番町 パリ シカゴ 九州 鹿児島 東京 麹町 市ヶ谷

者の中には前のＳ氏の顔も見えた。番町の広い邸宅に比べて、此の新居で臨終の地となつた市ヶ谷の家は

さういふ雑誌を見せられて世界の出来事を話され、又パリのサロンの写真帳をひろげて、アムプレショニズムやポアンティリズムの講釈を聞かされた。此

て、それから十何年の間ずつとあちらで育ち、シカゴの大学で修学して帰朝するとすぐに、此の南海の田舎へ赴任して

自分等が中学校を出て、九州の高等学校へ行つて居る留守に蓑田先生はＫ市の中学を去つてしまつ

へ赴任して来たといふことであつた。郷里は鹿児島であつたが少くも見たところでは生徒等の描いて居た薩摩隼人

で昔に変らず元気で愉快な話を聞いた。一寸東京へ帰つて居たいから今夜一晩此処へ泊つて留守番をしないかと

其後唯一度帝劇で会つたことがある。東京朝日のＳ氏と一緒であつた。それがＳ氏であることは、

帰京後一度麹町区一番町の邸に先生を訪ねた。郷里の田地を売つて建てた

広い邸宅に比べて、此の新居で臨終の地となつた市ヶ谷の家は何となく淋しく見えた。それでも座敷の装飾や勝手道具

先生の訃報に接して市ヶ谷の邸に告別に行つたのは何年頃であつたか思出せない。