老嫗面 / 坂口安吾

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横浜

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日タツノは安川に向つて、自分の伯父に当る人が横浜のかういふ所で大きな工場をひらいてゐる、そこへ帰れば自分は女王の

終らなかつた。タツノはなほも泣きじやくりながら、横浜へすぐ帰るとは言はないから、とにかく伯父をつれてきてと言ふの

を聞いてみれば、話半分であつたにしても、横浜に伯父のゐることは間違ひがない。来る来ないは別にして、とにかく

横浜の言はれたところへやつてきて、ひどく長い踏切を行つたり来たりし

てみると、タツノはちやうど活動から戻つたところで、横浜の話なんぞは忘れたやうな顔付だつたが、伯父の工場がなかつたと

を手当り次第掴みとり安川めがけて投げつけた。嘘つき! 横浜へ行きもしないで! タツノは口に泡を吹き、噛みつぶされた呟き

松江

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さで大きな行李をかつぎこんでくる様を認めた時に、松江は思はずきやッと叫んで台所へと退散した。無意識のうちに下駄を

様子であつた。まさかに之が実現しようと思はなかつた松江は、異様な行列が門前にとまり、近所合壁の連中が裏木戸へ走りだし

の頭一杯にふくらみきつてしまつた晩、彼は妻君の松江の前で、途方もなく立派なことをするやうな勇みきつた愉しさ

ので、松江はおたきを憎んでゐた。安川は松江の立場が可哀さうだと思つたので、自分も忽ちおたき婆あと

ある。おたきは松江をきらつてゐたので、松江はおたきを憎んでゐた。安川は松江の立場が可哀さうだと

松江がおたき婆あとよんだのである。おたきは松江をきらつてゐたので、松江はおたきを憎んでゐた。

は自分の母をおたき婆あとよんでゐた。はじめ松江がおたき婆あとよんだのである。おたきは松江をきらつて

川は盲腸炎にかかつた。心当りの金策に失敗した松江は、万策つきておたき婆あを訪れた。自分と不和であるにし

安川と松江がまがりなりにも一戸を構へてゐた時のこと、窮迫の

ことを希ひながらひたすら道を歩いてゐる自分の姿に松江はやうやく気付いたのだつた。

て口をへの字に結んでゐた。同じ頼みを松江は三度くりかへした。おたきはいくらか気色ばんで立上ると、奥の

おたきは老眼鏡をかけて新聞を読んでゐた。松江の話の最中も、話の終つた後も、同じやうに眼に新聞

かけて深刻めかし、連夜の耽溺がはじまつてからは、松江の屡々思ふことはたゞ復讐といふことだつた。復讐の手段に思ひつく

松江は良人に愛想をつかしてゐたのであつた。今にはじまることで

できないのだ。そして二人は幸福になる。――然し松江は気付くのだつた。どの空想も二人の幸福を結びにしてめでたし

あつた。その噂を松江は確信するのであつた。松江の昼夢は描くのだ、男が自分を奪ひにくる、自分の幻

今も独身でゐるといふ噂であつた。その噂を松江は確信するのであつた。松江の昼夢は描くのだ、男が

松江は日中の多くの時間、ほとんど昼夢に耽つてゐた。何も知ら

まつた。肉体だけがのたうちまはつた。それを思ふと松江は無性に口惜しくなるのだ。盗まれた、何もかも、乙女も

消え、遠山を描く秘密の夢が育つのだつた。松江はそれを恋であるとは思はなかつた。なぜなら恋はやさしいもの

へ影絵のやうにやがて移り住んできた。日毎々々の松江の昼夢に彼女自身も過程に気付かぬ変化がきて、古い男の

遠山の苛烈な姿が松江の苛酷な現実へ影絵のやうにやがて移り住んできた。日毎々々の

タツノ一行の襲来にはじきだされた松江は、雑草の繁みをよけながら、広場の中をぐるぐるまはつて口惜し泣き

みんな話してやらう、あの悪党のしたことを、と松江は思つた。彼女に元気と悲しさが、ふと改めて流れてきた。

逃げださう、と松江は思つた。どこへ逃げてもどうせ目当はないのだから、夜

ぬ音がひびくのである。その跫音のうるささが、松江に一生忘れることのできないやうな怖い思ひを感じさせた。

やうな心残りが、ぼんやり頭にからみついて離れなかつた。松江は廊下の窓に凭れて、外の景色を眺めてゐた。そこへ

