雪之丞変化 / 三上於菟吉
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。そこで、腕ッぷしの強い若手を二人ばかり支度して、湯島の切り通しに、ずッと張っていて貰いてえんだが、寛永寺の鐘が
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飄々四方の旅――は、は、とうとう、今は、江戸で、盛り場、神社仏閣のうらない者――が、久々で、めぐりあえて、うれしい
な顔で揃いも揃って、栄華を極めている、その江戸へ、やっと上って来ることが出来たこのわたしが、どうして手を束ね
師範がこれから訪ねて行こうとする、今はこれも、江戸へ出て御蔵屋敷の近くに、道場を構えている、脇田一松斎なの
雪之丞は、困惑した。江戸にはこうした無頼武士がはびこって、相手が弱いと見ると、何か
人気渡世の女がた――殊更、始めて下った江戸。こんな奴を相手にするより、小判の一枚も包んだ方が、と
「そなたが、江戸に下られた噂は、瓦版でも読んでいた。いやもう、大変な
は、ご存じがありませぬか――? あなたは、江戸が初めてだと見えますね?」
一座は、一行、二十数人の世帯であったが、江戸へ来ると、格で分れて、この界隈の役者目当ての宿屋に、分宿し
そこには、多くの、江戸で名だたる、花街、富豪、貴族たちの、家号や名前が、ずらりと並んで
土蔵造りの店構え、家宅を囲む板塀に、忍び返しが厳めしい。江戸三金貸しの一軒と、指を折られる、大川屋と言う富豪の塀外を
言う盗賊――先き程、雪之丞を乗せた駕籠屋が、まるで江戸自慢の一つのように、謳った通り、今や江都に、侠名嘖々
「あれでございますか? 江戸を名打ての大泥棒が、大川屋さんの、塀際にいたとかいう
来ていた。しかし彼は、今目の前に見る江戸名打ての、大賊のような自他にこだわらず、何時も、悠々として、
方へ、すでに桟敷の申込みもして置いた次第――江戸まで名が響いている、当代名代の女形に、そのような、武術があろう
わしも、役儀は退いているといっても、矢張り、江戸に住んで、公儀の御恩を受けている身体だ。貴様のような人間
「そうともよ! 江戸に役者がねえわけじゃあなしさ。今度連中を作る奴があったら、一生仲間
「いえ、さすがに、江戸の舞台が、怖いような、気がいたしまして――」
「江戸で並べて、はまむら家、紀の国家――いいえ、それほどの人
類を異にした、異色ある演技に魅惑された江戸の観客たちは、最初から好奇心や、愛情を抱いて迎えたものは勿論、
「負けず嫌いの江戸の人達が、あんなに夢中になっての讃め言葉、わたし達は、只、
、病気にてひきこもり中の、広海屋主人をのぞく外は、江戸に集まって、昔の不義不正を知らぬ顔に、栄華をきわめておるや
「ほんとうに、芸も、位も、江戸が一ばんですのに――みなさんで可愛がって上げたら、屹度こっちに居着い
「この頃、江戸の流行で、そなたのような秀れた芸道の人が、口にあてた盃
何も彼も、滅茶滅茶だ。折角、向いて来ている江戸の人たちの人気が、そのために一座をすっかり離れるだろう。わしは、胸
江戸で、物産問屋としては、兎に角、指を折られるまでに、立身を
。実はな、雪之丞さん、おれは、たださえ気短な江戸生れ、そこへ、もってきて、こんな境涯になってからは、何時なんどき
くれるはずがねえ――前かた懇意にしてくれた、江戸のごろつき仲間にも、飛脚を立てたり、手紙をやったりして見たの
―おれは、弁公を、合壁に頼んで置いて、のこのこ江戸まで引ッ返したのさ。秋ももう大分深いころで、左様さ、ちょうど
、人参を、山ほど積んで浴びせかけるようにしてやれば、江戸から通しかごの外科も呼んだが、もう手遅れで、弁の奴、二、
おとなしい、正直な奴がひどい目に逢いつづけだ。俺は江戸の生れで、気短だからもう、下手談義を聞いて、じっと辛抱していろ
――江戸の生れの方は、何とキビキビ思った方へ、突き進んで行くことが、
たささやきが、上方から来た一座一行の間ばかりか、江戸の芸界にもさかんにいいかわされ、このところ、どのような大立者たちも、まるで他国
「太夫ほどのものを、江戸を見限らせては土地ッ子の恥だ。さあ、女たち、しっかりつかまえて、
もう、彼の目には、江戸生っ粋の美妓たちも映らぬ――耳にいかなる歓語もひびかぬ。
土部一味の目が光ったら、明日はそなたの舞台はもう江戸の人は見られなくなる。それよりも、広海屋、長崎屋、お互に
、長崎屋方は、総くずれになるは必定だ。しかも、江戸の人気は、一時、広海屋方に集まって、あれこそ、廉い米を入れ
「わたくしに、江戸では、主にどのような方々の御贔屓になっているか――なぞ、お尋ね
、そのお米を、あなたさまが、男なら、一度に江戸にお呼びになり、こちらの米価とやらを、一朝に引き下げておしまいになる
―その暁には、上つ方のお覚えよくなるは勿論、江戸の町人で、あなたさまに頭のあがるものもなくなるであろうに――と、
わたしが、御殿のおつとめを拒んだなら、当分、この江戸に住むこともなりますまい。――その時には、世を忍んで、
、こういい放った女――では、これが、当時、江戸で、男なら闇太郎、女ならお初と、並びうたわれている女賊な
何だと不思議がるより、こちらが倍もおどろいたわ。江戸には、大した女泥棒がいるものじゃな――さすが、お膝下だ――」
しまったじゃあないかね? 折角の顔見世月をさ、江戸の役者が、一たい、どうしているのかねえ?」
――あのばけ物は、おいらが、江戸で名代の女白浪だと、まさか気がついてはいなかったろうが、贅六
