光は影を / 岸田国士
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彼は、夢中で歩を速めた。朝靄につゝまれた武蔵野の雑木の立木が、見覚えのある荻窪界隈の街道筋を、ぼんやり真向うに
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例の城跡の公園であろう。深い山ひだをぬつて、佐久の平野を南へ貫いている千曲川の流れが、青空の光を吸つて
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彼がその日会う約束があるのは、現在、横浜のさる労務関係の事務所に勤めている兵隊時代の仲間であつた。
「その別宅は鎌倉材木座だそうだ。オフィスがこの横浜にもあつて、ちよいちよい会うんだ。待てよ、電話をかけてみよう
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二人は、もう本郷の通りを歩いていた。
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「えゝ、サイゴンから一度、ハノイから一度です。華中から、マレイ作戦に加わつて、それから、ビルマの
たと思うと、すぐ仏印へ呼びもどされ、それからずつと、ハノイの基地にいました」
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は、まあ、常務の一人になつとるんだが、主に熊谷の工場の責任者を兼ねているわけだ」
てるんだ。そうさな、お前が来るというなら、熊谷の工場の監督でもやつてもらうかな。ちようど、そういう人間がほしいところ
工場は熊谷の町はずれにあつた。古い建物を改造し、それにバラックを建て増した、見る
宿の方も、彼が口を利いて、工場から近い熊谷の町の、ある大工の家の二階に間借りをした。だいぶん仕事に
「名前なぞ申しあげてもしようがございません。熊谷からとおつしやつてくださればわかります」
「あの、熊谷? どんなご用事か存じませんけれど、たゞいま、あいにく、出かけております
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、あの、竹を二十本ばかり伐らしてくれつて、熊川のおじさんが来てなさるが、どうしましよう?」
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話せ。思うように便りのできんことはわかつとるが、満洲、華中、それから、どこだ。最後にくれた絵はがきは、多分、仏印から
「満洲で君の部隊が牡丹江にいることがわかつたから、一度端書出したんだ
満洲、華中、マレイと、彼女の手紙と慰問袋が執拗に彼を追いかけて来
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兄さん、それだけじや、すまないのよ。こないだも、奥多摩へピクニックするんだつて、その仲間と一緒にでかけたのよ。それがどう
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をつづけて来たのである。彼は途中、ふらふらと大阪で降りた。同行の誰かれが不審がるのを、笑つて理由は言わ
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や、スリル満点らしいぜ。おれの中学時代の同級で、鎌倉にいるのが、土地じやまずいからつて、銀座で稼いでる奴がいる
「家内だ。但し、鎌倉の家内、これは極秘だ」
彼は、鎌倉の遠矢幸造に宛てゝ、電報で、「今週差支えあり、来週から始める」と
翌日から、一日おきの鎌倉通勤がはじまつた。
ことは一切妹の多津に委せきりで、毎週二回、鎌倉へ出かけ、そのほかは、たいがい、午前中から弁当持ちで上野の図書館へ通い、
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「あたし? はじめは赤坂、それから、ずつと新橋……つい最近までよ」
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限らないぜ。油断は禁物だよ。みたまえ、あの浅間のスロープ、それから、あの、落葉松やナラの芽吹きの色……日光は、
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生れてはじめて来た。ずつと以前、やはり会社の連中と、箱根の温泉宿で芸者の出る席に列したことはあるけれども、自分で、
つた。が、ともかく昨日の午後、客に連れられて箱根へ行つたのだが、強羅の登仙閣という旅館から、今日昼近くか
明日、おひるから、箱根へまいります。もう夜が明けかゝつています。この手紙が、美佐
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風体に早変りをした。実をいうと、彼は、鹿児島へ上陸するとすぐに、復員局の事務所で荻窪の家の処番地が
の生活に困つているようなことはないか? 鹿児島から、ほかのものがおおかたそうしたにもかゝわらず、彼は
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が最後であつたから、一家をあげて父の郷里の宇都宮近在へ疎開しようとしている消息を知つているだけである。手紙
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「そんなことですめばいゝさ。内地にいたつて広島みたいなこともある。わしの同僚で、一人、原爆の犠牲になつた
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と、お父さんは思う。相手は兄さんの親友で、家柄は秋田で名の知れた旧家だというし、亡くなつた父親は村長もし