松江は遠山に会つてみると、その時までとはまるで違つた自分自身を

た。安川はタツノを愛してゐないのだ、それは松江の確信だつた。

の語つた程度の良人の心理は知りすぎるほど見抜いてゐる松江だつた。たとへばタツノが安川の愛の対象でないことは、安川がタツノ

に松江は始めて気がついたのだ。さうして松江はさつき広場を泣きよろめいてさまよつたことも、一途に逃げたい激しさ

自分の方がもつとはつきり知つてゐたのに松江は始めて気がついたのだ。さうして松江はさつき広場を泣き

と松江は言つた。そして溢れる涙をふいた。松江は自分の喋つた事実に口惜し涙を流しながら、喋つた事実が思ひ違ひに

と松江は言つた。そして溢れる涙をふいた。松江は自分の喋つた事実に

「それは思ひ違ひです」と、再び松江に分りきつてゐることを、遠山は言ふのであつた。

なかつた。救ひも慰めもある筈がなかつた。然し松江はまるで役目を果したやうにホッとしてゐるのであつた。たしかに

結局松江は遠山を訪ねて、知りきつてゐることだけを、彼の口からたしかめ

馬乗りになつて頸を絞め、足をあげて蹴倒した。松江は全く狂乱しきつて抵抗した。

のを見ると、もう安川も夢中であつた。彼は松江に馬乗りになつて頸を絞め、足をあげて蹴倒した。松江は全く

いふ結果が安川は力一杯松江の頬をなぐりつけ、益々松江が気違ひめいた気の強さで、わんわん泣き、拳をふるつて

半狂乱に苛立つた。さういふ結果が安川は力一杯松江の頬をなぐりつけ、益々松江が気違ひめいた気の強さで、わんわん

になつてゐるのだらうと問ひつめるのだ。さういふ松江の顔色は血の気が失せてまつさをだつた。思ひつめた半狂乱の様子

松江は毎日タツノのことで安川と言ひ争つた。安川がタツノを愛してゐると

現れるのだ、今に気違ひになるんぢやないかと松江は頻りに思ふのだつた。

醜行を怒つてゐる、どういふわけだか分らないと松江自身が呆れるのだ。これが嫉妬といふものだらうか? それに

そのくせ松江は安川がタツノを愛してゐないこと、肉体の関係もないことを知り

関係があるやうな強迫観念にせめられるのは、実は松江が遠山に不倫の恋をしてゐるからだといふことを。

然し松江は気付かないのだ。二人に関係のないことを知りすぎるほど知つて

ゐるのであつた。安川が同じ不倫を犯してゐれば松江の自責の圧迫は軽くなるのだ。

松江は自分の不倫の恋を自分でせめてゐるのであつた。安川が同じ

安川は松江に不倫をなじられるたびに、事実無根であることをはつきり言へる自分の

の女に執拗なほどささげられてゐることを見て、松江は嫉妬に苦しむよりもむしろ優越を感じるのだ。タツノにささげる献身は愛

安川のタツノに寄せる献身が、松江にとつては皮肉でなしに滑稽だつた。然し献身の激しさと

まして事実は眼もあてられない醜怪中の醜怪事だと松江は思つた。さういふ有様を見ることは、血が逆流する思ひであつ

白痴のまじめな相手になる奴が大馬鹿野郎よ!」松江は恐らく彼等以上に逆上して、くひつくやうに喚き立てずにゐ

松江は涙に眼がくらんだ。もしもタツノが相手になるなら、いや安川

安川は松江の相手にならなかつた。タツノの相手にもならなかつた。投げつけ

安川は松江が鋭く感じたことを、違つた角度でもつと鋭く感じてゐた。

それを見付けて大声をあげた。そして人々が駈けつけた。松江と女中は力を合せて兵児帯を解き屍体を下さうとするのであつ

は女中に子供を連れて立ち去らせた。それから残つた松江には医者を呼んでくるやうに言ひ、自分は屍体をおろすつもりか、

×つけてゐた。あつけにとられてボンヤリした松江の顔と、おたきの顔がぶつかりあつた。おたきの顔は例

の中にもなにか解せない感じがしたので、松江は暫く立ち去りかね、やがてヒョイとおたきの方をふりむいたら、おたきは

野辺の送りもすんでから、松江は改めて遠山に会ひ、日のたつにつれ益々まざまざ眼先にちらつく悪鬼

富山

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おたきはいくらか気色ばんで立上ると、奥の部屋から富山の売薬袋をもちだしてきて、入用の薬をこの袋から探しだして持つ