伊豆 東京

に堪え難くなると、病身で鼠のように気の弱い伊豆のもとへ驀地に躍り込み、おっ被せるようにして、「むむ、ああ、もう

……」「俺は惚れてなんかいないよ」と、伊豆は不興げに病弱な蒼白い顔を伏せた。痴川は急にわなわなと顫え

と顫えだして頬の贅肉をひきつらせ、ちんちくりんな拳で伊豆の胸倉をこづいて、「お前という奴は、まるで、こん畜生め！　

の野獣の狂躁で脱出してきて、麻油を誘い伊豆を誘い小笠原を誘い、とある山底の湯宿へ遁走した。男達は複雑

伊豆が痴川を殺す気持になったのは今に始まったことではない。

たのは今に始まったことではない。痴川は伊豆にとっては毒に充ちた靄であった。いったい痴川という人は

無者羅な人物であった。身心共に疲れはてた伊豆にとっては是程神経にからみつく負担はないのであった、初めは一種

限界に拡がり満ちる痴川の生存そのものを忌み呪う気持が伊豆の憔悴した孤独を饒舌なものにした。

伊豆はうっかり痴川に手紙を書き出してしまったのである。初めはなんの気

数日が流れた。無論返書は来なかった。すると伊豆はふいに不安になり出した。手紙の効果に就てひどく疑り出したので

のである。若しや、あれを読んだ痴川が忽ち伊豆の内幕を見すかしたような憫笑を刻み例の毒々しい物腰で苦もなく黙殺し

それっきり固着したように天井を視凝めている。伊豆は自分の決意を全然黙殺しきったような小笠原の態度にくらくらする反抗を

伊豆はそこまで云いかけると咄嗟に自分もじたばた格好をつくったが、希代な興奮

徒らにげたげた言う地響に似た空虚な音だけで、伊豆はその一々の響毎に鳩尾を圧しつけられる痛みを覚えたが、併しなお

だ」そう言いすてて自分はさっさと沓脱へ降りて行った。伊豆は実に物足りない暗い惨めな気持で小笠原の後に続いたが、戸外

顔付きで茫漠と暮れかかる冬空を眺め耽っていた。軈て伊豆が漸くに立ち上る気配を察しると、なお振りむいてたしかめようともせずに長足

を延ばして悠然と歩き出したが青ざめきった顰面で伊豆がようよう追付くと、急にぽつんと零すような冷淡さで、「君も行く

冷淡さで、「君も行くかね？」「いや」伊豆はがくんと首をふった。「今日は胸が苦しくてとても呑めない」「

、さようなら」。其処はまだ別れる場所ではなかったが、伊豆はこう言われたので咄嗟に歩速を緩めた。遣る瀬ない空虚を感じた

で咄嗟に歩速を緩めた。遣る瀬ない空虚を感じた。伊豆は力の尽きはてた様子で小笠原の後姿を呆んやり見送っていたが、軈て

、という風に考えたかったのであろう。だが、伊豆の推量は勿論当てにならない。誰しも二人の敵を打つよりは一人味方

は一人味方に思い込む方が気が楽でいられる。そして伊豆も現在自分の心底にこの傾向のあることを感じ、あまり諸事を掘り下げすぎて

な足取りで黄昏に浸り乍ら歩いていたが、やがて、伊豆の心に起った全ての心理を隈なく想像することが出来た。彼は自分

麻油は伊豆をかなり厭がっていた。その伊豆が、とある白昼麻油の家へ上り込ん

麻油は伊豆をかなり厭がっていた。その伊豆が、とある白昼麻油の家へ上り込んで来て、懐手をして無表情な

はじめたのである。麻油は驚いた。が非力な伊豆をいっぺんに跳ね返すと、あべこべに伊豆の首筋を執えて有無を云わせず

驚いた。が非力な伊豆をいっぺんに跳ね返すと、あべこべに伊豆の首筋を執えて有無を云わせずに絞めつけた。伊豆はばたばた※

首筋を執えて有無を云わせずに絞めつけた。伊豆はばたばた※いて危く悶絶するところまでいった。麻油があまりのあっけなさ

伊豆は返事をしなかった。返事も出来ない程苦しいらしく、尚も四つん這いのまま

伊豆はこう言い残すと歩くにも困難な様子で戸口の方へふらついていったが

