旅人 / 林芙美子
地名一覧
高知
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ある。津助老人は大工であつた。十五の時に高知へ出て行つて、食べるに困つてしまふと、下駄をひろひ歩いて
東京
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祖谷の山々が黄昏の彼方にかすみ、東京も遠いのであつたし、何も彼もが夢のやうである。
風體を見てふりかへりながら笑つて行つた。全く、東京は遠い。何も彼もふりすてて來たやうな決心が強くなつてゐ
つて來た。上つて來るなり、「ごめんなされ、東京のお方ときいて、なつかしくて上つて來ました」と、老人は
「お客樣は東京からこんなところに、何しにお越しなされたのですか。祖谷へ
うな笑ひ方をして、「これはあなた、私が東京にゐたときに、池ノ端の村田から取り寄せたもンで、仲々えゝもン
「お客さんはよい浴衣を着てをりなさるが、その柄は東京でなければ買へんものですなア」老人はさう云つて、また煙草をつけて
。老人は三四日は是非ともお泊りなされと云つて、東京から戻つて丁度六年になり、天涯孤獨、田舎では、誰一人
行つたりして餘生をたのしんでゐたのだけれども、東京の生活はたつた一人住ひでも月に百圓はかゝるので、
津助老人は三十年も東京暮しをしてゐて、東京で妻をうしなひ、息子をうしなひ、一人になると、寄席
津助老人は三十年も東京暮しをしてゐて、東京で妻をうしなひ、息子をうしな
一間、たつたこれだけの小さい家だつたけれど、隅々に東京がへりの生活がたゞようてゐて面白い。老人は古びた木箱を出し