身で――あんななまめかしい女がたの身で、聴けば、江戸名うての、武家町人を相手に、一身一命を賭けて敵討ちをもくろんでいると
――おいらあ、あの太夫を口説いてやろう。江戸のおんなが、どんなに生一本な気持をもっているか知らせてやろう――
、それはあんまりな押しつけわざ――そなたも、見れば、江戸切っての女伊達とも思われるのに――」
おんなに、どんなにしッこしが無いか知れないが、江戸のおんなは、思い立てば屹度やるのさ」
「江戸は、広いが、狭いのう――雪之丞、久しぶりだな? よう逢えたな
じゃあねえんだよ――あれで、あのお人は、江戸で名うての人間で、名前を聴きゃあ、小母さんなんざあ、腰を抜かして
ているある他所のものが、大きな望みを持って、この江戸に足をふんごみ、いのちがけで大願を成就させようとあせっているのさ。
「いんや、つい、近間さ――江戸というところは不思議なところで、お寺の縁の下に窖が出来ていて
五日ばかりが過ぎて、江戸は、いよいよ、真冬らしかった。
、大名隠居か、お金持の仕わざであろうが、さすが、江戸の衆は、思い切ったいたずらをなさる。
言葉を、どう聴いたであろう! 上方持米の、江戸廻送を、ほんとうに行ったであろうか?
、太夫、そなたのおかげで、この広海屋、どうやら、江戸指折りの男になれそうじゃが――」
「それは、また、思い切ったなされ方――江戸の人々はさぞよろこびましょうが、それにしても、大した御損を見るわけ
その辺は、わしも考えて見ましたが、長崎屋が江戸の人々の困難をつけ目に、すわこそと、安く仕込んだ米に十二分の
「いかにも、さるお方のおすすめで、江戸はかように、米穀払底、今にも、米屋こわしでも、はじまるばかりになっ
、持米を東にまわし、損を覚悟で売ったら、江戸の人々への恩返しになろう――第一、その方は、西の果てに
――第一、その方は、西の果てに生れ、江戸で商人の仲間にはいっていること、こんなときこそ、――一肌ぬがねば
、二人とも、浅間しい慾望の一部を成し遂げて、ともども、江戸にまで進出して来て、世間から、認められるようになったのちも、
ぐみで酒が飲める身の上になれたのだからなあ――江戸中切ッて、ううん、日本中切ってのお初つぁんと、差しつ押えつ――
ないけど、女ごころはおわかりになりませんのねえ――江戸の女というものは、自分の望みを――折角掛てやった想いを
の弟子も要らぬ。ただ雪之丞一人だけを、未来永劫、江戸に取ってしまいたいという肚なのだ。
――現に、江戸の、お米の値段は、このごろめっきり下ったそうな――長崎屋一味の店
闇に送ってしまおうとするのであろう――恐らくは、江戸で聴えた、若手の剣客が、こぞってあの男の味方をしているか
「一たいに、貴さまが、江戸で舞台を踏むのなぞ、見るのも厭じゃ――まずこれまで、お目
られでもしたら、もはや、剣の師として、江戸で標札が上げられぬことにもなろう――どうしても、斬ッてしまわ
、問屋は、そうは卸しはしないよ。これでも江戸で、いくらか知られた女ですからね。さあ、何とか、挨拶ぐらい
いかに、江戸の隅から隅まで、闇夜も真昼のように見とおす心眼を持った闇太郎に
ているから、どこから見ても、これが、本体は江戸切っての怪賊と、見抜くほどのものが、あの中には、まじって
「雪さん、おまえさんは、あの野郎が、今、江戸で、どんな羽振りを利かせているか、ようく知っていなさるはずだ。あたし
を得ようと企てたので、急に米価は墜落し、江戸の民衆は、久しぶりで、たッぷりと鼓腹することが出来たのだった。
が、めいめいに、十分に気をつけるように――何しろ江戸には、何百万とない貧民がいるので、こちらの手でも、そう
ことがあろう。うしろに建ち並んだ、蔵の中には、江戸中の、いかなる大名高家、町人一統が、どんな注文をよこそうとも、すぐ間に合うだけ
、あっし達は、吹けば飛ぶ、どぶ浚い、あなたさんは江戸で名高い大商人、あッしの方では、そりゃあもう、御存知申上げておりますん
厭とおいやるなら、強いては頼まぬ――広いとて、江戸の中なら、わたし一人でも、よも、尋ねあたらぬことはあるまい」
髪飾り、途方もない上ものだ。こんな女の子がよる夜中、江戸の裏町をあるいていれば、今の雲助ならずとも、そのまま黙って通そう
に詫びが入れてえと、夜の目も寝ずに、寒い寒い江戸の町を、それも、このおれが、大ッぴらにゃああるけねえおれが、
つくすがよい。ほ、ほ、ほ、まあ、何と、江戸名うての、広海屋、長崎屋――二軒の旦那衆が、狂犬のような
は、けちだったねえ――へまをやったねえ――江戸の女泥棒は、わからねえと、おかしかったろうねえ――」
「さて、いよいよかかるぞ! 江戸ではじめての、神出鬼没といわれた闇太郎、かく、隠れ家をたしかめ、たしか
と、かねて撒かれた散らしで、吸い寄せられた江戸の好劇家たち、滝夜叉であれほど売った雪之丞が、初役、色事師と
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、おぬしの今度の采配――関東の凶作に引きかえて、九州、中国にだぶついている米が、どうッと潮のように流れ込んで来たなら
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銚子に残っていた酒を、湯呑みに注いで、煽りつけて、ふうと、
―といっても、どんぶりに、つくだ煮をほうり込んだのに銚子――
と、お三婆は、持った銚子で、自分の杯に充して、
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闇太郎は、新吉を連れて、大恩寺の方へあるいた。まだ、宵にもなっていないのに、新
