任侠二刀流 / 国枝史郎
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の団隊、それから金沢や大坂や、江戸や京都や名古屋から、入り込んで来た薬草採り――で、札の辻の浜路の酒場は
……まず真っ先に福島へ行く。さてそれから中仙道を、名古屋の方へでも行くとしよう」
「福島へ出て中仙道、名古屋の方へ行かれるそうで。麓までお見送りをして参りました。へい
朝、下山されたと申します! 福島から中仙道、名古屋へ参るそうでございます!」
を調え改めて、山影様の後を追い、福島から中仙道、名古屋であろうと江戸であろうと、山影様と逢うまでは、おさがしするつもりで
「福島から中仙道、名古屋の方へ行かれた筈だ」
やがて名古屋の入口にあたる、勝川の宿までやって来た。もうその時は夕暮れで
隠れ、じっと往来を窺った。十数人の人影が、名古屋の方へと歩いて行ったが、新規の事件の湧き起こる、その主人公の一群
名古屋へ進んで行く十数人の人影、いずれも女で黒ずくめ、闇の申し
やがて一行名古屋へはいった。
をお紋といい、何か重大な使命を帯びて、名古屋へ入り込んだということと、その名古屋には常州水戸の、鷺衆という
使命を帯びて、名古屋へ入り込んだということと、その名古屋には常州水戸の、鷺衆という団体が、お絹という女を頭領
この人は誰? 尾張宗春! 六十一万九千五百石、尾張名古屋の城主である。何故じいいっと見入っているのか? 精巧な望遠鏡に
島津家で名高い女忍び衆、烏組の連中が続々と、名古屋へ入り込んだということだが、もうチョッカイを出しはじめたと見える。ははあ、
「町には騒がしくていられまい、こう思って私は名古屋へ来ると、この森を住居にしたんだが、どうもここにも
はこれは珍らしい、意外の所で逢ったものだ。いつ名古屋へやって来たな? が、それはどうでもよい。私もこの
騒がしいのでな。だが来て見て後悔した。名古屋はもっとやかましい。当然といえば当然だが、安眠の場所さえないのでなあ
手利きでございます。木曽の御岳からお下りになり、名古屋に来た筈でございます。どうぞお願いでございます、お目付けなすってくださいまし
れた筈、お仙さんの云うことに嘘がないなら、名古屋へ入り込んでいるらしい。是非邂逅ってみたいものだ。……それはとにかく慣らされ
いう奴だ! 御岳産まれの女だが、今は名古屋の桑名町にいる。そうさそこの旅籠にな! あいつをかっ攫って来よう
「何んのために名古屋へ来たんだろう?」
出した。「お前さんが特別の任務を帯びて、この名古屋へ入り込んだように、俺も特別の任務を帯びて、御岳へ入り込んだ
取りかかったんだが、そのうちにわかに道人めが、この名古屋へ来てしまったのだ。そこでそいつを追っかけて俺もこの地へやっ
俺の思うに山影めも、薬草道人の後を追い、名古屋へ来たに相違ない。山影が名古屋へ来たからには、初心の娘
の後を追い、名古屋へ来たに相違ない。山影が名古屋へ来たからには、初心の娘の一本気から、浜路も名古屋へ来
たからには、初心の娘の一本気から、浜路も名古屋へ来ただろうと、こう見当をつけていたところ、案の定来ていた
さて早朝のことであるが、その上名古屋の密林を、歩き廻っている武士があった。
たものか、轍の音が消えてしまった。……名古屋へ入り込んでから約一月、毎日毎日探し廻るのだが、行方が知れないと
んだが、やっぱりどうも目付からない。ひょっとかすると名古屋を見限り、他の土地へ行ったんじゃアあるまいかな?」
の鷺組は全滅だ。そこで島津の烏組が、名古屋の町中あばれ廻り、翼を伸ばすということになる。お気の毒さま、競争は
御岳を下りて中仙道を下り、名古屋の城下へ入り込んで以来、親子二人してここに宿り、日数を重ねた目的
純な乙女の恋心、宗三郎が道人の後を追い、名古屋へ行ったと知った時、浜路は遮二無二一人ででも、後を追おうと
やる事は出来なかった。そこで自分が附き添って、共々名古屋へ来たのであったが、名古屋は広く且つ繁華、宗三郎のおり場所を
が附き添って、共々名古屋へ来たのであったが、名古屋は広く且つ繁華、宗三郎のおり場所を、さがし当てることは出来なかった。で、
ひょっとかすると宗三郎は、もう名古屋にはいないかも知れない。あきらめて江戸へ帰ったかも知れない。
――薬草道人を探しあてようと、名古屋へやって来た宗三郎である、薬草道人がいるからは、宗三郎も名古屋に
来た宗三郎である、薬草道人がいるからは、宗三郎も名古屋にいなければならない! で今日は浜路も仁右衛門も、いくらか心が
やったのだからなあ。……がそれにしても名古屋の城下へ、薩摩の太守島津大隅守、その一族の島津太郎丸が、こっそり住居
「で、名古屋へ入り込んだのだな」
かいうお侍さんに、恋い焦がれて御岳を出、この名古屋へ来たそうだが、それは大変いいことだよ。と云うのはこう
を利用した、間道があるに相違ない。名に負う名古屋の大城だ、いろいろに巧んだ間道が、四方八方にあるのだろう。よしひと
ちょうどこの頃のことである、名古屋の城の西丸の床下、そこに出来ている間道基口、そこへ飛び込んだ
久しい前からの天文だ。で、そいつを確かめようと、この名古屋へ入り込んだのではあるが、さて名古屋へはいって見て、一層天文が
確かめようと、この名古屋へ入り込んだのではあるが、さて名古屋へはいって見て、一層天文が凶相をとり、幸臣星が罔さを
ばかり、どうにも拙者には見当が付かぬ。あの上名古屋の密林で、偶然そなたをお助け致し、爾来そなたの乞いにまかせ、地下の
、一大謀反を起こそうとしている、ついてはその方名古屋へ参り宗春卿の行動を看視し、敵方の餌食にさせぬよう、―
口とは、あなたとご一緒に入り込みました、あの上名古屋の密林中にあった、出入り口のことでございますが――単身入り込んで
た際、一方ならず恩を受けたもの、どうして名古屋へ参ったか、どうしてあんな所からあんな場合に顔を出したか?
