秋の雲 / 岸田国士
地名一覧
地名をクリックすると地図が表示されます
の生れで、次男坊なるが故に、縁故を辿つて大阪へ年期奉公に出た。奉公先は、ほかでもない、洗ひ屋で
そこで、熊川忠範は大阪でこの洗ひ屋といふ商売をおぼえ、一人前の職人になると、仲間の
地名をクリックすると地図が表示されます
、今度、研究所をこの附近に作られるんださうだ。上高地にも試験場をもつてをられて、いろいろ貴重な研究もおありのやうだ
地名をクリックすると地図が表示されます
いひ、徴用された時は四十二歳であつた。もと九州柳川在の生れで、次男坊なるが故に、縁故を辿つて大阪へ年期
地名をクリックすると地図が表示されます
「あ、浅間山だ」
地名をクリックすると地図が表示されます
鶯谷の駅を降り、いつものやうに谷中の墓地を抜けて、角の駄菓子屋を目じるしに狭い路次をふと曲らうとする
地名をクリックすると地図が表示されます
下谷天王寺の附近に田部嘉七といふ棟領が住んでゐた。もう六十
地名をクリックすると地図が表示されます
になると、仲間の誘ひに乗つて東京へ踏み出した。東京には腕のいゝ洗ひ屋が少く、今のうちなら、腕が見せ
おぼえ、一人前の職人になると、仲間の誘ひに乗つて東京へ踏み出した。東京には腕のいゝ洗ひ屋が少く、今のうち
東京は、熊川忠範を寛大に迎ひ入れはしなかつた。仲間と二人
、内地の土が踏みたかつた。そして、殊に、東京で、本業の洗ひ屋にかへりたかつた。
釜山から東京まで、その日の糧を求めながら、ジプシイのやうに、転々として
東京は空襲のさなかであつた。住む家はどこにでもあつたが、
、彼は、僅かに使ひ残した金を懐ろに、東京へ帰つてみた。麹町一番町の、かつて妻子と共に住んでゐた
勘当同様の宣告を下され、すごすごと、当てもなく、東京の夜道をまた上野まで引つ返した。
「さうかい、なるほど、東京も、今どき、洗ひ屋に用はなかんべえ。まあ、性に合ふか
彼は、東京において来た女房子供のことを、なんとかして、すつかり忘れ
ひと背負ひは、相当の金になるし、なかには、東京の花市へ出す秋の草花や、高山特有の薬草を専門に漁る屈強な
があるつていふことは、なによりの強味だぜ。東京にゐる奥さんにだつて、さうすれやいくらかは仕送りができやせんか
もあつたが、終戦になると、幸ひ焼け残つた東京の住ひに妻と娘三人を移し、自分だけは、大学の講義
たな。先生、それが、実は、戦争中からずつと東京においてあるんださうです。奥さんは奥さんで、どうにか向うで
「おほきに……だが、熊川君は、もう一度東京で働いてみる気はないのかね」
ビールのツマミモノにするやつですな。統計によりますと、東京の市場に、最後に出たのは、本年までのところ、七月五
日張夫人も、娘たち三人も、女中も、みな東京へ引き揚げて行つた。
たので、熊川忠範は、その翌日、一番の電車で東京へ上つた。
地名をクリックすると地図が表示されます
鶯谷の駅を降り、いつものやうに谷中の墓地を抜けて、角の駄菓子
地名をクリックすると地図が表示されます
仕事が殺到した。桐の箪笥一棹を、浅草から高円寺までリヤカーで曳いていつて、三日分の仕事になつた。寝る時間
地名をクリックすると地図が表示されます
臨時の仕事が殺到した。桐の箪笥一棹を、浅草から高円寺までリヤカーで曳いていつて、三日分の仕事になつた。
地名をクリックすると地図が表示されます
そのうちに、上野から汽車に乗せられ、沓掛で降ろされた。幾台ものトラックが待つ
下され、すごすごと、当てもなく、東京の夜道をまた上野まで引つ返した。
地名をクリックすると地図が表示されます
ひ残した金を懐ろに、東京へ帰つてみた。麹町一番町の、かつて妻子と共に住んでゐた半焼けの土蔵は、いまも
にまづ吉報をもたらす順序となるが、彼女は相変らず麹町一番町の土蔵の中で、子供の守りをしながら、けなげに暮してゐる