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これでも代々御家人で、今だって弟の奴は、四谷の方で、お組屋敷の片隅に、傘の骨削りの内職をしながらも
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その当時、大江戸に、粋で鳴った鶯春亭の、奥まった離れには、もう、主人役
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道場壇上の正面、天照皇大神宮、八幡大菩薩――二柱の御名をしるした、掛軸の前には、燭火
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八幡宮の、すっかり黄金色に染って、夕風が立ったら、散るさまが、さぞ綺麗だろう
たが、いつかれる神が武人の守護神のようにいわれる八幡宮、おろがむは妖艶な女形――この取り合せが、いぶかしいといえばいぶかしかっ
雪之丞が八幡宮鳥居前に待たせてあった、角樽を担がせた供の男に案内させ
彼の胸は、不図、八幡宮境内で邂逅した、奇人孤軒先生のあの暗示多い言葉を聞いてから、
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「では、今夜は、根岸の鶯春亭でまっていますほどに、閉ねたらすぐにまいッてくれ。
は、杜と、茶畑、市の灯りからはるかに遠い根岸の里だ。人ッ子一人に出逢いはせぬ。
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の切り通しに、ずッと張っていて貰いてえんだが、寛永寺の鐘が四ツ打つころ、つた家ッて提灯のかごで通る。そいつを、
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と考えていたところへ、おぬしの今度の采配――関東の凶作に引きかえて、九州、中国にだぶついている米が、どうッと潮の
出している米穀問屋、つまり、この二、三年の、関東、東北の不作状態を見込んで、上方西国から高い米を廻し、暴利をむさぼっ
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浅草今戸の方から、駒形の、静かな町を、小刻みな足どりで、御蔵前の
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つく――よいか、しっかりやれ! どじを踏むと、八丁堀の息のかかる、御朱引内で、十手は持たせねえぞ! いいか
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お初は、今度こそ決心を固めた。いつか、彼女は谷中の杜を通り抜けていた。
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このお初というのは、以前は、両国の小屋で、軽業の太夫として、かなり売った女だった。
うな。ようし、それがどんな気ッ風の女か知らないが、両国のお初が、どういう女か、長さんに、ひとつ、とっくり見て貰いましょう。
しかし、うまい考えも、頓には出ずに、両国広小路の方へうつむき勝ちにやって来ると、フッと、向うに一群の人数――
彼等が、両国ばしの、中ほどまで、渡りすごしたのを見ると、サッと、天水桶をはなれて
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代々続いた長崎の大商人、その代々の中でも、一番温厚篤実な評判を得てい
の愛弟子雪之丞――生れついての河原者ではなかった。長崎人形町の裏長屋で、半ば耄け果てた、落ちぶれ者の父親とたった二人、
それなら何故に、長崎で代々聞えた、堅気な物産問屋、松浦屋清左衛門程の男と、その
、彼等自身が各々の大慾望を遂げてしまうと、長崎奉行役替りの時期が来て、その罪行が暴露するのを怖れ、清左衛門
、汎ゆる術策を揮って、手堅さにおいては、長崎一といわれていた、清左衛門を魔道に引き入れ、密貿易を犯させて
して、不義の富を重ねていた頃、最高級の長崎奉行の重職を占め、本地の他に、役高千石、役料四千四百俵、役金
。浜川、横山などが代官又は、手付役人として長崎に在任、雪之丞の父親を籠絡して、不義の富を重ねていた
ての御見物のように承わります。その中でも、長崎の御奉行で、お鳴らしになり、御隠居になってからも、飛ぶ
「成る程、これまで世間の噂で、御中年に長崎奉行をなすって、たんまりお儲けになった上、今じゃあ、御息女を
、旗本、陪臣、富豪、巾着切りから、女白浪――長崎で役を勤めるようになってからは、紅毛碧眼の和蘭、葡萄牙人
と、膝を崩して、長崎風のしっぽく台に、左の肱さえつくのだった。
住居の中の秘密も解った。聞きゃあ、この隠居、長崎奉行の頃から、よくねえ事ばかり重ねて、いまの暴富を積んだの
上、最後に、松浦屋闕所、追放の裁断を下した長崎奉行、土部駿河守の後身、三斎隠居一門の、華々しい見物があると
一目で、雪之丞に、それが、曾て長崎で威を張った土部三斎と、当時、柳営の大奥で、公方の
まいぞ、雪之丞、向って右のはしが、あの頃の長崎代官浜川平之進、左のが横山五助、そして、息女浪路のうしろに控えた
雪之丞、何で忘れてよい名であるだろう。長崎奉行、代官をあやつって、松浦屋を陰謀の牲にした頭人と