はあるがしたたか者。それに致してもあの女まで、この名古屋に来ているとは? そうしてあんな老人と一緒に、あんな水路に
「何んのためにお吉が名古屋へ来たか、これは見当が付かないにしても、あの時の姿
でござるが、まだ発見いたさぬ先に、道人様には名古屋下り、で拙者も後を追い、名古屋へ入り込んだというものでござる」
、道人様には名古屋下り、で拙者も後を追い、名古屋へ入り込んだというものでござる」
かな? それにさ幕府の天文方が、ヒョコヒョコこんな名古屋あたりへやって来るとは、不思議だなあ」やや怪訝そうに訊いたもので
「殿、私にとりましても、殿が名古屋などにおわそうとは、夢にも想像しませんでした」
「呆れたなア、この女は! でこの名古屋へはいつ来たのだ?」
刀、打ち振るに連れて白粉が散る。見る見る四方白濛々、名古屋へ一時に冬が来て、あたかも吹雪が立ちこめたようだが、これぞ鷺
取るが、しかし一番願わしいは、敵方の方で諦めて、名古屋を引き払って貰いたい、そうして国境いを出かかった時、一挙に攻めて鏖殺
にあたり、徳川を倒そうとした陰謀や、この太郎丸が名古屋の地に、入り込んでいるということを、既に宗春に知られた上に
俺と、……恋冥加というやつだなあ。……名古屋を落ちてさてどこへ?」
。……ところで陰謀の発頭人、島津太郎丸という器量人、名古屋の城下御器所の高台に、いまだに住居しているという……秘密を知っ
そこで太郎丸揶揄調子、「どうだどうだ、名古屋の城から、殺気が立ち昇ってはいないかな? これは、どうし
は宏大意味深長、人事百般にあて嵌まってござる。人事を名古屋に極限し、これを天界に引例した時、さようまさしく幸臣星、宗春
松火の火も遠ざかり、物音さえも静まって、名古屋の城下ひっそりとなった。と、今日の熱田辺で、ド、ド、ド
四方八方へ分かれてしまった。薬草道人とその連は、名古屋の城中にとどまっている。山影宗三郎一党は、蝮酒屋に籠もっている。島津
名古屋へ初冬が訪れて来た。
おっしゃいました。薬草道人というろくでもない隠者、今名古屋の城中にあり。政治向きの改良をしているそうだ。近来とみに士気も
始末になったんで。そのくせわっしアその女と、名古屋を立って東海道、江戸まで駈け落ちしようとね、話が出来かかっていたん
。「似ているなあ、そっくりだ。俺もその女と名古屋を売り、江戸へ行こうとしたものさ」
身分でございます。女役者ではありますが、その実名古屋の殿様には、敵にあたる島津太郎丸、その方の隠密でございました。
「うむ」と云うと尾張宗春、「名古屋をもって中心とし、大きく海を取り入れる」
「で妾は名古屋に止どまり、道人様のお心持ちを、伝道致したいのでございます」
「名古屋を去ってどこへ行くな?」
こと! 何と云っても心外である。しかしその代り名古屋を去る際、思うまま武威を示したことが、多少心を慰めてはいる。
「名古屋においては太郎丸殿、寇掠を逞しゅうなされたな」
を帯びて御岳へ入り、道人様をお探しし、名古屋へまでも入り込みましたもの、失礼ながら道人様には、甲斐の徳本様で
たことは云うまでもなく、宗三郎一行を援助した、名古屋の侠客弥五郎へは、特に水府お館から、感謝の辞を捧げたと
加わって以来、緊縮政策を断行したが、しかも益※名古屋をして、大きく繁栄に導いたのである。晩年に至っては神仙味
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薩摩の藩士伊集院五郎と、両国広小路の蛇使い、お仙との奇怪な話から、
鬢に面摺れがある。変装した武士に相違ない。薩摩の藩士伊集院五郎だ。
「考えて見りゃあ妾は馬鹿さ、伊集院なんて薩摩っぽに、けしかけられて来たんだからねえ。五十両の旅費だけふんだくり、
てしまって、一年も二年も帰らないなんて、あの薩摩っぽに嚇かされてみりゃあ、ついフラフラと本気にもなり、後を追う気
笠を脱いだ旅の者、薩摩の藩士伊集院五郎。
あったらもっとアクドク、眼を廻すほどひっ剥いでやれ。由来薩摩っぽはケチなものだ。五十両の小判、惜しかったろうなあ。アッハッハッハッいい気味だ
