朝 / 田山花袋
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『江戸では、今は松魚の盛ですな』
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づらしいほどの別嬪で、足利に行つて居る間に、鹿児島生れで、其土地の中学校の教師をしてゐた男に見染められて
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『東京ともよ。深川ツて言ふ処だぞよ』
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が月給取になつて、呼んで呉れるのは嬉しいが、東京といふ処は石の上の住居、一晩でも家賃といふものを
た土地や親しい人々に別れて来るのは辛かつた。東京に行つて、知らぬ土地の土になるのは厭だ! かう目
た。お爺さん、主婦、それから便船を幸ひに東京まで乗せて行つて貰はうといふ隣のお爺さんも乗つた。
送つて来た一人の青年は、其友達のかうして東京に出て行くのをさも羨ましさうに見送つて居た。
家族はかうして船で東京に行くことになつた。東京から毎日来る小蒸気は、其頃ペンキ塗の船体を処々の埠頭の夕暮
運賃も高かつた。で、この家族はかうして船で東京に行くことになつた。東京から毎日来る小蒸気は、其頃ペンキ塗
に、懐妊した細君を里に預けて、其婿は東京へ出て行つたきり帰つて来なかつた。約束した仕送は無論
東京に出かけて行けば、探す手蔓はいくらもある。中にはその居る所
『何んなもんですか……苦労しに東京に行くやうなものかも知れませんよ。年寄に子供、力になる
永年一人で苦労して来た老人や子供の世話を、東京に行けば、子息と一緒にすることが出来ると思ふと、何となく
兄弟の心は東京に憧れ切つて居た。
で多年の志が遂げられたやうな気がした。東京に行きさへすれば、どんな目的でも達せられる。何んな豪い人にで
かう手間を取つては仕方がない、これではとても今日東京には入れない。此方はまア、船の中で、一晩位余計に
に来て、船頭はまた船を繋いだ。とても今日は東京に入ることは出来ないから、暑い中を此処で休んで涼しくなつてから
徒歩で行けば其処から東京まで三里位しかないという河岸に来て、船頭はまた船を繋いだ
た人々は皆な不平を言つたが、しかし真夜半に東京に着いても仕方がなかつた。止むなく此処で待つことにした。
ぢやが……まだ日が高いし、それに今日東京に入つて置くと、都合が好いから私は此処で失礼して歩いて
『定公、また東京で逢はうな』
に煙草をふかした。誰の心も船のやうに早く東京に向つて馳せて居た。
に溺れて評判に立てられたこともあつた。其頃東京に出る人は、『川口に行けば、むきみ汁が食へる』かう言つ
東京に入つて行く掘割は、それから一里ほど下つた処にあつた。
『そら、見ろよ……あゝやつて、東京では朝早くあさりを売つて歩くんだぞ』
『もう、此処は東京かえ?』
『東京ともよ。深川ツて言ふ処だぞよ』
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歩いた。勤王佐幕の喧しい争闘の時には昼夜兼行で浜町の上屋敷に上訴に出かけて行つたこともあつた。維新の際には