店の番頭にすぎなかったし、広海屋は当時すでに、長崎表で、海産問屋の相当なのれんの主であったのだ。年も
「広海屋さん、おぬしは、長崎以来のことを忘れたかな?」
「広海屋さん、おぬしは長崎以来のことを忘れたかな?」
「ナニ、長崎以来のこと? それはもう、そなたもくりかえし申されたとおり、古い馴染
触れない方が、お互のためであろうが、――長崎の昔ばなしには、かかわりのあるお方が、外にもたんとあること
「それにしても、何やら、長崎以来のことを、とやこうと、あのお人はおいいなされましたが
の? なに、何でもないはなし――お互に長崎にいたとき、わしの商売がたきに、ある老舗があったのを
武家は、長崎以来、長崎屋等と、悪因縁を持つ、浜川平之進にまぎれもなかった。
と、以前に長崎代官をつとめて、これも暴富を積み、お役御免を願って、閑職
ぬ、あなたか? 浜川さん、あなたにしても、長崎以来、わしのためにも、利を得ていられるお人ではあり
長崎屋を、このまま、検察当局の手に渡したなら、長崎以来のもろもろの悪事をべらべらと、しゃべり立てるは必定、それこそ、わが身の上の
震わせずにはいられなかった。何かしら、自分達、長崎以来の一味徒党の上に、恐ろしい破滅悲惨の運命が迫って来ている
土部三斎と、長崎以来、これも深い欲得ずくの関係を結んでしまった、こないだ、広海屋
何分、この男、長崎代官所で幅を利かせていたころから、目から鼻へ抜ける才智
川浪、三方は広やかな庭――丸木屋とは、長崎以来の、これも、深い因縁の仲だ。いかなる秘事も、洩れっこなし
思いがけぬとき、菊之丞が語り出した、なつかしい母親の、長崎表での、悲惨な最期の物語――
つづけたかも、思うてもあまりがある――とうとう、長崎一の縹緻よし、港随一の貞女とうたわれていた母御は、
、いやもう、汚れはてた、浅ましいことばかり――ことさら、長崎表の昔が、口に上り、お互に罪をなすりつけ合ううち、しかも
「御隠居さま――いいえ、そのかみの長崎奉行、土部駿河守さま――わたくしのおもばせに、それではお
、思いだせるようで思いだせませぬが、この身もおさないころ、長崎に生い立ったこともござりますゆえ――」
「えッ! そちが、太夫が、長崎で!」
「はい、長崎で、育ったものでござりますが、これ、土部の御隠居――」
「や、や! そなたは、長崎松浦屋の――」
思い当ったぞ――この一ヵ月に、思いもよらず、長崎以来一党の滅亡――さては、そなたの呪いであったのだな
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「いや、おそろしいことだ! 浅草から下谷へかけて、大変な騒ぎですが?」
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永年御懇旨の思召しもあり、駿河守の役儀召上げ、甲府勤番仰せつけらるることと相成った。右申し達しましたぞ」
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「いいえ、柳ばしのろ半の出店が、深川にありますんでね――へえ」
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浅草今戸の方から、駒形の、静かな町を、小刻みな足どりで、
「あっしの住居は浅草田圃、ここからついじきです。そこまでひとつ、来ちゃあくださいませんか
雁が、北の方へ、浅草田圃の、闇の夜ぞらを、荒々しく鳴いてすぎた。
深くなって、それが薄霜のようにも見える暁闇の浅草田圃を、二人はまた辿って行った。
とき、彼のこころに、ふッと、浮んだのが、浅草田圃に、牙彫師らしく隠れ棲んでいる、あの闇太郎のことだった。
「かごの衆、浅草田圃まで――」
、魂胆したか、闇太郎、その夜はそのまま、浅草田圃の仕事場にもどって行くのだった。
「浅草のお知合い――と、申せば、おわかりとのことでございますが、
くせに、と、おわらいなさるかも知れませねど、浅草寺の鐘のひびきを聴きあかす宵に、枕がみを涙でぬらしたことで
と、いえば、浅草の闇太郎に相違なかった。
山ノ宿の出逢いで、呆気なく、当て仆された、あの浅草の武術家もいるに相違なかった。
間柄助次郎――これが浅草鳥越の道場持で、こないだ、安目に踏んで、手痛いあしらいを受けた
「いや、おそろしいことだ! 浅草から下谷へかけて、大変な騒ぎですが?」
浪路も、いくらか気がしずまると、どうせ指してゆく、浅草山ノ宿とかまで、歩いて行けるものでもないと思った。
「浅草、山ノ宿とやらまで――」
だしたものの、先棒の趾先は、いつまでも、浅草の方角を指してはいないのだ。東南に、急ぐべきを、あべこべ
闇太郎は、相変らず、浅草田圃に、象牙を彫っているようだ。一、二度、そっとのぞいて
ここは、浅草山ノ宿、雪之丞が宿の一間、冬の夜を、火桶をかこんで
「浅草田圃から、急の用で来たという方が、お見えで――
浅草田圃から、いつか、吉原土手を、南につたわって、二人ちりぢりに、
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愛弟子雪之丞――生れついての河原者ではなかった。長崎人形町の裏長屋で、半ば耄け果てた、落ちぶれ者の父親とたった二人、親類から
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打ちながら、さしかかったのが、横町を行きつくして、御蔵前通りの、暗く淋しい曲り角――。