なあ。……がそれにしても名古屋の城下へ、薩摩の太守島津大隅守、その一族の島津太郎丸が、こっそり住居していると知っ
屯所へ連れて行き、そうさねえ少しは嬲る。それから薩摩へ帰してやろう。それにしても随分智恵がないねえ、こればっかりの隠身
どもそうそう長く国を離れてはおられない。一旦薩摩へ帰ることにしよう。が、一つだけ土産が欲しい。想いをかけた浜路
島津太郎丸の同勢で、数隻の大船に打ち乗って、薩摩を目差して帆走っていたが、忽ち颶風にぶつかったのである。
ままに振る舞うことが出来る。そこで悠々と構え込み、珍味は薩摩へ帰ってから! こんなことを考えているのであった。
「一切は薩摩へ帰ってからだ! 新たに計画することにしよう」
そこで今は何を置いても、早く薩摩へ帰りたいものと、それを願っているのであった。
は見えない、どっちも水だ。三隻ながら駸々と、薩摩へ向かって駛っている。
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「いや自己流、それこそ結構、習った馬術で関東の平野を、ダクダク歩かせても仕方ござらぬ。山骨嶮しい御岳山中を、自在
「せっかく従来取り入れられました、関東と関西の文物は?」
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「せっかく従来取り入れられました、関東と関西の文物は?」
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捕りの歌をうたいながら、小仏も越し、甲府も過ぎ、諏訪から木曽谷へ入り込んだ。
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考えてもこの騒動、チョロッカにかたが付きそうもねえ。名古屋市中を真っ赤に色どり、何んだか血の雨が降りそうだなア。……が
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だ! 御岳産まれの女だが、今は名古屋の桑名町にいる。そうさそこの旅籠にな! あいつをかっ攫って来よう!」
地下道へ入り込んだ日の、ちょうど夕方のことである、桑名町の旅籠、三升屋の二階、そこの上等の一室に、話し合っている
どうすることも出来なくなった。そこで止むを得ず桑名町の裏店、そこへ一時の隠れ家を構えた。
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「立兵庫にお襴、島原へ出したってヒケは取るめえ」
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「ここは人目にかかります、そうですねえ、浅間の社地で」
した。「こんな所へいつの間に? ここは浅間の社地じゃアないか! まるで幹様の執念が、妾をしょびいて来た
。アレ!」とばかりに声を上げた。樹木森々たる浅間の社地! ボーッと人魂が燃えたからである。が、よく見ると対に
恋と怨み浅間の社地
縁も所々破損んでいる。一対に並んだ常夜燈、すなわち浅間の社地であったが、早朝のことで人気なく、森閑として寂びて
いた。と幹之介不意に云った。「ああここは浅間の社地! いよいよ昔を思い出すなあ」
声をしぼった。「何んとか云ったね? 浅間の社地?」
」と驚いた志水幹之介。「いかにも社地だ! 浅間のな!」
――「明早朝浅間の社地で、こっそり逢いたい」という伝言であった。
。……そうですねえ何んとかして、この浅間の社地へでも、おびき出すことは出来まいかしら。ここまで連れ出したら大丈夫、後
「浅間の社地の附近には、妾達烏組の連中が腕によりをかけて
そうだ、いいことがある、焼き討ちを掛けながらこう云おう、浅間の社地で宗三郎さん、太郎丸の一味に囲まれている! あぶないあぶない、あぶない
「そこで妾があの娘を連れて、浅間の社地へ駈けつける」
「浅間の社地で宗三郎さん、太郎丸の一味に囲まれている! あぶないあぶない!
