泣虫小僧 / 林芙美子
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八幡宮の御やしろ
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いた。何時か、饗庭芳子が、学芸会の席で、鎌倉を暗誦して読みあげたことがあったが、実にいい声であった。
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蓮子が尋ねて来たのだ。菅子は荒神山の杉の木のような乱れた髪のままで一間のカーテンを開けた。風
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「いいお天気ねえ、運転手さん! 横浜までドライブしたら、どの位で行くの?」
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「ねえ、お母さまね、暫くの間だけど、九州へ行って来なくちゃならなくなったの。おじさん、御商売が駄目に
出て行った。早く帰って、どんなにしてでも九州とかいう、遠い土地へ連れて行って貰おうと思ったのだ。もう心
ものが目のふちに溢れ出て来た。本当に皆で九州へ行ってしまったのに違いない。啓吉は、ランドセールにしまいこんだ白い手紙
と尋ねた。お使いと尋ねられると、啓吉は九州へ行くといって学校へやって来た母親を想い出して、胸が痛くなっ
「ねえ、母さんは九州へ行くっていったンだぜ。学校から早く帰ってみたンだけど、
「へえ、九州へ行くって? 何時?」
「啓吉、お母さんは本当に九州へ行ったらしいよ……」
「……九州って遠いの?」
かね。――とうとう、水商売が身につかずさ、九州へ行っていったい何をするのかねえ……」
「九州って遠いの?」
「九州か、そりゃッ遠いさ……行きたいか?」
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所をたよって上京して来ると、すぐ姉の良人、松山勘三の友人瀬良三石と結婚してしまって、三人の姉達
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「神戸の方へいらっしたンですって……」
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「ああとても遠いよ。長崎ってところだ。知ってるかい?」
啓吉は、地図の上でさえも遠い長崎という土地を心に描いて、はるばるとしたものを感じた。
長崎に行った母親を尋ねて行きたくなった。――長崎へ行くには、不思議な色々な道があるのに違いないと思った
絵本を読むと、飛んでもない連想が湧いて、遠い長崎に行った母親を尋ねて行きたくなった。――長崎へ行くには
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「啓ちゃん! 早くなさいよ、渋谷のおうちへ行くのよ……」
「何さ、そのお返事は……あのねえ、渋谷の叔母さんとこへ、四五日、啓ちゃんおあずけしとくんだけど、
「僕、やっぱりねえ、渋谷の叔母さんとこへ帰ろう……」
「渋谷? よし来た。どこだって送ってってやるよ。どうせ昼間は遊び
の中に段々記憶のある町が走って来る。――渋谷の終点で降りると、隆山は陽向に目をしょぼしょぼさせて、
渋谷から六つ目だかの高田の馬場で降りると、菅子のアパートは線路
省線で、啓吉が渋谷の駅へ降りると、改札口を出て行く勘三の姿が目に
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有楽町で降りて、銀座裏の雑誌社まで歩くと、啓吉のズックの運動靴は、水でびたびた
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有楽町で降りて、銀座裏の雑誌社まで歩くと、啓吉のズックの運動靴
で、背に腹はかえられぬの轍を踏んで、有楽町のガード横丁まで引っかえして来ると、小八というおでん屋へ這入っ
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、不図、寛子と所帯を持った頃の三四年前の幡ヶ谷のアパートの事を思いだすのだ。芝居裏のような歪んだ梯子段をあがっ
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坊は私のところで泊るし、その前の晩は、神田の尺八を吹く人の家に世話になったりして、寛子姉さんとこだ
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(昭和九年十月二十三日―十一月二十一日 東京朝日新聞)