雪之丞は、しとしとと、夜道を、御蔵前通りを、駒形の方へ、歩を運ぶ。
駿河町では、三星さま、油町では、大宮さま、お蔵前の札差御連中。柳橋、堀、吉原の華手やかなところはもとより
その闇太郎の姿を、ふっとこの晩、御蔵前通りで、見つけた町廻り同心の一行。あまりに咄嗟な出会いなので、
「それでは、例の、御蔵前組屋敷近所の、脇田さんの御門人か?」
手際は、なみ一通りのものではない――聴けば御蔵前の脇田の高弟とのことだが、一てえ、何のつもりで、そこ
意外にも、それは、こないだ、蔵前八幡の境内で邂逅した、雪之丞に取っては、かけがえのない文学の
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「駿河町では、三星さま、油町では、大宮さま、お蔵前の札差御連中。柳橋、堀、吉原の華手やか
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て出ていった、弁公という若者が、つい、内藤新宿のある小賭博うちのもとに厄介になって、ごろごろしているのを
「そんなこんなで、十九の声をきくころにゃ、内藤新宿の宿場じゃ、めっきり、これで顔が売れてきたものだったのさ
「おれは内藤新宿に長くうろついていたので、その界隈のことはよく知っていた
たが、仕事がえりに、一ぱいやった上りの、内藤新宿の雲助ども、街道すじでも、相当に悪い名を売った奴等に
お目こぼれの悪の巣で、お三婆という、新宿の、やり手上りの侘住居だ。
おどろき入りましたよ。あの、丑、為ときちゃあ、内藤新宿でも、狂犬のようにいやがられている連中、それを、何と
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「今宵、ちと風流のこころを起して夜の上野山内から、不忍池を見渡してまいった戻り道、ここまで差しかかると、妙な
上野の堂坊のいらかが、冬がすみのかなたに、灰黒く煙って、
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、いけずうずうしい奴ったらない。たしかに、土部三斎や、日本橋の大商人、長崎屋なんぞを、かたきと狙っている奴――どっちへ売り込ん
「日本橋河岸さまがお見えなされました」
――日本橋、通三丁目の米屋が、打っこわされるそうじゃあねえか――あんまり高値
ている通りへ出て、少し行って、辻かごで、日本橋近所まで来て、乗りものを捨てた。
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ば、ゆっくり遊ばしてやらあ――こう、作蔵、てめえ、千住に深間が出来たって話じゃあねえか?」
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、船積みさせたほどに、もう二、三日で、品川の海から、米船が、ぞくぞくとはいって来るわけ――これで
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、あらゆる困難を凌いで、見つけてくれた、繁昌な音羽護国寺門前通りのにぎわいから、あまり離れていぬ癖に、ここは、又、
二人の足が向くのは、護国寺前通り――参詣の善男善女、僧坊の大衆を目あてに、にぎわしく立ち並んだ
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その寮というのは、廻船問屋の別荘で、大川端、浜町河岸の淋しいあたり――一方は川浪、三方は広やかな庭――丸木
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て出ていった、弁公という若者が、つい、内藤新宿のある小賭博うちのもとに厄介になって、ごろごろしているのを、
お目こぼれの悪の巣で、お三婆という、新宿の、やり手上りの侘住居だ。
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これでも代々御家人で、今だって弟の奴は、四谷の方で、お組屋敷の片隅に、傘の骨削りの内職をしながらも
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道場壇上の正面、天照皇大神宮、八幡大菩薩――二柱の御名をしるした、掛軸の前には、燭火
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ば、ゆっくり遊ばしてやらあ――こう、作蔵、てめえ、千住に深間が出来たって話じゃあねえか?」
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飄々四方の旅――は、は、とうとう、今は、江戸で、盛り場、神社仏閣のうらない者――が、久々で、めぐりあえて、うれしい
な顔で揃いも揃って、栄華を極めている、その江戸へ、やっと上って来ることが出来たこのわたしが、どうして手を束ね
師範がこれから訪ねて行こうとする、今はこれも、江戸へ出て御蔵屋敷の近くに、道場を構えている、脇田一松斎なの
雪之丞は、困惑した。江戸にはこうした無頼武士がはびこって、相手が弱いと見ると、何か
人気渡世の女がた――殊更、始めて下った江戸。こんな奴を相手にするより、小判の一枚も包んだ方が、と
「そなたが、江戸に下られた噂は、瓦版でも読んでいた。いやもう、大変な
は、ご存じがありませぬか――? あなたは、江戸が初めてだと見えますね?」