走り出したが、この頃七ツ寺の火事場を遁がれ、浅間の社地の方角へ、走って行く三人の女があった。八重梅と
にして、八重梅、浜路、お仙の三人、浅間の社地の方へ走って行く。
突然の火事、それに続いて、「山影宗三郎様、浅間の社地で、太郎丸の手の者に取り巻かれている! あぶないあぶない!」という
「ご案内しましょう、浅間の社地へ! こっちでございます、こっちでございます!」
たのは粗相であろうし、本当に山影宗三郎様は、浅間の社地で太郎丸の徒党に、取り囲まれているに相違ないと、確く信じて
まして浅間のその社地に、烏組の連中がトヤ駕籠を備え、待ち受けていようという
「早く早く浅間の社地へ! どうぞ山影宗三郎様、ご無事でおいでくださるよう!」こう
いよいよ行きついた浅間の社地! 見廻したが何んの人気もない。木立がすくすくと立って
蝮酒屋を焼いたのも、山影さんというお侍、浅間の社地でグルグルと、太郎丸一味に囲まれたと、火事の最中怒鳴ったの
「盲人、盲人、何んと思って、また浅間の社地へ来たな?」
出した。「何んと思ってお侍様には、浅間の社地へ参りましたかな?」
「私もおんなじでございますよ、怨みの土地の浅間で。それで迷ってやって来ました」
あの晩来なかったのだ? え、この社地へ、浅間の社地へ?」
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ジーッとすだく虫の声、萩の下辺から聞こえて来る。河東節は聞こえない。三味線の音も音を絶え
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府中の宿まで来た時である、男の足には叶うべくもなく、後
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裏手へ廻ると芝居小屋、櫓づくりの立派な建物、「妹背山」の看板が上がっている。
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「それはそうと、ねえお前さん、ほんとにあの人木曽へ行くの?」
ここ木曽の福島宿は、山村甚兵衛の預かる所、福島関の存在地、いわゆる日本の
「水戸家の家臣山影宗三郎、主命を帯びて木曽に向かう、その方万端世話するよう」こういう簡単な文面であった。
名聞嫌い、活き神様で世捨て人、いえ仙人でございます。木曽の代官山村様。八千石の威光を屈し、一度会いたいと礼を尽くし、お
んだ。巴御前や、山吹御前、勇婦を産んだ木曽だけに、いまだにこんな娘がいる。悪くないな、俺は好きだ」
しれない、キリッとしたいい男、江戸前で苦み走り、木曽なんかにゃあいそうもない、そういう立派なお武家様、姓は山影、名
のなら、江戸にいる気はなかったんだからねえ。木曽の山奥へ行ってしまって、一年も二年も帰らないなんて、あの薩摩
宗三郎用心をした。「小仏峠、さては甲府、または木曽の福島で、拙者に仇をしかけたは、貴殿を置いて他にはない
に聞きましたの。あなたが何かご用を持って、木曽へおでかけになったってね」
「主命を帯びて山影さん、木曽をさしておいでになる。いつ帰るとも解らない。旅費をやるから追っかけ
「旅用がなければ木曽へ行けず、木曽へ行けなければお逢い出来ず、あなたに済まないとは
「旅用がなければ木曽へ行けず、木曽へ行けなければお逢い出来ず、あなたに済まないとは思いましたが…
、そうではない、昔々には相違ないが、所は木曽の福島だ。そこにいたのさ。別嬪さんがね。小料理屋の娘で可愛かった
剣を取っては円明流、無双の手利きでございます。木曽の御岳からお下りになり、名古屋に来た筈でございます。どうぞお願い
さんなんかも、世放れがしていて不思議だったよ。木曽の御岳から来たんだそうだが、悪口ばかりを云っていたっけ
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地、いわゆる日本の裏門で、宵の口ではあったけれど、江戸とは異い人通りも少く、聞こえるものは水ばかり、すなわち木曽川の流れである
ぬ。と云うのは見当が付いてるからよ。……江戸を発って甲州路、府中の宿へかかった頃から、後になったり先
穿き袖無しを着、頭巾を冠った老人を旅装派手やかな江戸の武士が、手を引いて行く格好は、全く珍らしい見物である。
数百人の山窩の団隊、それから金沢や大坂や、江戸や京都や名古屋から、入り込んで来た薬草採り――で、札の辻の
。すなわち薬草道人様に、お目にかかってお話し致し、江戸までご同道願うのでござる」
「え、江戸まで? それは駄目です」
で。そういうお方でございます。それをどうして江戸などへ、お出向きなさることがございましょう。駄目な相談でございますよ」
のは、一口に云えば至極簡単、道人様を探し出し、江戸へお連れすることだ。ところがここに困ったことは、道人様のお
「随分来たねえ。山の中へ、江戸を離れて幾百里、ナーニそんなにも来やしない。だが幾日に
本当に妾としちゃあ、山影さんに逢えないのなら、江戸にいる気はなかったんだからねえ。木曽の山奥へ行ってしまって、
「そうよ」と浜路、卒直に、「江戸のお侍様がおいでになり、道人様をお探しし、お願い申して
表へなど参りますまい、また私にしてからが、江戸などへ行かせたくはございませんなあ」
、大変なのよ、もしどうあっても道人様が、江戸へおいでにならなければ、山影様は云うまでもなく、水戸様はじめ御三家
だと申しますこと、では御岳におられようと、江戸へおでかけになられようと、同じに人助けは出来ます筈、それに御岳に
永らく住まれ、功徳をお果しなさいました、今はかえって江戸へ出て行かれ、一層沢山の人達へ、施療投薬なされた方が
江戸から遙々追って来て、邂逅ってみれば死骸である。病気ではない切り死に
病気ではない切り死にだ。こういう憂き目に会うほどなら、江戸にいた方がよかったろう。
がいないのなら、生きていたって仕方がない。江戸へ帰って両国へ出て、蛇を使ってお鳥目を貰い、派手な肩衣
さん眼をあけて、お仙、命の恩人だぞよ、江戸へ帰って夫婦になろう! きっとおっしゃるに相違ない! ……水!
「それはそうとオイお仙、何んと思って江戸を立って、こんな山の中へ来たのだい?」すこし真面目に宗三郎
旅費をやるから追っかけて行け。とっ掴まえたら放すなよ。江戸へ無理にも連れ戻せ。こうおっしゃって五十両、おくんなすったのでございます
、俺に逢わせて色仕掛け、薬草道人を探し出す前に、江戸へ帰そうと計ったのだ。その手に乗るか、馬鹿な奴め!