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彼は、昼頃まで懐古園のなかを歩きまわり、千曲川を見降ろす崖の上に立ち、うろ覚えのローレライ
京野等志は、あらかじめ座敷を約束しておいた懐古園のなかにある古めかしい旅館へ、小萩を案内し、まだ夕食には早い午後
公園の昔の城門をそのまゝの、懐古園と書いた扁額を仰ぎながら、京野等志は、ちよつと照れながら、嘯いた―
、来週……多分、こんどはお手紙でなく、懐古園からお電話いたゞけることゝ、勝手に空想いたしております。
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の臨時手当を懐ろに、大船から東海道線の急行へ乗り込んだ。岐阜で大きな養蜂園を経営している、その道で名の知れた猪狩芳介
を事業の第一期の資金にあてるつもりであつた。岐阜の養蜂家の猪狩氏が、彼の熱意に動かされて、無償で良種
あそこへ蜜蜂の箱を並べて置くんだ。もうやがて、岐阜から着く時分だ。着いたらすぐに、フタをあけてやる。すると、
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信越線の沓掛駅から千ヶ滝行というバスが出ている。バスの終点は丘の中腹に建てられ
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ところに住んでいるなら、という期待だけで、自然に東京へ向つて二昼夜の汽車の旅をつづけて来たのである。彼
さすがに彼をさまざまな感慨にふけらせたが、次第に東京に近づくにつれて、彼の胸は押しつけられるように痛んだ。母の
それまで郷里に持つていたいくらかの家屋敷を売り払い、東京の荻窪へ、小さな住居と貸家を二三軒建て、裏の空地で養鶏を
それから、もうかれこれ三月たつ。久々で迎える東京の春であつた。
前で、しばらく君のことを考えたよ。復員して東京へ着いた晩だよ。新宿から家まで歩いた、その途中だからさ
、すると驚いてさ、京野等志つていうひとなら、東京で知合いだつたつていうじやねえか。細君は、元の姓は
じやおかしいくらい女房を大事にする男でさ。それも東京の娘ッ子を、しかも、頭のでけとる別嬪をもらつたつていうん
「なにしろ、東京から一足飛びにこんな田舎へやつて来て、これもはじめは面喰つて
ということです。農村はどうだか知りませんが、東京なんかじや、普通の女の立場は、以前と全く変りましたね。
その日の午後、京野等志は松本発の上りで東京へ帰つた。
、高等学校を今年出たのはよいが、どうしても東京へ出て文学をやるのだといゝ、両親の反対を押し切つて、
「食べて行くだけなら、東京の真ん中で、なにをやつたつて食べていけるでしよう。それより、肝腎
、その道に明るいらしいが、この方は作家志望で、東京へ出て来たいつていわれるんだよ。そういう娘さんはずいぶん
れたのである。百瀬しのぶが、どんな志望を抱いて東京へ出て来ようと、それはこのことゝなんの関係もない。重要な
。だいぶん仕事にもなれて来たので、休日には東京へも遊びに出た。京野家へも、時々顔を出すことを忘れ
た道を探し探し、北東へ進んだ。引揚げの日、東京へ着いて、中野から線路伝いに、焼け残つた一郭の住宅地へ辿りついた
午後の汽車で、彼は東京に帰つた。
迷つた。彼女は、今夜にでも、あの汽車で東京へ行つてしまおうかと思つた。
、いま小諸の駅へすべり込んだ。小萩の心は、いらだたしく東京へ飛び、急にはどこと方角もつかぬ都の街々をさ迷つ
ているという心の負担を取除くことができるわけだ。東京の実家でも、ひとりになつたお前を見捨てゝおくようなことはある
は、あなたがやつぱり早く健康をとりもどして、僕と一緒に東京で家を持つてもらうことだ。それでなけれや、二人は食つて行け
いるらしかつたけれども、京野等志は、今すぐ彼女を東京へ連れて帰るわけにもゆかぬ事情を説き、療養所に代る適当な住い
に、いろんな空想が浮んで来るよ。ともかく、僕は、東京の家族の始末をつけて、君と二人きりの生活ができるように、
その晩、東京へ着くと、新しい引越し先の家では意外な出来事が彼を待つて
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は、鹿児島へ上陸するとすぐに、復員局の事務所で荻窪の家の処番地が変つていないことだけをたしかめておいて、
着くと、その足で中央線に乗り換えはしたが、まつすぐ荻窪へは行かず、新宿で電車をすてた。もう、日が暮れてい
、あの強行軍にくらべれば、なんでもない。彼は、荻窪に着くのが朝であろうと夜であろうとかまわぬ。ただ、家族の
郷里に持つていたいくらかの家屋敷を売り払い、東京の荻窪へ、小さな住居と貸家を二三軒建て、裏の空地で養鶏をはじめて
朝靄につゝまれた武蔵野の雑木の立木が、見覚えのある荻窪界隈の街道筋を、ぼんやり真向うに浮び出させる頃、彼は、額に
方角が皆目わからなかつた。どこをどう通つて、荻窪の家まで辿りついたか、翌朝になつて、まるで覚えがなかつた。そして
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中央線に乗り換えはしたが、まつすぐ荻窪へは行かず、新宿で電車をすてた。もう、日が暮れていた。
考えたよ。復員して東京へ着いた晩だよ。新宿から家まで歩いた、その途中だからさ」
、遂に、彼にとつて忘れ難い日が来た。新宿からの電車の中で、彼女にばつたり会つたのである。その
へ、まつたく困つたことができちやつたの。きのう、新宿の地下道で、ぱつたり、会つてはならないひとに会つてしまつ
「よし、わかつた。それで、きのう、偶然、新宿で雲井先生に会つたと……。会つたら、こつちはぐらぐらッとし