すると翌日の真昼間又伊豆がふらふらやって来た。黙って這入って来てきょとんと麻油を視凝

麻油は激しく跳ね返した。麻油は怒った。非力の伊豆を仰向けに返すと、又しても悶絶に近づくまで絞めつけた。伊豆は

返すと、又しても悶絶に近づくまで絞めつけた。伊豆は手足をじたばたさせて口中から白い泡を吹いていたが、麻

あたりを夢心でこづいた。麻油は振り離して起き上った。伊豆の奇妙な変態性欲が頷けたのである。麻油は失心したように

。麻油は失心したように眼を閉じて動かない伊豆の姿を見下して、暫くの間じっと息を窺っていたが、やがて真白い

のいい二本の腕を忍ばすように静かに延ばすと、伊豆の頸を圧えて力強く絞めつけた。白い泡を吹いて、手足を殆んど力な

力なげにじたばたさせて、併し懸命に※いている伊豆の醜状に息を殺して見入り乍ら、麻油はふくよかな胸一杯にぴちぴちする

奴は全く行き当りばったりに思いも寄らないことばかりして、伊豆に会えばそれとなく自分も痴川を憎んでいるように暗示してしまっ

痴川は時々伊豆のことを思い出して、その都度無性に癇癪を起した。そういう時には

都度無性に癇癪を起した。そういう時には、まるで伊豆が目前にいるような見境のない苛立ちようで、頭の中で頻りに伊豆

ような見境のない苛立ちようで、頭の中で頻りに伊豆を言いまくり遣り込めようとするのであるが、そのはがゆいことといっては話に

が、そのはがゆいことといっては話にならない。その伊豆がある朝突然久方振りに痴川を訪ねて来たので、痴川は吃驚

な具合ににやにや照れ乍ら「まあ、あがれ」と言うと、伊豆は一向無表情で、まるで人違いでもされた場合のように例の懐手を

咄嗟に大憤慨して跣足のままで玄関を飛び降りると、伊豆の襟首を掴まえて顔をねじもどして、

「今に殺してしまう……」伊豆は落付きを装おうとして幾らか味気ない顔をしたが、「今は力

ストリキニーネを手に入れることが出来るから……」そう言いかけて伊豆は笑おうとしたのだが、笑いは掠れて単に空虚な響となり、

と、同時に泣き喚きたくなったのであるが、その時伊豆の顔付からふと間の悪いような白らけた表情を読んだので、同病相

、言葉を切ったかと思うと、痴川は唐突に伊豆に武者振りついた。そのはずみに子供のように泣きだしていた。痴

はずみに子供のように泣きだしていた。痴川は伊豆を捩伏せた。痴川は泣きじゃくり乍ら甃へごしごし伊豆の頭を圧しつけ、口汚く

伊豆の頭を圧しつけ、口汚く罵ったり殴ったりした。伊豆はねちねち笑いながら殴られていたが、やはり痛いとみえて、時々ふうふう空気

空気を吹くようなことをした。痴川は今度は伊豆を笑わせまいとして一途に頬っぺたを捻ったりしていたが、漸く

ない街へ向って一散に走り去った。駈け乍らも頻りに伊豆を罵っていたが、街角を曲ると急にほっとして、腰が崩れる

伊豆はどうやら起き上って、暫く嘔吐を催して苦しんでいたが、それから思い出し

それから一月あまり過ぎたが、痴川は伊豆に逢うことがなかった。伊豆は死よりも冷酷な厭世家振って、小笠原の

過ぎたが、痴川は伊豆に逢うことがなかった。伊豆は死よりも冷酷な厭世家振って、小笠原の自殺した現場へも告別式へ

、誰に逢うこともなかったのである。痴川は伊豆を思い出す度に立腹したが、或る日急に思い立って伊豆を訪ねた。

を思い出す度に立腹したが、或る日急に思い立って伊豆を訪ねた。伊豆に会って、次のように言うつもりであった。「

したが、或る日急に思い立って伊豆を訪ねた。伊豆に会って、次のように言うつもりであった。「俺達三人は

が出来たりして、ひどく意気込んでいた。ところが伊豆の顔を見たとたんから、まるで思いがけないことばかり思いつくようになって、飛ん

小笠原は急に東京を去った。小笠原は親しさに倦み疲れた。親しさのもつ複雑な関心