……だがな、お仙、云って置くが、俺は江戸へは帰らないよ」
方が、身を隠して住んでおられる。その方を江戸までお連れする。ただそれだけだ、他にはない。で真っ先に知りたい
しれない。だがまたそう思ってもよさそうだな。江戸からはお前が追っかけて来る、萩原では浜路殿が好いてくれる、そうし
様は名門の娘ご、またお仙様は芸人でも、江戸で名高い女太夫、立派な方々でございます。それに比べるとこの妾は、
取られてしまう! それこそ泣くにも泣かれない。江戸から追って来た甲斐もない」
であったが、宗三郎の姿は目付からなかった。よもや江戸からお仙という、恋の競争者が追っかけて来て、恋人を横取りして
行かれたか、それとも御岳に愛想をつかし、江戸へ帰ってしまったか、想像の範囲は三つであった。
「おそらくご存知ではございますまい、江戸は両国の女太夫、大蛇使いの組紐のお仙、宗三郎様の後を追い、
山影様の後を追い、福島から中仙道、名古屋であろうと江戸であろうと、山影様と逢うまでは、おさがしするつもりでございます」
、妾が使えば穏なしくなり、自由自在に働きます。江戸は両国広小路、そこの名物大蛇使い、組紐のお仙の名古屋下り、往来側の
見せます、只で見せます。その代りお願いがございます。江戸は天下の副将軍、水戸お館のご家臣で、姓は山影名は宗さん
。妾を狂人にしないように、どうぞお願い致します。江戸を離れて山を越し、川を渡って幾十里、木曽山中へはいった事
近寄って来た。「妾はお絹と申しまして、江戸から来たものでございます。あなたが探しておいでになる、山影様と
、甲斐の徳本が御岳にいたら丁寧に守護して江戸へ入れよう。これが水戸家の魂胆で、使者の役目に立ったのが、
は、もう名古屋にはいないかも知れない。あきらめて江戸へ帰ったかも知れない。――などとこの頃では浜路も仁右衛門も、
「あれは江戸では見えなかった星だ」
たるや、その医聖甲斐の徳本を、大切に守護して江戸へ入れることで、そのため御岳へ参ったのでござるが、まだ発見いたさ
行って、宗三郎様をとっ捉まえ、色仕掛けでグニャグニャにし、江戸へ帰そうという約束かえ?」
二十五六の頃だ、大きな地震が起こったっけ、江戸が大半潰れてしまった……それについて面白い話がある」
「江戸の大半を潰した地震、あれは随分恐ろしかった。上流の方々も死なれた
の文章であった。すなわち日本の国が乱れ、京都と江戸と戦う場合には、徳川宗家に背いても、必ず尾張家は京都へ味方
なあ。砲火を開いて大市街戦にでもなれば、早速江戸からケンノミを喰う。尾張と島津とが明らさまに、敵同志になろうもしれぬ
「江戸へ!」と云って背をもたせた。「妾がしますよ、立て
「ああ江戸へか! ……江戸もいいなあ。……そうしていつ?」と
「ああ江戸へか! ……江戸もいいなあ。……そうしていつ?」と呼吸を呑む。
「通し駕籠で東海道、江戸をさして行きましょう」
だろうねえ、オイ八重ちゃん、リャンコの代りにこの俺と、江戸へ逃げちゃアくれまいかね?」またもや顔を覗かせた。
拡張政策をとりました。その結果シメククリがなくなりました。江戸や大坂や京都などの、文物を移植いたしました。その結果淫逸奢侈になり
ないじゃアないか! それにさ、聞けばこのお仙、江戸の芸人だということだが、眼は鈍いねえ、思ったより! これ
などは微塵もなく、侠気があるのでございますの。江戸は両国の女太夫さんで、長虫使いではございますが、長虫のように
て、そのお頭のお絹様はじめ、ほんの最近に皆々様、江戸へお立ち帰りでございますの。……よい方達でございましてね、妾
「最近江戸へ引き上げましたそうで」
。そのくせわっしアその女と、名古屋を立って東海道、江戸まで駈け落ちしようとね、話が出来かかっていたんでさあ」
いるなあ、そっくりだ。俺もその女と名古屋を売り、江戸へ行こうとしたものさ」
のお約束、二人で遠くへ他国する! 通し駕籠で江戸へ行く! それが出来るのでございます! もうもう誰にも煩わされ
診察ましょう。……さあそれでは道を変え、東海道から江戸へ行こう」
の両国の舞台に立ち、大蛇を使って妙技を演じ、江戸の人気を沸き立たせたが、しかし心は寂しかったかも知れない。しかし決して
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が咲こう、東籬の下に菊を採り、ノンビリとして伊吹山をご覧。そうして穏しくお茶でも飲み、膝組みで談合するがいい
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ここを中心に東西南北、野郎どもを配って置きました。大須の方へは喜市を頭に、五十人ばかりの同勢を配り、門前町の
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さてその翌日の払暁のこと、三人三様の人間が大江戸の地を発足し、甲州街道へ足を入れた。一人は立派な旅姿、紛れ
にかかる。お目にかかったら懇願し、これまた誓って大江戸へ、お連れしなければ役目が立たぬ。いや困難は覚悟の前、そんな
か、お仙が附いてるよ、お仙がね。山川越えて大江戸から、追っかけて来たのを知らないのか! ……ああよかった、大丈夫