一座は、一行、二十数人の世帯であったが、江戸へ来ると、格で分れて、この界隈の役者目当ての宿屋に、分宿し
そこには、多くの、江戸で名だたる、花街、富豪、貴族たちの、家号や名前が、ずらりと並んで
土蔵造りの店構え、家宅を囲む板塀に、忍び返しが厳めしい。江戸三金貸しの一軒と、指を折られる、大川屋と言う富豪の塀外を
言う盗賊――先き程、雪之丞を乗せた駕籠屋が、まるで江戸自慢の一つのように、謳った通り、今や江都に、侠名嘖々
「あれでございますか? 江戸を名打ての大泥棒が、大川屋さんの、塀際にいたとかいう
来ていた。しかし彼は、今目の前に見る江戸名打ての、大賊のような自他にこだわらず、何時も、悠々として、
方へ、すでに桟敷の申込みもして置いた次第――江戸まで名が響いている、当代名代の女形に、そのような、武術があろう
わしも、役儀は退いているといっても、矢張り、江戸に住んで、公儀の御恩を受けている身体だ。貴様のような人間
「そうともよ! 江戸に役者がねえわけじゃあなしさ。今度連中を作る奴があったら、一生仲間
「いえ、さすがに、江戸の舞台が、怖いような、気がいたしまして――」
「江戸で並べて、はまむら家、紀の国家――いいえ、それほどの人
類を異にした、異色ある演技に魅惑された江戸の観客たちは、最初から好奇心や、愛情を抱いて迎えたものは勿論、
「負けず嫌いの江戸の人達が、あんなに夢中になっての讃め言葉、わたし達は、只、
、病気にてひきこもり中の、広海屋主人をのぞく外は、江戸に集まって、昔の不義不正を知らぬ顔に、栄華をきわめておるや
「ほんとうに、芸も、位も、江戸が一ばんですのに――みなさんで可愛がって上げたら、屹度こっちに居着い
「この頃、江戸の流行で、そなたのような秀れた芸道の人が、口にあてた盃
何も彼も、滅茶滅茶だ。折角、向いて来ている江戸の人たちの人気が、そのために一座をすっかり離れるだろう。わしは、胸
江戸で、物産問屋としては、兎に角、指を折られるまでに、立身を
。実はな、雪之丞さん、おれは、たださえ気短な江戸生れ、そこへ、もってきて、こんな境涯になってからは、何時なんどき
くれるはずがねえ――前かた懇意にしてくれた、江戸のごろつき仲間にも、飛脚を立てたり、手紙をやったりして見たの
―おれは、弁公を、合壁に頼んで置いて、のこのこ江戸まで引ッ返したのさ。秋ももう大分深いころで、左様さ、ちょうど
、人参を、山ほど積んで浴びせかけるようにしてやれば、江戸から通しかごの外科も呼んだが、もう手遅れで、弁の奴、二、
おとなしい、正直な奴がひどい目に逢いつづけだ。俺は江戸の生れで、気短だからもう、下手談義を聞いて、じっと辛抱していろ
――江戸の生れの方は、何とキビキビ思った方へ、突き進んで行くことが、
たささやきが、上方から来た一座一行の間ばかりか、江戸の芸界にもさかんにいいかわされ、このところ、どのような大立者たちも、まるで他国
「太夫ほどのものを、江戸を見限らせては土地ッ子の恥だ。さあ、女たち、しっかりつかまえて、
もう、彼の目には、江戸生っ粋の美妓たちも映らぬ――耳にいかなる歓語もひびかぬ。
土部一味の目が光ったら、明日はそなたの舞台はもう江戸の人は見られなくなる。それよりも、広海屋、長崎屋、お互に
、長崎屋方は、総くずれになるは必定だ。しかも、江戸の人気は、一時、広海屋方に集まって、あれこそ、廉い米を入れ
「わたくしに、江戸では、主にどのような方々の御贔屓になっているか――なぞ、お尋ね
、そのお米を、あなたさまが、男なら、一度に江戸にお呼びになり、こちらの米価とやらを、一朝に引き下げておしまいになる
―その暁には、上つ方のお覚えよくなるは勿論、江戸の町人で、あなたさまに頭のあがるものもなくなるであろうに――と、
わたしが、御殿のおつとめを拒んだなら、当分、この江戸に住むこともなりますまい。――その時には、世を忍んで、
、こういい放った女――では、これが、当時、江戸で、男なら闇太郎、女ならお初と、並びうたわれている女賊な
何だと不思議がるより、こちらが倍もおどろいたわ。江戸には、大した女泥棒がいるものじゃな――さすが、お膝下だ――」
しまったじゃあないかね? 折角の顔見世月をさ、江戸の役者が、一たい、どうしているのかねえ?」
――あのばけ物は、おいらが、江戸で名代の女白浪だと、まさか気がついてはいなかったろうが、贅六
身で――あんななまめかしい女がたの身で、聴けば、江戸名うての、武家町人を相手に、一身一命を賭けて敵討ちをもくろんでいると
――おいらあ、あの太夫を口説いてやろう。江戸のおんなが、どんなに生一本な気持をもっているか知らせてやろう――
、それはあんまりな押しつけわざ――そなたも、見れば、江戸切っての女伊達とも思われるのに――」
おんなに、どんなにしッこしが無いか知れないが、江戸のおんなは、思い立てば屹度やるのさ」
「江戸は、広いが、狭いのう――雪之丞、久しぶりだな? よう逢えたな
じゃあねえんだよ――あれで、あのお人は、江戸で名うての人間で、名前を聴きゃあ、小母さんなんざあ、腰を抜かして
ているある他所のものが、大きな望みを持って、この江戸に足をふんごみ、いのちがけで大願を成就させようとあせっているのさ。
「いんや、つい、近間さ――江戸というところは不思議なところで、お寺の縁の下に窖が出来ていて
五日ばかりが過ぎて、江戸は、いよいよ、真冬らしかった。
、大名隠居か、お金持の仕わざであろうが、さすが、江戸の衆は、思い切ったいたずらをなさる。
言葉を、どう聴いたであろう! 上方持米の、江戸廻送を、ほんとうに行ったであろうか?
