八月の霧島 / 吉田絃二郎
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八月の霧島
午後わたくしたちは韓国嶽に上ることにした。霧島第一の嶺である。栄之尾の湯の宿の直ぐ後から道は非常
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ゐた。桜島を背景とした薩摩潟の月は、須磨で見た月以上に落ちつきと、寂しさを持つてゐた。芭蕉がつひに
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去年遊んだ雲仙嶽が有明の海を隔てて車窓に迫つてゐた。山には雲がかかつてゐ
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四国の山であらうか、九州の山であらうか、縹緲たる煙波をへだてて波
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たちは熊本駅で下りた。その間の時間を利用して水前寺を見ることにした。
水前寺の水は、その水の量も二十年前のわたくしの記憶に比ぶれば
から店へと歩いて行つた。そしてそこではわたくしの水前寺に於ける暗い印象はすつかり改められてしまつた。人々はみな親切であつ
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がかかつてゐた。妻の叔母にあたる人がかつて、江戸を去つて天草に住んだことがあつた。わたくしたちはその不運な老人の
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急ぐ旅でもないので博多に下りることにした。
博多は夜の町である。
た。蒸すやうに暑かつた。それでもわたくしたちは博多の宿では三十分ぐらゐしか眠らなかつたし、ひどく疲れてゐたの
「昨夜博多で海月を食つたが、あれが悪かつたのかも知れぬ」などと
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熊本を出て間もなく汽車は阿蘇の高原地帯へかかるのであつた。老杉の並木と、輝く煙草の畑が
はまた昨日から病んだ。今日は一里半ばかり離れた阿蘇の病院から馬に乗つた若い医師が見えた。若い医師は去年都会地から
乗つた若い医師が見えた。若い医師は去年都会地から阿蘇の高原地に移つて来たといふことであつた。家が山間に遠く
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四国の山であらうか、九州の山であらうか、縹緲たる煙波をへだてて波の上に横たはつて
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夜の十二時幾分の汽車で鹿児島に立たなければならぬので、わたくしたちは早く寝ることにしたが
た。殊に球磨川に沿うて千七百尺の矢岳を越えて、鹿児島に入るまでは幾十といふトンネルをくぐらなければならなかつたのであつ
鹿児島行きの汽車は殆んど満員であつた。蒸すやうに暑かつた。それで
翌日の午後わたくしたちは鹿児島に立たなければならなかつたが、わたくしは再び大波の池を訪ねて
思ひながらわたくしは桜島を眺めてゐた。海に沿うて鹿児島の街の燈が明滅するのを見た刹那、ほんたうに遠い旅をつづけ
山下の薩摩屋の別荘まで行く間にわたくしたちは夜の鹿児島の町を見た。
鹿児島の駅から山下の薩摩屋の別荘まで行く間にわたくしたちは夜の鹿児島
鹿児島を出でて人吉に入り、さらに自動車を駆つて球磨川沿ひの林温泉
鹿児島に於いてわたくしは殊に人の心のあたたかさを感じた。熊本に於いて
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てしまつた。筑後川を渡つたことも知らず、熊本を過ぎたことも知らなかつた。殊に球磨川に沿うて千七百尺の矢岳
白石から汽車に乗つて、球磨川に沿うて熊本に行つた。
に於いてわたくしは殊に人の心のあたたかさを感じた。熊本に於いてもわたくしは美しい人々の心を感じた。
熊本を出て間もなく汽車は阿蘇の高原地帯へかかるのであつた。
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戦死した一薩摩隼人の守袋を見た。その中には京都滞陣中に井筒屋の或る子と馴染んだ手紙だの、その女の写真など
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東京への土産にと思つて博多人形をあさつて歩いたが、近ごろの
まで時間を延ばさうかとさへ思つた。旅といつては東京から箱根以西に出たことのない少年が、はじめて親の手から離れて
明礬湯だのをたづねてまはつた。そこは、到底東京近くの温泉地に見ることのできない原始的なものであつた。人々は