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た。一人は立派な旅姿、紛れのない若武士で、小石川は水戸屋敷、そのお長屋から旅立った。もう一人は堅気の商人風、年
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日本にだって例はある。東照神君信玄に破られ、浜松の城へ逃げ帰った時、城門を開いて酒宴をし、おりから節分という
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ござらぬよ! 源敬公以来弓矢の道、特に勝れた尾張藩、みすみす我らをお見遁がしかな! 成瀬殿や竹ノ越殿、
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歌をうたいながら、小仏も越し、甲府も過ぎ、諏訪から木曽谷へ入り込んだ。
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ばこっちへ逃げ、こっちを抑えれば向こうへ遁がれる、まるで武蔵野の逃げ水のような奴らで」
「ご苦労だねえ、駕籠屋さん。急いで武蔵野までやっておくれよ」
少し奥まって一軒の茶屋、武蔵野と云って一流だ、前庭が広く木立が茂り、石燈籠などが置いてある
いつも遭う場所はきまっている。この武蔵野のこの部屋である。
「立ち聞きしたんだ、武蔵野でな……お手もと金と眠剤と、ズラかろうという魂胆! …
「秋の一夜だ、武蔵野の茶屋で、最後に八重梅と逢った時、二階から聞こえて来た
「茶屋の武蔵野では薪十郎のために、立ち聞きをされて酷い目にあったが、
という巧らみをよ! 立ち聞きしたんだ、武蔵野でな! ここまで云やア解るだろう、後を追っかけこの社地で、八重
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は喜市を頭に、五十人ばかりの同勢を配り、門前町の方へは馬十を大将に、八十人ばかりの同勢を配り、ええとそれ
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「その寝言にも程がある、三岳の村方一統へ、迷惑を掛けようっていうんだからな。こいつ放置っちゃあ置か
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そうとも知らず、血眼になって探しているが、小田原町とは気が附くめえ。……というのはいかがのもので」こう云っ
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その翌日の真昼である。名古屋城の天主閣、そこの窓から一人の武士、望遠鏡で市中を眺めてい
名古屋城内の奥御殿、豪奢を極めたその一室、向かい合っている二人の人物、尾張宗春
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ここは両国広小路、隅田川に向いた茜茶屋、一人の武士と一人の女、何かヒソヒソ話し
薩摩の藩士伊集院五郎と、両国広小路の蛇使い、お仙との奇怪な話から、この物語は開展する。
うものから考えて見れば、若い女でなければならない。両国広小路の掛け小屋から、抜け出たところから想像すれば、蛇使いの女太夫、
「さよう」と伊集院冷やかに、「両国広小路の大蛇使い、お仙と申す美婦を中に、ちょっと鞘あてをした伊集院で
ないのなら、生きていたって仕方がない。江戸へ帰って両国へ出て、蛇を使ってお鳥目を貰い、派手な肩衣でよそおって、暮らしたとこ
「おそらくご存知ではございますまい、江戸は両国の女太夫、大蛇使いの組紐のお仙、宗三郎様の後を追い、御岳へ来たもので
妾が使えば穏なしくなり、自由自在に働きます。江戸は両国広小路、そこの名物大蛇使い、組紐のお仙の名古屋下り、往来側の芸ではな
「ああお仙だよ、組紐のお仙! あの両国の茜茶屋以来、随分しばらく逢わなかったねえ」
どは微塵もなく、侠気があるのでございますの。江戸は両国の女太夫さんで、長虫使いではございますが、長虫のようにいつまでも、執
。白粉をつけ紅をつけ、華やかな肩衣で身を粧い、例の両国の舞台に立ち、大蛇を使って妙技を演じ、江戸の人気を沸き立たせたが、し
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一人は立派な旅姿、紛れのない若武士で、小石川は水戸屋敷、そのお長屋から旅立った。もう一人は堅気の商人風、年は
江戸小石川、山影宗三郎。水戸屋敷から出た武士である。
であろう。三家の家柄、天下の副将軍、従三位中納言水戸のお館、その附け家老で二万五千石、中山備前守信保である。
「水戸家の家臣山影宗三郎、主命を帯びて木曽に向かう、その方万端世話する
云って失敗する時は、拙者一人の名折れに止どまらず、水戸お館のお名折れとなりさらに広義に考えますれば、ご三家そのもの
ということでしてね、妾の家におりますの。水戸様のご家中で山影様、よいお方でございます」
おいでにならなければ、山影様は云うまでもなく、水戸様はじめ御三家まで、いえいえ徳川譜代大名、一統の恥辱になるそうで。