、太夫、そなたのおかげで、この広海屋、どうやら、江戸指折りの男になれそうじゃが――」
「それは、また、思い切ったなされ方――江戸の人々はさぞよろこびましょうが、それにしても、大した御損を見るわけ
その辺は、わしも考えて見ましたが、長崎屋が江戸の人々の困難をつけ目に、すわこそと、安く仕込んだ米に十二分の
「いかにも、さるお方のおすすめで、江戸はかように、米穀払底、今にも、米屋こわしでも、はじまるばかりになっ
、持米を東にまわし、損を覚悟で売ったら、江戸の人々への恩返しになろう――第一、その方は、西の果てに
――第一、その方は、西の果てに生れ、江戸で商人の仲間にはいっていること、こんなときこそ、――一肌ぬがねば
、二人とも、浅間しい慾望の一部を成し遂げて、ともども、江戸にまで進出して来て、世間から、認められるようになったのちも、
ぐみで酒が飲める身の上になれたのだからなあ――江戸中切ッて、ううん、日本中切ってのお初つぁんと、差しつ押えつ――
ないけど、女ごころはおわかりになりませんのねえ――江戸の女というものは、自分の望みを――折角掛てやった想いを
の弟子も要らぬ。ただ雪之丞一人だけを、未来永劫、江戸に取ってしまいたいという肚なのだ。
――現に、江戸の、お米の値段は、このごろめっきり下ったそうな――長崎屋一味の店
闇に送ってしまおうとするのであろう――恐らくは、江戸で聴えた、若手の剣客が、こぞってあの男の味方をしているか
「一たいに、貴さまが、江戸で舞台を踏むのなぞ、見るのも厭じゃ――まずこれまで、お目
られでもしたら、もはや、剣の師として、江戸で標札が上げられぬことにもなろう――どうしても、斬ッてしまわ
、問屋は、そうは卸しはしないよ。これでも江戸で、いくらか知られた女ですからね。さあ、何とか、挨拶ぐらい
いかに、江戸の隅から隅まで、闇夜も真昼のように見とおす心眼を持った闇太郎に
ているから、どこから見ても、これが、本体は江戸切っての怪賊と、見抜くほどのものが、あの中には、まじって
「雪さん、おまえさんは、あの野郎が、今、江戸で、どんな羽振りを利かせているか、ようく知っていなさるはずだ。あたし
を得ようと企てたので、急に米価は墜落し、江戸の民衆は、久しぶりで、たッぷりと鼓腹することが出来たのだった。
が、めいめいに、十分に気をつけるように――何しろ江戸には、何百万とない貧民がいるので、こちらの手でも、そう
ことがあろう。うしろに建ち並んだ、蔵の中には、江戸中の、いかなる大名高家、町人一統が、どんな注文をよこそうとも、すぐ間に合うだけ
、あっし達は、吹けば飛ぶ、どぶ浚い、あなたさんは江戸で名高い大商人、あッしの方では、そりゃあもう、御存知申上げておりますん
厭とおいやるなら、強いては頼まぬ――広いとて、江戸の中なら、わたし一人でも、よも、尋ねあたらぬことはあるまい」
髪飾り、途方もない上ものだ。こんな女の子がよる夜中、江戸の裏町をあるいていれば、今の雲助ならずとも、そのまま黙って通そう
に詫びが入れてえと、夜の目も寝ずに、寒い寒い江戸の町を、それも、このおれが、大ッぴらにゃああるけねえおれが、
つくすがよい。ほ、ほ、ほ、まあ、何と、江戸名うての、広海屋、長崎屋――二軒の旦那衆が、狂犬のような
は、けちだったねえ――へまをやったねえ――江戸の女泥棒は、わからねえと、おかしかったろうねえ――」
「さて、いよいよかかるぞ! 江戸ではじめての、神出鬼没といわれた闇太郎、かく、隠れ家をたしかめ、たしか
と、かねて撒かれた散らしで、吸い寄せられた江戸の好劇家たち、滝夜叉であれほど売った雪之丞が、初役、色事師と
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「いいえ、柳ばしのろ半の出店が、深川にありますんでね――へえ」
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の切り通しに、ずッと張っていて貰いてえんだが、寛永寺の鐘が四ツ打つころ、つた家ッて提灯のかごで通る。そいつを、
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浅草今戸の方から、駒形の、静かな町を、小刻みな足どりで、御蔵
「浅草のお知合い――と、申せば、おわかりとのことでございますが、お客さま
と、いえば、浅草の闇太郎に相違なかった。
山ノ宿の出逢いで、呆気なく、当て仆された、あの浅草の武術家もいるに相違なかった。
「いや、おそろしいことだ! 浅草から下谷へかけて、大変な騒ぎですが?」
「浅草、山ノ宿とやらまで――」
だしたものの、先棒の趾先は、いつまでも、浅草の方角を指してはいないのだ。東南に、急ぐべきを、あべこべに
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闇太郎は、新吉を連れて、大恩寺の方へあるいた。まだ、宵にもなっていないのに、新
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。そこで、腕ッぷしの強い若手を二人ばかり支度して、湯島の切り通しに、ずッと張っていて貰いてえんだが、寛永寺の鐘が
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その当時、大江戸に、粋で鳴った鶯春亭の、奥まった離れには、もう、主人役
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ようし、それがどんな気ッ風の女か知らないが、両国のお初が、どういう女か、長さんに、ひとつ、とっくり見て貰いましょう
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浅草今戸の方から、駒形の、静かな町を、小刻みな足どりで、御蔵前の
