木枯の酒倉から ――聖なる酔つ払ひは神々の魔手に誘惑された話―― / 坂口安吾

木枯の酒倉からのword cloud

地名一覧

武蔵野

地名をクリックすると地図が表示されます

木枯の荒れ狂ふ一日、僕は今度武蔵野に居を卜さうと、ただ一人村から村を歩いてゐたのです。

えてして僕のやることは失敗に畢るものですから)、見はるかす武蔵野が真紅に焼ける夕暮れといふ時分に途方もなく気に入つた一つの村落

かしら、と無論僕はさう思ひついたのですが、広い武蔵野の真ん中で紅紅とただ二人照し出されてみますと、この怪物がばかに

たまらないのだが――俺は断じて笑はんよ。武蔵野に展かれた宿の窓から、俺は時々頸をつき延して、怖るべき

つのつて、俺の魂はいつの間にやら木枯の武蔵野を一ととびに、酒倉の戸の隙間から悪魔風な法式でふいとあの

給へ――彼は分身の術を用ひて、さむざむと武蔵野に展かれた俺の窓から、脂ぎつた顔のニタニタをぬつと現す。

一つぺんに階段を跳び降りて雨戸を蹴破ると、もう武蔵野の木枯を弾になつて一条にころがつてゐるのだ。

と、かやうに声高く武蔵野を喚きながら、俺は酒倉の戸を踏み破つて――

こうして俺、聖なる呑んだくれは、武蔵野の木枯が真紅に焼ける夕まぐれ足を速めて酒倉へ急ぐのだが――する

と武蔵野を越え木枯をつんざいて叫びながら――辛うじて下宿の二階へ辿りつくと空しい机

だから(聖なる決心よ!)俺はうなだれて武蔵野の夕焼を――ういうい、酒倉へ、酒倉へ行つたんだ! 断乎