女
「するてえと何ですかえ、神田の津賀閑山も同類なんで?」
守人を、二組の尾行がもつれもつれて、こうして神田を出はずれて行った。
「おかげで閑山の店はめちゃめちゃだし、神田界隈は火事と聞いて大騒ぎをやってらあ」
、黙って里好について行くと、里好はあれから、神田明神下へ出て、深夜の妻恋坂を上って行った。
の家にはお蔦にとっていやな思い出がある。神田連雀町の閑山の家から、鎧櫃にはいって出て、飯たき久七の
新網の瑞安寺では掏摸の故買の市が立って、神田連雀町の湯灌場買い津賀閑山が、江戸中の掏摸のすって来
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江戸の東北、向島浅草から谷中根岸へかけて寺が多い。その上どころの湯灌場買いを
すぐに向島の自分の寮へ運ばせておいて、あとから行ってしっぽり楽しんでやろう
「あの鎧櫃をな、向島へひいて行ってくれ。具足が詰まっているから重いぞ」
申しましたと口上を述べてこれを置いて、それから向島へ行ってくれ。わかったかな」
は妻恋坂の旗下饗庭様のお邸へ、鎧櫃は向島関屋の里の自分の寮へ。
ところが、ゆうべ向島へ行って見ると、座敷の真中に花瓶が一つころがっているから、
鎧櫃を妻恋坂のお屋敷へ渡しちまって、花瓶を向島へ持って行ったという。
品物を反対に、鎧櫃を饗庭様へ、九谷の花瓶を向島関屋の里の主人の寮へ――。
「向島六阿弥陀の辻善六殿だ」
「向島の六阿弥陀道までのしてな、辻善六ってのを当たって来い
「何がってお前、向島まで、いもしねえ人を尋ねて行ったんだ。辻善六なんて名
「向島はどこへ行きなすったい」
中をいってえどこへ行って来たとおぼしめす? 向島六阿弥陀! いや全くのはなしでさあ。まったくの話」
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日本橋浮世小路。
名にしおう日本橋の大通りだ。
「瑞安寺では顔役で、両国のびっこ捨、日本橋の伊勢とならんで鼎の足と立てられているこのわしだが、姿見
近所の町医へ走り、ほかのひとりがいろは屋を呼びに日本橋浮世小路をさして駈け出した。
日本橋の浮世小路である。
「日本橋浮世小路、いろは寿司方――いろは屋文次、此奴ですな。今夜は一
影屋敷へはいって行った後、文次の心尽くしで、この日本橋浮世小路の文次の家、いろは寿司の二階へかつぎ込まれたのだった
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と鼎のわくような世のさま。今にも黒船が品川の海へ攻め寄せて来て御本丸へ大砲をぶっ放すことの、いや、それ
を荒しまわったが、先夜この男女の強盗が万願寺屋という品川の造り酒屋へはいって、大奥のお賄方から酒の代に下しおかれ
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が道楽であろう。服装だけはりゅうとして凝ったもの。蔵前の旦那みたいに気取り返って、雪駄を突っかけて出て行った。
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上野の森へかけて流れ星が一つ夜空をかすめた。
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近く、三月三日を期して、水戸の志士が桜田門外の井伊大老を要撃することは、文次にはわかっているが、彼
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隅田川木母寺梅若塚の大念仏は十五日で、この日はきまって雨が
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桜田御門外はさいかち河岸、大老井伊掃部頭様お上屋敷の奥深い一間である。