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お初は、今度こそ決心を固めた。いつか、彼女は谷中の杜を通り抜けていた。
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代々続いた長崎の大商人、その代々の中でも、一番温厚篤実な評判を得ていた
それなら何故に、長崎で代々聞えた、堅気な物産問屋、松浦屋清左衛門程の男と、その伜
。浜川、横山などが代官又は、手付役人として長崎に在任、雪之丞の父親を籠絡して、不義の富を重ねていた頃
ての御見物のように承わります。その中でも、長崎の御奉行で、お鳴らしになり、御隠居になってからも、飛ぶ鳥
、旗本、陪臣、富豪、巾着切りから、女白浪――長崎で役を勤めるようになってからは、紅毛碧眼の和蘭、葡萄牙人、
一目で、雪之丞に、それが、曾て長崎で威を張った土部三斎と、当時、柳営の大奥で、公方の枕席
まいぞ、雪之丞、向って右のはしが、あの頃の長崎代官浜川平之進、左のが横山五助、そして、息女浪路のうしろに控えた、
「広海屋さん、おぬしは、長崎以来のことを忘れたかな?」
「広海屋さん、おぬしは長崎以来のことを忘れたかな?」
「ナニ、長崎以来のこと? それはもう、そなたもくりかえし申されたとおり、古い馴染じゃ
触れない方が、お互のためであろうが、――長崎の昔ばなしには、かかわりのあるお方が、外にもたんとあることだ
「それにしても、何やら、長崎以来のことを、とやこうと、あのお人はおいいなされましたが、
の? なに、何でもないはなし――お互に長崎にいたとき、わしの商売がたきに、ある老舗があったのを、
武家は、長崎以来、長崎屋等と、悪因縁を持つ、浜川平之進にまぎれもなかった。
ぬ、あなたか? 浜川さん、あなたにしても、長崎以来、わしのためにも、利を得ていられるお人ではありませ
土部三斎と、長崎以来、これも深い欲得ずくの関係を結んでしまった、こないだ、広海屋火事
川浪、三方は広やかな庭――丸木屋とは、長崎以来の、これも、深い因縁の仲だ。いかなる秘事も、洩れっこなし―
、いやもう、汚れはてた、浅ましいことばかり――ことさら、長崎表の昔が、口に上り、お互に罪をなすりつけ合ううち、しかも、
、思いだせるようで思いだせませぬが、この身もおさないころ、長崎に生い立ったこともござりますゆえ――」
「えッ! そちが、太夫が、長崎で!」
「はい、長崎で、育ったものでござりますが、これ、土部の御隠居――」
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銚子に残っていた酒を、湯呑みに注いで、煽りつけて、ふうと、
―といっても、どんぶりに、つくだ煮をほうり込んだのに銚子――
と、お三婆は、持った銚子で、自分の杯に充して、
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八幡宮の、すっかり黄金色に染って、夕風が立ったら、散るさまが、さぞ綺麗だろう
たが、いつかれる神が武人の守護神のようにいわれる八幡宮、おろがむは妖艶な女形――この取り合せが、いぶかしいといえばいぶかしかっ
雪之丞が八幡宮鳥居前に待たせてあった、角樽を担がせた供の男に案内させ
彼の胸は、不図、八幡宮境内で邂逅した、奇人孤軒先生のあの暗示多い言葉を聞いてから、
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、いけずうずうしい奴ったらない。たしかに、土部三斎や、日本橋の大商人、長崎屋なんぞを、かたきと狙っている奴――どっちへ売り込んで
――日本橋、通三丁目の米屋が、打っこわされるそうじゃあねえか――あんまり高値を
ている通りへ出て、少し行って、辻かごで、日本橋近所まで来て、乗りものを捨てた。
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「いや、おそろしいことだ! 浅草から下谷へかけて、大変な騒ぎですが?」
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と考えていたところへ、おぬしの今度の采配――関東の凶作に引きかえて、九州、中国にだぶついている米が、どうッと潮の
出している米穀問屋、つまり、この二、三年の、関東、東北の不作状態を見込んで、上方西国から高い米を廻し、暴利をむさぼっ
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つく――よいか、しっかりやれ! どじを踏むと、八丁堀の息のかかる、御朱引内で、十手は持たせねえぞ! いいか
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上野の堂坊のいらかが、冬がすみのかなたに、灰黒く煙って、楼閣
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駿河町では、三星さま、油町では、大宮さま、お蔵前の札差御連中。柳橋、堀、吉原の華手やかなところはもとより諸家
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、おぬしの今度の采配――関東の凶作に引きかえて、九州、中国にだぶついている米が、どうッと潮のように流れ込んで来たなら
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「では、今夜は、根岸の鶯春亭でまっていますほどに、閉ねたらすぐにまいッてくれ。
は、杜と、茶畑、市の灯りからはるかに遠い根岸の里だ。人ッ子一人に出逢いはせぬ。
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、船積みさせたほどに、もう二、三日で、品川の海から、米船が、ぞくぞくとはいって来るわけ――これで、