ダス・ゲマイネ / 太宰治
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たからであろうか。昨年の晩秋、ヨオゼフ・シゲティというブダペスト生れのヴァイオリンの名手が日本へやって来て、日比谷の公会堂で三度ほど
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て起きあがり、馬場とふたりで腐りかけた雨戸をがたぴしこじあけた。本郷のまちの屋根屋根は雨でけむっていた。
晩になってもやまなかった。私は馬場とふたり、本郷の薄暗いおでんやで酒を呑んだ。はじめは、ふたりながら死んだように黙っ
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た。ほどなく暑中休暇にはいり、東京から二百里はなれた本州の北端の山の中にある私の生家にかえって、一日一日、庭
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握手を交してそそくさと別れ、その日のうちにシゲティは横浜からエムプレス・オブ・カナダ号に乗船してアメリカへむけて旅立ち、その翌る日、
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ナポリを見てから死ね!
――一切誓うな。幸福とは? 審判する勿れ。ナポリを見てから死ね! 等々。仲間はかならず二十代の美青年たるべきこと
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ある。私は馬場と上野公園内の甘酒屋で知り合った。清水寺のすぐちかくに赤い毛氈を敷いた縁台を二つならべて置いてある小さな甘酒
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のは、たしかに馬場なのである。私は馬場と上野公園内の甘酒屋で知り合った。清水寺のすぐちかくに赤い毛氈を敷いた
ぶつぶつ呟いていたりする有様で、その日も、私が上野公園のれいの甘酒屋で、はらみ猫、葉桜、花吹雪、毛虫、そんな風物の
、私は馬場との約束どおり、午後の四時頃、上野公園の菊ちゃんの甘酒屋を訪れたのであるが、馬場は紺飛白の単衣
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ところが、それから五六日して、上野動物園で貘の夫婦をあらたに購入したという話を新聞で読み、ふと
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のに。てれくさくてかなわん。君にゆずろう。僕が浅草の骨董屋から高い金を出して買って来て、この店にあずけてある
馬場へ離れがたない親狎の念を抱くにいたった。浅草の酒の店を五六軒。馬場はドクタア・プラアゲと日本の楽壇との
、なんの意味もない決心を笑いながら固めて、二人、浅草へ呑みに出かけることになったのであるが、その夜、私はいっそ
、ものを言えば殴り合いになりそうな気まずさ。自動車が浅草の雑沓のなかにまぎれこみ、私たちもただの人の気楽さをようやく感じて
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言い忘れていたが、馬場の生家は東京市外の三鷹村下連雀にあり、彼はそこから市内へ毎日かかさず出て来て
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そうである。言い忘れていたが、馬場の生家は東京市外の三鷹村下連雀にあり、彼はそこから市内へ毎日かかさず
カナダ号に乗船してアメリカへむけて旅立ち、その翌る日、東京朝日新聞にれいのルフラン附きの文章が掲載されたというわけであった
孤高狷介のこの四十歳の天才は、憤ってしまって、東京朝日新聞へ一文を寄せ、日本人の耳は驢馬の耳だ、なんて悪罵し
わけが私には呑みこめなかった。ほどなく暑中休暇にはいり、東京から二百里はなれた本州の北端の山の中にある私の生家に
、――馬場が彼の親類筋にあたる佐竹六郎という東京美術学校の生徒をまず私に紹介して呉れる段取りとなった。その日
もかけはなれた、つまらぬ感傷にとりつかれていた。「東京だなあ」というたったそれだけの言葉の感傷に。
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の三度目の辱かしめられた演奏会がおわった夜、馬場は銀座のある名高いビヤホオルの奥隅の鉢の木の蔭に、シゲティの赤い大きな禿頭
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た。馬場はヨオゼフ・シゲティと逢って話を交した。日比谷公会堂での三度目の辱かしめられた演奏会がおわった夜、馬場は銀座の
いうブダペスト生れのヴァイオリンの名手が日本へやって来て、日比谷の公会堂で三度ほど演奏会をひらいたが、三度が三度ともたいへん
見つめて何か思案しているふうであったが、「日比谷へ新響を聞きに行くんだ。近衛もこのごろは商売上手になったよ
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いた。だんだん薄暗くなって色々の灯でいろどられてゆく上野広小路の雑沓の様子を見おろしていたのである。そうして馬場のひとりごと
灯でいろどられてゆく上野広小路の雑沓の様子を見おろしていた