、引きなせえ、助けに来やした、矢襖に掛け、水戸っぽを討って取りやしょう!」
「これ、水戸っぽ!」と多羅尾将監、大音声に呼ばわったが、丘をスルスルと中腹
「さあ水戸っぽ、くたばってしまえ!」――鍾巻流の小手返し、柳生流で
、「お仙、正直に云って置こう。浜路というのは水戸家の旧臣、今は萩原の名主役、仁右衛門という人の娘ごだ
「承わればあなた様には、水戸様ご家臣と申しますこと、そういう立派なお武家様が……」
「水戸の鷺衆がいるのですからね」
、名古屋へ入り込んだということと、その名古屋には常州水戸の、鷺衆という団体が、お絹という女を頭領にして
常陸水戸家の鷺組の頭
ねえ」「ううむ」とこれには白無垢の女――すなわち水戸の女忍び衆、鷺組の頭のお絹という女も、胆を潰さ
「水戸で名高い女忍び衆、鷺組の頭のお絹さん、今夜はご苦労でございまし
ます。その代りお願いがございます。江戸は天下の副将軍、水戸お館のご家臣で、姓は山影名は宗さん。苦み走ったよい男
という人を、尋ねて来たということだが、水戸様のご家来山影様なら、まだお姿こそ見ていないが、同じ
。いくらでもご用に立ちましょう。山影様と同家中、水戸様ご家来と承わってみれば、他人のようには思われません。
岳の萩原に、仁右衛門という郷士がいて、こいつが水戸の旧家臣、その娘が今の浜路だ。で山影め御岳へはいる
岳にいたら丁寧に守護して江戸へ入れよう。これが水戸家の魂胆で、使者の役目に立ったのが、山影宗三郎という若造
「お前さんさえ捕らえてしまえば、水戸の鷺組は全滅だ。そこで島津の烏組が、名古屋の町中あばれ
達のね! それともお前さんの属している、水戸家の女忍び衆、鷺組に何か手段があり、遁がれられるなら遁
一人が憎々しく、「腕がないのさ、つまるところね。水戸の鷺組なんて威張ったところで、大将のお絹さんがこんな塩梅なら、他
ない、叩っ切る! と云っただけでは解るまいが、水戸の藩士山影宗三郎! それが拙者だ、この俺だ!」今度は
願いとう存じます。私のお願いというよりも、主家水戸家の願いであり、徳川譜代大名の、一統の願いでもございますの
山影宗三郎と申しまして、我々にとっては敵方の、水戸の藩士にございます。で私とお紋殿と機転を利かせ、
かいう不思議な隠者を、中心にして争った、その水戸家の侍だな?」こう訊いたのは太郎丸。
が、どうやら柳営におかれまして、我が君様と水戸のお館とが、甲斐の徳本の有無について、ご議論なされ
方に同意し、キシミ合ったというものだ。その結果水戸家では家臣を遣わし、甲斐の徳本を招こうとし、島津家では
されたため、忽ち議論二派に別れ、譜代大名は水戸方に賛し、外様大名は島津方に同意し、キシミ合ったという
ある時総登城、ご機嫌をうかがったことがある。その時水戸のお館が、木曽山中に古今の名医、甲斐の徳本が隠棲し、
昔は水戸家の名ある武士、間道を見破ったものである。
し、敵方の餌食にさせぬよう、――これが水戸のお館から、命ぜられました妾の使命。で妾は部下をひきい
「あれは萩原仁右衛門と申し、元は水戸家の立派な武士、拙者御岳におりました際、一方ならず恩
「大事ござらぬ」と山影宗三郎、「我々の味方、水戸の忍び衆、鷺組の頭のお絹殿。……」
だ!」「切り合いだ! 切り合いだ!」「島津と水戸とが戦っている!」
、しかも形勢一変し、島津方が次第に優勢になり、水戸方がだんだん圧迫されて来た。と云うのは鷺組の捕り物道具
さすがの水戸方も島津方も、この行列には驚いたらしい。期せずして双方
を殺さないと、どうやらお飯が食えないらしいなあ。水戸家のおため、島津家のおため、こう云ってお互いに殺し合って
抜き身を持った島津方の武士、抜き身を持った水戸方の男女! いわば修羅の戦場である。その間に立った薬草道人
は父にあたる、旧水戸藩士の萩原仁右衛門、それから水戸の女忍び衆、鷺組のお絹とその手下、ええとそれから蝮酒屋の
の組紐のお仙、それから浜路には父にあたる、旧水戸藩士の萩原仁右衛門、それから水戸の女忍び衆、鷺組のお絹と
屋という酒店に、かくまわれているのでございます。水戸の藩士で山影宗三郎、太蛇使いの組紐のお仙、それから浜路には
、その烏組の連中と、張り合っていたとかいう水戸の忍び衆、鷺組とかいう人達は、あのままズットこのお城下
「水戸の鷺組の連中は?」
「これ、何者、人違いをするな! 拙者山影宗三郎、水戸家の藩士、当地では旅人、怨みを受ける覚えはない!」闇
いて道人の袖を引いた。「私事は山影宗三郎、水戸家の家臣にございます。主命を帯びて御岳へ入り、道人様を
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蝮捕りの歌をうたいながら、小仏も越し、甲府も過ぎ、諏訪から木曽谷へ入り込んだ。
を出して詫びを入れ、胸を擦って山を下り、甲府お城下へ入り込んだら、憎い奴だ、コレ贋物、問屋場人足をけしかけて、
ござるまい」山影宗三郎用心をした。「小仏峠、さては甲府、または木曽の福島で、拙者に仇をしかけたは、貴殿を置い
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福島宿、駿河屋という旅籠。
ここ木曽の福島宿は、山村甚兵衛の預かる所、福島関の存在地、いわゆる日本の裏門で、宵の口ではあったけれど、江戸
