姫たちばな / 室生犀星
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てこれを橘の君に奉れと申し出るのであった。和泉の山奥の百合根をたずさえる一人に、べつの男は津の国の色もくれないの
は津の国の茅原という男だった。そして別の人は和泉に父をもつ猟夫であった。衣裳のはやりと絢爛を尽くした平安朝
数えれば七十幾本に及ぶ芽立は、津の国の人と和泉の国の人の通いつめた日取りをかぞえていた。橘は、どちらを愛しようと考える
門の前では津の国の人と、和泉の国の若者はじりじりと往来しながら、それをそうしずにいられぬ毎夜の
心をときめかしたが、橘は依然姿さえ見せなかった。和泉の国の人は皮肉とも悲しみとも分けがたいものを、津の国の人は持って行きどころ
は冷酷無情の眼のつつきあいしかなかった。津の国人は和泉の国人の顔をみるために遣って来るものとしか思えず、どちらも、珍しくも
和泉の国人の声は待ちかまえていたように、津の国人の言葉のうえに乗りかかっ
も知れなかった。眼にあるものは津の国の人には和泉の人のいのちであり、和泉の国の人には津の国の人のいのちの
ものは津の国の人には和泉の人のいのちであり、和泉の国の人には津の国の人のいのちの憎さが見えるばかりだった。かれら
津の国人と和泉の国人は憑かれたように橘の門の辺に来て、初更まで去らないこと
着て父についていたが、津の茅原も、和泉の猟夫も、弓、太刀をはいて、濃い晩春の生田川のほとりに出
、見なれぬ美しさを表わしていた。津も、和泉の男も、控え目ではあったがこういう明るい日の野で見る橘の
野の清い広さにしみ入って眺めた。津の人は和泉の人の誰にいうとも分らないこの言葉にも、一応なにか答えぬ
しかし津も和泉も、きょうこそ、橘の父から何か言い渡されるであろう、恐らく二人に手
不意の出来事なぞ、あろうとは思えなかった。津も、和泉の人も平常のいがみあいから離れて、夜ばかり見ていた対手をお互
津も、和泉も、酒はたしなまぬ方だった。かれらは基経に杯を返すと、
和泉もまた同様清い水に杯をそそいで、津に返した。こういう僅かな
津がそういえば、和泉は顔をあからめていった。
津も、和泉も、それがどういう試みの言葉であるかを知っていた。一人は白羽
二羽の春の鶫が、津は津の矢に、和泉は和泉の矢がしらによって、射落されたのであった。橘の顔色
の春の鶫が、津は津の矢に、和泉は和泉の矢がしらによって、射落されたのであった。橘の顔色は二人
労役すら惜しまない真剣なものだった。津の茅原ははじめて和泉の猟夫に向って、感嘆するようにいった。
和泉の人は熱心に見入って、誰にいうともなくいった。
若者連は基経の眼の中を、津の人も、和泉の人も、いまかその言葉が基経の口を衝いていわれるかを、
和泉の猟夫の眼はぎらついて、何時でも矢を番えるようなじりじりした
津の人も、和泉の人も、その声と同時に立ち上った。顔は布のように白く荒かっ
ついに、かいつむりは再び同じ水には浮かんで来なかった。和泉の国人は詰寄っていった。
和泉の国人は激怒して一歩前に進んだ。津の人は太刀に手
和泉の人は胸をたたいて叫んだ。
津の人と、和泉の人は迥かに基経のいる処から遠ざかって行き、やっと橘の姿も
りながらも、なお尽きぬ嘆きの言葉を絶たなかった。和泉の国人はからからと哄った。
和泉の人は依然つめたく哄って歩を試しながらいった。
だった。矢はついに放たれた。津の国人の矢羽と和泉の国人の矢羽とが、白と黒の羽をすれちがった処は、二人の距離の
た。かれは、潰れたように倒れたときに始めて和泉の国人の方をしっかり見つめることが出来た。和泉の人はやはり土手のうえ
始めて和泉の国人の方をしっかり見つめることが出来た。和泉の人はやはり土手のうえに倒れて何かあたりを引掻くような恰好を
そう叫ぶと、対手にきこえたかどうかと思った。和泉の人はそれと同時に何か五位鷺のような奇声を立てたが、
和泉の人の支えた手ががっくり折れて、しだいに土手のへりの方に向っ
そこは生田川の土手下になっていた。津の人は和泉の人はたすかるまいと思ったが、突然、風が吹いて顔の皮が
沼のようにどろどろだった。自分も死にかけている、和泉の人はもう呼吸がなくなっているだろうと思ったが、生きられるものなら生き
「和泉の猟夫! 相射だぞ。」
深く胸を射透されて、呼吸を絶っていた。和泉の国の猟夫は土手下にころがり落ちてこれも胸の深部に、背にまで鏃が
ように家人に吩附けた。橘の姫は、津と和泉の人ととが相果てたほとりに、未だ化粧の香を匂わせたまま
その夜、津の茅原の父親と、和泉の猟夫の父とが頭を垂れて、姫の棺の前に坐って
人の父は頭を畳にすりよせて礼をした。和泉の人の父もまた同様、手をついて厳かにいった。
和泉の猟夫の父親もその考えを持っていて、やはり基経にこの願いを
津の父親は和泉の猟夫と墓をならべることに、烈しい反感と不潔を感じたらしいが、
「船にて和泉の土を搬び申そう、和泉の土は子供を落着かせて眠らせるであろう。
「船にて和泉の土を搬び申そう、和泉の土は子供を落着かせて眠らせるであろう。息子殿の父御ほどござっ
「津の国には一つかみも和泉の土はござらぬ。おぬしごとき父を持った息子殿と射ち合った茅原も
和泉の父親はすでに太刀の柄に手をかけ、呼吸次第で、何時かっと閃い
こういう基経には、津も、和泉の人も、答う言葉さえなかった。彼ら、老骨は頭を垂れて
ならべて墓碑を建てることを、二人の父親にはかった。和泉の国人は翌日、和泉の国の清い土を船ではこび、船は、
を、二人の父親にはかった。和泉の国人は翌日、和泉の国の清い土を船ではこび、船は、生田川の岸べに朝はやくに着い
ような新しい山の深みから掘った処女土であった。和泉の国の父親はそれを墓土にならして、不幸な息子の墓をそこに据えて
をしのぶ好箇のよすがでもあった。津の父も、和泉の父も、狩衣、袴、烏帽子、弓、胡※、太刀などをその棺
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和泉の国の清い土を船ではこび、船は、生田川の岸べに朝はやくに着いた。金色にかがやくような新しい山の深みから掘っ