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、学生の頃、一度神田から、友人と二人で酔興に高円寺まで歩いてみたことがある。三時間あまりかゝつた。戦場での
京野等志が、そんなエピソードをふいと想い出した時は、高円寺の駅の灯が、もうすぐ先に見えた。青梅街道を中野へんから
が大部分焼けたという話は聞いていたが、その高円寺がもうすぐそこだと気がついた時、彼は、応召間ぎわまで往き来
高円寺が大部分焼けたという話は聞いていたが、その高円寺がもうすぐ
た。落し主というのは、五十がらみの紳士で、やはり高円寺に住んでいるらしく、差出された名刺には何々製薬取締役とか、何々
ぬという時代であつたが、ある日の夜遅く、高円寺に住む某銀行家の息子の中学生に初歩の英語を教えに行つた、その
ある。その日彼は家へまつすぐ帰る筈なのを、高円寺に用事があるといつて一緒に電車を降り、のこのこと彼女の歩く方角
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ねばならぬのか? 以前、学生の頃、一度神田から、友人と二人で酔興に高円寺まで歩いてみたことがある。三
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上京の毎にしげしげこの旅館に宿をとり、そこから、お茶の水や竹早町の講習会場へ通つたのだという、問わず語りの話
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の写真でみると、下町風の美人という型である。日本橋のさゝやかな旅館の娘だつた。父は、これまた青年教師の時代に
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阿佐ヶ谷まで、また、電車線路を伝つて歩いた。貨物列車の警笛に、
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勤務先としては途中に時間を食われ、帰りは上野に着くと、もうぐつたりするような日が多かつたけれども、彼
をしよう。そんな恰好でなく、あたり前の風をして、上野あたりで会おうよ。金ですむことなら、いつでもおれに相談して
強いて反対もしないので、上野のさる中華料理店でビールを飲み、すこし打ち融けた気分になりかけると、
さればこそ、彼は、露ほどの屈托もなく、翌朝、上野を発つて、小諸に向つた。
鎌倉へ出かけ、そのほかは、たいがい、午前中から弁当持ちで上野の図書館へ通い、気の向くまゝに、新旧の書物を手あたり次第に読み
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そこから、二人はタクシーを拾つて銀座へ出た。先ず、ビヤ・ホールからはじめ、やがて、バアに移り、そこ
、鎌倉にいるのが、土地じやまずいからつて、銀座で稼いでる奴がいるよ。こないだ、ひよつくり会つて、面喰つた
「銀座の化粧品店よ。交通費は別で、月に五千円ですつて……
学校をやめて、自分で働くつて言いだしたんだ。銀座の化粧品店へ勤める話を、ひとりで決めて来やがつたよ」
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のように消え去つた。小萩が、松本の病院から、小諸の奥にある国立結核療養所へ移つたという報らせなのである。
小諸に着いて、病院の在り場所をたずねたら、すぐにそれはわかつた。
一週間たち、二週間目がもう終ろうとするのに、小諸の療養所からはなんの音沙汰もなかつた。急変がない限りという医者
あり、来週から始める」と断りを言い、すぐその足で小諸に向つた。
小諸で汽車を降りると、ひとまず、城跡の公園の中にある旅館に部屋を
十時頃という返事に、それなら、中央線に連絡する小諸発の汽車に間に合う計算だということがわかつた。
、露ほどの屈托もなく、翌朝、上野を発つて、小諸に向つた。
はるか眼の下に、小諸の町がみえる。こんもりと茂つた森のあたりが、例の城跡の公園
汽笛がかすかに響く。玩具のような上り列車が、いま小諸の駅へすべり込んだ。小萩の心は、いらだたしく東京へ飛び、急には
の。療養所でもいゝけど、あなたさえおさしつかえなかつたら、小諸のどこか、ゆつくりした場所で、しばらくお話したいわ。療養所へは、
二人は、それから、小諸の町へ出て、信州ソバを食おうということになつた。
目鼻がつき、簡単な家具食器類を運びこんで、そこで小諸の療養所から小萩を迎えた。
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「なんでも池袋の方らしいわ。詳しく知らないけど……。この頃、急に、学校
口がきまるのと同時であつた。というのは、池袋に新しく建つたアパートの管理人はどうか、という話を、南条己未男
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「あたし? はじめは赤坂、それから、ずつと新橋……つい最近までよ」
「へえ、新橋ですか……」
僕の妹が、やつぱり芸者をしていましてね、新橋で……」
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に、内地へ帰れだろう。どうするのかと思つたら、九十九里浜の防備さ。終戦と同時に復員はよかつたんだが、おれは
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彼は、昼頃まで懐古園のなかを歩きまわり、千曲川を見降ろす崖の上に立ち、うろ覚えのローレライを口吟み、たゞなんという
山ひだをぬつて、佐久の平野を南へ貫いている千曲川の流れが、青空の光を吸つて、霧のなかに消えている。
猿のむれに笑い興じ、藤村の詩碑の前にたゝずみ、千曲川の急流にのぞんだ崖の上で、小萩は、思い出したように、浅間