ここ木曽の福島宿は、山村甚兵衛の預かる所、福島関の存在地、いわゆる日本の裏門
二度目の喧嘩を売りおったな、それも遁がれて福島入り、もうよかろうと思ったら、三度目馬鹿というやつだ、人頼みでは
というし、宮越で聞いてもいないというし、福島で聞いてもいやあしない。もっとも訊き方が悪かったかもしれない、
「いっそ福島まで乗り出して行き、陣屋を襲うと面白いんだがな」
をした。「小仏峠、さては甲府、または木曽の福島で、拙者に仇をしかけたは、貴殿を置いて他にはない」
の、ちょうど払暁のことであった。一里も下ったら福島へ出よう、そういう地点の林の中に、薬草道人は休んでいた
を、膏薬だらけにするんだなあ。……まず真っ先に福島へ行く。さてそれから中仙道を、名古屋の方へでも行くとしよう」
「福島へ出て中仙道、名古屋の方へ行かれるそうで。麓までお見送りを
には今日の朝、下山されたと申します! 福島から中仙道、名古屋へ参るそうでございます!」
「馬拝借! 福島まで!」傷の痛みなど問題でない。乗ったて乗ったて見えなく
へ帰り、旅装を調え改めて、山影様の後を追い、福島から中仙道、名古屋であろうと江戸であろうと、山影様と逢うまでは、
「福島から中仙道、名古屋の方へ行かれた筈だ」
「へ――さようで、福島へね。……まあまあそれだけでも結構だ、伊集院さんへ知らせて
ならねえ。おそらく山影宗三郎も、道人を追って山下り、福島へ行くに違えねえ。いやもう既に行ったかもしれねえ。途中で逢っ
ころ薬草道人、どこを歩いていたかというに、福島から半里の山中、灌木の茂みにこっそりと、二人の家来と薬剤車、
宗三郎、薬草道人がいるとも知らず、灌木の前を福島の方へ、砂煙りを上げて走り去った。
旅商人風の伊集院、これまた道人がいるとも知らず、福島の方へ走り去った。
「福島へ参ろうではございませんか。まさか野宿も出来ますまい」童子紅丸
が出来ないものか。野宿野宿、今夜は野宿だ。うかうか福島へ行ってごらん、あの連中につかまってしまう。彼奴ら恐らく一晩中、
、三人は山を下った。こうして入り込んだは福島である。
福島の連中驚いてしまった。
薬草道人福島の失敗
だ、一年近くも住んで見たが、その頃の福島はよかったよ。もっとも私にしてからが、憎まれ口は利かなかっ
「だがな紅丸、福島の人気、どうも昔より荒んだなあ。幾十年昔になるだろう、何
はこうだったよ。つまり自分を憐れんだのさ。翌日福島を立ったがね、娘さんは送ってはくれなかった。それがまた
ではない、昔々には相違ないが、所は木曽の福島だ。そこにいたのさ。別嬪さんがね。小料理屋の娘で可愛かっ
「だがな、その頃の福島には、綺麗な娘さんが随分いた。下駄屋さんにも金物屋
からいまだに出世をしない。……今は夏だが福島の冬、それがまた素晴らしくよかったものだ。実際俺を考えさせてくれ
「さようで」と伊集院おちついている。「福島で一度、御岳で一度、三丁目で一度、今夜で四度、随分
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の山窩の団隊、それから金沢や大坂や、江戸や京都や名古屋から、入り込んで来た薬草採り――で、札の辻の浜路
場合には、徳川宗家に背いても、必ず尾張家は京都へ味方し、王事に仕えよというのである。
、意味の文章であった。すなわち日本の国が乱れ、京都と江戸と戦う場合には、徳川宗家に背いても、必ず尾張家は
ました。その結果シメククリがなくなりました。江戸や大坂や京都などの、文物を移植いたしました。その結果淫逸奢侈になり、かなり風俗
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や殺人をする、数百人の山窩の団隊、それから金沢や大坂や、江戸や京都や名古屋から、入り込んで来た薬草採り――
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「はっ」というとお気に入りの近習、山形三弥望遠鏡を戴き、つとそっちへ差し向けたが、「ううむ」とこれも呻い
だ武士がある。その人数二十人、先に立ったは山形三弥、それと並んだは山路紋右衛門、その他近習の面々である。
された。そうして顔を覗かせたのは、山形三弥と山路紋右衛門、他城中の捜索隊であった。
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、天文議論、日本水土考、天文和歌注、町人嚢、長崎夜話草、水土解弁、ええとそれからまだあったな。万物怪異弁断
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にして一面武人、政治の才に至っては、岡山の藩主新太郎少将と、優に比すべきものがある。質実の気の加わっ
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山窩の頭領多羅尾将監、先祖は蒲生氏郷の家臣、半弓にかけては手利きである。
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ここは両国広小路、隅田川に向いた茜茶屋、一人の武士と一人の女、何かヒソヒソ話して